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第十一話 新米女魔道士グレーの誕生
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酒場へ入るなり立ち込める匂い。
思わず鼻がツンと痛む。酒の匂いがこんなにきつい場所には初めて来た。
それを堪えながらあたりを見回せば、そこには色々な格好をした大勢の人。
小洒落たローブを着た婦人、山賊かと思うようなボロ布を身に纏う巨漢の男。彼ら皆がいわゆる冒険者たちなのだとグレースはすぐに理解する。
それにしてもどうしてこんな酒場を拠点としているのだろうか。
グレースのイメージでは、冒険者というのは平民のなる騎士のようなものだと思っていたが、どうやら違うらしい。民意が低すぎる。あちらこちらから男の怒号が聞こえ、殴り合いが起き、下品な笑いを浮かべる輩もそれはそれは多かったからだ。
とてもではないが、質がいい職場とは言えないだろう。
「どうして王国の者はこんなところを放置していたのか……。謎ですね。おそらく無能故なのでしょうが」
王国には碌な人材がいなかった。文官も何もかも頭が足りないことをグレースは身近でよく知っている。
あのアホ王太子は彼女の助言なくしてどこまで何ができるというのだろう。考えるだけで可笑しくなった。
「さてはて。そんなことを言っている場合ではありませんね。ええと、まず面接を受けなければならないのでしょうか。働く時はそれが必要だと、使用人に聞いたことがあります」
使用人などもこの国では面接で決められるらしい。
貴族であったグレースには関係ないと思っていたが、その知識がここで役立つとは。
そして『受付』と書いてある場所を見つけると、彼女はそこへ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で? 依頼でございますか?」
「ええと。冒険者というのになりたいのですけれども」
明るくハキハキとした口調の女性に、グレースはそう言った。
受付嬢はニコニコしながら頷いた。ぼんやりと、使用人みたいな作り笑顔だなと思う。
平民にしては珍しく、肩を丸出しのドレスを着ている。ある程度裕福な家柄の人なのかも知れないと思ったが、どうやらここで働く女性は皆このような服装らしい。
「冒険者登録ですか。ではまずお名前を教えていただきましょう」
登録。
その単語は聞きなれないが、つまり就職ということだろうか。ここから面接が始まるに違いない。いや、すでに始まったのだろう。
「ワタクシは……。そうですね、ええと」
ここで本名を言うわけにはいかない。
グレースはあくまで追放された身。周囲から怪しまれないためにも偽名を使うのがもってこいだった。
「グレ、グレ……。グレー。そう、ワタクシの名前はグレーです!」
かなり考えた後、偽名をグレーに決めた。
受付嬢はかなり怪しんでいるようだ。何度か「本名ですか?」と問われたが、首を縦に振り続けた。
「では、身分証明証を」
「身分証明証って……ワタクシ、平民ですよ?」
「平民なのは当たり前じゃありませんか。そうではなく、どこの領地に住むどなたなのかをお教えいただきたいのです。領主様から身分証明証はいただいてきていらっしゃいますか?」
領主様からの身分証明証……?
もちろん、侯爵令嬢時代であれば自分の身分を示す物は持っていた。しかし平民堕ちした今、そんな物は持っていない。
グレースは困り果てた。
「あの。ワタクシ、家無しでして。あちらこちらの街を放浪しているのです。ですから現在、定住区はございません」
「まあっ、それは大変ですね。では特例として認めて差し上げましょう」
どうやら、どうにか切り抜けたらしい。
しかし気を抜いたその時、また次の難問はやって来る。
「今まで何をしていらっしゃったのか、事細かに説明してください。それによって職種が決まります」
その質問に、グレースは「不倫騒ぎで家を追い出された」とだけ説明した。
あながち間違っていない。ただ、追い出された原因はグレースではないのだけれど。
さらに細かいことを色々聞かれたが、適当に答えておいた。正直背中に冷や汗が流れるのを止められなかった。
それからは割合スムーズに進んだ。
年齢、性別などを紙に書き、測定器で魔法属性を測る。
やはり彼女は炎属性であり魔力は莫大だった。
「これは……、魔道士の仕事が最適でございましょう」
「魔道士?」
「魔法を操り魔物などを打ち倒す仕事でございます。なかなかに人材が少ない割に求められるケースが多く、重宝される職業でございますよ」
つまりそれは、成り上がれる可能性が高いと言うこと。
グレースは目を輝かせた。「それにいたします」
そうしてグレース――ではなくグレーは、冒険者としての登録を終えた。
どうやらここのシステムは貴族のように階級があるらしく、初心者である彼女は最も階級の低いDランク。
Dランクにできる仕事は少ないようだが、コツコツやっていけばやがて最上級のランクにも到達出来るかも知れないとのこと。そうなれば国を揺るがすような大きな復讐劇が起こせるはずだ。
鼻歌混じりに契約書にサインし、彼女は思わず笑顔になる。
新米女魔道士グレーの誕生の瞬間であった。
思わず鼻がツンと痛む。酒の匂いがこんなにきつい場所には初めて来た。
それを堪えながらあたりを見回せば、そこには色々な格好をした大勢の人。
小洒落たローブを着た婦人、山賊かと思うようなボロ布を身に纏う巨漢の男。彼ら皆がいわゆる冒険者たちなのだとグレースはすぐに理解する。
それにしてもどうしてこんな酒場を拠点としているのだろうか。
グレースのイメージでは、冒険者というのは平民のなる騎士のようなものだと思っていたが、どうやら違うらしい。民意が低すぎる。あちらこちらから男の怒号が聞こえ、殴り合いが起き、下品な笑いを浮かべる輩もそれはそれは多かったからだ。
とてもではないが、質がいい職場とは言えないだろう。
「どうして王国の者はこんなところを放置していたのか……。謎ですね。おそらく無能故なのでしょうが」
王国には碌な人材がいなかった。文官も何もかも頭が足りないことをグレースは身近でよく知っている。
あのアホ王太子は彼女の助言なくしてどこまで何ができるというのだろう。考えるだけで可笑しくなった。
「さてはて。そんなことを言っている場合ではありませんね。ええと、まず面接を受けなければならないのでしょうか。働く時はそれが必要だと、使用人に聞いたことがあります」
使用人などもこの国では面接で決められるらしい。
貴族であったグレースには関係ないと思っていたが、その知識がここで役立つとは。
そして『受付』と書いてある場所を見つけると、彼女はそこへ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で? 依頼でございますか?」
「ええと。冒険者というのになりたいのですけれども」
明るくハキハキとした口調の女性に、グレースはそう言った。
受付嬢はニコニコしながら頷いた。ぼんやりと、使用人みたいな作り笑顔だなと思う。
平民にしては珍しく、肩を丸出しのドレスを着ている。ある程度裕福な家柄の人なのかも知れないと思ったが、どうやらここで働く女性は皆このような服装らしい。
「冒険者登録ですか。ではまずお名前を教えていただきましょう」
登録。
その単語は聞きなれないが、つまり就職ということだろうか。ここから面接が始まるに違いない。いや、すでに始まったのだろう。
「ワタクシは……。そうですね、ええと」
ここで本名を言うわけにはいかない。
グレースはあくまで追放された身。周囲から怪しまれないためにも偽名を使うのがもってこいだった。
「グレ、グレ……。グレー。そう、ワタクシの名前はグレーです!」
かなり考えた後、偽名をグレーに決めた。
受付嬢はかなり怪しんでいるようだ。何度か「本名ですか?」と問われたが、首を縦に振り続けた。
「では、身分証明証を」
「身分証明証って……ワタクシ、平民ですよ?」
「平民なのは当たり前じゃありませんか。そうではなく、どこの領地に住むどなたなのかをお教えいただきたいのです。領主様から身分証明証はいただいてきていらっしゃいますか?」
領主様からの身分証明証……?
もちろん、侯爵令嬢時代であれば自分の身分を示す物は持っていた。しかし平民堕ちした今、そんな物は持っていない。
グレースは困り果てた。
「あの。ワタクシ、家無しでして。あちらこちらの街を放浪しているのです。ですから現在、定住区はございません」
「まあっ、それは大変ですね。では特例として認めて差し上げましょう」
どうやら、どうにか切り抜けたらしい。
しかし気を抜いたその時、また次の難問はやって来る。
「今まで何をしていらっしゃったのか、事細かに説明してください。それによって職種が決まります」
その質問に、グレースは「不倫騒ぎで家を追い出された」とだけ説明した。
あながち間違っていない。ただ、追い出された原因はグレースではないのだけれど。
さらに細かいことを色々聞かれたが、適当に答えておいた。正直背中に冷や汗が流れるのを止められなかった。
それからは割合スムーズに進んだ。
年齢、性別などを紙に書き、測定器で魔法属性を測る。
やはり彼女は炎属性であり魔力は莫大だった。
「これは……、魔道士の仕事が最適でございましょう」
「魔道士?」
「魔法を操り魔物などを打ち倒す仕事でございます。なかなかに人材が少ない割に求められるケースが多く、重宝される職業でございますよ」
つまりそれは、成り上がれる可能性が高いと言うこと。
グレースは目を輝かせた。「それにいたします」
そうしてグレース――ではなくグレーは、冒険者としての登録を終えた。
どうやらここのシステムは貴族のように階級があるらしく、初心者である彼女は最も階級の低いDランク。
Dランクにできる仕事は少ないようだが、コツコツやっていけばやがて最上級のランクにも到達出来るかも知れないとのこと。そうなれば国を揺るがすような大きな復讐劇が起こせるはずだ。
鼻歌混じりに契約書にサインし、彼女は思わず笑顔になる。
新米女魔道士グレーの誕生の瞬間であった。
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