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アンドリューと栞屋の出会い
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アンドリューは十歳となり、森で乗馬を楽しんだり、騎士達と剣や弓の練習をして楽しむのが好きだった。
「なぁ、この道の奥って何があるんだ?」
アンドリューは馬に乗って道のない森の中へ入ることはあっても、入り口から森の奥へ行くことはなかった。今まで気に留めていなかったが、一人のローブの男が森の中へ入っていくのを初めて見て森の一本道に興味を持った。いくつもある獣道とは違い、馬車が通れるほど広い。なのに通る人は少ないのが疑問に思った。
「罪人の家があるんですよ。厩舎で働く男達が住んでいるんです。だからあまり道の奥に行く人はいないんですよ」
「少し見てから狩りに行こう」
「聖人様!」
アンドリューは興味本位で方向転換をして森の道を進んだ。なだらかなカーブは僅かに馬車の車輪の跡がかすかに見える。罪人とまで言われている者が家の前まで馬車を使うとは思えず、アンドリューは僅かに切土されたであろう斜面を見て、その先には小さな街でもあるのかと考えていたが、見えて来たのは小さな小屋だけだった。
「誰もいないな…」
後ろからアンドリューを追いかけて来た護衛達も初めて入った者が多く、キョロキョロと当たりを伺っていると、一つの小屋のドアが開いた。
「聖人…様?」
「あれ?リューじゃないか!」
小屋から出て来た男に、アンドリューの護衛の一人が声を掛けた。
「ヴィンセント・アルミエ?聖人様と一緒に何かご用ですか?」
「知り合いか?」
護衛にアンドリューが問いかけると、聖騎士だという。制服を着ていないことから非番だと考えられた。
「私と同期の聖騎士です。聖女様とも面識がある奴なので、聖女様が街に出る時にはたまに警護についているはずです。剣の筋もいいので聖宮騎士団に入るのも時間の問題でしょう」
「姉上と面識があるとは珍しいな」
アンドリューは孤児院出身の神官や騎士に話しかける聖女様を見たことはあったが、警護にわざわざつけていると聞いて興味を持った。
「お前はここで何をしていたんだ?」
「店に立ち寄っただけですが…あの…なにか?」
リューは責められているのかと混乱したように目を泳がせた。聖女様とは面識があっても、聖人様にあったのは初めてだ。
「店?」
「はい。ここは栞屋ですので」
リューが小さな看板を指差すと、アンドリューは馬を降りて看板を確認すると、扉に手を掛けた。その様子見て、副団長を務めるアッシュバードも急いで後を追った。アッシュバードは聖女様が昔、森の栞屋へ赴いていたのを思い出していた。
「休憩中だったか?」
カランカランと音を立てながらアンドリューはドアを開き、小さな店をグルリと周りを見渡して、そこにローブの男がベンチに座って本を読んでいるのに気付いた。置物かと見間違えたが、フードの中の驚いたような目は確かに光っていた。
「聖人アンドリュー殿下…お会いできて光栄…です」
エリアスはローブの男は聖女様同様に光に包まれている男の子を見て、何が起こったのか理解出来なかった。
エリアスは一瞬、シャーロットが来たのかと思った。
「畏まらなくていい。ふらりと寄っただけだ」
アンドリューはすぐ目の前のテーブルに積み上げるようにして並べられている薄い木で出来た栞を手に取った。
「これは…」
見覚えのある栞だった。薄い木に塗られた樹脂に埋め込まれた花。貴族達の使う栞というのは、貴族たちが好んで使う鼈甲や、柔らかいシルクのリボンを使うのが一般的だ。
活版印刷の新しい本は袋綴じのままなので、それを開くペーパーナイフを挟むことも多いが、金属製のものは紙を痛めるので一時的な栞に使う程度になる。
木の栞は市場では見たことがない。しかし、アンドリューはこの栞をよく知っていた。
「聖女様も昔はここによくいらしてたんですよ。確かこの本にまだ聖女様の栞が挟まってるはず…」
「あっ…おい…」
リューが本棚に手をかけたが、エリアスは何年も訪れていない聖女のことをその弟に話していいのか迷った。
「ほら、ありました。ご結婚されてからは中々森まではいらっしゃらないですけど…あの一番下のハンモックは聖女様がよくお昼寝してたんです。聞いたことありませんでした?」
リューは栞の裏側に彫られたシャーロットの文字を見せながらニコニコとアンドリューに話しかけた。
「本当にここに姉上が?」
シャーロットと刻まれた栞はやはり見覚えがあった。いや、正確に言えばその文字にも、この木の栞もだ。全てが自らが使っている栞と似ている。
「はい。私が子供の頃です。栞屋のおっちゃんとも仲が良くて、聖女様は本を全部盗まれた栞屋に、自分が読む本だと少しずつ本を置いて行ってくれました」
「ハンモックとはどう使う物だ?寝るのはわかるがこれでは動いて乗ることさえ出来ない」
アンドリューはリューの話のどこまでを聞いていたのか分からないほど、ハンモックと格闘している。
「低いものはお尻から乗ってそのまま力を抜いて寝るだけです」
リューが少しアドバイスをすれば、アンドリューはすぐにハンモックに横になった。
「これは快適だな…」
アンドリューはすぐに寝息を立て始め、狩りに行くために一緒に来ていた護衛たちは、そのうち外で剣を交じ合わせた。見晴らしのいい小屋は、監視がしやすい。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「エリアス、冒険書を増やそう」
アンドリューはすっかりハンモックの虜になり、窓を開けて風に当たりながら本を読み、そのまま眠ることが習慣化するようになった。
「お前…シャーロットとそっくりじゃねーか」
アンドリューと栞屋は、いつの間にか護衛騎士も驚くほど仲良くなっていた。その言葉を聞いて、アンドリューは静かに笑みを浮かべた。
「なぁ、この道の奥って何があるんだ?」
アンドリューは馬に乗って道のない森の中へ入ることはあっても、入り口から森の奥へ行くことはなかった。今まで気に留めていなかったが、一人のローブの男が森の中へ入っていくのを初めて見て森の一本道に興味を持った。いくつもある獣道とは違い、馬車が通れるほど広い。なのに通る人は少ないのが疑問に思った。
「罪人の家があるんですよ。厩舎で働く男達が住んでいるんです。だからあまり道の奥に行く人はいないんですよ」
「少し見てから狩りに行こう」
「聖人様!」
アンドリューは興味本位で方向転換をして森の道を進んだ。なだらかなカーブは僅かに馬車の車輪の跡がかすかに見える。罪人とまで言われている者が家の前まで馬車を使うとは思えず、アンドリューは僅かに切土されたであろう斜面を見て、その先には小さな街でもあるのかと考えていたが、見えて来たのは小さな小屋だけだった。
「誰もいないな…」
後ろからアンドリューを追いかけて来た護衛達も初めて入った者が多く、キョロキョロと当たりを伺っていると、一つの小屋のドアが開いた。
「聖人…様?」
「あれ?リューじゃないか!」
小屋から出て来た男に、アンドリューの護衛の一人が声を掛けた。
「ヴィンセント・アルミエ?聖人様と一緒に何かご用ですか?」
「知り合いか?」
護衛にアンドリューが問いかけると、聖騎士だという。制服を着ていないことから非番だと考えられた。
「私と同期の聖騎士です。聖女様とも面識がある奴なので、聖女様が街に出る時にはたまに警護についているはずです。剣の筋もいいので聖宮騎士団に入るのも時間の問題でしょう」
「姉上と面識があるとは珍しいな」
アンドリューは孤児院出身の神官や騎士に話しかける聖女様を見たことはあったが、警護にわざわざつけていると聞いて興味を持った。
「お前はここで何をしていたんだ?」
「店に立ち寄っただけですが…あの…なにか?」
リューは責められているのかと混乱したように目を泳がせた。聖女様とは面識があっても、聖人様にあったのは初めてだ。
「店?」
「はい。ここは栞屋ですので」
リューが小さな看板を指差すと、アンドリューは馬を降りて看板を確認すると、扉に手を掛けた。その様子見て、副団長を務めるアッシュバードも急いで後を追った。アッシュバードは聖女様が昔、森の栞屋へ赴いていたのを思い出していた。
「休憩中だったか?」
カランカランと音を立てながらアンドリューはドアを開き、小さな店をグルリと周りを見渡して、そこにローブの男がベンチに座って本を読んでいるのに気付いた。置物かと見間違えたが、フードの中の驚いたような目は確かに光っていた。
「聖人アンドリュー殿下…お会いできて光栄…です」
エリアスはローブの男は聖女様同様に光に包まれている男の子を見て、何が起こったのか理解出来なかった。
エリアスは一瞬、シャーロットが来たのかと思った。
「畏まらなくていい。ふらりと寄っただけだ」
アンドリューはすぐ目の前のテーブルに積み上げるようにして並べられている薄い木で出来た栞を手に取った。
「これは…」
見覚えのある栞だった。薄い木に塗られた樹脂に埋め込まれた花。貴族達の使う栞というのは、貴族たちが好んで使う鼈甲や、柔らかいシルクのリボンを使うのが一般的だ。
活版印刷の新しい本は袋綴じのままなので、それを開くペーパーナイフを挟むことも多いが、金属製のものは紙を痛めるので一時的な栞に使う程度になる。
木の栞は市場では見たことがない。しかし、アンドリューはこの栞をよく知っていた。
「聖女様も昔はここによくいらしてたんですよ。確かこの本にまだ聖女様の栞が挟まってるはず…」
「あっ…おい…」
リューが本棚に手をかけたが、エリアスは何年も訪れていない聖女のことをその弟に話していいのか迷った。
「ほら、ありました。ご結婚されてからは中々森まではいらっしゃらないですけど…あの一番下のハンモックは聖女様がよくお昼寝してたんです。聞いたことありませんでした?」
リューは栞の裏側に彫られたシャーロットの文字を見せながらニコニコとアンドリューに話しかけた。
「本当にここに姉上が?」
シャーロットと刻まれた栞はやはり見覚えがあった。いや、正確に言えばその文字にも、この木の栞もだ。全てが自らが使っている栞と似ている。
「はい。私が子供の頃です。栞屋のおっちゃんとも仲が良くて、聖女様は本を全部盗まれた栞屋に、自分が読む本だと少しずつ本を置いて行ってくれました」
「ハンモックとはどう使う物だ?寝るのはわかるがこれでは動いて乗ることさえ出来ない」
アンドリューはリューの話のどこまでを聞いていたのか分からないほど、ハンモックと格闘している。
「低いものはお尻から乗ってそのまま力を抜いて寝るだけです」
リューが少しアドバイスをすれば、アンドリューはすぐにハンモックに横になった。
「これは快適だな…」
アンドリューはすぐに寝息を立て始め、狩りに行くために一緒に来ていた護衛たちは、そのうち外で剣を交じ合わせた。見晴らしのいい小屋は、監視がしやすい。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「エリアス、冒険書を増やそう」
アンドリューはすっかりハンモックの虜になり、窓を開けて風に当たりながら本を読み、そのまま眠ることが習慣化するようになった。
「お前…シャーロットとそっくりじゃねーか」
アンドリューと栞屋は、いつの間にか護衛騎士も驚くほど仲良くなっていた。その言葉を聞いて、アンドリューは静かに笑みを浮かべた。
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