黒の創造召喚師

幾威空

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【黒の創造召喚師 ―Closs over the world―】

第031話 妄執と悪意①

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「うっ……ここ、は……」
 未だに意識がハッキリしない中、九条武治は飛び込んでくる白色灯の眩しさに目を細める。

「――ッ!? こ、声が……」

 ハッと気づいて手を顎に当てると、砕けていた骨が何事も無かったように問題無く動かせた。

「一体、何がどうなって……」

 あの時、俺はヤツの蹴りを受けたハズなのに、と九条はむくりと上半身を起こして両手を軽く握りながら自分の身体を眺めた。どれくらいの時間眠っていたのかは定かではないものの、傷は完治し倦怠感も無い。まったくもって健康そのものだ。

 そして、自分の状態を確認した九条は、次いで自分の周囲に目を向ける。肌を撫でる冷んやりとした空気に満ちた室内に、リノリウムの床、そして緑を基調とした壁は、どこか病院の手術室を連想させる。

 意識が覚醒してから数分後、辺りを見回していた九条の耳が、自動ドアの開くモーター音を捉えた。

「――やあやあ、お目覚めはどうだい? 九条武治くん」

 ドアの向こうから九条のもとへとやって来たのは、小学校低学年くらいと思われる少年、スタイリッシュな金縁眼鏡の白衣を纏った医者らしき男、二人のやや後方にメイド姿の女性という、どう見てもちぐはぐな印象が拭い切れない組み合わせの男女だった。

 現れた三人組に対し、九条は眉根を寄せてあからさまに警戒感を見せる。一方、声をかけた少年は、陽気な笑みを湛えながら口を開く。

「ははっ、初対面の僕たちに対して警戒するのは分かるけど、まずは落ち着いたらどうだい? 別に僕たちはキミをどうこうしようとは思わないからさ」

 少年の屈託のない笑みと明確に「危害を加える気は無い」と告げたセリフに、九条は自らの警戒レベルを幾分下げる。

「……分かった。その言葉、取り敢えずは信用しよう」
「取り敢えず、ね。武闘派と聞いていたから脳筋なのかな、と思ってたんだけど、意外と慎重派なんだね!」
 少年の歯に衣着せぬ物言いに、九条はピクリと眉を持ち上げたが、それ以上は何も言わずに不機嫌さを態度で示す。

「やれやれ……アザエル様。そのようなストレートに過ぎる言い方では、折角の人材をみすみす逃してしまいかねませんよ?」

 隣でアザエルと呼ばれた少年の言葉を聞いていた白衣姿の男が、ため息交じりに窘める。

「あ~、ごめんごめん。ついついポロっと思ったことが出ちゃったよ。僕の悪い癖だね。指摘してくれてありがとう、ゼクス。そして、九条くんも悪かったね」
 ばつの悪い顔で両手を合わせて謝るアザエルという名の少年に、九条はすっかり毒気を抜かれてしまい「分かったよ」とおなざりな言葉を返す。

 アザエルからの謝罪を受け入れた後、九条はそれまで放置していた本題へと話を戻す。
「それで? 俺はどうしてこんな場所にいるんだ?」
「ふむ。それでは端的に言いましょう。それは、我々が九条武治という『戦力』を欲しているからですよ」
 アザエルに代わり、ゼクスが金縁眼鏡を掛け直しながら口を開く。

「戦力、だと……?」
 九条の訝しむ顔でオウム返しに訊ねられた言葉に、ゼクスは頷きながらさらに話を続ける。

「えぇ。貴方の持つその力と部下を纏め上げられる統率力……これは是非、我々の組織にお迎えすべき人物だと思い至りました。まとわり付いていた監視の目を擦り抜けるのには少々骨が折れましたが、『直接会って話がしたい』との我らの主の意向もあり、こうしてここまでお連れしたというわけです。なお、手っ取り早く、かつ分かりやすく我々が貴方に敵対する意思がないことを理解していただくため、我々の技術で砕かれた顎や以前に負われた傷などは、全て治療させていただきました。あぁ……申し遅れました。私は『ニーベルング』の長であり、我らの主たるアザエル様に仕える第六位ゼクスと申します。以後、お見知りおきを」

 九条は胸に手を当てながら恭しく礼をする相対する男が「ニーベルング」という組織の一員だということの前に、彼を配下に置いているのが、先ほどからニコニコと笑う少年――アザエルという事実に衝撃を受けた。

「そして、私はゼクスと同じくアザエル様にお仕えする第七位 ズィーベンと申します」
 次いで入り口付近に立っていたメイド姿の女性がゼクス同様、深く頭を下げた。

「あ、あぁ……」
 ゼクスから矢継ぎ早に説明され、挨拶された九条は、未だ要領は呑み込めなかったものの、取り敢えずの反応を返した。彼の口から漏れるぎこちない声に、アザエルはくすくすと笑いながら話しかける。

「まぁキミはまだ目が覚めたばかりだから、話について来ることが難しいと思うけど……これだけは聞かせてくれないかな?」
「……何だ?」
 問いかけられた九条は、ゼクスから視線を移して質問内容を訊ねる。その瞬間――

「キミの顎を蹴り砕いた相手……そいつに復讐する気はあるかい?」
「――っ!?」

 垣間見せたアザエルの笑みに、九条は背筋に虫が這うような錯覚を得た。猛禽類のような鋭い目に弧を描きながら吊り上がった口。その顔つきは、さながら人の欲と命を天秤で量る悪魔を連想させた。

(ガキの皮を被った悪魔……か)

 ふと自らの頭に浮かんだイメージとフレーズに、九条は笑みを零す。

 ――あぁ、とてもいい表情だ。

 対するアザエルは、九条が見せた笑みに、陶酔にも似た思いを抱く。彼の目に映るのは、ドス黒い復讐心に染まった人間の醜い妄執を発露とする、悪意と憎悪に満ちた笑みだ。

 アザエルは、自身が九条に問うた言葉に、彼がどう返答するのか……それは目の前にある笑みでもって明確な言葉として紡がれる前に察することができた。

 そう。それは――「悪魔に魂を売ってでも」成し遂げたいと乞い願う、アザエルが最も好きな純粋な願いを宿した表情だったからだ。

 そして、ほどなくして返ってきた九条の「イエス」と告げた言葉に、アザエルは傍に立つゼクスに命じる。

「承知したよ、九条武治。この日この時をもって、キミは我がニーベルングの一員となった。一員となったあかつきに、ボクからキミにささやかなプレゼントをしようじゃないか。人智を超えた、『人ならざる者の力』を、ね」

 アザエルはそう告げると、手をヒラヒラ振りながら「残りは任せた」とゼクスに告げ、自分は待機していたズィーベンを伴ってドアの向こうへと消えた。
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