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第三章
第13話「すれ違い」
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華が学校を休んで、三日目になった。
翔太は華が学校を休んでいる理由が、自惚れかもしれないが、自分のせいではと気が気ではなかった。
だがあんな風に突き放した後、とても連絡を取る勇気がなく、何も出来ずに学校からの帰り道をトボトボ歩いていた。
ふと足元に赤いリンゴが転がって来て、翔太はギョッとした。
そのうち、玉ねぎ、じゃがいもと次々に坂道を転がって来る。
翔太は慌ててその野菜達も拾い上げると、坂の上を確認した。女性の持つ買い物袋に穴が空いている様で、そこからポロポロと品物が落ちて来ている様だ。
翔太は駆け出して、慌ててその女性を呼び止めた。
「あの、すいません! 落ちまし……」
そこまで告げて、翔太は呼吸が止まりそうになった。
「……あら? あれ、あなた翔太くんじゃない⁉︎」
その女性には見覚えがあった。
華の母親だ。
***
「もー、本当に大きくなったわね、翔太くん! ビックリしたわ! そうそう、お父さんと、陽太くんは元気?」
華の母親はこちらの返事を待たずに、次々に質問して来る。翔太は「ええ」「いえ」と相槌を打つだけで精一杯だった。
もうすぐ華の家に着く。翔太は思い切って、華の母親に質問してみた。
「あの、華ここずっと学校休んでますけど……大丈夫ですか?」
「ああ、熱が出てね。でも明日にはもう学校行けると思うわよ。あの子ねー、なんか精神的にショックな事があるとすぐに熱出すのよ。おばあちゃん亡くなった時も、一週間寝込んでたし……そういえば、小学校の頃もそんな事もあったわね」
翔太は華の熱の原因が、自分である事を確信した。申し訳なくて、項垂れている間に華の家の前まで来ていた。翔太は持っていた荷物を、華の母親に渡すと、それじゃこれでと去ろうとしたが――
「あら、待って翔太くん! 荷物運んでもらったお礼に、なにか出すから、上がって、上がって!」
いや、大丈夫ですと断ったが、何遠慮してるのーと当然押し切られる。この世で最強の主婦に、男子高校生が勝てるわけもなかった。
華の家に入ったのは、小学校以来だった。さほど様変わりしておらず、懐かしく感じた。
確か華の部屋は二階だったはず――
とりあえず華に鉢合わせる前に、出来るだけ速やかに帰ろうと思った矢先――
玄関奥の階段から、誰かが降りて来る音がする。
「お母さん、お帰りなさいー。あのさ、明日……」
そこまで言って、階段から降りて来た華は固まった。なんでここに翔太が居るのかと――
華と翔太は、暫く玄関を挟んでお互いを凝視する様に固まっていたが、その緊迫した空気を、華の母親のスマホの着信音が打ち破った。
「あ、はいもしもし……」
華の母親は、固まってる二人を気にも留めず、電話の相手と忙しそうに話していた。
じきに電話を終えると、病み上がりの華に夕飯の下拵えを任せて、慌てて家を出て行ってしまった。
残された二人は、その嵐の様な華の母親を、ボーゼンと見送る事しか出来なかった。
玄関先に、張り詰めた緊張感が流れていた。
翔太は、このまま華の家を出て行く事も出来ず、覚悟を決めるしかないと思った。
「……体調、大丈夫か?」
突然話しかけられて、華はビックリした。
「え? あ、うん……ていうか、どうしてウチに?」
「おばさんが道に落とした食材拾って、それでついでに荷物運んで来たっていうか……」
「何それ? ……お母さん、本当そそっかしいな……ありがとうね」
華はそうお礼を言うと、玄関先に置きっぱなしになってた、複数の買い物袋を両手で持ち上げて運ぼうとした。
すかさず、翔太がそれを掴む。
「何処に運べばいいの、これ?」
翔太は先日の事、今自分が思っている事、ちゃんと華に話さなければと思った。
***
見事な包丁捌きで、スルスルとじゃがいもを剥いていく翔太に、華は度肝を抜かれた。
昔から手先は、器用な方だと思っていたが、慣れている感がもう主婦だ。
「なに?」と華の視線に翔太は気づく。めっちゃ手慣れてるねーと、慌てて愛想笑いをする華に、まあ、普段からやらざるおえないしと、翔太は軽い自嘲のため息を漏らした。
翔太はじゃがいもの芽を、包丁のアゴでくり抜きながら目線を外さず続けた。
「この前、言った事……華は何も悪くないから。……俺の問題だから」
「……」
「……」
「……無理、ごめんって……言った事?」
そこまで言葉に出して、華は声が震えそうになった。
「俺さ……小学校の頃、周りの連中に揶揄われて、心を見透かされた気がして……」
そこまで言って、翔太は言葉を詰まらせた。
「華は全然俺の事、男として意識してないし、そう思えないだろ? ……でも、俺は違うんだよ……考えない様にと思ってだけど、やっぱ無理。そう言う、『無理』なの」
華は、今まで曖昧に誤魔化していたものが、しっかりとした言葉という形で伝えられ、もうどうしようもないんだと、嫌というほど思い知らされた。
もし自分が男だったら、こんな結末にはならなかったんじゃないかと思うと、女に生まれて来た事に、初めて後悔した。
つづく
翔太は華が学校を休んでいる理由が、自惚れかもしれないが、自分のせいではと気が気ではなかった。
だがあんな風に突き放した後、とても連絡を取る勇気がなく、何も出来ずに学校からの帰り道をトボトボ歩いていた。
ふと足元に赤いリンゴが転がって来て、翔太はギョッとした。
そのうち、玉ねぎ、じゃがいもと次々に坂道を転がって来る。
翔太は慌ててその野菜達も拾い上げると、坂の上を確認した。女性の持つ買い物袋に穴が空いている様で、そこからポロポロと品物が落ちて来ている様だ。
翔太は駆け出して、慌ててその女性を呼び止めた。
「あの、すいません! 落ちまし……」
そこまで告げて、翔太は呼吸が止まりそうになった。
「……あら? あれ、あなた翔太くんじゃない⁉︎」
その女性には見覚えがあった。
華の母親だ。
***
「もー、本当に大きくなったわね、翔太くん! ビックリしたわ! そうそう、お父さんと、陽太くんは元気?」
華の母親はこちらの返事を待たずに、次々に質問して来る。翔太は「ええ」「いえ」と相槌を打つだけで精一杯だった。
もうすぐ華の家に着く。翔太は思い切って、華の母親に質問してみた。
「あの、華ここずっと学校休んでますけど……大丈夫ですか?」
「ああ、熱が出てね。でも明日にはもう学校行けると思うわよ。あの子ねー、なんか精神的にショックな事があるとすぐに熱出すのよ。おばあちゃん亡くなった時も、一週間寝込んでたし……そういえば、小学校の頃もそんな事もあったわね」
翔太は華の熱の原因が、自分である事を確信した。申し訳なくて、項垂れている間に華の家の前まで来ていた。翔太は持っていた荷物を、華の母親に渡すと、それじゃこれでと去ろうとしたが――
「あら、待って翔太くん! 荷物運んでもらったお礼に、なにか出すから、上がって、上がって!」
いや、大丈夫ですと断ったが、何遠慮してるのーと当然押し切られる。この世で最強の主婦に、男子高校生が勝てるわけもなかった。
華の家に入ったのは、小学校以来だった。さほど様変わりしておらず、懐かしく感じた。
確か華の部屋は二階だったはず――
とりあえず華に鉢合わせる前に、出来るだけ速やかに帰ろうと思った矢先――
玄関奥の階段から、誰かが降りて来る音がする。
「お母さん、お帰りなさいー。あのさ、明日……」
そこまで言って、階段から降りて来た華は固まった。なんでここに翔太が居るのかと――
華と翔太は、暫く玄関を挟んでお互いを凝視する様に固まっていたが、その緊迫した空気を、華の母親のスマホの着信音が打ち破った。
「あ、はいもしもし……」
華の母親は、固まってる二人を気にも留めず、電話の相手と忙しそうに話していた。
じきに電話を終えると、病み上がりの華に夕飯の下拵えを任せて、慌てて家を出て行ってしまった。
残された二人は、その嵐の様な華の母親を、ボーゼンと見送る事しか出来なかった。
玄関先に、張り詰めた緊張感が流れていた。
翔太は、このまま華の家を出て行く事も出来ず、覚悟を決めるしかないと思った。
「……体調、大丈夫か?」
突然話しかけられて、華はビックリした。
「え? あ、うん……ていうか、どうしてウチに?」
「おばさんが道に落とした食材拾って、それでついでに荷物運んで来たっていうか……」
「何それ? ……お母さん、本当そそっかしいな……ありがとうね」
華はそうお礼を言うと、玄関先に置きっぱなしになってた、複数の買い物袋を両手で持ち上げて運ぼうとした。
すかさず、翔太がそれを掴む。
「何処に運べばいいの、これ?」
翔太は先日の事、今自分が思っている事、ちゃんと華に話さなければと思った。
***
見事な包丁捌きで、スルスルとじゃがいもを剥いていく翔太に、華は度肝を抜かれた。
昔から手先は、器用な方だと思っていたが、慣れている感がもう主婦だ。
「なに?」と華の視線に翔太は気づく。めっちゃ手慣れてるねーと、慌てて愛想笑いをする華に、まあ、普段からやらざるおえないしと、翔太は軽い自嘲のため息を漏らした。
翔太はじゃがいもの芽を、包丁のアゴでくり抜きながら目線を外さず続けた。
「この前、言った事……華は何も悪くないから。……俺の問題だから」
「……」
「……」
「……無理、ごめんって……言った事?」
そこまで言葉に出して、華は声が震えそうになった。
「俺さ……小学校の頃、周りの連中に揶揄われて、心を見透かされた気がして……」
そこまで言って、翔太は言葉を詰まらせた。
「華は全然俺の事、男として意識してないし、そう思えないだろ? ……でも、俺は違うんだよ……考えない様にと思ってだけど、やっぱ無理。そう言う、『無理』なの」
華は、今まで曖昧に誤魔化していたものが、しっかりとした言葉という形で伝えられ、もうどうしようもないんだと、嫌というほど思い知らされた。
もし自分が男だったら、こんな結末にはならなかったんじゃないかと思うと、女に生まれて来た事に、初めて後悔した。
つづく
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