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10 その後、思わぬ再会
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――ゴン。
「いったぁ……何……?」
何かが頭に当たり、私は目を覚ました。
目をパチリと開ければ、なんとそこは見知らぬ部屋。
側には花瓶が倒れていた。どうやら私はこれに当たったらしい。
やれやれと起き上がって、自分の格好に目を丸くする。
「え、えっ!?」
なんと私は一糸まとわぬ裸体だった。
ズキリと痛む頭を抑え、大混乱のまま、とりあえず毛布を身体に巻き付ける。
「えーと、私は昨日……夜会に参加して……」
……そうだ。月夜会が主催する仮面パーティに参加して黒い仮面をつけた男を誘って一夜を過ごした。
そこで行為に及び、朝を迎えた。
そこまで思い出し、私は自分の身体を見下ろす。身体には無数の赤い痣が浮かび、下腹部に感じる少しの違和感。
夢ではない。私は昨日の夜、ここでジェイと名乗った男と一夜を過ごしたようだ。
何故か部屋に入ってからの記憶が曖昧だが、状況証拠から概ねそういこうことなのだろう。
私は当初の目的通り処女を脱したらしい。
行為の記憶がないのは腑に落ちないが、断片的な記憶からジェイは相当手馴れているらしく、身体に少しの違和感を感じる程度ですんでいるし、シーツを確認したところ血も出ておらず、破瓜の痛みは感じなかったらしい。
処女でも破瓜しない人もいるようだし、痛みを感じなかったということはそれだけジェイが私に気を使ってくれたということであろう。割と紳士的であったし、初めてを捧げる相手としては申し分ない人物だったかもしれない。
部屋には既にジェイの姿はなかった。
ただ枕元にメモが一つ置かれていて『素敵な夜をありがとう。リーナにまた会えることを願っている』と書かれていた。
最後まで紳士だなぁ、と思いつつ私は仮面を取ると魔術を解いて元の姿に戻る。
栗色の髪は燃えるような赤い髪に。青い目は魔術を『発現』した証である黄金の色へと。これでシャルリーナ・ハッセンという令嬢がこの夜会にいたという痕跡は消えた。
まぁ昨日の夜会は一期一会の出会いを楽しむものであって相手の正体を探そうという不届き者はそうそういないはずである。
男爵令嬢シャルリーナ・ハッセンから騎士団長フェイルリーナ・ルブセーヌへと戻った私は部屋に備え付けの風呂に入ったあと空間魔術で収納していた騎士服を身にまとい、部屋を後にした。
*
「おはよう」
「おはようございます!!」
騎士団は朝といえど騒がしい。
ちょうど夜と朝の見回り組の交代の時間に被ったらしく、騎士団の中はいつもより賑わいを見せていた。
王国騎士団本部は寮も完備しており、中には食堂や大浴場などの施設もあり、常時何らかの用事で騎士が出入りしている。
騎士団長は専用の執務室と訓練場、それに併設した生活空間があり、普段私はそちらの方で過ごしている。
騎士団長という役職柄、私がルブセーヌ侯爵家の屋敷に帰ることは滅多になく、先日実家に帰宅したのも約二ヶ月ぶりのことだった。
羽を伸ばそうと戻ったのにその久しぶりの帰宅が散々だったので当分家に帰るつもりは無い。というか元婚約者の顔も妹の顔も暫く見たくなかった。
――あんなやつのことは綺麗さっぱり忘れよう。今は仕事に集中よ。
通り過ぎる騎士たちの挨拶を返しながらいつものように執務室に入った私は、室内に人影がいることに気づいた。私と同じ騎士服に、右の袖に特徴的な腕章。長い髪を後ろにまとめて眼鏡をかけたその男は副団長のユリシス・ローヴェルトだ。
「ユリシス?」
名前を呼ぶとユリシスが振り返った。
「ああ、いらっしゃいましたか団長」
「今来たところだが……どうした?」
するとユリシスはいつもは表情すらろくに動かさない冷悧な容貌を珍しく崩していた。眉をひそめて、眼鏡を通して見える目もいつもの精彩を欠いている。
「団長に、お客様です」
「客人? 私に?」
ユリシスの言葉に首を傾げる。今日は来客の予定は無い。前日に数日分の事務仕事を片付けて少し余裕があるから騎士の訓練でもしようかと考えていたところだ。
私の反応にユリシスはますます困惑した様子で口を開く。
「それが……相手が相手なんですよね……」
「誰なんだ?」
「魔術師団長なんです」
「魔術師団長?」
ユリシスの言葉に、今度は私も眉をひそめた。
ここクレデュース王国には直属の国家機関にふたつの分類がある。それが魔術師団と騎士団。
魔術に適性があり、多彩な攻撃方法と治癒の力を用いて主に大規模戦闘や後方支援を担当する魔術師団。
魔術に適性があってもなくても剣やその他の武器を扱い前衛的役割と治安維持、防衛を担う騎士団。
役割的には似たような機関でありながら、魔術師団と騎士団は非常に仲がよろしくない。
魔術師は剣しか扱えない騎士を『脳筋』と見下し、騎士は魔術を扱えるために高圧的な振る舞いをする魔術師を嫌っているからだ。
そんなお世辞にも良好的な付き合いをしているとは思えない魔術師団の団長が、何故わざわざ騎士団長を訪ねてきたのか。
なるほど、ユリシスが怪訝な表情をするわけだ。
「まぁとりあえず、お待たせしているようだし、話を聞きに行こうか」
「応接室におられますので、後はよろしくお願いします」
「わかった」
とりあえず先方の用事は聞くべきだろう。
そう判断した私は、ユリシスの心配そうな視線を受けながら、執務室の隣にある応接室へと足を運んだ。
「――お待たせしました。騎士団長のフェイルリーナ・ルブセーヌと申します」
ノックして返答を聞き、応接室に入った私はソファに座る人物に目を向けた。
濃紺の髪に私と同じ『発現』した黄金の瞳。
魔術師特有の黒のローブは纏わず、群青の騎士服を着ている。
魔術師団長は十代ですでに『発現』を成し遂げた天才で、今は25歳だと聞いた。
大層な美形と噂されており、目下社交界ではどの令嬢が彼の伴侶に選ばれるのか注目されていると、妹のユーフェルミナが言っていた。
成程確かにこうしてみると噂通りの美貌だ。
しかしこの顔……どこかでみたことあるような?
しかもつい最近のような気もする。こんな美貌一度見たら忘れないだろうに。
どこで見たのだろう。
呑気にそんなことを考える私に、麗しのご尊顔を持つ魔術師団長がにこやかに話しかけてきた。
「またお会いしましたねリーナ。体の調子はいかがですか?」
その物凄く聞き覚えのある名前と声に、私は思わず凍りついた。
「いったぁ……何……?」
何かが頭に当たり、私は目を覚ました。
目をパチリと開ければ、なんとそこは見知らぬ部屋。
側には花瓶が倒れていた。どうやら私はこれに当たったらしい。
やれやれと起き上がって、自分の格好に目を丸くする。
「え、えっ!?」
なんと私は一糸まとわぬ裸体だった。
ズキリと痛む頭を抑え、大混乱のまま、とりあえず毛布を身体に巻き付ける。
「えーと、私は昨日……夜会に参加して……」
……そうだ。月夜会が主催する仮面パーティに参加して黒い仮面をつけた男を誘って一夜を過ごした。
そこで行為に及び、朝を迎えた。
そこまで思い出し、私は自分の身体を見下ろす。身体には無数の赤い痣が浮かび、下腹部に感じる少しの違和感。
夢ではない。私は昨日の夜、ここでジェイと名乗った男と一夜を過ごしたようだ。
何故か部屋に入ってからの記憶が曖昧だが、状況証拠から概ねそういこうことなのだろう。
私は当初の目的通り処女を脱したらしい。
行為の記憶がないのは腑に落ちないが、断片的な記憶からジェイは相当手馴れているらしく、身体に少しの違和感を感じる程度ですんでいるし、シーツを確認したところ血も出ておらず、破瓜の痛みは感じなかったらしい。
処女でも破瓜しない人もいるようだし、痛みを感じなかったということはそれだけジェイが私に気を使ってくれたということであろう。割と紳士的であったし、初めてを捧げる相手としては申し分ない人物だったかもしれない。
部屋には既にジェイの姿はなかった。
ただ枕元にメモが一つ置かれていて『素敵な夜をありがとう。リーナにまた会えることを願っている』と書かれていた。
最後まで紳士だなぁ、と思いつつ私は仮面を取ると魔術を解いて元の姿に戻る。
栗色の髪は燃えるような赤い髪に。青い目は魔術を『発現』した証である黄金の色へと。これでシャルリーナ・ハッセンという令嬢がこの夜会にいたという痕跡は消えた。
まぁ昨日の夜会は一期一会の出会いを楽しむものであって相手の正体を探そうという不届き者はそうそういないはずである。
男爵令嬢シャルリーナ・ハッセンから騎士団長フェイルリーナ・ルブセーヌへと戻った私は部屋に備え付けの風呂に入ったあと空間魔術で収納していた騎士服を身にまとい、部屋を後にした。
*
「おはよう」
「おはようございます!!」
騎士団は朝といえど騒がしい。
ちょうど夜と朝の見回り組の交代の時間に被ったらしく、騎士団の中はいつもより賑わいを見せていた。
王国騎士団本部は寮も完備しており、中には食堂や大浴場などの施設もあり、常時何らかの用事で騎士が出入りしている。
騎士団長は専用の執務室と訓練場、それに併設した生活空間があり、普段私はそちらの方で過ごしている。
騎士団長という役職柄、私がルブセーヌ侯爵家の屋敷に帰ることは滅多になく、先日実家に帰宅したのも約二ヶ月ぶりのことだった。
羽を伸ばそうと戻ったのにその久しぶりの帰宅が散々だったので当分家に帰るつもりは無い。というか元婚約者の顔も妹の顔も暫く見たくなかった。
――あんなやつのことは綺麗さっぱり忘れよう。今は仕事に集中よ。
通り過ぎる騎士たちの挨拶を返しながらいつものように執務室に入った私は、室内に人影がいることに気づいた。私と同じ騎士服に、右の袖に特徴的な腕章。長い髪を後ろにまとめて眼鏡をかけたその男は副団長のユリシス・ローヴェルトだ。
「ユリシス?」
名前を呼ぶとユリシスが振り返った。
「ああ、いらっしゃいましたか団長」
「今来たところだが……どうした?」
するとユリシスはいつもは表情すらろくに動かさない冷悧な容貌を珍しく崩していた。眉をひそめて、眼鏡を通して見える目もいつもの精彩を欠いている。
「団長に、お客様です」
「客人? 私に?」
ユリシスの言葉に首を傾げる。今日は来客の予定は無い。前日に数日分の事務仕事を片付けて少し余裕があるから騎士の訓練でもしようかと考えていたところだ。
私の反応にユリシスはますます困惑した様子で口を開く。
「それが……相手が相手なんですよね……」
「誰なんだ?」
「魔術師団長なんです」
「魔術師団長?」
ユリシスの言葉に、今度は私も眉をひそめた。
ここクレデュース王国には直属の国家機関にふたつの分類がある。それが魔術師団と騎士団。
魔術に適性があり、多彩な攻撃方法と治癒の力を用いて主に大規模戦闘や後方支援を担当する魔術師団。
魔術に適性があってもなくても剣やその他の武器を扱い前衛的役割と治安維持、防衛を担う騎士団。
役割的には似たような機関でありながら、魔術師団と騎士団は非常に仲がよろしくない。
魔術師は剣しか扱えない騎士を『脳筋』と見下し、騎士は魔術を扱えるために高圧的な振る舞いをする魔術師を嫌っているからだ。
そんなお世辞にも良好的な付き合いをしているとは思えない魔術師団の団長が、何故わざわざ騎士団長を訪ねてきたのか。
なるほど、ユリシスが怪訝な表情をするわけだ。
「まぁとりあえず、お待たせしているようだし、話を聞きに行こうか」
「応接室におられますので、後はよろしくお願いします」
「わかった」
とりあえず先方の用事は聞くべきだろう。
そう判断した私は、ユリシスの心配そうな視線を受けながら、執務室の隣にある応接室へと足を運んだ。
「――お待たせしました。騎士団長のフェイルリーナ・ルブセーヌと申します」
ノックして返答を聞き、応接室に入った私はソファに座る人物に目を向けた。
濃紺の髪に私と同じ『発現』した黄金の瞳。
魔術師特有の黒のローブは纏わず、群青の騎士服を着ている。
魔術師団長は十代ですでに『発現』を成し遂げた天才で、今は25歳だと聞いた。
大層な美形と噂されており、目下社交界ではどの令嬢が彼の伴侶に選ばれるのか注目されていると、妹のユーフェルミナが言っていた。
成程確かにこうしてみると噂通りの美貌だ。
しかしこの顔……どこかでみたことあるような?
しかもつい最近のような気もする。こんな美貌一度見たら忘れないだろうに。
どこで見たのだろう。
呑気にそんなことを考える私に、麗しのご尊顔を持つ魔術師団長がにこやかに話しかけてきた。
「またお会いしましたねリーナ。体の調子はいかがですか?」
その物凄く聞き覚えのある名前と声に、私は思わず凍りついた。
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