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第一章 離宮の住人

婚約者

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「えっ?」
 
 突然どうしたのだろうと思ったが、私はすぐに思い至った。

 殿下のお世話係は私しかいないので当然かもしれないが、彼は以前も私が辞めることを心配していた。私は現在十五歳で、貴族女性ならばそろそろ本格的に嫁ぎ先を探さなければならない頃だ。

 殿下は、私が結婚してここからいなくなるのではと心配しているのかもしれない。
 
「いえ、婚約者はおりません。それにこれからも、多額の借金を抱えた田舎の弱小貴族の、しかも魔力のない娘など、ろくな嫁ぎ先が見つかるとも思えませんよ」

 結婚が嫌なわけではないが、女性にとって結婚相手はその後の人生を預けることになる重要な存在だ。安心して任せられるような人に出会えればいいが、当然ながら相手にも選ぶ権利というものがある。
 私のように条件の悪い令嬢をわざわざ選ぶまともな人など、きっと見つからないだろう。

 あの商人のような人に嫁ぐくらいならば、行き遅れと言われようが、私は結婚なんてしたくない。
 
 ちなみに、少し前までは家同士の繋がりを重視した政略結婚が当たり前で、幼い頃に婚約者を決めるのは貴族ならば当然とされていたのだが、最近はそうでもなくなったらしい。
 
 何でも、ずいぶん前に、現在の国王陛下がその慣習に異議を唱えたのが始まりなのだとか。私も詳しくは知らないが、皆が好きな人同士で結婚できるように、と動いた国王陛下の考えは素敵だなと思う。
 
 ……殿下をこの状態でずっと放置し続けているから、あまり尊敬はできませんけどね!
 
 だから、優しい私の父はそんな世の流れに乗って、みんなの好きにすればいいと、子供たちが幼い頃に婚約者を決めるということはしなかった。

 両親たち自身が、両家の反対を押し切った恋愛結婚だったというのも大きいだろう。
 
 でも現在の状況を考えれば、たとえ婚約者がいても借金ができた時点で破棄されていた可能性が高いので、元々相手がいなくて良かったなと思う。
 
 私の令嬢としての市場価値はほぼ底辺だが、婚約破棄されたとなれば、もはや最底辺になっていただろうから。
 
「……そっか。良かった」
 
 安心したように殿下が微笑む。そして、真剣な表情で私に言った。
 
「これからも、誰とも婚約しちゃ駄目だよ。リーシャは、ずっと僕と一緒にいるんだからね」
 
「まぁ。ふふ、わかりました」
 
 幼い王子の可愛らしいお願いに、私は深く考えることなく了承を返した。
 
 やはり、彼は私が仕事を辞めることを心配していたらしい。ずいぶんと懐いてくれた彼の様子に、思わず笑みがこぼれる。
 
 結婚するなとはずいぶん横暴な願いのようにも思えるが、自分の状況を鑑みればどうせこの先もろくな結婚相手など望めない。それならば、ずっと殿下のお世話係をするのも悪くないかもしれない。少なくともそうすれば、結婚しなくても将来弟や妹に面倒をかけることはないだろう。 
 
 ……もし殿下がご結婚されたら、相手の方の侍女になるのも良いかもしれないわね。
 
 そんな将来の自分を想像しながら、和やかな雰囲気で食事を終えたのだった。
 
 
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