さよなら私のエーデルワイス〜侍女と騎士の初恋〜

手紙の中断

　エマはジャンからの手紙を手に、心を揺さぶられていた。手紙は返事がないことで心配している内容の手紙だ。ジャンには王都にいることは伝えていなかった。未だ彼は村にいると思い込んでいる。


　流石に返事をした方がいいと思い筆を取ったが、その手紙はいつまで経っても完成しなかった。


「こんな未練たらたらな手紙もらっても、ジャンが困るだけじゃない…」


　村での幼馴染であり、ずっと一緒に過ごしてきたジャン。彼は村を出てからの数年間、王都で伯爵令嬢と仲睦まじくデートを重ねている。その彼女のことに全く触れない彼の手紙を見るたび、胸が痛んだ。

　エマはジャンとの関係を大切に思っていたが、自分の気持ちに戸惑っていた。彼が伯爵令嬢と仲良くしているのを見て、彼女の中には嫉妬心が芽生えている。

しかし、エマは自分の心の葛藤に向き合いながらも、理性と勇気を持って行動することを決めた。彼女はジャンへの手紙を書き始めたが、再び途中で筆を止める。

「どうしよう...」とエマは呟いた。


　彼女はジャンへの想いを伝える勇気が持てなかった。彼女は自分の気持ちを深く抱え込み、手紙の返事をやめることを決意したのだ。どうしたって、手紙に未練の痕が残る。

　エマはジャンに対して複雑な感情を抱えながらも、彼女自身の成長と未来のために一歩を踏み出す覚悟を持ったのだった。手紙は未完に終わり、エマの心の中には大きな決断が渦巻いていた。


「先に新しい恋を見つけて、心に余裕が出来てから手紙を書くのもいいかもしれない…」


　エマが王立騎士団の侍女として働き始めてから丸々一年が過ぎようとしていた。みんな、適齢期には仕事を辞めて結婚していっている。村の幼馴染の結婚も手紙で知らされる毎日だ。


　エマは焦っていた。

◇ ◇ ◇

　ジャンは日々の訓練や騎士団の任務に没頭しながらも、エマからの手紙が途絶えていることに気づく。最初は単なる偶然のことかもしれないと思い、心配する必要はないのかもしれないと自分に言い聞かせた。しかし、日が経つにつれて手紙が一向に届かないことに不安が募る。

　ジャンは手紙を開く度にエマの声や思いが伝わってくるように感じて、それを支えに頑張っていた。どんな困難に直面していても、彼女の手紙はいつも励ましや支えとなっていた。そのため、突然の沈黙に戸惑いと不安が彼の心を包み込んでいった。

　手紙を読み返し、その中でエマの言葉から彼女の気持ちを感じ取ろうと試みたが、最後の方の手紙の中には彼女の寂しさや悩みが感じられなくなっていた。

　ジャンはそれまでの手紙との違いに気づき、何が起こったのかを知りたいという強い思いが湧き上がってきた。

　彼は村の幼馴染であるジェシーに相談する。ジェシーはエマとも親しい関係であり、彼女の様子を知っているはず。ジャンは緊張と期待を胸に、ジェシーからの手紙を待った。

　そしてジャンはずっと待っていたジェシーからの手紙を受け取った。


　ジェシーからの手紙にはエマの近況が綴られていた。しかし、その中には驚きと戸惑いを抱かせる内容が書かれていた。ジャンは読み進めるにつれて、エマがアデリーナとの噂を耳にしているのではないかと、不安が頭をよぎった。そして、今はエマが結婚相手を探しているという内容に、なす術がなかった。村に帰るにしても時間がかかる。アデリーナが卒業するまでは村に帰るわけにはいかなかった。エマが応援してくれた騎士の道を捨てて帰るわけにはいかない。


　彼女の手紙が途絶えた理由は、アデリーナとの噂が小さな田舎の村まで流れていたことだった。
　彼女がそれを鵜呑みにして、自分を忘れてしまったのではないかという不安が頭をよぎる。しかし、彼は自分の想いを押し殺し、エマに手紙を送ることにする。真実を知ってほしい一心で筆を取った。

　ジャンの心はエマへの思いでいっぱいだった。筆を取ったはいいが、彼は手紙を送ることをためらう。自分の気持ちを正直に伝えることへの不安や、彼女がどのように受け止めるか分からないことに躊躇していた。一方で、彼女に対する愛情がますます強くなっていくのを感じながらも、ジャンは彼女を決して諦めないことを誓った。

　ジャンが手紙を送れずにいる間も、彼女への思いを胸に秘めて、日々の任務に取り組んでいた。彼は自分自身を成長させ、エマとの再会の時を待つことを決意し、そして、彼女が彼に心を開く日を願いながら、ジャンは困難に立ち向かう決意を新たにした。

　日々の訓練や騎士団の任務に取り組む中で、ジャンはエマへの思いを抑えることができず、彼女の安否を気にかける日々が続きました。彼は心の中で様々な想像を巡らせながら、彼女が何か困っているのではないかと心配し、ついに安否だけでも教えてほしいと手紙を出したが、それでもエマから返事は届くことはない。



　そしてただ過ぎていく日々に焦れていた頃、ジャンは男と一緒にいるエマを見かけた。彼らは笑顔で話しており、とても仲が良さそうに見えた。


　ジャンは王都にいるエマに驚くと同時に、鉛のように重たい気持ちに押しつぶされた。エマが無事でいてくれたことに安堵し、同時に嫉妬の念も深いものなっている。複雑な感情で足がすくんだ。


「ジャン、どうかした？」

「いえ…行きましょう」


　アデリーナを隣にし、ジャンはエマに声をかけることも出来なかった。エマが王都にいる。あの男と結婚するためなのか？手紙はもう見てもいないのか？アデリーナの横で、エマのことばかりを考えていた。


　ジャンはエマに手紙を書こうと何度も試みたが、なかなか言葉が見つからず、書きかけの手紙が積み重なっていった。
　幸せそうに笑っていたエマを思い出すと、自分の気持ちを正直に伝えることをためってしまう。

　エマの住んでいる場所さえ分からず、途方に暮れたジャンは、次にエマに会う時まで、自分自身を成長させながら待つことしか出来なかった。


「ジャン、この頃変よ？何かあったのですか？」


　アデリーナは外へ出掛けるたびに落ち着きなく周りを見渡すジャンに耐えかねてジャンを問いただす。


「大変失礼しました。お嬢様の前で他のことを考えるのはとても失礼なことでした」

「いいのです…何か探しているのですか？寄り道ならいくらでも構いません」



　アデリーナはジャンがどこかに行きたいのかと思っていた。今日行けない場所でも、休みをとらせて行かせるべきかと考えた。


「いえ、そういう訳ではありません。もうこのようなことはないようにします。予約の時間ですね、行きましょう」


　ジャンは騎士の仕事すら手に付かなくなっていたことに初めて気付かされた。アデリーナを護るために隣にいるのに、これではエマに笑われてしまう。


　今エマの周りにいる男の誰よりも優れていなければならない。会えばきっと誤解は解ける。王都にいるのならば会えるはずだ。そう気持ちに蓋をして、仕事に励んだ。