恋を知らない麗人は

かえねこ

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20.疫病神、よくもやってくれたな ~エルリックside

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 とうとう夜這いという最終手段に出てきた王女に、俺はいい加減痺れを切らした。

 何が何でも追い出してやる!

 その決意と共にミルカ姫に退去を切り出したが、いつもの如く反論される。
 だが、今日は何が何でも引かんぞ。これ以上俺達を引っ掻き回されて堪るか!


「俺はルクレオンしか伴侶はいらん。
 仮にいつか女を娶らなければならないとして、貴方である必要もない。……お引き取り願おう」


「ルクレオン様。貴方はそれでよろしいのですの?
 エルリック様がこの先、王族の義務を果たせず恥をかくことになっても」

 俺がいつものように言いくるめられないと見て取ったのか、ミルカ姫はルクレオンに矛先を向けた。
 何時聞いても嫌みな奴だ。そんな言い方をされてはルクレオンも反論しにくい。

「それは国王陛下とエルリック様が決めること。私が口を挟むことではありません」

 ルクレオンはミルカ姫がこの屋敷にきた当初から、彼女たちの言葉に取り合わない。
 内心どう思っているか俺に明かしたことはないが、自分が口出しすべきことではないと割り切っているようだ。

 そのルクレオンの態度は俺には少々物足りない。
 無理矢理結婚した俺が言える立場ではないが、何か反論してくれないかと期待してしまう。

「ミルカ姫。いい加減にして頂きたい。
 そもそも新婚家庭に乗り込むなど非常識な行為をしてきたのは貴方の方だ。
 ましてや私の寝室に忍び込もうとするなど、少々が過ぎよう。即刻出ていって貰おう!」

 俺はルクレオンを不安にさせまいと肩を抱き込み、ミルカ姫に退去を迫った。

「……な、何故ですの?」
 夜這いを指摘すると、動揺したのかミルカ姫は唇を震わせながら言葉を絞り出した。

「何故……、いくら綺麗でも、そんな子供も産めない男の方がいいんですの?」
 ミルカ姫の自信満々な余裕が剥がれ落ちる。

「子供を産めようが産めまいが、俺はルクレオンだけを愛している!」

 俺の言葉にひと時シンと場が静まった。

 うちの屋敷のメイドたちは目をキラキラさせているし、ジルバはさも当然のように澄ましている。
 隣のルクレオンは、少し顔を朱くして狼狽えている。


「おかしいですわ。いくらなんでも王族をこうも虜にするなんて……」
 ミルカ姫は何かぶつぶつと呟きだした。

「貴方、一体何者ですの?」
 いきなり扇子をビシッとルクレオンに向けて問い質してきた。

「何故、誰もおかしいと思わないんですの? 男にそこまで執着するなんて、あり得ないわ。
 ……セリエ!」

 何を言い出すのかと訝しく思っているうちに、女騎士がいつの間にかルクレオンの隣に接近していた。
 咄嗟にルクレオンを俺の背後に押しやろうとしたのだが、間一髪間に合わなかったようだ。

 するりとルクレオンの腕輪が抜き取られ、栗色の髪がさあっと銀糸に変化した。

「!?」
「ヒッ! 銀色の……魔物?」

 ミルカ姫付きの侍女が腰を抜かしてへたり込んだ。

「やっぱり! ……ほら、ごらんなさい。
 おかしいと思ったわ。王族が執着するような男なんて、人であるはずがないわ!
 魔物がエルリック様を惑わしていたのね。……セリエ!」

 震えながらもミルカ姫が勝ち誇った顔で叫ぶ。

「おのれ、魔物!」

 ミルカ姫の言葉に反応して、女騎士がルクレオンに剣を突き付けるのを俺は許せなかった。

「貴様、我が伴侶に……この国の王族に剣を向けたな」
 俺は咄嗟に女騎士の剣先を握りしめていた。

「あ……殿下! 御放し下さい。貴方を惑わしていた魔物が直ぐ後ろに!」
 俺に怪我をさせた女騎士は狼狽えながらもルクレオンを侮辱する。

「貴様、まだ言うか! ルクレオンは魔物などではない!
 ジルバ、騎士団を呼べ。王族殺害未遂の現行犯だ」

「はっ」
 俺の指示を受けて執事のジルバがすぐさま外へ向かった。


「エ、エルリック様、手が……」
 剣先を握りしめたままの俺の掌から血が滴っているのを見て、青ざめたルクレオンが手を差し伸べてくる。

「私のことはいい。それより……おい、お前。その腕輪を返せ」
 俺は女騎士の剣を握りしめたまま、彼女がもう片方の手に握りしめている腕輪に手を延ばす。
 それはルクレオンの大事な母親の形見だ。

「い、嫌でございます! その男は……この魔法具で姿を偽り、殿下を騙していたのですよ! 姫様!」
 女騎士は動揺しながらも腕輪を俺に渡さず、あろうことかミルカ姫の方へと放り投げた。

 ミルカ姫はすかさずそれを受け取ると、渡すまいと腕に抱え込む。

「チッ……。お前は一旦地下に避難しろ。
 父上にも伝言しておくから、父上か俺が迎えに行くまでは地下にいてくれ」

 直ぐには腕輪を取り返せないと見た俺は、ルクレオンにこの場を離れるように言う。
 ミルカ姫の使用人が他にもいる。その者たちが外で騒ぎ立てないとも限らない。
 この屋敷の地下は王宮の地下へと通じている。
 普段はこの国の王族しか入れないため、避難するには持ってこいだ。

「しかし……」
 動揺しているルクレオンは俺の指示に躊躇っている。

「早くしろ! 騎士団の連中はまだいいが、衛兵が来たら混乱する」

 ルクレオンが銀髪金眼であることは父上と俺、そして騎士団の一部しか知らない。
 もし衛兵が先に駆けつけてきたら騒ぎになる。

 俺の叱咤に彼はとうとう踵を返し、地下室への扉へ向かった。

「待てっ! 魔物が」

「っ、まだ言うか! これ以上ルクレオンを侮辱することは俺が許さん」
 俺が握りしめた剣を手放して、ルクレオンの後を追おうとする女騎士に、俺は当て身を喰らわせた。

「セリエ!」
 どさりという鈍い音と共に女騎士が崩れ落ちたのを見て、ミルカ姫が叫んだ。

「どうして魔物を庇うんですの、エルリック様?
 やはり魅了されてしまっているんですの?」

「貴様……、二度とルクレオンを魔物と呼ぶな!」
 性懲りもなくあいつを魔物扱いする姫に怒りを込めて威圧を放つ。

「ぐぅっ…」
 食堂にいたものは俺の威圧を受け、その場に倒れ込んだ。
 余計なことを喋らせないよう、強めに威圧を放ち気絶させたのだ。

 最初に駆けつけるのが騎士団ならば王女達の戯言に耳を貸さないが、衛兵たちではどうなるか判らない。
 緘口令を強いても、ミルカ姫たちの口からルクレオンが魔物だと聞けば疑惑は残るだろう。

 俺はつくづくこの女を屋敷に入れたことを後悔した。

 魔物と呼ばれた時のルクレオンの蒼白な顔が目に浮かぶ。

 この疫病神王女、どうしてくれようか。



 暫くして駆けつけたのは騎士団だった。
 そのことに安堵しながら取りあえず彼らに王女たちを王族殺人未遂で捕縛させ、王城の牢へと運ばせた。

 俺もすぐに父上に報告の為に王宮へと向かおうとしたが、騎士団と共に戻ってきたジルバに引き止められた。

「エルリック様。せめて私どもにはルクレオン様の素顔を見せておいて頂きたかったです」
 俺の掌の傷の手当てをしながら、ジルバがそう指摘する。

「お前も、ルクレオンを魔物だと嫌厭するのか?」
「何をおっしゃいます。私どもはエルリック様の人を見る目も、ルクレオン様の為人も信用しております。
 寧ろ、我々を信用していなかったのはエルリック様では御座いませんか。
 せめて、我々に知らせて下さっていれば、メイドたちも驚かずに済んだんです」

 ジルバの後ろの扉から、こちらを伺いながらメイドたちも頷いている。

「魔物なんてとんでもない! ルクレオン様の本当のお姿、とっても綺麗でした。禍々しさなんて感じませんでしたわ」
「ただ、私たちあまりの美しさに驚いてしまって……」

 彼女たちの言葉にホッとする。
 だが、彼女たちのこの言葉を聞いていないルクレオンはどう思ったのだろうか。
 一瞬でも驚愕した表情の彼女たちを見て傷ついたのではないか。

 もっと早く、あいつの素顔を知らしめるべきだったのだろうか。
 俺が自分だけ知っていればいいと自己満足に浸っていたのが仇になった。

 兎に角父上にこの顛末を報告しなければならない。
 俺は王宮へと向かった。
 地下のルクレオンを迎えに行きたい気持ちを押さえつけ、地上から王宮へと向かう。


 父上は俺の報告に苦虫を噛み潰した表情で俺を責めてきた。

「お主、何故王女を追い返さなかった」

 ミルカ姫が押し掛けてきた時のことを説明すると、父上も頭を抱えた。
 父上も帝王学を学んでいる以上、疲れきった使用人を休ませない選択肢はない。
 それが例え他国の者であったとしてもだ。

 だが、ミルカ姫の暴挙を食い止められなかったのは俺の失態だ。
 いくら後悔しても後の祭り。
 ルクレオンはきっと落ち込んでいるだろう。
 魔物扱いされたくなくて姿を偽っていたのに、それが暴かれてしまったのだ。

 いつかはあいつの素顔をきちんと国民に知らせなければならないだろう。
 もし、俺達に子供が出来たとして、その子が銀髪金眼の可能性もあるのだ。

 俺はあいつを手に入れることだけを考えて、まず婚姻を結んでしまった。
 あとは追々どうにでもなると楽観的に考えすぎていた。

 つくづく俺はどうしようもない男だと思う。
 自分の色恋沙汰を優先して、あいつの心を傷つけてばかりだ。

 早くあいつを迎えに行こう。
 そして抱きしめて大丈夫だと言ってやりたい。


 だが、迎えに行った地下の何処にも、ルクレオンの姿はなかった。

 結界魔方陣のある都市に転移したのかと思ったが、転移魔方陣を使った形跡がない。
 この転移魔方陣は過去、いつ起動したか記録出来るようになっている。それが俺達の結婚直後の転移を最後にそれ以降の記録がない。

 この腕輪もなしにルクレオンが何処かへ行くとは思えない。
 なのに、一体何処へ行ったというのか。



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