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第十九話

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「ふぅ…」

俺は息を吐いて覚悟を決めた後に、目の前のドアをノックする。

するとすぐにドアが開いて、部屋の主が顔を覗かせた。

「あら、アリウスちゃん。どうかしたの?お母さんと一緒に寝る?」

「違います、お母様。少しお聞きしたいことがあってきました」

出てきたのは母親のシルヴィアだった。

夕食の一時間後、俺は少しシルヴィアに聞きたいことがあって彼女の部屋を訪れていた。

「何かしら?とりあえず入って」

「はい。失礼します」

俺はシルヴィアに部屋の中に誘われ、ベットの上に座らされる。

そしてシルヴィアは俺よりも後ろに座り、俺を後ろから抱きしめてきた。

「話って何?なにか悩み事?お母さんに何でも話してみて?」

「いえ、自分自身のことではなくて…」

シルヴィアの過剰なスキンシップはいつものことなので、俺は特に気にすることなく用件を口にする。

「お父様のことで相談が」

「あらアイギス?彼がどうかしたの?」

シルヴィアがぎゅっと俺を抱きしめる力を強める。

「もしかしてアイギスにこっ酷く叱られた?だとしたら私がアイギスを後で叱っておくから…」

「いえ、そうじゃなくてですね」

「…?じゃあ、何?」

「ほら、お父様。最近すごく元気がないというか、何かに悩んでいる感じじゃないですか」

そう。

俺はシルヴィアに、アイギスが悩んでいる理由を尋ねるつもりだった。

本人に直接聞いても『お前には関係ない』と突っぱねられるからな。

それなら間接的にシルヴィアに聞こうと思ったのだ。

シルヴィアなら少なくとも俺よりも何か知っているのではないかとそう考えた。

もし、シルヴィアも俺と同様何も聞かされていないのだとしたらお手上げだが。

「うーん…ええと…アリウスちゃん。それはちょっと複雑でね…?」

「…」

俺はシルヴィアの反応から、絶対に何か知っていると確信する。

「お母様。俺はもうお父様が悩んでいるのを黙ってみていられないです。何か力になれることがあるならしておきたい。お父様が悩んでいる理由を話せる範囲で教えてくれませんか?」

シルヴィアは子である俺からのおねだりには弱い。

こうして感情に訴えかければ、簡単に口を破るだろうという計算があった。

だが、俺の言葉自体は本心だった。

アイギスには魔導書を買ってもらったりと、日頃よくしてもらっている。

何か俺に出来ることがあれば、しておきたいと思っていた。

「わかりました。アリウスちゃん…これはアイギスに言っちゃダメって言われてるから、絶対に私から話したって言っちゃダメよ?」

「はい。もちろんです」

やはりシルヴィアはアイギスの悩みの原因を知っているのか。

シルヴィアは、はぁ、と息を吐くと覚悟を決めたように話し出した。

「アイギスが悩んでいるのはね…領地の運営についてですよ。少し難しい話になるから、わからなかったら言ってね?」

そんな前置きと共にシルヴィアから語られたのは、要するに領地運営のための資金が足りていないという話だった。

子供である俺がいうのもアレだが、領主としてのアイギスは非常に領民思いでいい統治者だ。

領民たちから回収する税は必要最低限。

時には屋敷の資産を売ってでも、領民たちの負担を軽くしたりする。

ゆえにエラトール家は領民たちからとても好かれており、毎日のように贈り物が多数送られてくる。

そんな領民思いの政治を執り行ってきたアイギスだったが、最近領地の財政が苦しくなり始めた。

理由は隣の領地を収めているカラレス家の力が大きくなってきたことにある。

カラレス家は、つい数年前に領主が死んで新たにその息子が領主の地位に収まったのだが、その新たな領主が非常に領土の拡大に野心的であり、兵力を強化しているらしいのだ。

領主が代替わりしてから今までの数年間の間に、雇っている騎士の数が二倍になったのだとか。

帝国は弱肉強食の世界であり、領主同士の争いを禁じていない。

ゆえに、兵力を有していないと、他の領主に攻めいられ領地を奪い取られてしまう。

無論そんなことになれば領民たちが不幸になるため、アイギスもカラレス家の兵力増強に合わせて、雇う騎士の数などを増やしてきた。

だが、領地防衛には金がかかる。

今までは、蓄財してきた資産でなんとか賄ってきたが、ついに家の資産も少なくなってきて、防衛力の維持が難しくなってきた。

そんなアイギスに残された選択肢は一つ。

それは民に課す税を重くすることだ。

けれど、領民思いのアイギスにはすぐには増税の決断ができない。

そのことでアイギスはここ最近頭を悩ませて解決策を模索しているとのことだった。

「…なるほど。そういうことだったのですね」

シルヴィアの話を聞き終えた俺は納得した。

いかにもアイギスらしい悩みだと思った。

「アリウスちゃん。このことは誰にも話しちゃダメですよ?わかった?」

「はい。お母様。話してくれてありがとうございます」

「ええ。これで用は済んだ?」

「はい。ありがとうございます。ではこれで」

「あっ、待ってアリウスちゃん」

「…?」

「まだアリウスちゃん成分を十分に補給できていないからもうちょっとここにいて」

「…いや、何ですかそれ」

「いいから、ほら。最近イリスに構ってばかりでごめんなさいね。ほら、アリウスちゃん。お母さんが癒してあげますよ。魔法の訓練で疲れているでしょう?」

「はぁ…わかりました」

こうなるとシルヴィアは聞く耳を持たない。

それは八年間この家で過ごしてよくわかっているので、俺は諦めてシルヴィアのされるがままになる。
「むふふ~。アリウスちゃんはいい匂い~」

「…」

俺はシルヴィアに思いっきり抱きしめられながら、何かアイギスの力になれることはないかと考えるのだった。



「俺に何かできることあると思うか?クロスケ」

『ワフ…?』

俺がそう問いかけると、俺の近くに座ってじっとこちらをみていたクロスケが首を傾げた。

「いや、何でもない。こっちの話だ」

『ワフ…?』

俺は、はぁ、と重苦しいため息を吐き出す。

アイギスが悩んでいる理由をシルヴィアに尋ねて知ってから十日ばかりが経過していた。

俺は相変わらず魔法の修行を続けている。

そしてアイギスも相変わらず、財政難に頭を抱えているようだった。

何か俺に出来ることはないか。

そのことを今日までかんがえてきたが、しかし、結局俺には何も思いつかなかった。

アイギスが領地経営に必要としているお金は、とても子供の俺にどうこうできる額ではない。

色々考えたが、俺に出来ることは現状なさそうだった。

「やっぱ増税するのかな?」

『ワフゥ…』

このままだとアイギスは領地を守るために増税せざるを得ないだろう。

そうすればいくら慕われているアイギスといえと、多少領民たちからの避難の声も出てくるだろう。

そうなれば領民思いのアイギスは完全に意気消沈してしまうだろうと思われた。

「無力だなぁ…」

『ワフゥ…』

これまで育ててくれたり、魔導書を買い与えてくれたり、エレナを雇ってくれたりと色々してもらってアイギスにかなりの恩義を感じているだけに、こういう時に手助けしてやれない自分に無力感を感じる。

俺が肩を落とすと、クロスケも同情するように少し気落ちしたような鳴き声をあげた。

「…ま、今はそんなことを悩んでいても仕方がないな」

散々考えた挙句、俺には出来ることがないという結論に至ったのだ。

ウジウジ悩んでいても仕方がない。

俺は俺に出来ることをするだけだ。

そう考え直し、俺は魔法の訓練に集中する。

「クリエイト・ランス」

俺はずっと訓練してきた、土魔法を改変した魔法を詠唱する。

すると手の中の一握りの土が、ほぼ完璧な槍に一瞬で変化した。

これまでの訓練で、俺は土魔法を改変し、ほぼ自由自在に操れるようになっていた。

「こっちの方はかなり形になってるんだけどな…」

この訓練を始めた当初は、魔法の改変なんてことがほんとうにうまくいくか半信半疑だったが、しかし、諦めずに訓練を続けたことで、ここまで到達することができた。

今後は土魔法だけでなく他の属性の魔法の改変にも挑戦するつもりだ。

「やることは山積みだな…ん…待てよ…?」

手の中の槍をじっと眺めていた俺はあることを閃いた。

「本当に俺に出来ることは何もないのか…?」

俺は何日もの訓練の末、土魔法を自由に改変できるようになった。

この技術をうまいこと利用すれば……もしかしたら領地経営のための資金調達が可能なんじゃないか…?

「試してみる価値はありそうだな…」

うまくいくかどうかはわからない。

だが、手をこまねいていてはアイギスが増税の決心をしてしまうかもしれない。

俺は頭に浮かんだ思いつきを、試してみることにした。



「で、出来た…」

それから三日後。

エレナとの訓練の後の魔法の修行を一旦やめてあるものを作成していた俺は、ついに今日、作りたかったものを完成させて思わず息を呑んでいた。

「か、完璧だ…ほとんど想像通りだ…」

改めて土魔法の使い勝手の良さに驚愕させられた。

思い付いた当初は突拍子もないアイディアだと思ったが、これだけ短期間で形に出来るとは思ってもみなかった。

「オセロ…う、売れるだろうか…」

盤上に刻まれた縦横八列のマス目。

そしてマス目の数だけ存在する黒と白の石。

そう。

俺が三日間かけて土魔法で作り出したのは、日本でポピュラーだったボードゲームのオセロだった。

もちろん魔法でつくったものなので、日本の市販品よりもマス目は荒いし、石の形や重さも異なるが、遊ぶのには問題ないほどの完成度にはなっていた。

俺の考えとはズバリ、アイギスに頼んでこれを量産してもらい、領民や他の領地の人々に向けて売って領地防衛のための資金を調達できないかということだった。

「この世界には娯楽が少ない…売れる可能性は十分にあるはずだ」

八年間この世界で暮らしてきて十分痛感しているのだが、とにかくこの世界には娯楽が少ない。

暇を潰せるようなものがほとんどないのだ。

だが、人は遊ぶ生物だともいう。

きっとこの世界の人たちも本質的には、時間を潰せる娯楽を求めているはずなのだ。

俺はオセロが娯楽品として受け入れられる素地は十分にあると考えていた。

「まずは…アイギスとやってみるか」

計画の成功にはアイギスが不可欠だ。

俺一人では、量産や売り買いは出来ないからな。

まずはアイギスにこのオセロで遊んでもあり、面白さを理解してもらうことが先決だろう。

俺は出来たばかりのオセロ盤と石を持って、屋敷へと戻るのだった。



「よし…入るか…」

扉の前で何度か深呼吸をした俺は、意を決してドアをノックする。

「入れ」

すると中から入室の許可を出す声が聞こえてきた。

「失礼します」

俺はそう断ってからドアを開けて部屋の中へと入る。

「アリウスか」

執務机に向かって腕を組んでいた人物が顔を上げる。

我が父親でありエラトール家の領主のアイギスだ。

眉間に皺がよっているところを見ると、相変わらず財政難の解決方法に頭を悩ませているようだった。

「何かようか?私は今忙しいんだが…」

「お父様。話したいことが」

「私でなければダメか?シルヴィアでも済むならそうしてくれ」

アイギスは少し疲れたようにそういった。

そりゃそうだろう。

ある意味で領地存続の危機とも言える重要な問題を抱えている最中に、八歳の子供の相手をしている余裕はないだろう。

だが、ここで追い返されるわけにはいかない俺はなんとか食い下がる。

「あまり時間は取らせません。どうしてもお父様に聞いてほしいことが」

「…そうか。なら手短に頼む」

アイギスが頷いて、話を聞く姿勢になる。

俺は後ろ手に隠していたオセロを前に持ってきて、アイギスの執務机に置いた。

「これは…?」

アイギスが首を傾げる。

「俺が考えたゲームです」

「…ゲーム?なるほど…しかし、随分作り込まれた道具だな。これは自作したのか?」

「はい…実は一年以上前にこのゲームを思いついて、ずっと隠れて作っていました」

俺は嘘をついた。

土魔法を使えることは秘匿したい。

だが、これだけのものを八歳の子供が短期間で作ったは無理がある。

なので一年という長い期間をかけて作ったということにした。

そのほうが興味も持ってもらえるだろうと思ってのことだ。

「一年以上…」

アイギスが少し興味をそそられたというように、オセロを眺め始める。

よし。

ここまではおおむね作戦通りだ。

俺はアイギスとオセロをするためにさらに話を進める。

「ルールはとても簡単です。教えるので、一回戦ってみませんか?」

「ん?対戦ゲームなのか?」

「はい」

「…うむ…それは少し興味があるが、私は今忙しい。悪いがシルヴィアに遊んでもら」

「俺はお父様と遊びたいです」

俺をシルヴィアに押し付けようとするアイギスに、俺はキッパリとそういった。

アイギスが少し驚いたように目を瞬かせる。

「お父様は最近疲れているように見えます。何か悩み事があるのはなんとなくわかります。でも、考えすぎは良くないです。たまにはリフレッシュして疲れを癒してほしいです」

「…むぅ」

「一戦やりましょう、お父様。きっと面白いですよ」

「…うむぅ」

アイギスがオセロをじっと見つめて逡巡する。

俺はじっと黙ってアイギスの答えを待つ。

やがてアイギスが決心がついたように俺に向かっていった。

「わかった。そこまでいうなら一戦、やってみよう。お前が一年かけて作ったわけだからな」

「…!」

よし。

賭けに勝った。

俺は心の中でガッツポーズをとる。

ここまでこればあとは消化試合みたいなものだ。

「ありがとうございます!じゃあ、早速対戦しましょう。ルールを説明しますね?」

「よろしく頼む」

アイギスが真剣な表情で話を聞く体制になる。

俺はそんなアイギスに、オセロのルールを簡単に説明するのだった。



「なるほど。大体ルールはわかった」

五分程度で俺はわかりやすくオセロのルールをアイギスに説明した。

アイギスは盤上に並べられた四つの石と俺をみて感心したように言った。

「しかし、聞いた限りだと良く出来ているゲームに思える。アリウス。良くこんな複雑で面白そうなゲームを思いついたな」

「…あはは。本当にたまたまです」

俺は頭をかいて誤魔化した。

アイギスはますます感心したようにいう。

「魔法だけじゃなく我が息子にはこんな才能もあったのか…!父親として鼻が高いな!わははははは!」

アイギスが豪快に笑った。 

少しずついつもの元気なアイギスに戻りつつある。

俺はそのきっかけを作れたことを喜ばしく思いながら、たくさんある石を手に取っていった。

「では先行後攻を決めて実際に対戦してみましょう。やりながらだとより深くルールを理解できると思います。俺は自分で何度かシミュレーションして段取りは把握していますから、わからないことがあれば聞いてください」

「よしきた!」

腕まくりをするアイギスと、俺は実際にオセロの対戦を開始する。

…それから半時間後。

「な、なんだこの面白いゲームは…!」

結果から言おう。

「やってみてわかったが、信じられないほど奥が深い…!こんな画期的なゲームは今までにやったことも聞いたこともない!!」

アイギスは、オセロの奥深さに完全に魅了されていた。

俺にボロ負けしたというのに、子供のように顔を輝かせて大声で捲し立てる。

「途中までは勝ったと思ったのだが、完全に逆転されてしまった…!なるほど、アリウス。私は一つの定石に気づいたぞ!角を取ること!それが重要なのだろう!?」

「その通りですお父様」

俺が早くもコツの一つに気づいたらしいアイギスに頷きを返すと、アイギスは興奮した口調で語る。

「やはりそうか!角は挟まれることがない…!よって角を一度取ると、そこの色は二度と変わることがない…!今の勝負でお前は常に角を取ることができるように立ち回っていた…!私はそれに気が付かなかった」

「俺はゲームの制作者なので…少し卑怯だったかもしれません」

「いやいや、そんなことはない…!本当にすごいぞアリウス…!私は本当に驚いている…!きっとこのゲームはもっと奥深く、たくさんの定石が隠されたゲームなのだろう…!よし、もう一回だ!!」

「ええ、もちろん」

「次は負けないぞ!」

すっかりオセロにハマったらしいアイギスが、再戦を要求してくる。

当然俺はそれに応じて、一度盤上の石を取り払い、最初の配置に戻す。

「ふふ…今度はそう簡単に勝てると思うなよ、アリウス…!私は製作者のお前に勝ちたい…!勝つまでやるぞ!手加減はなしだ!」

「わかりました」

俺が頷くと、アイギスは楽しくてたまらないと言ったように石を手に取ったのだった。
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