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果てしなく大きなことだよ
しおりを挟む「さあ、お約束を叶えて差し上げましょう」
聖女の森に戻り、手に聖剣を持ったわたくしはモヤモヤに戻った魔王様ににっこりと微笑みました。
魔王様は恐ろしげにぶるぶると揺れています。
「うっ、ちょっと待ってちょっと! やっぱり心残りが腐るほどある! 最後の晩餐も食べてないし、狩猟者×狩猟者の再開に希望が持てた今完結を見届けるまではやっぱり死にきれないような……!」
「往生際が悪いですわ。つべこべ言わずに目を瞑ってくださいな」
「うっ、せめて死ぬ前に一度ショウエッセンが食べたかった……!」
「――さあ、お覚悟を。魔王様」
両手で顔を抑える魔王様に、私はありったけの聖力をぶつけました。
モヤモヤとした魔王様の体がキラキラと光ります。
輝く猛烈な光であたりが見えなくなったあと。
金の髪に青い色の目をした、精悍な青年が現れました。
違和感にそろそろと目を開けた彼は、ご自身の手や体を見下ろし、絶句しました。
「これは……」
「魔王様。……いえ、勇者エルヴィス様。人に戻ったあなたは、もう永遠の命を失いました」
エルヴィス様がはじかれたように、わたくしの顔を見ました。
「とはいえ便利かと思い、『人間疲れたなあ……』と唱えるだけでいつでも魔王の姿にチェンジ可能なオプションもつけております。なので普通の人間よりは、ちょっと長生きかも」
「余計なオプションをつけるな! うっかり街中で魔王になっちゃったらどうすんだ!」
思わず突っ込んだ様子のエルヴィス様は、ハッとしたように首を振り、驚愕の表情を浮かべています。
「な、何で俺が勇者だと……」
「最強聖女ともなると、四百年前の出来事くらい知っていますのよ。あなた様は死闘の末に己の全ての神力を使い、己の力ごと魔王の魂を聖剣に封じ込めた。神力をなくしたあなた様は魔王の最後の攻撃を受けて……その身が魔王化し、不死まで得てしまった。魔王化した人間は、いずれ自我が乗っ取られ身も心も魔王となる。そのため聖女エウレカに自身を封印させた。……そうでしょう?」
「そうだけど……」
「しかし流石勇者ですわね。意思の力で魔王の力を抑え込み、自我を保っていらっしゃる。その代償としてモヤモヤになってしまったのでしょう。もっと早くに解放して差し上げたかったのですが、さすがのわたくしでも魔王化したあなた様を元に戻す力を身に着けるまでに、今日まで時間がかかってしまいましたわ」
そう言いながら、聖剣を手にします。
真ん中の怪しく光る赤い宝石にデコピンすると、ピシピシっと音を立てて宝石が割れ、青い光と真っ黒の光がごうごう渦を巻いて出てきました。
青い光はエルヴィス様の元に吸い込まれていき、黒い光は集まってうごうごとうごめきながら、どんどん大きくなっていきます。
「ちょっ、ばっ――!」
「大丈夫ですわ」
咄嗟に動いたエルヴィス様を目で制し、私はその真っ黒な光を物理的につかみ、締めあげました。ばたばたと、生き物のように動くその光はやがてくったりと力を失いました。
「魔王だって人間……ではないですけれど、一応幸せを諦めさせてはいけませんよね。とりあえず平和を愛するハッピー主義者になるよう、説得致しましょう」
「まっ……! 待て待て待て! 今一体何をした」
「え? 魔王の残骸を締めあげただけですわ。聖力のなせる技です」
焦るエルヴィス様に首を傾げると、彼は訳がわからないような顔をしています。
「聖力ってそんな……何でもできる便利グッズじゃないだろう……」
「そう言われましても、この通りできておりますので……」
愕然としているエルヴィス様を落ち着けるために、わたくしは彼に柔らかい微笑みを向けました。
「まあ、細かいことはいいではありませんか!」
「果てしなく大きなことだよ」
そう疲れたように突っ込みつつも、エルヴィス様は一瞬の間を置いて、ご自分の手をもう一度見つめられました。
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