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第六章 ガイスト辺境伯領都フェスティオ

第百二十三話 衝撃

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「本物のモフモフ天国なのね?」

 俺の国民がモフモフという宣言を聞いたあと、驚き叫び固まったモフリスト共は、動き出してすぐに確認作業を行うことにしたようだ。そしてその質問に対する俺の答えは一つだけである。

「本物です。ボムに匹敵するほどの可愛い熊さんがいますよ」

「お、俺の嫁候補だぞ! 可愛いんだぞ!」

 俺が緑の熊さんの可愛さをアピールしていることに気づいたボムは、そのアピールに便乗してモフモフ地獄から逃れようとしているようだった。だが、そもそもモフモフ天国に行けなければ無意味なのだ。それに加え、何が起きようともモフリスト共の一番はボムであることは変わらないはずだ。

 それにしても、ボムの嫁さん候補というのは初めて聞いたな。

 今まで冗談交じりに言ってきたが、今回は乗り気のようだ。まぁボムも百五十歳だから、そろそろ番を決めようと言うのも分からないでもない。理由の一つに、神獣への進化の焦りがなくなったこともあるのだろう。

「「熊さんのお嫁さん!?」」

 鬼気迫る表情で興奮しているモフリスト共は、ボムの嫁候補という言葉を聞いて黙っていられなくなったようだ。しかし、ここで気になるのが王女の様子が落ち着いていることだ。反対にカトレアは落ち込み、プルーム様に抱きついていた。そのせいか、プルーム様が不機嫌な様子で俺を睨みつけている。

 話が長いせいなのか、それとも竜牧場計画が進まないせいなのか、その他のことに怒っているのか全く分からなかった。ただ、早く終わらせることだけを考えることにする。

「まぁ考えて見てください。あのとき何でもいいと言ってましたし、『英雄パーティー』とかいうSランクの割には竜ダンジョンを持て余している輩に、適当な管理をさせているだけでしょ? 人の責任として勿体なくないですか?」

「んっ? Sランク冒険者だから竜を倒せるわけではないぞ」

 俺の言葉を聞いたゼクス公爵が疑問に思ったのか、Sランク冒険者の実態を教えてくれた。

「魔物にランクがあるのは知っているだろうが、魔物ランクと冒険者のランクはイコールではない。Sランク冒険者だから、ランクSの魔物を倒せる実力が必要と言うわけではないのだ。この『英雄パーティー』もスタンピートの鎮圧と、こことは別の辺境伯の指揮の下、国境防衛の功績を挙げたためSランク冒険者への昇格を果たしたのだ。魔物討伐専門の『勇者パーティー』でも、竜ダンジョンのスタンピートは手に負えないだろう。
 つまり、仮にオークランドや未開地侵攻があったとしたら、最初に国交断絶による経済的圧力を行い、準備してから連合軍での侵攻となるか、最初から認めずに無視するかであろう。
 私は素直に竜ダンジョンを報酬として払い、国交を始める交渉を進めた方がいいと思うが、私は軍閥でね。外交的なことは門外漢なのだよ」

 前半の冒険者の説明は聞いたことがあるような気がするが、ボムからは「Sランクが竜を倒せないわけないだろ」と聞いていたから、ランクがイコールだと思い込んでいた。
 でも、『英雄パーティー』の実力を聞くと、なおのこと竜ダンジョンが勿体なく感じる。肉や鱗などの素材を定期的に入手できる機会を逃しているのだ。それも熟成された状態で。

 それと、どうでもいいけど『勇者パーティー』もいるのか。今度は本物だろうか。あの糞系阿呆勇者と俺演じる偽勇者は、異世界からの勇者で完全な偽物である。この世界で生まれた本物の勇者に、少しだけ興味がわいた。

 さらに後半の報酬の支払いに関して賛成という公爵の意見だが、途中横目でセシリアさんの機嫌と表情を確認していた様子から、さっきの腹パンからの膝蹴りが素だということが分かり、セシリアさんが恐妻家だということが判明したのだった。どことなくプルーム様に似ているため、公爵に同情してしまった。

「経済的圧力に関してですが、未開地とオークランドはすでに同盟国として行動していますし、俺の能力があれば他国が圧力をかけたり無視したりしても、全く問題がありませんね。そもそも未開地はモフモフたちが余っていた土地に、理想郷を創ろう考えて開拓していたのです。その後、助けてもらった恩返しと言って国をくれたのです。
 ……あれ? 片や助けた報酬に国をくれ、片やダンジョンという小規模の報酬を渋る。どっちが薄情でせこく信用できない生物でしょうね? 最後に、侵攻してきたら人類は絶対に勝てませんよ。俺を含む全人類が未開地の戦力には勝てませんよ」

「ラース君……まさか……モフモフを盾に……」

 ローズさんがモフモフを盾にすることを想像し顔色を真っ青にしているが、モフモフを盾にして防げるのはモフリスト共を相手にしたときだけである。それに俺はそんなことをするつもりはない。

「未開地の国民はモフモフだけじゃないんですよ。ゴツゴツもいるんですよ」

 当然だが、ゴツゴツの正体は竜王たちである。そしてこの言葉に一番最初に驚いたのは、もちろん雷竜王だった。

「儂を戦力に入れられても困るぞ?」

「いえ、参戦したくない者に無理強いはしません。ただ、戦後負けて俺が囚われたり処刑されたりしたら、この世界はさらに大きな戦争になるかもしれませんね」

「どういうことじゃ?」

 俺もガルーダの話を聞くまでは竜王を戦力に考えていなかった。モフモフも戦線に立たせない。すでに参戦表明をしているボムと俺が凌げばいいと思っていた。だから、責めるのならガルーダを責めて欲しい。そう思いながら、威圧を放つ雷竜王の質問に答えた。

「俺も朝聞いたんですけど、未開地のゴツゴツの国民は八です。あなた以外のね。その半数はすでに参戦表明をしていますよ。それに根回しも始めているそうなので、これからも増えるそうです。ねっ? ガルーダ君!」

「まぁそうなるな。その根回ししているやつが、ラースがいなくなったら暴動を起こすって言っていたんだ。俺は悪くない!」

 よくある責任転嫁のループである。俺も悪いとは思っていないし、ガルーダも悪いとは思っていない。次の責任転嫁先は根回ししている竜王である。でもその竜王は俺が悪いと言っているらしい。つまりはループだ。

「つまり、あなた以外は国民だそうです。そして狂信者がいるらしいですね」

「ラース、詳しい説明をしてやれ。話が進まんじゃろ!」

 絶賛不機嫌なプルーム様に睨まれながら言われてしまえば、断ることなどできるはずもないのだ。

「ことの始まりは、ガルーダが炎竜王にダンジョンの管理代行を頼んだようです。炎竜王は一番若く、役職もないそうですね。だから、嬉々として代行を請け負ってくれたそうです。さらに報酬として珍しい食べ物や酒を炎竜王に渡したことで、一気に他の竜王に広まったんだそうです。そしてメスの竜王のボス格である【氷竜王・エイス】が甘いものにはまり、竜王含むメスの竜が氷竜王の下に防衛戦に参加することを表明したんです。根回しの方法は簡単ですよ。『仕事をしないやつが恩恵にあずかろうとは竜の恥。そのような糞共は今すぐ翼を断ち切り、地べたを這いずり回っていろ! できなくば、私がやってやる!』だそうですよ。このままでは五体の竜王の翼がなくなってしまいますね。ちなみに、根回しだけではなく仲間をスカウトしているようですよ。場所は竜王国」

「なっ! あそこには……。だが、これでボーデンたちがいた理由も分かったな」

 ジロリとガルーダを睨む雷竜王だが、立場的にはガルーダの方が上だからか、特に何かを言うことはなかった。それに加え、竜王国にスカウトに向かったというのが問題なのだろう。あそこには夫婦喧嘩を理由に別居している雷竜王の奥さんがいるのだから。

「あっ! 今の話の流れで分かってしまいましたか。未開地のゴツゴツは竜王でした。ねっ? 勝てないでしょ? でも御安心を! 九ではなく、八らしいので!」

 真っ青な顔をしている辺境伯と公爵は竜王の話が出た瞬間、震えだし滝のような汗をかいていた。モフリスト共は元々聞いておらず、王女を交えてモフモフ天国に入国する手段を相談していた。雷竜王はさきほどの話を踏まえた上で、数に数えられておらず除け者にされる可能性が高まり落ち込んでいた。

「ラース、あまりグロームをいじめてやるな。こやつは真面目なのだ。それでも友人の危機に駆けつけないようなやつではない。ガルーダも黙っていたのは良くなかったな。上司からの指示がないと言っても、何をやってもいい訳ではないぞ。フェンリルやヘリオスも気をつけるんじゃぞ! 
 あと、グロームも友人に対する威圧の強さではなかったな。お主はラースとボムに恩義があるのだろ? 話をよく聞いた上で返事をすべきじゃろ? お主も恩知らずなどという恥をさらしたくなかろう? それにラースは脅しとして言っているだけじゃ。我の弟子が竜王に頼るほど貧弱なわけなかろうが。少し熱くなりすぎじゃ」

 俺も雷竜王もガルーダも、プルーム様の説教により反省することにした。少し言い過ぎたことと打ち合わせを怠ったことは、完全なる俺のミスだったからだ。今回の説教はプルーム様に心から感謝して雷竜王に謝罪することにした。

「すみませんでした」

「いや、儂の方こそ早とちりだった。すまない」

「俺も報告しなくてすまん」

 交渉どころではなくなっていたのだが、俺たちの前に天使が舞い降りた。

『報連相なのー。報連相は大切なのー。ねっ? 母ちゃん!』

「そうじゃな。カルラが一番お利口だな。お主らも見習えよ!」

「「「はい!」」」

 カルラが助けてくれた。俺の妹はいい子である。


「あのー、何で王女は無関心なんですか?」

 ちょうど一区切りついたことから、さっきからずっと気になっていることを王女に聞いた。

「んっ? 妾か?」

 王女はモフモフ天国に入国する相談を中断して、小さな胸を張りながら質問に答え始めた。

「妾は王位継承権から外されたのじゃ!」

「「「はぁぁぁぁー!?」」」

 辺境伯や公爵も聞いていなかったのか、俺と同時に驚き叫んだ。

「まだ立太子はしておらんが、内々では決まっておるぞ。第二王子が指名されたのじゃ。理由の一つに、妾が学園国家の学園を卒業せず王都の学園に編入して卒業したことがある。学力は第一王子と同様のものと判断されたのじゃ。その点、第二王子は卒業こそできなかったものの、妾よりは長く学園国家の学園に通っていたのじゃ。
 次にカルラへの仕打ちが許せず、ことあるごとに無視したり反抗していたりしていたら、危険思想の持ち主と言われ始めたのじゃ。それ故、妾の最後の使い途としては国同士の政略結婚のための駒だけじゃろ。それと、子熊騎士団の団長であるシュバルツへの直接の指揮権じゃな」

「子熊騎士団というのも気になるけど、誰と結婚するんだ?」

「最有力候補は今日決まった。ラースじゃ!」

 比較的軽い気持ちで聞いたことだが、かなり重たい答えが返ってきた。

「「なるほどー!」」

 辺境伯と公爵が揃って納得する。俺も声には出していないが、よくよく考えてみると納得せざるを得ない。

「未開地のためか?」

「そうじゃな。血縁関係になれば、他国よりも優位に立てるのは間違いないじゃろうからな。まぁ他の国も同じ事を考えるだろうが、今のところ妾たちが有利だということじゃ。だが、そんなことをしたらモフモフ天国には行けないのじゃろ?」

「そうだな。卑怯だもんな。打算的で裏表がある者はモフモフに嫌われるぞ」

「「それは駄目!」」

 最強モフリスト二人が喰い気味で話に割って入ってきた。子熊に看取られたいというほどのモフモフ好きならば、モフモフに嫌われたと分かったら死ぬかもしれないな。さっきからずっと可愛い熊さんの妄想をしているようで、「結婚式には何を着ていこうかしら?」とか、「子熊と一緒に参列するのよ」とかを話している。その前に、モフモフたちは結婚式をやらないと思うのだが。

「そんなことよりも、第二王子が王太子になったらアハト子爵の派閥が強まりそうですね。まぁ彼は行方不明らしいですがね。第一王子は軍部の支持があったはずですが、軍閥の辺境伯たちは厳しくなりそうですね。特に無派閥らしいですしね」

 それを聞いたセシリアさんの顔が歪んだ。おそらく、口止めしていたことに対してボムに嫌われると思ったのだろう。すると、ボムがセシリアさんの方に近づいていく。

「どうした? さっきはありがとな!」

 と、ボムがセシリアさんの頭に手を置き撫でたのだ。ボムが言っていることはムカつく部下への制裁のことだろう。ボムは撫でると、元気がないセシリアさんを抱きしめ背中を軽く叩いて元気づけていた。ローズさんと王女は驚きと同時に羨ましそうな表情を浮かべ、護衛の職務中のエルザさんは必死に感情を抑えようとしていた。

「熊さん……。私がもっと早く動いていれば、辺境伯家を孤立させることはなかったの。私にはその力があったのに……」

「結果的に動いたのだろう。さっきラースがクーからの報告を読んでいたぞ。クーのことを誉めてやれ」

 しばらくモフモフを堪能させたボムはセシリアさんから離れ、元いた神獣トリオの間に戻ったのだった。そのとき、セシリアさんが名残惜しそうにしていたのは言うまでもないだろう。

「俺たちからの話は終わりですが、辺境伯たちは何かありますか?」

「あ、あぁ。竜ダンジョンのことなんだが……」

 それから辺境伯は竜ダンジョンのスタンピートの対策として、国王派からの嫌がらせを兼ねた辺境伯領への誘導行為の可能性を聞いた。そしてその場合の参戦依頼である。

 依頼に関しては受けてもいいと思っていた。竜肉を手に入れられるから大魔王様も喜ぶだろうし、もしかしたら竜ダンジョン以外ももらえるかもしれないからだ。俺たちは竜を倒せるSランク冒険者であり、『英雄パーティー』の本来の仕事を代わりにやってあげるのだから。

 それと依頼とは別に誘導行為の証拠を掴み、誘導行為を阻止させようとも思った。そうすれば、国かギルドから正式な依頼があると思われる。辺境伯の依頼は誘導されると仮定した場合の保険であるのだから、誘導されなければ報酬を払う必要もないのだ。
 しかし、このことは辺境伯には言わずに行わなければならない。表向きは辺境伯の防衛依頼を受けたことにしておかなければ、他の貴族にあらぬ疑いをかけられてしまうからだ。

 俺は依頼を受けることを辺境伯に告げ、ギルドを通した正式な依頼として記録を残してもらうことにした。名目は防衛訓練の教官である。防衛戦だと来ること前提で、ノイン伯爵を疑っていると言っているも同然だからだろう。

 こうして辺境伯との交渉は、とりあえず無事に終わったのだった。

「ラース、話がある」

 直後、プルーム様からのご指名が入ってしまい、不機嫌なプルーム様の尋問が始まるのだった。


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