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ふふ、と小さく声を零して笑うルーシェに困ったように、だがルーシェが自分に笑顔を向けてくれている状況に、キアトは何だか「それもそうか?」と言う気持ちになってきた。

ルーシェが傷付く事が無いように、こちら側でも手を回し、ルーシェを傷付けようとする者を事前にこちらで排除すればいい。

キアトはそう考えると、大人しくルーシェの看病を受ける事にする。
折角、ルーシェがこうして側に居てくれると言うのにまだ起きてもいない事に気を揉み、ルーシェと過ごす時間を余計な事で煩わしたく無い。

「──そうか……、それならば俺はルーシェが傷付く事のないように君の側を離れないようにしないと」
「本当ですか。それはとっても嬉しいです」

ふふ、と再度笑いながらルーシェはキアトのベッド横に用意した椅子に静かに座る。
ルーシェが座ると、キアトの自室に共に入室したルーシェの使用人であるナタリーがルーシェの近くに来ると、フェルマン家の料理人が作ってくれた胃に優しい食事をルーシェに手渡す。

「さあ、キアト様。しっかりご飯を食べてしっかり寝て、早く元気になって下さいね」
「あ、ああ。ありがとう……。自分で食べれるから大丈夫だぞ、ルーシェ……?」

ルーシェが手ずから器の中の食べ物をスプーンで掬うと、キアトの口元に差し出す。
だが、キアトは気まずそうに周囲に視線を巡らせると、微かに頬を染めて自分の胸の前に両手を上げた。

二人きりの室内であればまだしも、キアトの自室にはルーシェ以外に、ルーシェの使用人のナタリーと、フェルマン家の家令のジェームズが居るのだ。
散々恥ずかしい姿を晒してしまってはいるが、それは先程まで気が動転していたせいで、大分落ち着いた今、ルーシェの手ずから食事を食べさせて貰う、と言う行為は恥ずかしい。

「──キアト様を看病する為に私が居るのに、ですか……?」
「ぅぐ……、」

悲しそうに眉を下げるルーシェに、キアトは小さく喉の奥で呻く。
悲しい表情をさせたくはないが、だが、とキアトがおろおろとしていると、ため息を吐いたジェームズが、ナタリーに声を掛けてくるり、と二人に背中を向けてくれた。

背中を向けている内にさっさと食べろ。
と言う事だろう。

キアトは二人に気を使われた事に今度こそ羞恥に頬を赤く染めると、ルーシェが差し出しているスプーンにぱくりと食い付いた。









ジェームズとナタリーに気を使って貰っている間に、食事を終えるとキアトはベッドから半身を起き上がらせると、ルーシェ達の顔を見ながら真剣な表情で話し出す。

「……ジェームズ。ルーシェのハビリオン伯爵家から人を送って貰った、と聞いたが兄上の捜索の現状はどうなっている?」
「はい。それが、やはり周辺一帯をお探ししては下さっている物の、未だ何かしら進展があった、とは報告が上がってはおりません……」
「──そうか。兄上の衣類が見つかったのは川の下流……その付近は大体捜索済だな。……その下流の付近に町や集落のような物はないか?」

キアトの言葉に、ジェームズは報告書の束を一枚一枚確認して行くと、あるページで手を止めてその報告書をキアトに渡す。

「下流から大分離れてはおりますが、小さな町がいくつかございますね。下流から一番近いのは、このルールエの町です」
「──ここか。本当に大分離れているな……」

キアトはその報告書に目を通しながら、だが、と考える。

もし川の下流まで流された兄が川辺で倒れていたら、生活用水を汲みに来ている町の人間が見つける可能性は大いにある。
そして、まだその時に兄に息があったのならば。

「──ジェームズ、フェルマン家から来てくれた者達には、この町へ聞き込みに行ってくれるように伝えて……、いや、いい。体の調子も大分良くなって来たから、俺が明日騎士団を連れてルールエの町に行ってみる」
「まだ、全快とは言い難いです。しっかりと体調を戻し、その間はルーシェ様のご実家から出して頂いた捜索隊にお任せ致しませんか?」

流石に、倒れてから直ぐに現場に復帰する事は家令のジェームズも頷けない。

「しかし……」

キアトが言葉を続ける前に、ジェームズは言いにくそうに唇を噛んでから、それでもキアトにしっかりと視線を向けて唇を開いた。

「お気持ちは、分かるのです。痛い程……。ですが、私はフェルマン家の……伯爵家の家令としてキアト様をお止めしなければなりません。もし、万が一キアト様がご無理をして捜索に戻り、再度お体を壊してしまったら……?フェルマン伯爵家にはキラージ様とキアト様しか、おりませんので」
「──……」

ジェームズの言いたい事が痛い程分かり、キアトは悔しそうに俯く。

兄の生死が不明な今、キアトに何かあればこのフェルマン伯爵家は絶えてしまうのだ。
キラージの子供がいるとは言え、その子は私生児で、女児だしまだ赤子なのだ。

自分の行動一つで、伯爵家のみならず、この伯爵家に雇われている使用人達の人生も狂わせてしまう可能性がある。

キアトは溜息を一つ零すと、ジェームズの言葉に小さく「分かった」と返した。
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