そして今日も、押入れから推しに会いに行く

ツルカ

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サースティールート

猫と魔力と彼の笑顔の日

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 学校での昼休み。
 友だちと一緒にお弁当を食べてから、午後の授業を待つまでの間、スマホを片手に攻略サイトを読んでいた。
 もちろん例のゲームのだ。

 サースは今日も昼間は谷口くんと行動してるみたい。
 羨ましい……ぐぬぬぬっと隠せぬ嫉妬を胸に抱きながらも、折角こっちの世界にいるからには少し頭の中を整理しておこうと思ったのだ。

 サースは谷口くんと一緒にいるときは、魔法院関係者から、ギアン家の情報を調べているんだって。
 ギアン家……。
 確か、ゲームの世界ではこれといって詳しい情報には触れられてなかったはず。
 そう思いながらも、攻略サイトを見ながら確認していく。
 そもそもこのゲームはおばあさんたちの夢が元になっているのだから、夢にも見ていないことは描かれていないのだろうけれど……。

 だったら、魔法院については何か触れられていたかな?って思ったけど思い出せない。
 確か、魔法使いの正装として、ここぞと言うシーンでは、魔法院のあの黒く長いローブを着ていたんだよね。
 ゲームの中のサース様の美麗なローブ姿は、どうしようもなく私の心をときめかせたのだけど。

 艶やかな闇色の長い髪が、サラリと揺れるように、ローブに降りかかる。
 彼が動くと、黒髪とローブが夜の空気を震わせる楽器のように、私の心に美しい音楽を奏でる。

 ……思い出すだけで吐血しそうになった。
 だ、大丈夫だよね。鼻血出てないよね。
 高校の教室の中で、吐血&鼻血なんてした日には、ちょっとした騒ぎになって明日から恥ずかしくて学校に来れなくなる……。

 ずっと、私がたった一人で書き溜めたサース様のイラストの大半は、あのローブ姿の絵だった。
 黒い装束は、まるで孤独な彼の心を際立たせるようだったから。
 暗闇の中でこそ研ぎ澄まされて行くように純粋な孤高の魂を持つ、聡明な彼が大好きだったから。

 あの人に幸せになってもらいたくて。
 笑ってもらいたくて。
 当たり前の優しさを感じてもらいたくて。
 私はそんな気持ちで絵を描き続けていたような気がする。

 ゲームの中で描かれていた魔法院については、あのローブのことくらいしかないように思えた。
 攻略サイトを確認しても、新しい情報は見当たらない。

 そう言えば、ミューラーが初めてやって来たあの日描いていた絵も、ローブ姿のサース様だったな、と思う。

 闇魔法を使いこなすサース様は、魔法を使うときの定番衣装のローブ姿ではヒロインと一緒に居ても決して微笑むこともなかった。
 あの姿で笑って居てもらいたいとずっと思っていたから。

 笑ってと、願うような気持ちを込めながら、描いた絵だった気がする――







 そして放課後、家に帰った私は、魔法を使って異世界へ!

 目の前の自分の部屋から、何かとってもいい匂いのする場所へと移っていく。

 幸福感でいっぱいになりながら、私はサースの胸の中に飛び込んだ。
 待ってくれていたように、私をその両腕で抱きとめてくれる。

「……砂里」
「お待たせ、サース……」

 ここぞとばかりに、ぎゅっとしがみ付いてしまう。

「……」

 すると息を飲むようにしたサースが一瞬固まった。
 そろ……っと顔を上げると、驚いたような顔が私を見下ろしていた。

 この反応は……?
 あれ……?そういえば自分からしがみ付くなんてしたことあったっけ?
 抱きついたことは何度もある気がするけど、こんなに力強く思い切り抱きついたのは初めてかもしれない……?

「ご、ごめんね……?」

 慌てて離れようとしたら、強い力で抱きしめられてしまう。顔が潰される。むぎゅう。

「少しこのまま……」

 サースの低い声が甘やかに耳の側で響き渡る。
 頬に触れる艶やかな髪の毛を感じて、心も体もくすぐったくなる。
 彼の体温と私の熱さが重なるような心地良さ。
 ずっとこのままで居たいなって思う……。

 しばらくしてサースは私から体を離すと、大事なものに触れるように優しく私の頭を撫でた。
 それはとても気持ちが良くて私は思わず微笑んでしまう。

「砂里……君に渡すものがある」
「うん?」

 サースは私から離れて部屋の中を歩いて行く。
 今気が付いたけれど、ここは見知らぬ部屋の中だった。
 ベッドと机があるだけの簡素な小さな部屋で、まるで宿屋のようだった。
 窓の外には揺れる樹木の先端が見えていて、二階以上の場所にある部屋なんだと思う。

「サース、ここはどこなの?」
「聖女団体から借りた個室の中だ。自由に使うことが許されている。聖女たちの守りの中にあり、危険なこともまずないだろう。俺の宿泊や、ユズル達を呼んでの話し合いも可能だ」
「へぇぇ」

 知らない間に、団体長さんとの話が付いていたんだね。

「ベッドの上にでも座っていてくれ」
「…………」

 ベッドの上?

「砂里?」
「……ハイッ」

 固い口調で答えた私をサースは不思議そうに見つめた。
 私はロボットのようにぎくしゃくと部屋の中を歩くと、電池が切れるようにベッドの上に座り込んだ。

 サースの寝る予定のベッドの上に、今私は座っている――

 そう思うだけで頭が爆発しそうになる。
 自慢じゃないけど、私はサースのことならいつだってどんな妄想だって出来る自信があるのだ。

 サースは寝るときはいつもどんな姿なんだろう。
 パジャマ?シャツ?まさか下着だけ、とか、なにも身につけない、とか……。え!?は、は、は、はだか、裸??!

「……砂里、聞いているか?」

 いつの間にか目の前に立って居たサースが、訝しむように私を見下ろしている。

 聞いてません!

 私のいつもの呆けっぷりを気にする風もなく、サースは私の隣に腰を下ろした。

「……ペンダントをこの中にしまっておくといい」
「……え?」

 長い紐の付いた、小さな黒い袋を見せてくれた。
 滑らかな肌ざわりの、シルクのような生地が小さな巾着みたいになっていて、紐は首に掛けられる長さがありそうだった。

「砂里ペンダントは?」
「えっと」

 最近は、外したときはいつもポケットに入れていた。
 取り出してサースに渡すと、その小さな袋の中にペンダントをしまった。
 すると至近距離にサースの目鼻立ちが近づいて来る。
 ふっと、サースの吐息が耳にかかるのを感じた。

 と、吐息……!?

 身体を固まらせて見守っていると、私の首の後ろに手を回したサースは、袋から伸びた紐を私の首に掛けていた。

「……どうかしたか?」
「イエ、ナンデモありません」

 機械音声のように受け答えをする私をサースは「ふむ……」と言って見返す。
 今私の顔は爆発しそうに赤くなっているに違いない。

 神様、私は今日、愛する人の息が耳にかかる初体験をしました。
 すっごかった。ゾクっとした。ブワっとなった。意識が飛んで行きそうだった。
 この幸福を生み出してくれた全てのものに感謝します。神よ……ありがとう!

「この袋は、魔石の効力を無効にする布で作られている。何度も魔法を使ってもらっているが、砂里からは魔力が暴走しそうな気配を感じたことはない。これからはペンダントを着け続けている必要はないが、いざと言うときの為に持ち歩いていて欲しい……砂里、聞いているか?」

「ウ……ウン。分かったヨ」

 聞いてたよ。ちょっとなんの神様に感謝したらいいのか考えていただけだよ?

「砂里……大事なことだから……」

 困ったような表情で私の頬を撫でるサースの指先にびくりとする。

「何かあったときには、必ずペンダントを着けること。そして、俺を呼ぶこと。約束してくれるか?」
「ウン……約束する……ヨ……?」

 だけど、今サースの寝るはずのベッドの上に二人きりで、至近距離で見つめあっていて、耳ぞわ初体験したばかりだから、頬を撫でられて更に動揺しているだけだYO!

「砂里……」

 恥ずかしくて目を合わせられず、視線を泳がせ続ける私を、サースは難しそうな表情をして見つめる。

「聞いて砂里」

 そう言うとサースは、その綺麗な手で私の両頬を挟み込み、少しだけ力を込めて自らの顔へと向き合わせた。
 すると目の前には、私の世界で一番美しいお顔。
 長いまつ毛、作り物のように美しい目鼻立ち、夜空のきらめきの全てを詰め込んだかのような澄んだ瞳――

「俺と約束したことを復唱して」
「……っ」

 復唱しようとして頭に思い浮かべてみたけれど、言語化しようとしたら脳内でも「どだばばばば」とかになっている。

「……砂里、必ずペンダントを着けること」
「……ペンダントを着けること」
「俺を呼ぶこと」
「サースを呼ぶこと……」

 睨むような視線を受けて、私は息も絶え絶えに復唱した。

 納得している表情ではなかったけれど、サースは私から手を放すと立ち上がる。

「砂里、俺は今夜はこの世界に残る。一人で帰れるか?」
「……え?」
「ここに居られるからには、調べたいことが残っている。ギアン家の魔法の影響の確認もまだ途中だ」
「うん、分かった」

 そうだよね。ここが安全で、聖女団体の中なら、出来ることもあるんだろう。
 でも私一人で戻れるのかな……?

「砂里の部屋の猫だ」
「うん?」
「あのぬいぐるみには元々俺の魔力の痕跡が残っていたが、この間、新たな魔法を仕込んで来た」
「魔法を仕込む?」
「ああ、砂里に危険が訪れたら守る魔法だ」
「うん」
「俺の魔力が多く残されている。砂里ならきっと、魔力を感じられれば、俺と共にいるようにも感じられるだろう……」

 えぇ!?今日までちっとも気付きませんでしたが!?

「俺の魔力を感じ取るように意識すれば、猫を目印に帰ることも出来るだろう」

 そう言うとサースは私の片手を持ち上げて、艶めかしく微笑む。

「俺の魔力だ」

 サースの台詞と共に、彼の体から暗闇のような影が広がった。そうしてその影は私の中へと注ぎ込まれて来る。

「俺は、この世界では異質だ。さまざまな属性の魔力を使いこなすことが出来る。だが、ギアン家の者だけが使いこなせる種類の、俺が得意とする魔法は、闇魔法だ。俺の魔力の本質は闇魔法にある」

 身体の中に入って来る、サースの匂いや体温と似ている何かは、私の心をとても幸福にさせて行った。

「……気分は悪くないか?」

 気遣わし気に私の表情を窺い見る。
 私は、自分の体が何か温かなものに包まれているのを感じていた。

「とても温かくて、包まれると体がポカポカしてきて、私はこの魔力がとても好きだよ」
「……そうか」

 なぜだかサースは、とても嬉しそうな表情をして、頬を染めるようにして私を見つめた。

「この魔力を目印にすればいいんだよね」
「ああ」
「大丈夫だと思う」

 私の返事に頷いたサースは、少しだけ考えるようにしてから、ポツリと言った。

「砂里の魔力は、既に受け取っている」
「え?」
「以前、研究室で魔力測定をしたときだ」
「ああー!」

 そんなこともありました!
 もう、ずいぶんと昔のことのような気がする。

「俺は君を見失わない」
「……」
「君の魔力を忘れることはない」
「うん……」

 魔力のことを言っているのに、顔を赤くしてしまう。

 私の顔を見て、サースは思い出したように「……魔力を受け取ったとき、俺もとても好ましいと感じたな」と言った。

 うひっと変な奇声を上げた私を、彼は面白そうな表情で見下ろしてから、噴き出すように笑い出した。
 肩を震わせて笑い続ける様子を見つめながら私は確信する。

 今のは絶対、わざと言ったと思う。






 そうして、今日は一人で自分の部屋に帰った。

 魔法を発動させると、瞬きをしているうちに、私の体は見慣れた本棚の前に立って居て、黒猫のサースと目線が合う。
 猫は不遜な顔つきで私を見つめていて、ちょっとだけサースを思い出して悔しい気持ちになってしまう。

 猫の顔を人差し指でつんっと突くと、そこには確かにサースの魔力を感じるような気がした。
 世界で一番大好きなものの片鱗が、ここに残っている気がする。

「好き……」

 思わず言葉が漏れてしまう。
 まだ、ちゃんとは本人に伝えられていない、私の中に溢れる気持ち。

 何もかも終わるまでは、伝えられないと思っている。
 だけど、ずっと一緒に居たい気持ちを確認しあっていて、彼の気持ちだってもう疑っていない。恐らくサースだって。

 ぬいぐるみを手に持つと、頬に当ててサースの魔力を体で感じた。
 世界で一番私を幸せにしてくれる人を、少しでも感じていたかった。

 心の中で思い浮かべるとき、私の大好きな人は、いつだって笑顔で私を見つめてくれている。





(その夜ベッドの中にぬいぐるみを持ち込んで、サースと一緒に寝ている気分を味わおうとしたのは絶対に秘密にしたい……と思った日)
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