308 / 777
20巻
20-3
モンスターとの戦闘をとにかく避けて、罠の解除も最低限にして地下一四階を回っていくものの、地下一五階への階段がなかなか見つからない。ダンジョンマップは七割ぐらい埋まったのに、引きが悪いなぁ。
あと三〇分もしたら今日は引き揚げなきゃならない。マップの埋まっていない所は……モンスターが巡回しているっぽくて、戦闘を避けるために近寄らなかった区域ばっかりだ。覚悟を決めて行くしかないかぁ……もちろん戦闘は極力せずにステルス行動メインで。
昨日魔王モードを使っちゃったから、大勢に絡まれたら〈黄龍変身〉を使うしかない。そしてそうなってしまったら、切り札を持たない日が数日続く。それは避けたいんだよな、面倒事っていつも突然やってくるし。
壁を用いてモンスターの死角になる場所を選び、こそこそと進む。やむを得ないときのみ〈隠蔽・改〉で乗り切る。
モンスターは皆パーティというかグループで行動しているようで、ちょっと大きめのオーガを先頭に、その後ろに四匹のオーガかイエティが追従していた。
見つかったら色々とマズいなぁ。周囲に罠がいっぱいあって歩き回りにくいのも、状況を面倒にしている。とてもじゃないが、罠の解除なんて、この状況下ではできっこない。
それでも何とか、地下一五階の階段を発見する事には成功した。そしてマッピングした後、自分はつい脱力してしまった。なぜかって、そこは最短コースなら地下一三階と繋がる階段から三分も掛からない場所だったから。結局、地下一四階では散々ぐるりと回って思いっきり遠回りしていただけだったのだ……
モンスターがいたってそんなの知るか、俺は進むぞ!という考えの人なら、すぐに階段を見つけられたんだろうなぁ。
それでも目的は達したのでひと区切りとして、地下一〇階まで帰還した。帰り際、罠とモンスターの行動が変に噛み合っていて、やり過ごすのに多少苦労したところはあったが、戦闘は一回も行わずに済んだ。
とにかく、この地下一〇階まで帰還すれば一気に地上までワープできるので、ほっとひと息つける。安心したら急に空腹を感じたので、食事をしてから引き揚げる事に。自分は味噌ラーメンを、アクアは力うどんを選択した。
「お帰りなさい、今日はいかがでした?」
店員さんが話しかけてくるので、食べながら今日の行動を話してみた。
周囲にいる他の人達も、顔なじみっぽい店員さんとダンジョン内での活動を話しているようなので、別段目立つ事はない。ざっと見た限り、聞き耳を立てている人もいないな。
「あらあら、それは何とも壮大な遠回りでしたね、ちょっと同情します」
で、最後に一五階への階段を見つけたら、一三階への階段と目と鼻の先であった事を話し終えた後のご感想が、これである。
まあ、マッパーって言うんだっけ? 全てのマップをきっちりと埋めなきゃ納得しない!って人達もいるらしいけど……自分はあくまで目的地までの道が分かればいいってほうだから、遠回りさせられると疲れるんだよね。特に今回のような、別段ギミックもないのに自分の判断のせいで遠回りしていたっていうお間抜け具合だと、なおさらね。
「もしダンジョンマスターさんが自分を見ていたら、実にお間抜けな行動だなー、って思ったでしょうね。今日は本当に疲れました」
そう、今日の自分の行動を上から見たら、わざわざゴールを避けてその周辺をうろうろしていたおバカな駒と言える。
それを見た人は、『こいつ最高にアホだ(笑)』と笑うか、『何でもうちょっと奥行かねえんだよ、イライラすんなこいつ』と罵るかのどっちかだろうな。もし実況動画でやってしまった場合は、圧倒的に後者が多いはずだ。
「それでは、本日はこれにて」
「はい、またどうぞー」
食事も終わったし、今日はこれでログアウトだ。このペースでは、地下三〇階に到達するのはいつになる事やら。
5
一五階から一七階までは一日で通り抜けられた。一四階の教訓をもとに、一番キツそうな所を一番最初にマッピングする方針に切り替えたら、あっさりと一六、一七階への階段を見つける事に成功したのだ。
しかし、そこから先の一八階と一九階は全体的に厳しくなっており、これといった場所に狙いをつける事ができなかった。結局、階段を見つけるのに両方の階層で二日ずつ、合計四日掛かった。
そして今は、一九階にある扉の前に到着したところだ。
(この扉は他よりも大きくて、見た目も豪華。つまりはボス部屋ってパターンなんだろうけど、罠だらけのダンジョンに出てくるボスが、普通のモンスターって事があるか?)
真正面から小細工なしの勝負を仕掛けてくるボスが配置されているとは、到底思えない。そういうボスは格上モンスタールートにいるはずだ。
さて、そうするとどういったボスか……候補に挙がるのは、ギミックボスか。真正面から戦っても勝てず、エリアにある色々な仕組みを作動させていく事で倒すタイプだ。これなら、挑戦者本人の戦闘力がほとんどなかったとしても討伐が可能となる。
まあ、クリアできる可能性がゼロの存在を持ってきはしないだろう、覚悟を決めて入るしかない。ここを突破しないと、地下二〇階への道が開けないのだから。
扉に鍵や罠がない事はすでに確認しているので、大きな扉を両手でゆっくりと押し開けていく。そうして扉の中に入ったところ、一つの看板が立っていた。
『ここから先に進みたければ、右手の壁に映し出される影絵の少女を、見事目的地までたどり着かせろ。少女は一定の速度で歩くが、地面などにある罠を発見する事はできない。また、箱などを見つけると、好奇心から必ず触ってしまうだろう。そんな危なっかしい少女を無事に守り通す事に成功すれば、奥にある扉が開くだろう』
え、何これ。これがボス戦!? この手のゲームってなんて言うんだろう。プレイヤーは主人公自体に一切干渉できず、あの手この手で道を作る必要があるやつ。それの、要トラップ回避バージョンか。
と、考える時間をあまりくれないようで、影絵の少女がゆっくりと歩き始めた。その先にある地面やら地形やらが映し出されている壁を眺めてみると、ものの見事に罠が山ほどある! このまま放置していては、影絵の少女は罠に掛かって吹き飛ばされる、落とし穴に落ちるなどの悲しい結末を迎えるだけだ。
(実質制限時間付きの罠解除を強いられるって事ね! なんていやらしいボス戦だ!)
罠は、影絵の少女が進むであろう直線にのみ仕掛けられていて、こっちが罠に引っ掛かる心配は一切ない設計だ。だから、影絵の少女を襲う罠の解除に集中できる。
罠の種類は色々で、丸太が前方から転がってくる、地雷、落とし穴、天井落とし、強制大跳躍、槍の床などなど。どれもこれも、少女が引っ掛かってしまったら無残な光景が展開する事間違いなしだ。そんな危険な罠だらけだというのに、少女は歩みを止めてくれない。それがこちらを嫌でも焦らせる。
(お願いだからもうちょっとゆっくり歩いてー! 解除が間に合わないー!)
罠の解除に役立つ七つ道具をフル活用しても、かなりぎりぎりのタイミングだ。罠そのものの難易度はそこそこレベルなのだが、時間制限があるとなると一気に厳しくなる。
時々、置かれている箱をペタペタと触ったり蓋を開けたりするので、そのときは一時的に止まってくれる。だが、その箱に仕掛けられている罠は常に解除難易度が高めなせいで、時間は全く稼げない。いや、逆に削られてる気がする。
そうなると影絵の少女に文句の一つも言いたくなってくるのだが、絶対に口にはしない。何せ「ワンモア」だ、下手な事を口にした途端、歩く速度が劇的に上がって強制失敗させてくるとかって展開も十分にあり得る。口は禍のもと、だ。
そんな影絵の少女との追いかけっこも、気がつけば後半戦に入っていた。罠の難易度が、ジワリと上がってきたのが分かる。簡単には通過させんぞというその意志は理解するが、勘弁してほしかった。これなら、普通にモンスターのボスと戦うほうがはるかに楽だ。少なくとも精神的にここまで追いつめられるような事はない。
影絵の少女の足音が、とても大きく聞こえる気がした。そんなはずはないのに、まるで大きなロボットが自分の隣を歩いているかのようだ。
汗が一滴、頬を伝った。ここまで短時間で罠を外し続けた疲労からだろうか? それとも冷や汗か?
(でも、あと少し、あと少しで到着するんだ。頑張れ自分!)
残す罠はあと数個。影絵の少女はすぐ後ろ。余裕は全くないが、それでも罠を発動させずに解除するにはミスが許されない。
今、リアルの自分の手は間違いなく汗でびしょびしょになっているはずだ。これがもし本当の異世界であったなら、使っている七つ道具を手汗で滑らせてしまっていた可能性が高い。そういったミスを生む原因がここにはないだけ、まだ慈悲があると考えよう。
罠を一つ外す。後ろから足音が聞こえるような気持ちを抑えながら、すぐ次の罠に取り掛かる。
刃を振るうわけではない、矢を放つわけでもない、魔法を唱えるわけでもない。だが、これは間違いなくボス戦だった。恐怖を感じ、焦りを感じ、心臓が早鐘を打ち、歯を食いしばる。一秒が長く感じるのか短く感じるのかも分からず、ただ目の前の障害に全力で取り組む事しかできない。
だからこそなんだろうか……最後の罠を外し、首の皮一枚残して目的地にたどり着いた影絵の少女が喜ぶような仕草を見せた瞬間に、自分は地面に倒れ込んだ。
VRだとかどうだとかそんなのはどうでもよく、ただ無意識のうちに感じないようにしていた疲労感のコントロールを投げ出したかった。
(終わった……もう二度とこれはやりたくない。レ○○○スとかのゲームよりよっぽどハードだ。何せ罠外しを自分の体を使ってやるわけだからな……)
地面に寝っ転がって荒い息を吐くのを止められない。一発クリアできたのは、まさに幸運だっただろう。もう一回やってと言われても、おそらく二度とできない。手は震えてるし、足にも力が入らない。あと一人盗賊系スキルを持っている人が一緒にいれば、随分と難易度が下がるだろうけど……それが許されるかなぁ? 何となくだけど、ここは一人でクリアしなきゃいけない難関のような気がする。
──そして今更ながらに考えたのは、『もし罠解除に失敗して少女が悲惨な事になったら、プレイヤー側にはどんなペナルティがあったんだろう』という事だ。
おそらく、ただダンジョンの入り口に戻されるだけ、ってのはないだろう。一番ありそうなのが、『少女と同じ罠を食らう』ってパターンだな。少女が罠に掛かってどうなったかを見せられた後に、『さあ、次はあなたの番です』とばかりに同じ罠で瀕死に追い込まれてから、ダンジョンの外に追い出される。序盤を除けば、罠はとにかく即死級ばっかりだったし……罠ダンジョンとしてはあり得るだろう。
もう一つあるとするなら、この部屋自体がデストラップ部屋に変貌するってパターンだろうか? 昔あったイベントのダンジョン「死者の挑戦状」に、宝箱を開けると回避不能脱出不可能な罠があったと掲示板に書かれていた記憶があるが、それと同じ羽目に陥っていたのかも。
あくまで想像の域を出ない話だし、なんにせよペナルティを喰らわずに済んだのだから、これ以上あれこれと考えるのはやめよう。
息もようやく整ってきた。いい加減この部屋からおさらばしたい。
奥の扉はとっくに開いていた。扉を潜ると、その先は宝物庫。
自分が通り過ぎた事を認識したのか、扉は閉じられた。あとは、このいくつもある宝箱の中からどれか一つを開ければ、地下二〇階に到着するんだろう。もう今日はログアウトしてゆっくりと休みたいので、適当に一番近くにあった宝箱を開けてみたら、その中身は……
「一グロー硬貨一枚」
であった。
あー、うん。ハズレって事なんだろうな、これは。でもハズレでも何でもいいです。あのボス部屋をクリアできた事が一番の報酬ですから。
宝箱の一つを開けた事で他の宝箱がロックされた後、壁の一部がせり上がった。あそこから出ろという事か……
その通りにすると、後ろでせり上がっていた壁が元に戻り、そして自分は地下二〇階へと到着した。
(一〇階と違って、随分と閑散としてるな)
二〇階には店員さんがおらず、いくつかのソファと仮眠用のベッド(?)、記録石が置かれているだけの、寂しい場所になっていた。
まあ、食事をしたいのであれば一〇階にワープすればいいだけだし、帰りたいなら一階にワープすればいい……この二〇階は、本当にただのセーフティゾーンとしての最低限の役割しか持たせていないのだろう。経費削減のためかね? 一階と一〇階に力を入れすぎて、こっちには手が回りませんでした、ってパターンかもしれぬ。こっちとしては、その役割を果たしてもらえれば十分何ですが。
まあクリアしたのでよしと割り切り、ログアウトしてすぐに就寝。
寝る前に下着を換えて、しっかりと手と背中を拭いたのだが……予想以上に汗でびっしょりだった……あの影絵の少女が夢に出ない事を祈りたい。
【スキル一覧】
〈風迅狩弓〉Lv50(The Limit!) 〈砕蹴(エルフ流・限定師範代候補)〉Lv42 〈百里眼〉Lv40
〈技量の指〉Lv78 〈小盾〉Lv42 〈蛇剣武術身体能力強化〉Lv18
〈ダーク・スラッシャー〉Lv9 〈義賊頭〉Lv68 〈隠蔽・改〉Lv7
〈妖精招来〉Lv22(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
追加能力スキル
〈黄龍変身〉Lv14 〈偶像の魔王〉Lv6
控えスキル
〈木工の経験者〉Lv14 〈上級薬剤〉Lv49 〈釣り〉(LOST!) 〈医食同源料理人〉Lv14
〈鍛冶の経験者〉Lv31 〈人魚泳法〉Lv10
ExP30
6
翌日。ログインして、地下二一階へと足を踏み入れた自分は呆然としてしまった。
地下二一階に降りた自分が見たもの、それは……
『この先は工事中です。申し訳ありませんが引き返してくださいね。ダンジョンマスターより』
と書かれた立て札だった。工事中って何ですか……というか、地下三〇階まであるってのが一つのルールだったんじゃないですか? そうボヤいてみたが、立て札の奥は壁になっており、進みようがない。
一応、この立て札が一種のトラップなのかと疑って調べてみたが、本当にただの立て札。その奥も仕掛けなど一切ない普通の壁。なので仕方なく引き揚げて、今は一階にてカフェオレを飲んでいる。
「後でお姉さまに言っておきますね、本当にごめんなさい」
カフェで働いてるミミック三姉妹のククちゃんには、この事を伝えておいた。もちろん、あくまで丁寧に穏やかに。それで十分通じるんだから、いきり立つ必要はない。
「今、お姉さまから手紙が届きました。先程の件を伝えたところ、これがその返答との事です。読んでみてください」
ククちゃんがそう言いながら、一通の封筒を自分に渡してきた。返事が早いなぁ、ここのダンジョンマスターがヒマだとは、とてもじゃないが思えないんだけれど。
さて、返事の中身はどうなってるんだ?
『先程、ククより報告を受けました。まずは今回の件、まことに申し訳ございません。罠エリアは製作が遅れており、現状、地下二一階より下が全く進められない状況となっております。ダンジョンのリソースが、格上モンスターエリアに多く割かれているためでございます。せっかくそこまで突破してくださった方にこのようなお願いをせざるを得ないのは、全くもってお恥ずかしい限りなのですが、しばしお時間を頂ければ幸いです。なお、蛇足ながら、罠エリアの地下二一階層へ到達なさったのは、貴方様が最初となっております。
ダンジョンマスター』
ふーん、自分が最初か。他の人はおそらく、地下一九階までは来られても、あの影絵の少女を超えられなかったんだろうな。それに戦闘や回復、生産を得意とする人は大勢いるが、罠の解除などの盗賊系能力を持つ人は、プレイヤーにも「ワンモア」世界の住人にもそう多くはないから、このような結果になったわけか。
ま、それならしょうがない。【円花】のトラウマ破壊の旅を再開するか。その他にも色々と寄り道をして、気が向いたらまたここに来ればいい。
さて、カフェオレも飲み終わった事だし、ここを後に──
「お、アースじゃねえか。こんな所で会うとは思ってなかったぞ」
この声は……声のした方向に振り向くと、そこにはグラッドとそのPTメンバーが勢揃いしていた。自分は右腕を挙げて、グラッドの声に応える。
「アースもここで訓練か? ここのモンスターは強さはそこそこでも数が多いから、なかなか楽しめるがよ」
相変わらず、グラッド達は強さを求め続けているらしい。まあ、この面子がそれをやめる日は、このゲームを引退する日か、サービスが終了する日まで来ないだろうな。それぐらい筋金入りの連中だからなぁ……最強プレイヤーは誰か、って論議が掲示板でたまに起こるが、そこからグラッドの名前が外れた事は一度たりともない。
と、グラッド達もこの席に座るようだ。彼らと相席をするなんて珍しい日だな。
「訓練と言えば訓練かな……もっとも、戦闘能力ではなく、罠の解除能力のほうだけれども」
フードを下ろし、ドラゴンスケイルヘルムを解除して、お喋りに付き合う事にした。フレンド登録はしている仲だが、普段は全然やり取りとかしないからなー。
「あー、罠のエリアか。同じ斥候役という立場からは、そっちの訓練も大事だってのはよーく分かるぜ」
自分の言葉に最初に反応したのはレンジャーのジャグド。彼と自分は冒険における仕事の役割がかなり近いから、一番理解し易いだろう。もちろん純粋な戦闘能力という点では、彼のほうが数段上になる。
「アースって色々やるタイプのプレイヤーだもんね。こっちみたく一点集中ってわけじゃないから、それはそれで大変そうだねえ」
なんて言葉が、魔法使いであるガルから出てくる。以前のイベントで食事を振舞った事があるから、自分が戦闘も生産もやるプレイヤーだって事は向こうも知っている。それに、自分がまだ料理を露店に出していたときなんかに、食べた事があるのかもしれない。
まあ、別に知られたって問題ない事だ。知られると困るのは〈義賊頭〉で動いた事ぐらいか? あ、あと、【円花】についてもか。
「ジャグト以外は基本的に一点集中型だからね、アタシ達は。そうしなきゃ最強の座には届かないからねえ。あ、アイスティーお願いします~。ほら、あんたらも早く注文しな!」
紅一点である格闘家ゼラァの合いの手が入る。
確かにグラッド達は、特定の方向に一点集中していないと実現不可能な強さを持っている。特に装甲の厚さという点で、鎧というより鉄板を纏っているとまで言われるザッドの装備は、おそらく他の誰にも真似できないだろう。装備したらまず動けないし、動けたとしても歩けない。そんな装備を身に纏って普通に動き、更に両手斧を振り回して戦うザッドの筋力ステータスって、いったいどうなっているんだろうか?
「──どうした? 俺の鎧が気になるか?」
ついそのザッドのほうを見つめてしまっていたようで、本人からそんな事を言われてしまう。なので、相変わらず他人には着込む事すらできそうにない鎧だなと改めて思わされたんだ、と正直に伝えておいた。
それに対して、そうか、とひと言だけ呟くように返してくるザッド。それにしても、彼はコーヒーを飲むときすら兜を脱がない。兜の一部がずらせて口元が出るようになる仕掛けがあり、そこから飲んでいた。
「ワンモア」の謎の一つにザッドの素顔が挙げられていたが、これは気になる人がいてもおかしくないな。
「それにしても、さすがに一階から三〇階まで休憩なしで戦い続けるってのはこたえるぜ……やり甲斐は十二分にあって面白いけどよ」
唯一、グラッドPTでよく分からないのが、このゼッドという槍使い。グラッドのPTにいるなら弱いなんて事はあり得ないし、相応の実力者ではあるのだろうが……自分が彼の戦いを見た事がないからなんだろうか、どうにも彼についてだけはイマイチ掴み切れていない部分がある。悪い奴じゃあないって事は何となく分かるんだけど、逆に言えばそれしか分からない。
そういえば、熱くなると突撃してしまうというバーサーク病は治まったんだろうか?
「いちいち休憩を挟んでたらヌルくなっちまうだろうが……限界ぎりぎりまで追いつめられてなおそこを切り抜ける力を得るってのが、ここに来ている目的だって事を忘れんな。準備が整っているときに勝つってのは当たり前で、俺達はどんな劣勢からでも勝ちをもぎ取れる実力と判断力をもっと磨かなきゃならねえんだ。それでも、テメエのバーサーク病はだいぶ治まってきたところは評価してやるが」
ブラックコーヒーを飲みながら、グラッドはゼッドにそう告げた。
あと三〇分もしたら今日は引き揚げなきゃならない。マップの埋まっていない所は……モンスターが巡回しているっぽくて、戦闘を避けるために近寄らなかった区域ばっかりだ。覚悟を決めて行くしかないかぁ……もちろん戦闘は極力せずにステルス行動メインで。
昨日魔王モードを使っちゃったから、大勢に絡まれたら〈黄龍変身〉を使うしかない。そしてそうなってしまったら、切り札を持たない日が数日続く。それは避けたいんだよな、面倒事っていつも突然やってくるし。
壁を用いてモンスターの死角になる場所を選び、こそこそと進む。やむを得ないときのみ〈隠蔽・改〉で乗り切る。
モンスターは皆パーティというかグループで行動しているようで、ちょっと大きめのオーガを先頭に、その後ろに四匹のオーガかイエティが追従していた。
見つかったら色々とマズいなぁ。周囲に罠がいっぱいあって歩き回りにくいのも、状況を面倒にしている。とてもじゃないが、罠の解除なんて、この状況下ではできっこない。
それでも何とか、地下一五階の階段を発見する事には成功した。そしてマッピングした後、自分はつい脱力してしまった。なぜかって、そこは最短コースなら地下一三階と繋がる階段から三分も掛からない場所だったから。結局、地下一四階では散々ぐるりと回って思いっきり遠回りしていただけだったのだ……
モンスターがいたってそんなの知るか、俺は進むぞ!という考えの人なら、すぐに階段を見つけられたんだろうなぁ。
それでも目的は達したのでひと区切りとして、地下一〇階まで帰還した。帰り際、罠とモンスターの行動が変に噛み合っていて、やり過ごすのに多少苦労したところはあったが、戦闘は一回も行わずに済んだ。
とにかく、この地下一〇階まで帰還すれば一気に地上までワープできるので、ほっとひと息つける。安心したら急に空腹を感じたので、食事をしてから引き揚げる事に。自分は味噌ラーメンを、アクアは力うどんを選択した。
「お帰りなさい、今日はいかがでした?」
店員さんが話しかけてくるので、食べながら今日の行動を話してみた。
周囲にいる他の人達も、顔なじみっぽい店員さんとダンジョン内での活動を話しているようなので、別段目立つ事はない。ざっと見た限り、聞き耳を立てている人もいないな。
「あらあら、それは何とも壮大な遠回りでしたね、ちょっと同情します」
で、最後に一五階への階段を見つけたら、一三階への階段と目と鼻の先であった事を話し終えた後のご感想が、これである。
まあ、マッパーって言うんだっけ? 全てのマップをきっちりと埋めなきゃ納得しない!って人達もいるらしいけど……自分はあくまで目的地までの道が分かればいいってほうだから、遠回りさせられると疲れるんだよね。特に今回のような、別段ギミックもないのに自分の判断のせいで遠回りしていたっていうお間抜け具合だと、なおさらね。
「もしダンジョンマスターさんが自分を見ていたら、実にお間抜けな行動だなー、って思ったでしょうね。今日は本当に疲れました」
そう、今日の自分の行動を上から見たら、わざわざゴールを避けてその周辺をうろうろしていたおバカな駒と言える。
それを見た人は、『こいつ最高にアホだ(笑)』と笑うか、『何でもうちょっと奥行かねえんだよ、イライラすんなこいつ』と罵るかのどっちかだろうな。もし実況動画でやってしまった場合は、圧倒的に後者が多いはずだ。
「それでは、本日はこれにて」
「はい、またどうぞー」
食事も終わったし、今日はこれでログアウトだ。このペースでは、地下三〇階に到達するのはいつになる事やら。
5
一五階から一七階までは一日で通り抜けられた。一四階の教訓をもとに、一番キツそうな所を一番最初にマッピングする方針に切り替えたら、あっさりと一六、一七階への階段を見つける事に成功したのだ。
しかし、そこから先の一八階と一九階は全体的に厳しくなっており、これといった場所に狙いをつける事ができなかった。結局、階段を見つけるのに両方の階層で二日ずつ、合計四日掛かった。
そして今は、一九階にある扉の前に到着したところだ。
(この扉は他よりも大きくて、見た目も豪華。つまりはボス部屋ってパターンなんだろうけど、罠だらけのダンジョンに出てくるボスが、普通のモンスターって事があるか?)
真正面から小細工なしの勝負を仕掛けてくるボスが配置されているとは、到底思えない。そういうボスは格上モンスタールートにいるはずだ。
さて、そうするとどういったボスか……候補に挙がるのは、ギミックボスか。真正面から戦っても勝てず、エリアにある色々な仕組みを作動させていく事で倒すタイプだ。これなら、挑戦者本人の戦闘力がほとんどなかったとしても討伐が可能となる。
まあ、クリアできる可能性がゼロの存在を持ってきはしないだろう、覚悟を決めて入るしかない。ここを突破しないと、地下二〇階への道が開けないのだから。
扉に鍵や罠がない事はすでに確認しているので、大きな扉を両手でゆっくりと押し開けていく。そうして扉の中に入ったところ、一つの看板が立っていた。
『ここから先に進みたければ、右手の壁に映し出される影絵の少女を、見事目的地までたどり着かせろ。少女は一定の速度で歩くが、地面などにある罠を発見する事はできない。また、箱などを見つけると、好奇心から必ず触ってしまうだろう。そんな危なっかしい少女を無事に守り通す事に成功すれば、奥にある扉が開くだろう』
え、何これ。これがボス戦!? この手のゲームってなんて言うんだろう。プレイヤーは主人公自体に一切干渉できず、あの手この手で道を作る必要があるやつ。それの、要トラップ回避バージョンか。
と、考える時間をあまりくれないようで、影絵の少女がゆっくりと歩き始めた。その先にある地面やら地形やらが映し出されている壁を眺めてみると、ものの見事に罠が山ほどある! このまま放置していては、影絵の少女は罠に掛かって吹き飛ばされる、落とし穴に落ちるなどの悲しい結末を迎えるだけだ。
(実質制限時間付きの罠解除を強いられるって事ね! なんていやらしいボス戦だ!)
罠は、影絵の少女が進むであろう直線にのみ仕掛けられていて、こっちが罠に引っ掛かる心配は一切ない設計だ。だから、影絵の少女を襲う罠の解除に集中できる。
罠の種類は色々で、丸太が前方から転がってくる、地雷、落とし穴、天井落とし、強制大跳躍、槍の床などなど。どれもこれも、少女が引っ掛かってしまったら無残な光景が展開する事間違いなしだ。そんな危険な罠だらけだというのに、少女は歩みを止めてくれない。それがこちらを嫌でも焦らせる。
(お願いだからもうちょっとゆっくり歩いてー! 解除が間に合わないー!)
罠の解除に役立つ七つ道具をフル活用しても、かなりぎりぎりのタイミングだ。罠そのものの難易度はそこそこレベルなのだが、時間制限があるとなると一気に厳しくなる。
時々、置かれている箱をペタペタと触ったり蓋を開けたりするので、そのときは一時的に止まってくれる。だが、その箱に仕掛けられている罠は常に解除難易度が高めなせいで、時間は全く稼げない。いや、逆に削られてる気がする。
そうなると影絵の少女に文句の一つも言いたくなってくるのだが、絶対に口にはしない。何せ「ワンモア」だ、下手な事を口にした途端、歩く速度が劇的に上がって強制失敗させてくるとかって展開も十分にあり得る。口は禍のもと、だ。
そんな影絵の少女との追いかけっこも、気がつけば後半戦に入っていた。罠の難易度が、ジワリと上がってきたのが分かる。簡単には通過させんぞというその意志は理解するが、勘弁してほしかった。これなら、普通にモンスターのボスと戦うほうがはるかに楽だ。少なくとも精神的にここまで追いつめられるような事はない。
影絵の少女の足音が、とても大きく聞こえる気がした。そんなはずはないのに、まるで大きなロボットが自分の隣を歩いているかのようだ。
汗が一滴、頬を伝った。ここまで短時間で罠を外し続けた疲労からだろうか? それとも冷や汗か?
(でも、あと少し、あと少しで到着するんだ。頑張れ自分!)
残す罠はあと数個。影絵の少女はすぐ後ろ。余裕は全くないが、それでも罠を発動させずに解除するにはミスが許されない。
今、リアルの自分の手は間違いなく汗でびしょびしょになっているはずだ。これがもし本当の異世界であったなら、使っている七つ道具を手汗で滑らせてしまっていた可能性が高い。そういったミスを生む原因がここにはないだけ、まだ慈悲があると考えよう。
罠を一つ外す。後ろから足音が聞こえるような気持ちを抑えながら、すぐ次の罠に取り掛かる。
刃を振るうわけではない、矢を放つわけでもない、魔法を唱えるわけでもない。だが、これは間違いなくボス戦だった。恐怖を感じ、焦りを感じ、心臓が早鐘を打ち、歯を食いしばる。一秒が長く感じるのか短く感じるのかも分からず、ただ目の前の障害に全力で取り組む事しかできない。
だからこそなんだろうか……最後の罠を外し、首の皮一枚残して目的地にたどり着いた影絵の少女が喜ぶような仕草を見せた瞬間に、自分は地面に倒れ込んだ。
VRだとかどうだとかそんなのはどうでもよく、ただ無意識のうちに感じないようにしていた疲労感のコントロールを投げ出したかった。
(終わった……もう二度とこれはやりたくない。レ○○○スとかのゲームよりよっぽどハードだ。何せ罠外しを自分の体を使ってやるわけだからな……)
地面に寝っ転がって荒い息を吐くのを止められない。一発クリアできたのは、まさに幸運だっただろう。もう一回やってと言われても、おそらく二度とできない。手は震えてるし、足にも力が入らない。あと一人盗賊系スキルを持っている人が一緒にいれば、随分と難易度が下がるだろうけど……それが許されるかなぁ? 何となくだけど、ここは一人でクリアしなきゃいけない難関のような気がする。
──そして今更ながらに考えたのは、『もし罠解除に失敗して少女が悲惨な事になったら、プレイヤー側にはどんなペナルティがあったんだろう』という事だ。
おそらく、ただダンジョンの入り口に戻されるだけ、ってのはないだろう。一番ありそうなのが、『少女と同じ罠を食らう』ってパターンだな。少女が罠に掛かってどうなったかを見せられた後に、『さあ、次はあなたの番です』とばかりに同じ罠で瀕死に追い込まれてから、ダンジョンの外に追い出される。序盤を除けば、罠はとにかく即死級ばっかりだったし……罠ダンジョンとしてはあり得るだろう。
もう一つあるとするなら、この部屋自体がデストラップ部屋に変貌するってパターンだろうか? 昔あったイベントのダンジョン「死者の挑戦状」に、宝箱を開けると回避不能脱出不可能な罠があったと掲示板に書かれていた記憶があるが、それと同じ羽目に陥っていたのかも。
あくまで想像の域を出ない話だし、なんにせよペナルティを喰らわずに済んだのだから、これ以上あれこれと考えるのはやめよう。
息もようやく整ってきた。いい加減この部屋からおさらばしたい。
奥の扉はとっくに開いていた。扉を潜ると、その先は宝物庫。
自分が通り過ぎた事を認識したのか、扉は閉じられた。あとは、このいくつもある宝箱の中からどれか一つを開ければ、地下二〇階に到着するんだろう。もう今日はログアウトしてゆっくりと休みたいので、適当に一番近くにあった宝箱を開けてみたら、その中身は……
「一グロー硬貨一枚」
であった。
あー、うん。ハズレって事なんだろうな、これは。でもハズレでも何でもいいです。あのボス部屋をクリアできた事が一番の報酬ですから。
宝箱の一つを開けた事で他の宝箱がロックされた後、壁の一部がせり上がった。あそこから出ろという事か……
その通りにすると、後ろでせり上がっていた壁が元に戻り、そして自分は地下二〇階へと到着した。
(一〇階と違って、随分と閑散としてるな)
二〇階には店員さんがおらず、いくつかのソファと仮眠用のベッド(?)、記録石が置かれているだけの、寂しい場所になっていた。
まあ、食事をしたいのであれば一〇階にワープすればいいだけだし、帰りたいなら一階にワープすればいい……この二〇階は、本当にただのセーフティゾーンとしての最低限の役割しか持たせていないのだろう。経費削減のためかね? 一階と一〇階に力を入れすぎて、こっちには手が回りませんでした、ってパターンかもしれぬ。こっちとしては、その役割を果たしてもらえれば十分何ですが。
まあクリアしたのでよしと割り切り、ログアウトしてすぐに就寝。
寝る前に下着を換えて、しっかりと手と背中を拭いたのだが……予想以上に汗でびっしょりだった……あの影絵の少女が夢に出ない事を祈りたい。
【スキル一覧】
〈風迅狩弓〉Lv50(The Limit!) 〈砕蹴(エルフ流・限定師範代候補)〉Lv42 〈百里眼〉Lv40
〈技量の指〉Lv78 〈小盾〉Lv42 〈蛇剣武術身体能力強化〉Lv18
〈ダーク・スラッシャー〉Lv9 〈義賊頭〉Lv68 〈隠蔽・改〉Lv7
〈妖精招来〉Lv22(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
追加能力スキル
〈黄龍変身〉Lv14 〈偶像の魔王〉Lv6
控えスキル
〈木工の経験者〉Lv14 〈上級薬剤〉Lv49 〈釣り〉(LOST!) 〈医食同源料理人〉Lv14
〈鍛冶の経験者〉Lv31 〈人魚泳法〉Lv10
ExP30
6
翌日。ログインして、地下二一階へと足を踏み入れた自分は呆然としてしまった。
地下二一階に降りた自分が見たもの、それは……
『この先は工事中です。申し訳ありませんが引き返してくださいね。ダンジョンマスターより』
と書かれた立て札だった。工事中って何ですか……というか、地下三〇階まであるってのが一つのルールだったんじゃないですか? そうボヤいてみたが、立て札の奥は壁になっており、進みようがない。
一応、この立て札が一種のトラップなのかと疑って調べてみたが、本当にただの立て札。その奥も仕掛けなど一切ない普通の壁。なので仕方なく引き揚げて、今は一階にてカフェオレを飲んでいる。
「後でお姉さまに言っておきますね、本当にごめんなさい」
カフェで働いてるミミック三姉妹のククちゃんには、この事を伝えておいた。もちろん、あくまで丁寧に穏やかに。それで十分通じるんだから、いきり立つ必要はない。
「今、お姉さまから手紙が届きました。先程の件を伝えたところ、これがその返答との事です。読んでみてください」
ククちゃんがそう言いながら、一通の封筒を自分に渡してきた。返事が早いなぁ、ここのダンジョンマスターがヒマだとは、とてもじゃないが思えないんだけれど。
さて、返事の中身はどうなってるんだ?
『先程、ククより報告を受けました。まずは今回の件、まことに申し訳ございません。罠エリアは製作が遅れており、現状、地下二一階より下が全く進められない状況となっております。ダンジョンのリソースが、格上モンスターエリアに多く割かれているためでございます。せっかくそこまで突破してくださった方にこのようなお願いをせざるを得ないのは、全くもってお恥ずかしい限りなのですが、しばしお時間を頂ければ幸いです。なお、蛇足ながら、罠エリアの地下二一階層へ到達なさったのは、貴方様が最初となっております。
ダンジョンマスター』
ふーん、自分が最初か。他の人はおそらく、地下一九階までは来られても、あの影絵の少女を超えられなかったんだろうな。それに戦闘や回復、生産を得意とする人は大勢いるが、罠の解除などの盗賊系能力を持つ人は、プレイヤーにも「ワンモア」世界の住人にもそう多くはないから、このような結果になったわけか。
ま、それならしょうがない。【円花】のトラウマ破壊の旅を再開するか。その他にも色々と寄り道をして、気が向いたらまたここに来ればいい。
さて、カフェオレも飲み終わった事だし、ここを後に──
「お、アースじゃねえか。こんな所で会うとは思ってなかったぞ」
この声は……声のした方向に振り向くと、そこにはグラッドとそのPTメンバーが勢揃いしていた。自分は右腕を挙げて、グラッドの声に応える。
「アースもここで訓練か? ここのモンスターは強さはそこそこでも数が多いから、なかなか楽しめるがよ」
相変わらず、グラッド達は強さを求め続けているらしい。まあ、この面子がそれをやめる日は、このゲームを引退する日か、サービスが終了する日まで来ないだろうな。それぐらい筋金入りの連中だからなぁ……最強プレイヤーは誰か、って論議が掲示板でたまに起こるが、そこからグラッドの名前が外れた事は一度たりともない。
と、グラッド達もこの席に座るようだ。彼らと相席をするなんて珍しい日だな。
「訓練と言えば訓練かな……もっとも、戦闘能力ではなく、罠の解除能力のほうだけれども」
フードを下ろし、ドラゴンスケイルヘルムを解除して、お喋りに付き合う事にした。フレンド登録はしている仲だが、普段は全然やり取りとかしないからなー。
「あー、罠のエリアか。同じ斥候役という立場からは、そっちの訓練も大事だってのはよーく分かるぜ」
自分の言葉に最初に反応したのはレンジャーのジャグド。彼と自分は冒険における仕事の役割がかなり近いから、一番理解し易いだろう。もちろん純粋な戦闘能力という点では、彼のほうが数段上になる。
「アースって色々やるタイプのプレイヤーだもんね。こっちみたく一点集中ってわけじゃないから、それはそれで大変そうだねえ」
なんて言葉が、魔法使いであるガルから出てくる。以前のイベントで食事を振舞った事があるから、自分が戦闘も生産もやるプレイヤーだって事は向こうも知っている。それに、自分がまだ料理を露店に出していたときなんかに、食べた事があるのかもしれない。
まあ、別に知られたって問題ない事だ。知られると困るのは〈義賊頭〉で動いた事ぐらいか? あ、あと、【円花】についてもか。
「ジャグト以外は基本的に一点集中型だからね、アタシ達は。そうしなきゃ最強の座には届かないからねえ。あ、アイスティーお願いします~。ほら、あんたらも早く注文しな!」
紅一点である格闘家ゼラァの合いの手が入る。
確かにグラッド達は、特定の方向に一点集中していないと実現不可能な強さを持っている。特に装甲の厚さという点で、鎧というより鉄板を纏っているとまで言われるザッドの装備は、おそらく他の誰にも真似できないだろう。装備したらまず動けないし、動けたとしても歩けない。そんな装備を身に纏って普通に動き、更に両手斧を振り回して戦うザッドの筋力ステータスって、いったいどうなっているんだろうか?
「──どうした? 俺の鎧が気になるか?」
ついそのザッドのほうを見つめてしまっていたようで、本人からそんな事を言われてしまう。なので、相変わらず他人には着込む事すらできそうにない鎧だなと改めて思わされたんだ、と正直に伝えておいた。
それに対して、そうか、とひと言だけ呟くように返してくるザッド。それにしても、彼はコーヒーを飲むときすら兜を脱がない。兜の一部がずらせて口元が出るようになる仕掛けがあり、そこから飲んでいた。
「ワンモア」の謎の一つにザッドの素顔が挙げられていたが、これは気になる人がいてもおかしくないな。
「それにしても、さすがに一階から三〇階まで休憩なしで戦い続けるってのはこたえるぜ……やり甲斐は十二分にあって面白いけどよ」
唯一、グラッドPTでよく分からないのが、このゼッドという槍使い。グラッドのPTにいるなら弱いなんて事はあり得ないし、相応の実力者ではあるのだろうが……自分が彼の戦いを見た事がないからなんだろうか、どうにも彼についてだけはイマイチ掴み切れていない部分がある。悪い奴じゃあないって事は何となく分かるんだけど、逆に言えばそれしか分からない。
そういえば、熱くなると突撃してしまうというバーサーク病は治まったんだろうか?
「いちいち休憩を挟んでたらヌルくなっちまうだろうが……限界ぎりぎりまで追いつめられてなおそこを切り抜ける力を得るってのが、ここに来ている目的だって事を忘れんな。準備が整っているときに勝つってのは当たり前で、俺達はどんな劣勢からでも勝ちをもぎ取れる実力と判断力をもっと磨かなきゃならねえんだ。それでも、テメエのバーサーク病はだいぶ治まってきたところは評価してやるが」
ブラックコーヒーを飲みながら、グラッドはゼッドにそう告げた。
あなたにおすすめの小説
十八年前の赤子の取り違え——婚約破棄された「養女」が、公爵家のただ一人の正統な令嬢だと判明した日
歩人
ファンタジー
メリルは、レイクハート公爵家に引き取られた「遠縁の養女」として育った。社交界に出ることも許されず、領地の治療院で病人の世話に明け暮れる日々。義姉ソフィアが王家に嫁ぐまでの「つなぎ」として第二王子の仮の婚約者に立てられても、メリルは「いずれ退く身代わり」と承知していた。
けれど治療院に通う第二王子リオネルと、メリルは本当に心を通わせてしまう。義姉ソフィアと後見人ライラは「養女が分を超えた」と激怒し、婚約を破棄してメリルを治療院ごと辺境へ追放した。
だが、辺境で疫病が広がったとき、王都は気づく。病を癒せる「聖癒」の力を持つ者が、もう一人も残っていないことに。
十八年前、ひとつの嘘があった。公爵令嬢の赤子と、後見人の娘の赤子がすり替えられていたのだ。社交界の令嬢ソフィアではなく——治療院の「養女」メリルこそが、公爵家のただ一人の正統な令嬢だった。
日陰で生きてきた手が、王国を救う。
愛しい義兄が罠に嵌められ追放されたので、聖女は祈りを止めてついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
グレイスは元々孤児だった。孤児院前に捨てられたことで、何とか命を繋ぎ止めることができたが、孤児院の責任者は、領主の補助金を着服していた。人数によって助成金が支払われるため、餓死はさせないが、ギリギリの食糧で、最低限の生活をしていた。だがそこに、正義感に溢れる領主の若様が視察にやってきた。孤児達は救われた。その時からグレイスは若様に恋焦がれていた。だが、幸か不幸か、グレイスには並外れた魔力があった。しかも魔窟を封印する事のできる聖なる魔力だった。グレイスは領主シーモア公爵家に養女に迎えられた。義妹として若様と一緒に暮らせるようになったが、絶対に結ばれることのない義兄妹の関係になってしまった。グレイスは密かに恋する義兄のために厳しい訓練に耐え、封印を護る聖女となった。義兄にためになると言われ、王太子との婚約も泣く泣く受けた。だが、その結果は、公明正大ゆえに疎まれた義兄の追放だった。ブチ切れた聖女グレイスは封印を放り出して義兄についていくことにした。
5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!
158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・
2話完結を目指してます!
事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で
重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。
魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。
案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。
「お前の字は子供の落書き」——代筆令嬢の元に届いた十年分の親書、すべて隣国王子の私信だった件
歩人
ファンタジー
子爵令嬢メリッサは、十年間、王の私的書記として親書の代筆を担ってきた。隣国の王子クラウスとの外交文書を毎月一通、彼女が王の筆跡で書き、隣国から届く返信を王に届ける——その繰り返し。「お前の字は子供の落書き。書記など下級官吏の仕事だ」婚約破棄の宴で王が放った一言に、メリッサは筆を置いて去る。翌朝、隣国の使者が困惑する。王の親書の筆跡が違う。慌てた政務官が王に「書き直してください」と求める。王は筆を取る——書けない。その日、王宮にクラウス王子自身が訪れた。「メリッサ嬢に会わせていただきたい」クラウスは静かに、十年前の最初の親書の写しを取り出す。「親書の行間に、毎回一文ずつ私が書いた言葉があります。それは王陛下にではなく、代筆をしてくれていた『あなた』に宛てた言葉でした」メリッサは目を伏せる。十年。三千通。彼女が一度も読まなかった「行間の私信」が、ようやく彼女のもとへ届いた。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
試験でカンニング犯にされた平民ですが、帝国文官試験で首席合格しました
あきくん☆ひろくん
恋愛
魔法学園の卒業試験で、私はカンニング犯に仕立て上げられた。
断罪してきたのは、かつて好意を寄せてくれていた高位貴族の子息。そしてその隣には、私を嫌う貴族令嬢が立っていた。
平民の私には弁明の余地もない。私は試験の順位を辞退し、その場を去ることになった。
――だが。
私にはもう一つの試験がある。
それは、帝国でも屈指の難関といわれる帝国文官試験。
そして数日後。
その結果は――首席合格だった。
冤罪で断罪された平民が、帝国の文官として身を立てる物語。