婚約破棄のためなら逃走します〜魔力が強い私は魔王か聖女か〜

佐原香奈

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liberty

暴れ馬

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「お!お嬢様っ!お帰りなさいませ!すぐに知らせて参りますわ」


部屋に転移すると、ただいまと発する隙もなく、侍女のジェシーが駆けて行った。
まるで逃げられたかのような気分だ。


「それにしても、壊されたのは私の部屋だったとは…」


壁の穴を塞ぐ為に無事だった家具を運び出されすっからかんになった部屋を見て愕然とする。
ジェシーはあと僅かとなったクローゼットの中身の残りを移そうとしていたのか、荷造りでもするように箱が広げられていた。


「あぁクロエ!帰って来てくれたんだね」


クローゼットを覗き込んでいた所に、父が魔導士達を連れて雪崩れ込んできた。
次々飛んでくる拘束魔法を弾き飛ばす防壁をすぐに張れたのは魔力回復をしてくれた大賢人様のおかげだ。
魔力を大事にすることは自分の安全にもつながる。


「大変な歓迎だこと」


これを想像していなかったとは言わないが、中々に向こうも焦っているように見える。


「フリードリヒ殿下は一緒ではなかったのですか!」

「あの屍を生き返らせた恩人にその態度はないんじゃないの?」


魔導士達の元へ一歩、また一歩と距離を詰める。
ざっと見渡しても手こずりそうな相手はいなかった。


「クロエ、殿下はどこに?」


母に聞けば分かるだろうに、態々聞いてくるということは、位置を教えてもらえず、魔法を解析中で居場所特定には至っていないということだろう。
あぁ、人手不足にした原因の一つを作ったのは私か。


「お父様、お母様が秘密にしている事を私が話す理由がありませんわ」


怯えたように1人が攻撃魔法を繰り出して来たが、そんなに弱い魔力で私の作った防壁が崩されるわけがない。
つられた様にいくつかの攻撃を打って来たので、纏めて拘束魔法を掛けてあげることにした。
大分拘束魔法もコントロールできるようになり、今まで魔力を無駄に使っていたことを実感する。


「だが…」

「グダグダ言ってないで転送装置で送られてきた私宛の物を全て見せてください!その為だけに来たのだから邪魔しないで!」


急に攻撃されて昂っていたのか、父の顔の真横を炎の矢が掠め、壁に焦げ跡を残してしまった。
魔力はどうしても感情の起伏に左右されやすい。


「あ、あぁ…それはいいが……あ~…まぁそうだな。お前の荷物は全て客室に置いてある。来なさい」


「ふん。勝てないのだから最初から手を出さないでもらいたいわ。ジェシー、その籠はお土産よ。料理長に美味しくしてもらいなさい」


保冷の魔法を解除すると、父の後をついていく。
本当はウラリー達にと思ったけど、流石に数が多すぎた。
頭の中はウラリー達の元へ行く時に何を持っていこうとそればかり浮かぶ。


「お父様、イシュトハンはこれからどうなりますか?」


「ステラとはまだ話してはいないが、王国からは抜けることになるだろう」

「そうですよね。私の結婚も逃れられるものではなくなったということですわね」


王国から出るのなら、フリードと結婚することに不満はない。
爵位に縋りたいその辺の男より、フリードの方が余程マシだ。



「私はフリードリヒ殿下との結婚はクロエにとってはいい話だと信じている。暫く新しい部屋でゆっくりしていなさい」


階段を挟んだ反対側にある空室のドアをヒューベルトが開けると、自分が思っていたよりも多くの荷物が運び込まれていた。


「お父様これは?」

「フリードリヒ殿下からの贈り物だ。先日殿下が直接持参したものもある」


手紙の山にプレゼントと思われる箱の山、しかし中にはリボンの端が日焼けした物もある。
どう見ても転送装置でここ数ヶ月の間に送られた物でも、最近購入した物でもない。


「結婚はするつもりではいますから、お父様は心配なさらないで」

「すまないな。早期の隠居はサリスとの約束なんだ。疲れているだろう。座りなさい」


椅子を引かれて席に座ると、ヒューベルトはその横に立ったままクロエの肩に手を置いた。


「お父様?」

「殿下の子供を授かったと聞いたが、身体は大丈夫かい?」


聞きたくもない戯言をここでも聞くことになり、フリードはこの世から消し去るべき存在だという思いが心を占める。


「お父様、そんなデタラメより娘の貞操観念を信じるべきでは?」

「ん?デタラメ?」

「当たり前です。それ以上聞くなら、いくらお父様でもこの世から消し去りますよ?」

「おっおい!やめないか。妊娠していないならいいんだ。心配していただけなのだから」



クロエが炎玉を浮かばせると、ヒューベルトはカタリと音を立てて後ろへ一歩下がる。



「お父様、暫くこの部屋にいますから、ジェシーにお茶を持ってくるように伝えてもらえます?そして暫く1人にしてください。私は妊娠もしていないので」


「うちの女達はどうしてこうも短気なのか…」


女々しくブツブツと言いながら去って言ったが、魔力の少ないものには到底理解できないだろう。
感情が高ぶれば、魔力が体内で唸るように暴れ狂い、他人の命も自分の命も簡単に消える物なのだと痛感するのだ。
魔力の多い者の死生観を含む価値観が歪むのは仕方のないことだ。


ヒューベルトが部屋を出ると、まずは大きい物から片付けていこうとクロエは立ち上がった。



「これはきっと問題のプロムのドレスね。いきなりの大当たり」



1番大きな箱を開けると、空に掛かる虹のような美しいグラデーションを重ねたドレスだった。
メッセージカードの入った封筒を確かめると、2ヶ月前には送っていたようだ。
確かに彼はドレスを送っているし、メッセージカードには甘い言葉が並べられている。


「こんな言葉を並べられるのに本当に不思議ね」


美しいドレスはジェシーが来たら掛けてもらうことにして箱を次々に開けていく。
部屋を占拠し尽くさんばかりの量に、本来なら楽しく開けられるはずのプレゼントを前にため息が出た。
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