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第一部
18 テュポーン撃破
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台風の目から飛び降りざま、太刀で脳天を突く。
テュポーンの頭部が凹み、逸れた太刀は肩を深く削って、機体の翼をも切断した。機体の傷口から盛大な火花が散る。電源が切れたPCのように、テュポーンは光を失って沈黙した。
竜巻は止み、吹き荒れていた黒い暴風が静かになる。
俺はオモイカネの胸部ハッチを開けた。
辺りを警戒しながら機体を降り、動かないテュポーンの装甲を素手で撫でる。
低い振動音と共に、テュポーンの胸部が開いた。
「弘!」
ほんの少し、爪の先くらい、勢い余って弘に生死に関わるダメージを負わせていたらどうしようと思ったが、杞憂だった。
操縦席からずり落ちそうになっている弘は、しっかり息をしていて、怪我も無さそうだ。
まずは、弘の体をコックピットから引きずり出す。
テュポーンの足元に落として、襟首をつかみ、揺さぶった。
「おい、起きろ」
「うーん」
弘は目を開けると、俺をまじまじと見上げた。
「本当に村田……?」
「歯を食いしばれ」
約束通り、俺は弘の顔面を一発殴った。
あー、スカッとした。
「信じられない。親にも殴られたことはないのに」
お前はどこのアニメの主人公だ。
這いつくばった弘は、腫れた頬に手を当て、まだ状況を把握できていないようで呆然としている。
「村田、それはパイロットスーツ……?」
はッ。海水に濡れたから制服を脱いでそのままだった。
「俺の格好のことは忘れろ!」
もう一発殴っておこうか。
「はーい、皆さん、私に注目してください。この手の中にあるのは、何でしょうか?」
その時、佐藤さんが、コックピットから顔をのぞかせる。
「?!」
俺はぎょっとした。
佐藤さんがその手に持っているのは、黒光りする拳銃だった。
「佐藤、何を……?!」
弘にとっても予想外の展開らしい。
間抜けな顔をさらして絶句している。
「素晴らしい友情でした。そして退屈なショウでした。ああ、弘様、あなたは探し求めた理想の主ではなかった。私はとても悲しい」
佐藤さんは流暢に、演劇を語るように、唖然とする観衆に向かって大仰に語りかける。
「かくなる上は、天岩戸の詳細データを手土産に英国に参りましょうか。あそこは執事修行時代に散々お世話になった国です。天岩戸の最新簡易マップは、大変良い売上になりました」
「地図を流出させたのは佐藤さんだったのか!」
片手に拳銃、片手に異世界スマホを持って、佐藤さんは片方のスマホをこれ見よがしに振って見せた。
「いつの間にデータをダウンロードしたんだ?」
「天照貿易特務機関の本部の霊脳室に潜り込めば、簡単でした。その時に知りましたよ。村田くん、君がこの世界に血縁がいて、機関のエースパイロットと目されていることをね」
「!!」
銃口が、俺の額に向けられる。
「君に恨みはありませんが、これも私の権貴栄達、立身出世のため。あ、ちなみに私、外国の傭兵部隊にいたこともありまして、この距離でなら外しませんよ」
佐藤さん、いったいどういう経歴なんだ。謎すぎる。
逃げることもできず、俺は汗を流して立ちすくんだ。
叔父さんが言っていた「長く生きられない」という言葉を思い出す。久我家の因縁、重すぎるだろ。
せめて咲良とキスしたりしてから死にたかったな。
バン! と銃声が響いた。
目の前が暗くなる。
気付くと、オモイカネが腕を伸ばし、銃弾をさえぎっていた。
「たぬき……!」
オモイカネに憑依している、狸の仕業だ。
俺は胸を撫で下ろす。
と同時に疑問を抱いた。
狸は、いつも俺を守ってくれている。狸がもし古神の意思なら、天照大神は、俺が死なないように守っていることになる。それって早死にの話と矛盾しないか。
「ロボットがオートで動くとは、異世界は技術が進んでいるのですね」
感心した風の佐藤さんの後ろに、影が射した。
妖艶な女性の姿をした悪魔が、佐藤さんの背後に立つ。
「どいつもこいつも、使えないわね……!」
悪魔のお姉さんはご立腹のようだ。
「翼が折れたら飛べないじゃない! テュポーンはハイレベルなエンシェントフレームなのに、操縦者が低脳だとスペックを活かしきれないのね。ああ、雑魚を乗せるんじゃなかったわ!」
「低脳……雑魚……俺のことを言っているのか? 違うよな?」
弘は尻餅のまま、茫洋と視線をさ迷わせた。
悪魔のお姉さんは、そんな弘に容赦なく人差し指を突き付けた。
「お前のことよ!」
「?!」
「おまけにシツジだかヒツジだか分からない奴は、簡単に貴重な操縦者を殺そうとするし! 印を持っている操縦者は、生かして捕らえて実験材料にするに決まってるでしょ!」
「ヒツジ? 私のことでしょうか?」
「あなたのことよ」
きょとんとする佐藤さんの襟首をひっつかみ、悪魔のお姉さんは凄絶な笑みを浮かべた。
「機体の修復には、人間の霊力が必要だけど、霊力の無い人間からは代わりに生命力を頂くの。いいでしょ、サトウ。だってあなた、余計な事をするんだもの」
その台詞に俺は嫌な予感を覚え、咄嗟に佐藤さんに向かって警告の声を上げた。
「佐藤さん、逃げろ!」
「え?」
悪魔のお姉さんは無造作に、佐藤さんをコックピットに放り込んだ。
まるでゴミ箱に投げ捨てるように。
バタンと胸部が閉まった。
「……ぐああああああああああっ!!」
それと同時に佐藤さんと思われる絶叫が、幾重にもエコーして響き渡った。
悪魔のお姉さんの姿が、すっと機体に溶け消える。
『アハハハハハ!』
女性の高笑と共に、俺が破壊したテュポーンの機体が急速に修復していく。
「……佐藤が、ロボットに、食われた?」
弘が蒼白な顔で呟いた。
半ば予想していたものの、俺もさすがにゾッとしている。
この世界のロボットは「神」と付いているだけあって、機械よりかは生き物に近いのかもしれない。
元通りに修復したテュポーンは立ち上がり、空に向かって翼を広げる。
そして一陣の黒い旋風となって、白い月に向かい飛翔を始めた。
「いったいどうなっているんだ。もう嫌だ、帰りたいよ……!」
迷子の子供のように途方に暮れ、弘は背中を丸めブツブツ嘆いた。
俺はその背中を乱暴に蹴る。
「馬鹿! なんで自分だけ帰るって発想になるんだよ! 綾さんはどうした? 佐藤さんも死んだとは限らないだろ!」
自分で言っていて、いや佐藤さん死んでるだろと思う。
死んでいても骨くらいは拾ってあげないとな。
一応、あれでも只の知り合いよりかは近い関係だし。
「村田、俺には無理だ。俺はスーパーマンじゃない、無力な一般人なんだ!」
「ふーん。それが早めに分かって良かったじゃないか」
俺は、嫌々と首を振る弘に向かって言った。
「無力だって自覚するところから始めるんだよ。その次に、自分に何ができるかを考えるんだ」
動かない弘に見切りを付けて、オモイカネのフレームによじ登る。
すでにテュポーンはだいぶ離れてしまっている。
今から追い付けるだろうか。
『響矢ー!』
コックピットに入る手前で、俺を呼ぶ声がした。
「あれは……アマツミカボシ?!」
額に星を戴き、夜を閉じ込めた黒曜石のような装甲の機体が、空から舞い降りてくる。
胸部が開き、黒髪の美少女が顔をのぞかせた。
「咲良?! 待ってろって言ったのに」
「響矢が支援向きのオモイカネで出撃したから、大丈夫かなと思って。火力が足りないでしょう?」
「それは」
咲良は訳知り顔で微笑んだ。
「アマツミカボシは遠距離向け、超攻撃型の機体のようだったから、必要になる気がして。私の予感、間違いだったかしら?」
今まさに、遠距離攻撃したいけど、オモイカネでは無理だと諦めていたところだった。
「弾切れだって言っていたけど、ほら、ついさっき装填されたって!」
「咲良、お前すごいな」
「うふふ。お礼はご飯でお願いね!」
器用にウインクしてから、咲良はコックピットから飛び降りた。
俺とハイタッチして、すれ違う。
「オモイカネを頼む」
「任せて」
狸が小走りで俺の脇を抜けて行った。
ほんと気のきく相棒だな狸。
アマツミカボシに逆戻りした俺は、すぐさま機体を上昇させ、中央に大砲が嵌め込まれた特製ガトリング銃を構えた。
『響矢、オモイカネから照準を補助する情報を送るね』
「さんきゅ」
咲良が、敵の位置や進路のデータを送ってくれる。
「テュポーン、お前に恨みはないけど、天岩戸の詳細データを持っていかれるのは困る」
空中に表示された十字の照準を、拡大したテュポーンの後ろ姿にロックオンする。
「堕ちろ……!」
俺は、流星煌弾の引き金を引く。
一条の光は、狙いを外さずにテュポーンの黒翼を貫いた。
月に昇ろうとしていたテュポーンは、激しい炎を上げながら爆発し、墜落した。
テュポーンの頭部が凹み、逸れた太刀は肩を深く削って、機体の翼をも切断した。機体の傷口から盛大な火花が散る。電源が切れたPCのように、テュポーンは光を失って沈黙した。
竜巻は止み、吹き荒れていた黒い暴風が静かになる。
俺はオモイカネの胸部ハッチを開けた。
辺りを警戒しながら機体を降り、動かないテュポーンの装甲を素手で撫でる。
低い振動音と共に、テュポーンの胸部が開いた。
「弘!」
ほんの少し、爪の先くらい、勢い余って弘に生死に関わるダメージを負わせていたらどうしようと思ったが、杞憂だった。
操縦席からずり落ちそうになっている弘は、しっかり息をしていて、怪我も無さそうだ。
まずは、弘の体をコックピットから引きずり出す。
テュポーンの足元に落として、襟首をつかみ、揺さぶった。
「おい、起きろ」
「うーん」
弘は目を開けると、俺をまじまじと見上げた。
「本当に村田……?」
「歯を食いしばれ」
約束通り、俺は弘の顔面を一発殴った。
あー、スカッとした。
「信じられない。親にも殴られたことはないのに」
お前はどこのアニメの主人公だ。
這いつくばった弘は、腫れた頬に手を当て、まだ状況を把握できていないようで呆然としている。
「村田、それはパイロットスーツ……?」
はッ。海水に濡れたから制服を脱いでそのままだった。
「俺の格好のことは忘れろ!」
もう一発殴っておこうか。
「はーい、皆さん、私に注目してください。この手の中にあるのは、何でしょうか?」
その時、佐藤さんが、コックピットから顔をのぞかせる。
「?!」
俺はぎょっとした。
佐藤さんがその手に持っているのは、黒光りする拳銃だった。
「佐藤、何を……?!」
弘にとっても予想外の展開らしい。
間抜けな顔をさらして絶句している。
「素晴らしい友情でした。そして退屈なショウでした。ああ、弘様、あなたは探し求めた理想の主ではなかった。私はとても悲しい」
佐藤さんは流暢に、演劇を語るように、唖然とする観衆に向かって大仰に語りかける。
「かくなる上は、天岩戸の詳細データを手土産に英国に参りましょうか。あそこは執事修行時代に散々お世話になった国です。天岩戸の最新簡易マップは、大変良い売上になりました」
「地図を流出させたのは佐藤さんだったのか!」
片手に拳銃、片手に異世界スマホを持って、佐藤さんは片方のスマホをこれ見よがしに振って見せた。
「いつの間にデータをダウンロードしたんだ?」
「天照貿易特務機関の本部の霊脳室に潜り込めば、簡単でした。その時に知りましたよ。村田くん、君がこの世界に血縁がいて、機関のエースパイロットと目されていることをね」
「!!」
銃口が、俺の額に向けられる。
「君に恨みはありませんが、これも私の権貴栄達、立身出世のため。あ、ちなみに私、外国の傭兵部隊にいたこともありまして、この距離でなら外しませんよ」
佐藤さん、いったいどういう経歴なんだ。謎すぎる。
逃げることもできず、俺は汗を流して立ちすくんだ。
叔父さんが言っていた「長く生きられない」という言葉を思い出す。久我家の因縁、重すぎるだろ。
せめて咲良とキスしたりしてから死にたかったな。
バン! と銃声が響いた。
目の前が暗くなる。
気付くと、オモイカネが腕を伸ばし、銃弾をさえぎっていた。
「たぬき……!」
オモイカネに憑依している、狸の仕業だ。
俺は胸を撫で下ろす。
と同時に疑問を抱いた。
狸は、いつも俺を守ってくれている。狸がもし古神の意思なら、天照大神は、俺が死なないように守っていることになる。それって早死にの話と矛盾しないか。
「ロボットがオートで動くとは、異世界は技術が進んでいるのですね」
感心した風の佐藤さんの後ろに、影が射した。
妖艶な女性の姿をした悪魔が、佐藤さんの背後に立つ。
「どいつもこいつも、使えないわね……!」
悪魔のお姉さんはご立腹のようだ。
「翼が折れたら飛べないじゃない! テュポーンはハイレベルなエンシェントフレームなのに、操縦者が低脳だとスペックを活かしきれないのね。ああ、雑魚を乗せるんじゃなかったわ!」
「低脳……雑魚……俺のことを言っているのか? 違うよな?」
弘は尻餅のまま、茫洋と視線をさ迷わせた。
悪魔のお姉さんは、そんな弘に容赦なく人差し指を突き付けた。
「お前のことよ!」
「?!」
「おまけにシツジだかヒツジだか分からない奴は、簡単に貴重な操縦者を殺そうとするし! 印を持っている操縦者は、生かして捕らえて実験材料にするに決まってるでしょ!」
「ヒツジ? 私のことでしょうか?」
「あなたのことよ」
きょとんとする佐藤さんの襟首をひっつかみ、悪魔のお姉さんは凄絶な笑みを浮かべた。
「機体の修復には、人間の霊力が必要だけど、霊力の無い人間からは代わりに生命力を頂くの。いいでしょ、サトウ。だってあなた、余計な事をするんだもの」
その台詞に俺は嫌な予感を覚え、咄嗟に佐藤さんに向かって警告の声を上げた。
「佐藤さん、逃げろ!」
「え?」
悪魔のお姉さんは無造作に、佐藤さんをコックピットに放り込んだ。
まるでゴミ箱に投げ捨てるように。
バタンと胸部が閉まった。
「……ぐああああああああああっ!!」
それと同時に佐藤さんと思われる絶叫が、幾重にもエコーして響き渡った。
悪魔のお姉さんの姿が、すっと機体に溶け消える。
『アハハハハハ!』
女性の高笑と共に、俺が破壊したテュポーンの機体が急速に修復していく。
「……佐藤が、ロボットに、食われた?」
弘が蒼白な顔で呟いた。
半ば予想していたものの、俺もさすがにゾッとしている。
この世界のロボットは「神」と付いているだけあって、機械よりかは生き物に近いのかもしれない。
元通りに修復したテュポーンは立ち上がり、空に向かって翼を広げる。
そして一陣の黒い旋風となって、白い月に向かい飛翔を始めた。
「いったいどうなっているんだ。もう嫌だ、帰りたいよ……!」
迷子の子供のように途方に暮れ、弘は背中を丸めブツブツ嘆いた。
俺はその背中を乱暴に蹴る。
「馬鹿! なんで自分だけ帰るって発想になるんだよ! 綾さんはどうした? 佐藤さんも死んだとは限らないだろ!」
自分で言っていて、いや佐藤さん死んでるだろと思う。
死んでいても骨くらいは拾ってあげないとな。
一応、あれでも只の知り合いよりかは近い関係だし。
「村田、俺には無理だ。俺はスーパーマンじゃない、無力な一般人なんだ!」
「ふーん。それが早めに分かって良かったじゃないか」
俺は、嫌々と首を振る弘に向かって言った。
「無力だって自覚するところから始めるんだよ。その次に、自分に何ができるかを考えるんだ」
動かない弘に見切りを付けて、オモイカネのフレームによじ登る。
すでにテュポーンはだいぶ離れてしまっている。
今から追い付けるだろうか。
『響矢ー!』
コックピットに入る手前で、俺を呼ぶ声がした。
「あれは……アマツミカボシ?!」
額に星を戴き、夜を閉じ込めた黒曜石のような装甲の機体が、空から舞い降りてくる。
胸部が開き、黒髪の美少女が顔をのぞかせた。
「咲良?! 待ってろって言ったのに」
「響矢が支援向きのオモイカネで出撃したから、大丈夫かなと思って。火力が足りないでしょう?」
「それは」
咲良は訳知り顔で微笑んだ。
「アマツミカボシは遠距離向け、超攻撃型の機体のようだったから、必要になる気がして。私の予感、間違いだったかしら?」
今まさに、遠距離攻撃したいけど、オモイカネでは無理だと諦めていたところだった。
「弾切れだって言っていたけど、ほら、ついさっき装填されたって!」
「咲良、お前すごいな」
「うふふ。お礼はご飯でお願いね!」
器用にウインクしてから、咲良はコックピットから飛び降りた。
俺とハイタッチして、すれ違う。
「オモイカネを頼む」
「任せて」
狸が小走りで俺の脇を抜けて行った。
ほんと気のきく相棒だな狸。
アマツミカボシに逆戻りした俺は、すぐさま機体を上昇させ、中央に大砲が嵌め込まれた特製ガトリング銃を構えた。
『響矢、オモイカネから照準を補助する情報を送るね』
「さんきゅ」
咲良が、敵の位置や進路のデータを送ってくれる。
「テュポーン、お前に恨みはないけど、天岩戸の詳細データを持っていかれるのは困る」
空中に表示された十字の照準を、拡大したテュポーンの後ろ姿にロックオンする。
「堕ちろ……!」
俺は、流星煌弾の引き金を引く。
一条の光は、狙いを外さずにテュポーンの黒翼を貫いた。
月に昇ろうとしていたテュポーンは、激しい炎を上げながら爆発し、墜落した。
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