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思いの綴り

切っ掛けのエピソード

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「はあはあっ。た、助けてっ。誰かぁっ!!!」

 懸命に駆け続けながらも少女は叫んだ、普段は強気な彼女もとうとう“逃げる”と言う選択をしなければならないほどにまで追い詰められていたのであったが、そこは“大迷宮”の只中である、彼女以外に余人がいる筈も無く声は無情にも周囲にこだまして響き渡るだけだった。

 少女の生まれ育った国である北欧の“コンラッド王国”には大地の所々に神話の時代から存在する、と言われている“ダンジョン”や“ラビリンス”等の名称で呼び表される地下迷宮が点在していて好奇心旺盛な“彼女”はその内の一つにうっかり入ってしまったのだ。

 そこは“魔素”と呼ばれる瘴気が充満している場所であり、まさに“影の影たる者共”の巣窟であった、生まれてから7歳と半年が経ち、魔法や武器の扱いにも慣れて来た“彼女”は自信満々でそこに潜入を果たしたのである。

 しかし。

「はあはあ・・・っ!!!」

(信じられない、私の魔法が全く通用しないなんて・・・!!!)

 長じて後は紅炎と閃光の二つをミックスさせた特殊な“ハイパープロミネンス”をこの地上に顕現させる事の出来る事から“光炎の聖女”とまで呼ばれる事になる“彼女”であったが幼い時分はまだその限りでは無くて、精々中級の火焔魔法を扱える程度の力量しか持ち合わせてはいなかったのである。

 それでも年端も行かない少女がそれを駆使出来るのは周囲の大人達からして見れば十二分に目を見張るモノがあったし、それに並大抵の相手ならば怯んで逃げ出すか、仮に向かって来る事があっても難なく消し炭にする事が出来ていたのであったモノの、そんな彼女の前にダンジョンマスターである真紅の巨大なドラゴンが突如として姿を現したのだ。

 獰猛なドラゴンは“彼女”を一目見るなり咆哮を挙げ、その直後には食い殺そうと襲い掛かって来た、一方の彼女”はその姿を見て雄叫びを聞き及ぶに付け、咄嗟に当時の最大威力にまで生成させた火焔魔法をドラゴンの顔や胴体に向かって解き放つが、その殆どは命中してもまるで意味を為さなかった。

 ドラゴンの誇る分厚くて鋼鉄よりも強靱な鱗に弾かれ、決定的なダメージを与える事が出来なかったのである。

「グアアアァァァァァッッッ!!!!!」

 ドラゴンは自分の有利を悟ったのか、ますます勢い付いて“彼女”に迫って来た、“このままでは拙い”、“距離を取って策を講じなくては”と、流石の“彼女”も考えて、そしてー。

 ドラゴンに背を向けたまま、その場から一目散に走り始めた、要するに逃げ出したのであるモノの、その様子を見ていたドラゴンはまるで事態を察したかのようにかさに掛かって余計に激しく追い立てて来た、巨体ながらもその動作は意外と早くてこのまま行けばいずれは追い付かれてしまうだろう事がまだ子供な“彼女”にもハッキリと見て取れた。

「はあはあっ。た、助けてっ。誰かぁっ!!!」

 無駄とは知りつつもつい、“彼女”はそう口にしてしまっていた、それだけこの体験は“彼女”にとっては心胆寒からしめるモノだったのだが、その直後。

「シェリル!!!」

「はあはあ・・・っ。えっ?誰っ!!!」

 前方から人の気配と、そして自分を呼ぶ声が聞こえて咄嗟に“彼女”が、シェリルが其方をみると、左手を添えた右手の掌をドラゴンに向けて突き出し、そこに金色に煌めく高エネルギー球を出現させている一人の異国の少年が佇んでいた。

「シェリル、早くこっちに来て。僕の後ろに隠れるんだ!!!」

「・・・・・っ!!?タ、タクミ?何をしているのっ。早く逃げなさいっ!!!」

 “シェリル”と呼ばれた少女は“タクミ”と言う名の少年にそう叫んで避難を促すが、彼はその場から一歩たりとも動かなかった、退かなかった。

 ただただひたすら真っ直ぐなまでにドラゴンを見据えて睨み付け、翳した掌の前方の高エネルギー球に波動を流入させて行く。

「タクミ!!!」

「下がって、シェリル!!!」

 シェリルがタクミの元へ辿り着くと彼はシェリルの前に出て身体を張って彼女を庇った、つまりはドラゴンの前に自身を曝け出させたのであるモノのこの時シェリルは頭の中が真っ白くなっており、つい少年に後ろからしがみ付いてしまっていた。

 彼を逃がしてあげたいと思い、自分も助かりたいと思った、しかし“このままじゃいけない”、“なんとかしなきゃ”と考え倦ねている内にとうとうドラゴンは彼等の目の前まで迫って来てしまう。

「グガアアアァァァァァッッッ!!!!!」

「あ、あああ・・・っ!!?」

「・・・シェリル!!!」

 怯える彼女にタクミが告げた、“僕が合図したら一目散に逃げて?”とそう言って。

「に、逃げるって・・・。だけどそれじゃあなたが・・・!!!」

「僕なら大丈夫だから・・・。良いね?約束だよ?」

 そう言うが早いか。

 タクミは首を擡げて自分達へと食らい付こうと身構えて来たドラゴンの唯一の弱点である片目の目玉を狙って生成させた高エネルギー球に名前を与えて命を吹き込み、呪文として顕現させるとそれを出来る限りに集約させて一気に解き放ったのだ。

「インフィニテッツァ・ブリージア!!!」

 その瞬間。

 辺り一帯に業風が吹き荒れたかと思うと金色に輝く一筋の光の矢が空を切り裂き疾走していった、そしてー。

 狙い待たずドラゴンの左目に直撃した彼の呪文はその眼体を抉って夥しいまでの血液を噴出させた。

「グギャアアアァァァァァーーーッッッッッ!!!!!」

「いまだ走れっ、早く!!!」

「・・・・・っ。う、うんっ!!!」

 あまりの激痛の為だろう、ドラゴンがその場でのたうち回るがその隙にー。

 タクミとシェリルはラビリンスの入り口目掛けて疾駆していった、二人は走った、走って走って、息が切れても駆け続け、そしてようやくにしてラビリンスの入り口を抜けて外の世界へと帰還を果たしたのである。

「はあはあっ、はあはあっ。はああぁぁぁ・・・っ!!!!!」

「はあはあ、ふうふう・・・っ!!!」

 迷宮を抜けて付近の森の木陰に隠れたシェリルは堪らずその場でへたれ込んでしまい、両脚を地面に付いたまま“はあはあ”と荒くて熱い息を吐く。

 対するタクミはシェリルよりかは2歳ほど幼かったモノの体力と生命力とに優れ、かつ身体も頑健であった為にその直ぐ側に突っ立ったまま気吹きつつも早くも呼吸を回復させていった。

「ふうふうっ。シェリル、大丈夫・・・?」

「はあはあっ、はあはあっ・・・。ふううぅぅぅっ!!!う、うん。有り難う。もう平気よ・・・?」

「はぁ・・・っ。全くもう、なんで一人であんなとこに行ったのさ?」

「・・・だって!!!あの奥には神話の時代からの宝が眠っているってお父さんとお母さんが話しているのを聞いたんだもん。普通だったら気になるじゃない?そんな話を耳にしたなら」

「・・・だからってドラゴンが居る場所になんか、行かないよ?さっきだって危なかったじゃんか!!!」

「う・・・っ。それはまあ、そうなんだけど・・・っ!!!」

 そう話すタクミであったがこの時の彼はまだ知らなかった、シェリルが一応、何名かの男子や女子に声を掛けて一緒に探索に向かう仲間を募集していた事、しかしそれを断られた挙げ句に“一人で行く勇気がないんだろう”とバカにされた為にこんな無茶を仕出かしていた事、等を。

「助けに来てくれて有り難う。だけどどうしてこの場所が解ったの?」

「うん。僕、今日の修業が終わったから“お昼から遊びに行っていい”って言われてたんだ。だけど遊んでくれる人が誰もいなくて街外れで“どうしようかな”って思っていたら、一人で街を出て行くシェリルを見付けて。それでなんか気になったから追い掛けて来たんだよ・・・」

「そうだったんだ、本当に助かったわ?タクミ。あなたって小さいけれどとっても勇敢で頼りになるのね!!!」

 “格好良かったよ?”とシェリルは述べてもう一度御礼を言い、シェリルはタクミと並んで街へと帰還する事にしたのだがこの時、彼女はこの年下のボーイフレンドに対してある種の感動、感心と同時に決して言葉には出来ないモノの、しかし確かに仄かな思いを抱き始めていたのである。
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