鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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魔動絵本4

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 次の日、アルカダッドからカパルディアへは、フェリクスの転移魔術で飛んで行った。

「わあ……」

 不思議な光景に、レイは目を瞬かさせた。

 ゴツゴツと変わった形の岩山には、所々ドアや窓用に穴が空いており、人々が住んでいるようだった。
 岩山のそばには、淡いグレーの石造りの家やお店がいくつもあり、中にはキノコのような形の奇岩や竜が座っているような形の奇岩を、そのまま家の壁に取り入れているような建物もあった。

 奇岩の周りにはグレーや茶色、黄色などの淡い光がふよふよと浮かんでおり、空にはカラフルな観光客向けの魔動気球がいくつも飛んでいる。

「この地は昔から魔力が強めで、岩や砂系の精霊が多いんだ。だからこそ魔術師に好まれてる部分もある」
「そうなんですね。それで不思議な形の岩が多いんですか?」
「それはね、この近辺に隠れ住んでる岩竜王がいたずら好きでね。アーティスト気質なのもあって、夜な夜な作ってたらしいよ」
「夜な夜な……岩竜王様は、作品群が思いっきり人間に活用されてますけど、大丈夫なんでしょうか?」
「確か『これはこれでアートですね』って言ってたから、いいんじゃないかな?」
「これだけ人気の観光地になってるんですから、アート作品的には大成功かもしれないですね……」

 奇岩はまさかの岩竜王の夜なべ作品群であった。どうやら岩竜王は心が広いようで、作品群が人間たちに加工されても特に気にしてないようだ。


「まずは現地の本屋を巡って、例の本が無いかを確認。次に工房街を巡って怪しい魔術が感じられないか確認ですね」
「二手に分かれますか?」

 フェリクスとレイが本屋を巡り、アイザックとレヴィが工房街を巡ることになった。何か見つけた場合は、青い平べったい通信用の魔道具を使って連絡を取り合う手筈だ。

 レヴィの相棒役に、アイザックは暗い目をして諦めの境地だった。

「さっさと終わらせましょう」

 アイザックが肩をすくめながら言った。


 カパルディアの本屋は、やはり奇岩をくり抜いた中にあった。棚自体も岩をくり抜いたものになっていて、場所柄、魔術師向けの専門書が多い。

 三軒目の本屋で、レイは異様な黒い本を見つけた。
 魔動絵本は高額なため、この店ではショーケースに入れられていた。よく見ると真っ黒というよりは、黒いヴェールに包まれているようだ。
 レイは思わず顔を強張らせて、フェリクスの袖口を引っ張った。

「どうしたんだい?」
「あの本……」
「ああ」

 フェリクスの目線が一気に険しくなった。

「すまない、あの本を見せて貰ってもいいかな?」

 穏やかで品の良いフェリクスに、店主は上客と判断したのか、にこにこと愛想よくショーケース内の本を出してきた。

「絵本の中に入るには魔力を軽く流すだけで大丈夫です。誠に申し訳ございませんが、店内では魔力を流さずにご覧いただけないでしょうか」
「ああ、分かった。そういえば、この本は他に触れた者はいるかい?」
「他に触れた者ですか……ふむ。この店では店主の私以外にはお客様と……そうだ、裏の工房の魔術師が触れましたね。魔動絵本の加工もしてるみたいで、魔術の掛り具合を見てみたいと……気になるようでしたら、新しいものをお出ししますよ」

 結局、その黒い本を買って、一旦、ホテルに戻った。

 カパルディアでは四人用の大部屋を取っていた。アイザックが、もうレヴィと相部屋は嫌だと取ったのだ。

 ローテーブルの真ん中に黒い本を置くと、コの字型に配置されたソファに四人は座った。

「呪いを後付けして魔動絵本を改悪してたみたいだね。おそらく、店主が言っていた本を触った時に付けたんだろう」
「魔術師自体は人間の中級レベルっぽいですね。呪いの方は適性がありそうだから、こういうこともできたのかな」
「呪いの精霊の魔力が使われてるよ。それで底上げをしてるみたいだ。ここまで集めるのも大変だし、上手く処理しないと自分にも降りかかってくるのに、そこら辺は魔術式が無いね。知識不足かな」
「呪いの精霊もこんな中途半端な使われ方は嫌でしょう。まぁ、より強い呪いの力になれた分、一応は本望なんですかね」

 レイも目に魔力を込めて魔術式を読み込んでいるが、フェリクスとアイザックの読み込み具合が上級者過ぎてほとんどついていけてない。

 レヴィも魔術式を読み込もうとしているが、こちらもこの手のものは苦手のようで「戦闘なら勘で分かるのに……」と呟いて渋い顔をしている。

 遂に根を上げたレイが、基本的な質問を始めた。

「呪いの精霊の力が使われてるんですか?」
「ああ、まずはそこからだね」


 呪いの精霊は世界の調整機能もあり、小粒で生まれやすい。あまりに強大すぎると世界を壊す恐れがあるためだ。

 ほとんどは玉型の時に魔術師などに捕獲され、呪いエネルギーとして活用される。
 はたから見てると可哀想だが、呪いの精霊当人は、呪いとしての本分を果たすことになるため、自分がより強い呪いに吸収されるのは本望のように感じているらしい。

 呪いが呪い以外の別の種類の物に転化されて世界に影響を与えるような歪な物ではなく、呪いは呪いのままで活用されるため、管理者側としてもスルーしている。

 また、呪いという性質上、歴史上、人や生き物が他の誰かを呪わないことが無かったため、今まで世界から呪いの精霊がいなくなったことが無いのも原因だ。

 呪いが大きく育つ前に消費され世界に還元されているので、ある意味これを良しとする見方もある。

(呪いの精霊ってそんな扱いでいいの……?)

 レイは何とも言えない気分になったが、元の世界とは倫理観も違う上、話が進まなくなるため、一旦はそういうものだと受け入れることにした——考えるのを放棄したとも言う。

「今回は呪いの精霊の力を集めて、魔動絵本を改悪する呪いに変えてるんだ。呪いは基本、相手に苦痛を与える対価として自分も同じ分量の苦痛を受け取る特殊な魔術なんだ。同じ種類の苦痛とは限らないけどね……普通は、自分が受け取る分の苦痛を身代わりなどを立てて逸らせれば一人前、というか呪いの上級魔術師扱いかな。今回の呪いは苦痛を逸らすための魔術式が組み込まれてないから、直接魔術師が何らかの苦痛を受け取ってるんだろう。……まあ、人間の魔術師の場合、そういう知識もないかもしれないけど……」

「何で誰も教えてくれないんでしょう?」

 レイはきょとんと小首を傾げた。

「人間の呪いの魔術師は大抵、中級に上がるぐらいには呪いの反動で亡くなることが多いからね。呪いをかけ続けるには人間は脆いし、上級者の知識を残せるほど生き延びられてないんだよ。まあ、人間で上級な呪い方ができるのは、ドラゴニアの黒の塔の魔術師ぐらいじゃないかな」
「黒の塔の魔術師……」
「黒の塔の魔術師同士で日常的に呪いあってるって噂だよ。挨拶がわりみたい」

(挨拶がわりに呪い合うって……そんな所、怖すぎる……)

 レイは遠い目をして、そんな所には決して近寄るまいと肝に命じた。

「話が逸れたけど、この本の呪い主の確認と、カパルディア近辺で有名な呪いの魔術師の確認、あと犯人の目的は何かだね。可能ならどう改悪されているか魔動絵本の確認もしたいけど……」
「そうですね。呪い自体はここにあるから、魔術跡をたどって犯人はすぐに見つかるでしょう。そこら辺は部下たちにやらせます」

 アイザックが暗く微笑むと、数多の気配が四方八方にざっと散るように、レイたちがいるホテルから遠ざかっていった。
 まるで無数の虫や爬虫類などがひしめいているような、生理的に嫌悪感を醸し出すような突然の気配に、レイはびっしりと鳥肌が立った。

「ああ、ごめんね。確か人間は苦手な子が多かったね」

 アイザックが雰囲気を軽いものに戻して謝った。

「呪いの魔術師についてはトビーに確認すればいいし、呪い主についても、部下に張り込ませて動機を探ればいい……後は、魔動絵本の確認ですか」

 アイザックがこともなげに話した。

「それも君にお願いしようかな。この本を見た感じレイにはまだ荷が重そうだし、僕たちはカパルディア観光をして来るよ」

 アイザックは一瞬切なそうな顔をしたが、「……かしこまりました」と答えた。


「さて、僕達はカパルディア観光といくかい? 一応、僕は旅行の名目で呼ばれているしね」
「私はアシスタントなんですけど、アイザックを手伝わなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。そもそもまだレイの手には負えないし、今回は無理矢理レイをアシスタントにつけたんだろう?」

(確かにそうなんだけど……)

 何だかんだ言っても真面目なレイは、自分だけサボっているようで居た堪れなかった。

「せっかく来たんだし、楽しもうか」

 フェリクスは、少しだけ唇を尖らせて難しい顔をしているレイの手を取って、観光に乗り出した。


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