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第三章

第81話 爆乳のパイスラは凶器

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 そうして千鶴の提案通り男女で別行動を始めた一行。

「どうしようか木場君。このフロアで選ぼうってなった時点でアニメグッズ系を求めてるのは確かだろうけど……」

 琢己が尋ねると、流斗は黙ったまま考え込むような仕草。

「……そういえば先輩が好きだって言ってたアニメがあるんだけど、俺あんまよく知らなくて。伊藤君なら知ってるかなって」
「僕はほぼ萌えジャンル専門だけど、そういうのなら多分わかるよ」
「よかった、じゃあお願いするよ」



 同じ店でプレゼントを買った琢己と流斗は、待ち合わせ場所のベンチで葉山姉妹を待っていた。奇しくも、本日のダブルデートが始まる前と同じ状況である。

「そういえば木場君、アニメは少年漫画原作以外だとどういうの見てるの?」
「え? あー……ロボット物とか好きかな」

 その時の会話の続きをするように、尋ねてきた琢己。相も変わらず人と話し慣れていない流斗は、戸惑いつつもその会話に応じた。

「ロボットかぁ……そういうのも描けるようになったら、画風の幅広がるよね」

 琢己の発言の意図に、流斗は首をかしげる。

「ん、ああ。最近僕、絵師として思い悩んでるところあるんだよね。ネットじゃ神絵師なんて言われてるけどさ、所詮は井の中の蛙だって思わされる出来事があったんだ。今までずっと、好きな美少女だけ描ければいいって思ってた。だけど男キャラとか、メカとか、そういうのもちゃんと描けなきゃきっとプロとしてはきっとやっていけないんだって思った」
「……凄いな、伊藤君は。本当に凄い向上心だよ。絵のこともそうだし……見た目だって、一年生の頃は俺と似たようなものだったのに」

 恋をする前はいかにもな陰キャオタクというルックスだった琢己。それが今ではファッション誌とかも見て研究するようになり、割とお洒落なデートファッションをキメている。デートだというのに相変わらずパッとしない流斗とは対照的である。

「まあ、以前の僕は服や見た目に使う金があったら趣味に使いたいって考えだったし。でも好美さんを好きになって、少しでも好美さんの気を引きたくて見た目を整えた。まあ好美さんは容姿で僕を好きになったわけじゃないみたいだから殆ど自己満足みたいなものではあったんだけど、今ではそうしてよかったって思ってる」
「凄いよ本当。それに比べて俺は……」

 段違いの意識の高さに気圧され落ち込む流斗。琢己は恋をして変わり、好きな人から好かれるために必死で努力をしてきたのだ。対して自分は、恋人に捨てられて傷付いた千鶴の心の隙間にたまたま運良く入り込んだに過ぎない。こんな何の魅力も無い男、本来であれば千鶴の彼氏になれる器ではないのだ。


「ん? 木場じゃねーか」

 流斗がますます気持ちを沈めていたところ、突然流斗を呼ぶ声。

「それに伊藤も」

 エスカレーターで上がってきたその声の主は同級生のチャラ男、大山寺茂徳。その隣には同じく同級生の清楚系ビッチ、渡乃々可もいた。

「大山寺君。それに渡さんも。もしかしてデート?」

 琢己が挨拶を返す。

「いや、さっき近くのホテルで一発ヤってきたんだが、その後こいつが飯奢れって言うんでな」

 二人は肉体関係はあるが恋愛関係にはない、俗に言うセフレ。琢己も流斗も教室内での会話でそのことは知っていたが、つい先程までしていたという生々しさが二人に妙な焦燥感を抱かせる。

「お前らは男二人で来てんのか?」
「あー、それがね」

 琢己が今日の経緯を話すと、茂徳は頷いていた。

「ほー、そうか。お前ら彼女と一緒に来てるってんなら、さっき使ったホテルのクーポン分けてやろうか?」
「い、いや、僕らはまだそういうのは……」
「俺も、遠慮しておく……」

 茂徳の厚意に遠慮する二人を見て、茂徳は珍しいものを見るような目をしていた。

「ところで二人は彼女ほったらかしにしておいていいの?」

 これまで黙って見ていた乃々可が、突然口を開く。

「最近このショッピングモール、こいつの同類みたいな男達が悪質なナンパを繰り返してるみたいなのよ」
「俺の同類て」
「しかも貴方達の彼女、どっちも見た目派手な方でしょ? そういう子ばかり声をかけられてるって聞いたわ」

 乃々可の話を聞いていた流斗の目つきが変わった。

「ありがとう渡さん、教えてくれて」

 スッと立ち上がった流斗は、荷物を手に駆け出す。琢己は慌ててそれを追いかけた。

「あっ、木場君どこ行くの!?」
「伊藤君、千鶴先輩達が行きそうな店といえば!? そこまで案内して!」
「えっ? えーっと……」

 琢己が答えると、流斗は琢己に案内されながらそちらに速足で向かった。
 茂徳の同類みたいな男と聞いて、流斗の脳裏に浮かんだのは千鶴の元彼、桑田達之であった。


 琢己の挙げた店の前。予想が当たったかのように、千鶴と好美はそこにいた。それも二人組のチャラ男――桑田達之ではないもののそれと似たような雰囲気の男達に、逃げ道を塞がれて絡まれていたのである。

「ね、いいじゃん。俺らと遊ぼうよー」
「私達彼氏いるって言ってるじゃない。いい加減どいてくれない?」

 いやらしい目つきで千鶴の胸をじろじろ見ているチャラ男二人はどれだけ断ってもしつこく絡んできているようで、怯える好美を庇うように立つ千鶴はかなり鬱陶しそうにしていた。

「千鶴先輩!」

 流斗が声をかけると、千鶴は嬉しそうな笑顔でこちらを向いた。

「その人達俺らの連れなんで……」

 内心ビビりつつもチャラ男達と葉山姉妹の間に入り、千鶴の手を握る。その後に続くように、琢己も好美の手を取った。

「何だよお前ら、ヒーロー気取りか?」

 最初は目を丸くしていたチャラ男二人だが、相手がひ弱そうな陰キャ二人組だとわかった途端俄然強気に。焦ったのは流斗である。

(ど、どうする?)

 流斗がビビったのを見ていい気になったチャラ男は、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。

「おい、公共の場で迷惑行為してんじゃねえよ」

 と、その時。そんな声がしてチャラ男の一人が肩を掴まれた。チャラ男が振り返ると、そこには背が高くてぼさぼさの長髪で目つきの悪い男子が立っていた。

「藤林君!」

 琢己がその男子の名を呼ぶ。彼は一年の頃に琢己と同じクラスで、現在はD組の藤林誠。不良っぽくて威圧感のある男に睨まれて、今度はチャラ男二人が焦る番。

「くっ……」

 これ以上は抵抗せず、悔しそうに逃げ去るのみ。途中、チャラ男二人は誠の連れている女子の胸に視線を向けたためより強く誠から睨まれ、逃げ足を速めた。

「ありがとう藤林君。助かったよ」
「伊藤だったのか。偶然だな」

 琢己が頭を下げると、誠はそう答える。どうやら知り合いだとは気付かず助けに入ったようであった。

「もしかして、藤林君もデート?」
「……まあ、そんなところだ」

 不思議なことに今日のこの場所はやたらめったら綿環高校の生徒がデートに来ている。
 誠が振り返った先にいるのは、女子にしてはやや背が高めの眼鏡っ娘。その姿を見た琢己と流斗は、思わず一点に見入ってしまった。

(パイスラだ……)

 たすき掛けにした鞄の紐が胸の間に挟まり、その大変大きな胸を強調させているのだ。
 Gカップの千鶴をして、もしかしたら自分よりでかいのではと思わせるその存在感。男が視線を引き付けられるのにも納得だ。
 彼女は男子の視線を避けるように――男子のみならず、千鶴の視界からも逃げようと誠の後ろに隠れた。

「あれ、もしかして綾芽ちゃん?」

 と、そこで彼女の正体に気付いた千鶴がそう尋ねると、眼鏡っ娘はびくりと体を震わせた。彼女は二年D組の吉田綾芽。千鶴にとっては部活の後輩であるが、今の彼女は学校での様子とは随分違って見えた。

「やっぱり綾芽ちゃんだ! わぁー、すっごいお洒落してるから気付かなかったよー。いつの間に彼氏できたの!?」
「すみません先輩、こいつこうやって囃されるの苦手みたいで」
「あ、ごめんね」

 誠が千鶴を制止すると、千鶴は素直に謝った。テンション爆上がりで話しかけてくる千鶴に、綾芽は引き気味であった。
 学校での綾芽は、化粧っ気が無くお洒落とは程遠い地味で垢抜けない女子。それがしっかりとデートファッションを決めているのが物珍しく、千鶴はついテンション上がってしまったのである。

「それと、まだ付き合ってるわけじゃないんで」

 誠はそこをはっきりとさせておくが、その発言の「まだ」という部分に籠められた含みを綾芽は察し、頬を赤くした。
 そんな綾芽の様子を見ていた琢己は、彼女にどこか自分と近いものを感じていたのである。

(あの子もきっと、僕と同じなんだ。好きな人ができたから、自分を変えようと……)
「琢己先輩、どこ見てるんですか」
「え? あっ、いや、ごめん!」

 が、視線が綾芽の胸に釘付けになっているのは好美にはバレバレ。情けなくも慌てて謝った。
 一方の千鶴は、流斗の腕に自分の腕を絡めぐいと引き寄せ胸に押し付けてきた。

「流斗君も綾芽ちゃんの胸見てたでしょ」
「あっ、いえ、その……」

 挙動不審になる流斗をシメるように、グイグイと胸の感触で攻め立てた。

「でもさっき助けてくれた時の流斗君、かっこよかったよ。ありがと」
「あ、でも結局最後は彼に助けてもらったわけで……」
「そんなの関係無いよ。流斗君が助けてくれたのが嬉しかったんだから」

 目の前で濃厚にイチャつく様子を見せられて、誠は瞼をひくつかせる。
 対して綾芽は、大きな胸を活用した好きな人へのアピールの仕方を頬を染めながらも観察していた。

「じゃあ、俺達はここで」
「ありがとうございました」

 誠が空気を読んで退散すると、千鶴ら四人は揃って頭を下げる。綾芽はそれに頭を下げ返し、誠の後をついていった。

「それにしても、さっきの木場君は本当に凄かったよ」

 誠達を見送りながらそう言うのは、琢己である。

「いざという時に勇気が出せるとこ、まるで少年漫画の主人公みたいだったよ」
「え、あ、いや……」
「そうそう、私の彼氏はかっこいいんだから」

 流斗の腕により強く胸を押し当てながら、千鶴は琢己に向けてピースサイン。

「ごめん好美さん、僕は木場君ほど勇気が無くて、木場君に便乗するような形でしか助けに入れなくて……」
「いえ、先輩もかっこよかったですよ。お気になさらないでください」

 好美にフォローされ、琢己は照れ臭そうに頭を掻いた。

「木場君、お姉さんの言う通りだよ。さっき木場君は自分を卑下してたけど、僕はそうは思わない。運動音痴の僕と違って体力も結構あるし、山本君や大山寺君みたいな陽キャともよく話す」
「それは何故か向こうから話しかけてくるだけで、こっちから話しかけることは全然……」
「流斗君、前と比べたら本当明るくなったよねー」

 流斗の否定を無視して、千鶴は琢己の発言に乗っかって愛しの彼氏を褒めちぎった。

「そ、そういえばプレゼント!」

 居た堪れなくなった流斗が、話題を切り替えた。

「そうそう、プレゼント。じゃあまずは今日のヒーロー流斗君から」
「え、俺?」

 ヒーローは藤林君じゃないのか、と思いながらも流斗は紙袋からポスターを取り出し広げて見せる。千鶴が好きだと言っているアニメの、特に好きでよくコスプレもしているキャラクターの大判ポスターだ。

「わー。ありがとう流斗君! 大好き!」

 公衆の面前でぎゅっと抱きしめられて、柔らかいやら気持ちいいやら恥ずかしいやら、流斗の感情はぐるぐるとかき回された。

「じゃあ次は私ね。私からはこれー」

 千鶴が紙袋から取り出したのは、流斗が好きだと言っていたロボットアニメのプラモデル。

「あ、ありがとうございます、先輩」

 流斗と千鶴がプレゼントを交換し終えたので、次は琢己と好美が同時にプレゼントを取り出す。琢己が出したのはぬいぐるみで、好美が出したのは美少女フィギュア。いずれも相手が好きだと言っていたアニメのグッズである。

「なーんかみんな考えることは一緒だねー」

 結局全員が全員、相手の好きなアニメのグッズをチョイス。何とも微笑ましい結果に、四人はつい笑顔がこぼれた。

 その様子を、人から姿を隠して眺める男が一人。綿環高校の生徒が沢山デートに来ているショッピングモール。ルシファーはその吹き抜けを漆黒の翼で自由自在に移動し、生徒達の恋模様を空中から観察していたのである。

(あの二組は順調そうだな。よかったよかった)

 それを確認すると、ルシファーの視線は誠と綾芽の方に向けられた。そしてその近くのエスカレーターには丁度もう一組、この階に上がってきた内村小次郎と小林桃果。

(さて、今回はあの二組に参加して貰うとしよう)
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