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第四章

第116話 嘘つきは脱がされる婚活パーティ・1

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 ルシファーの淫魔学校卒業から、およそ二百年。ルシファーは卒業式以来に、魔界に戻ってきていた。
 本当はもう金輪際戻る気など無かったのだが、魔界から届いた手紙を読み今回くらいは戻ってもいいと思ったのだ。
 ルシファーに信念を曲げてそう思わせるほどの用件。それは同期最後の一人が、今わの際に瀕しているという連絡であった。
 かつての同期の大半は人間界で討ち死にし、“人間界帰り”となり幸福な余生を送った数少ない者達も一人を除いて百まで生きることはなかった。

 屋敷に招かれたルシファーは彼女の眷属に案内されて、寝室に足を踏み入れる。
 寝床に横たわるかつての同期は、すっかり皺だらけで痩せこけた老婆になっていた。

「久しいな、リリス」
「ルシファー……あら素敵な格好」
「今は日本で武士をやっているんだ。なかなか様になっているだろう」

 和服で帯刀したルシファーの姿を見て、リリスはくすっと微笑む。

「それにしてもよくここに来られたわね。駄目元で貴方に手紙を出したのだけど、まさか本当に来るとは思わなかったわ」
「まあ、今回くらいはな。今この屋敷の外じゃ憲兵が待ち伏せてる。コボルトが十二体に、オーガが三体……ははっ、ドラゴンまでいやがる」
「まったく、お尋ね者は大変ね」

 ルシファーは未だ、二百年前に起こした大魔王像破壊の罪で指名手配中の身だ。ここにも憲兵隊の追跡から逃げながらやってきたのである。

「まあ、どうにか逃げ果せてみせるさ。この後俺の罪をチャラにする手も考えてある」
「そういうところ、相変わらずね。それに驚いたわ。まだそんなに若々しいだなんて」

 二人は同い年であるが、見た目はとてもそうは見えない。未だ二十代相応の容姿を保つルシファーを見て、リリスは心底羨ましそうな顔をしていた。

「お前も二百歳超えの大往生じゃないか。淫魔にしては相当長く生きた方だ」
「……そうね。沢山の人間を魅了して力を得てきたし、魔界に戻ってからも沢山子供を産んで魔界に貢献したわ。でも、一つ心残りがあるの」
「何だ? まさか俺に勝てなかったこと等と子供の頃の話を持ち出すわけではあるまい」
「……私、貴方の子供が欲しかった」
「なるほど、確かに俺とお前の子ならば実に優れた淫魔になっていたことだろうな。だが生憎、子孫を残すことに関心が持てないんだ」

 ルシファーの返答を聞いたリリスは一瞬真顔になると、ルシファーの方を向いていた顔を天井に向ける。

「……ねえ、手を握って貰ってもいいかしら」

 小枝のようにか細い腕を布団から出し掌を差し出すと、ルシファーは何も言わず瑞々しい掌をかさついた掌に重ねた。
 リリスは「ありがとう」と一言告げると、安らかに瞼を落としその場で灰となって消えた。
 最後の同期を弔ったルシファーはすぐに気持ちを切り替え、屋敷の外で待ち構える憲兵隊への対応に備えたのである。



 それからおよそ六百年が経った現代。カーテンの隙間から差し込む夏の日差しを瞼に受けて目を覚ましたルシファーは、ふと右手に感じた熱に気が付く。隣で寝息を立てているリリムが、いつの間にかルシファーの手を握っていたようだ。なお、手だけでなく足もルシファーの腹に乗せているわけだが。

(まったく、世話の焼ける)

 寝相を正してやり、ついでに涎で口元に貼り付いたままになっていた銀色の陰毛も取ってやる。あどけない寝顔は年齢より一層幼く見え、こんな子供と毎日のように行為に及ぶ自分に嫌悪感を抱かせる。
 ルシファーは執念深い男だ。憎んだ相手にはきっちりと復讐をやり遂げる。だが今はその憎悪が、自分自身に向けられている。
 自分の行いに何の疑問も持たぬまま悪逆非道の限りを尽くしてきた末にあったのは、愛の概念を理解し己の犯してきた罪に押し潰されることだった。
 どんなに償っても償いきれないほどの罪。それでもルシファーは、終わりの無い道を走り続ける。己の身を削って愛を守り愛を結ぶことで、人間達にひたすら奉仕するのだ。


 朝の支度を終えたルシファーがエプロンを付け銀色の長髪を後ろで結って朝食を作っていると、丁度起きてきたリリムが恥ずかしげもなく素っ裸で瞼を擦りながら歩いてきた。

「おはよー先生」
「ああ、おはよう。今日は昼前に出かけるって言ってたろ。早くシャワー浴びて支度してこい」
「はーい」


 朝食を終えてリリムが可愛くめかし込んで支度を終えると、二人はマンション最上階の窓から飛び立ち目的地へと出発。本日の行き先は、隣町の小さなホールだ。

「ねえ先生、今日は何しに行くんだっけ」
「忘れたのか。今後のキューピッド活動に向けて学習のため、人間によるカップル成立の現場を見学に行くんだよ。」
「へぇー、ボクはどうせならデートがよかったなー」

 空から行けば目的地にはすぐに到着。本日ここでは婚活パーティが開かれている。ルシファーとリリムは、人間には姿が見えない状態でこっそりと侵入。会場の様子を窺っていた。
 するとリリムが、偶然にも参加者の中に見知った顔を発見した。ポニーテールに結った長い黒髪に、肩幅の広い筋肉質な体型でありつつ出るべき所はいい感じに出たグラマーなプロポーションの女性。

「あ、沖田先生だ!」
「ほう、これは……」

 綿環高校の体育教師であり、二年A組担任の沖田春。ルシファーが以前カップル成立に失敗した人物でもある。
 初めての彼氏を作ることには今も積極性があるようで、こうして婚活パーティに出ているようだ。
 リリムが沖田に注視している一方で、ルシファーは視線を広く持ちいろんな参加者を観察。するとふと、司会進行をしている茶髪セミショートの若い女性と目が合った。

「リリム、あの司会者、俺達が見えているな」
「えっ!?」
「恐らくは本物のキューピッドだ。力が漏れ出ないよう抑えているようだが、僅かながら天使の力を感じる」

 天使は人間の幸福をエネルギーとする種族であり、中でもキューピッドは恋愛成就の幸福を人間に与える天使。その中にはこうして、人間に扮してカップル成立を目的とした事業やイベントを行っている者もいるのである。
 ルシファー達が自分の正体に気付いたことを察した司会者は顔色を青くし、控室へと逃げ去っていった。

「よしリリム、追うぞ」
「はーい」

 楽しいことが始まったとばかりに、悪戯な笑みを浮かべるリリム。二人は会場内を飛びながら、扉をすり抜けて控室へと入り込んだ。司会者は、その姿を見た途端腰を抜かす。

「ひぃっ、魔族!」
「ああ、すまない。危害を加えるつもりは無いんだ。俺もキューピッドだ」
「あ、貴方が噂のルシファー!? はっ、わ、私は彼氏一筋ですから! 絶対寝取られませんから!!」
「いや、そういうことをするつもりも無い」

 血の気が引いた顔で敵意を向けてくる司会者に、ルシファーは冷静に弁明。
 キューピッドのルシファーの名もだんだん広まってきてはいるが、やはり淫魔時代の悪名には全く及ばず。未だルシファーがそういう印象を持たれているのは、どうしようもない現実だ。

「今回俺がここに来たのは婚活の現場を見て今後のキューピッド活動の参考にするつもりでな。その主催者が本物のキューピッドだとは知らずに来ていたんだ。ましてやそれが、素人同然の新米キューピッドだとはな」
「なっ、何でわかるんですか!?」

 司会者が焦って尋ねると、ルシファーは不敵に笑う。

「ティアラ・レーネル、二十二歳。職業キューピッド。これまでに成立させたカップルは無し」

 ルシファーが突然名前と年齢、そして実績までズバリ当ててくるので、ティアラは目を丸くした。

「Dカップ。経験人数一人。恋人は天使大学の同期。三年前から交際を始め、交際一周年の日に初体験をした。体の相性は良好」
「そんなことまで!?」
「Mっ気有り。好きな前戯はスパンキング。好きな体位は後背位。肛門が性感帯で、アナルセックスも結局的に行っている。オナニーは週に……」
「わあぁぁぁ!! 何なんですかもう!!!」

 そしてとてつもなく恥ずかしい情報を暴露されて、ティアラは慌ててルシファーを止める。

「と、まあ俺は相手を見ただけである程度のプロフィールを知ることができる。人と人の相性を見る上で、これほど便利なものはないだろう」
「まあ、確かにそれはそうですけど……私の恥ずかしい秘密言う必要あります!? ていうかそもそも何で私を追いかけてきたんですか!?」
「今日の参加者に俺達の知り合いがいてな。彼女には是非婚活に成功してもらいたいと思っているのだが、主催者がこんな素人では不安になったのだ。よってこの婚活パーティ、俺が乗っ取らせてもらう」
「え? はい? 乗っ取らせて……?」

 ティアラが言葉の意味を理解するより先に、控室の景色は一転してバラエティ番組のセットのような風景に。ルシファーとリリムとティアラ、そして婚活パーティ参加者の中からルシファーが厳選した男女三人ずつがこの場にいた。

「えっ、な、何!?」
「ようこそ愛天使領域キューピッドゾーンへ。私は愛の天使、キューピッドのルシファー」
「ボクはアシスタントのリリムちゃんでーす」

 いつもの調子で自己紹介すると、沖田が椅子から立ち上がった。

「恋咲! こんなところで何をしているんだ! それに何だその髪の色は!」
「うひゃっ、沖田先生!」

 さっとリリムがルシファーの後ろに隠れると、沖田の視線はルシファーの顔に向く。目を細め、明らかに何かしらを疑っている様子だ。

「その子はうちの学校の生徒です。貴方、恋咲の何なんですか?」

 沖田の質問に、ドキッとしたのはリリムである。

「そうですね……最も近い言葉を選ぶならば、師匠というのが適切でしょうか。まあ端的に言えば恋咲さんはこの婚活パーティのスタッフとしてアルバイトをしているとでも思って頂ければ」
「アルバイト……アルバイトか。ふむ……」

 一応、沖田は納得したようである。
 ちなみに前回の脱衣ゲームのことは、ルシファーの記憶操作により完全に忘れている。覚えているのは、酔っている間に木津音高校の根本先生を振ったということくらいである。

「えー、さて、話は逸れましたが、ここにお呼びした六名にはこれより特別プログラムに参加して頂きます」

 六人の参加者の膝の上に、フリップとペンが現れる。

「え、何!? 手品!?」
「皆さんには、私の指定したお題の答えをこちらのフリップに書いて頂きます。ではまず、皆さんの名前と年齢をお書き下さい」

 六人の参加者は、困惑しながらも指示通りフリップに書き始める。
 今回選ばれた六人は、沢山の中からルシファーが厳選しただけのことはあり男女とも清潔感のある見た目の人ばかり。身も蓋もない言い方をするならば、婚活パーティ参加者の中から上澄みだけを抽出した格好だ。
 全員が書き終えたのを確認すると、ルシファーはゲームを進行する。

「では皆さんの回答を見ていきましょう。まずは男性から。エントリーナンバー一番。斉木さいき光男みつおさん、三十歳」

 一人目は七三分けで眼鏡を掛けた細身の男性。

「エントリーナンバー二番。かけい仁助じんすけさん、三十二歳」

 二人目は中肉中背でやや長めの髪をした暗そうな男性。

「エントリーナンバー三番。戸塚とつか修一郎しゅういちろうさん、二十八歳」

 三人目は色黒短髪でがっちりした体付きの男性。以上三名が、今回の男性陣である。胸に付けられたエントリーナンバーは元々の婚活パーティで使用したナンバーとは別に、このゲームで付けられたもの。同じナンバーが、それぞれの椅子にも付いている。

「続いて女性を。エントリーナンバー四番。沖田春さん、二十九歳」

 四人目はお馴染み沖田先生。

「エントリーナンバー五番。栗本くりもと典可のりかさん、二十三歳」

 五人目はウェーブのかかった茶髪ロングヘアで、やや派手めな化粧をした女性。こちらも沖田ほどではないが胸は大きい方だ。

「エントリーナンバー六番。高田たかだ葉月はづきさん、二十歳」

 最後は若干幼げな容姿をした、黒髪ロングで眼鏡を掛けた女性。胸は平坦な方である。以上三名が、今回の女性陣だ。
 ルシファーはわざとらしく各自の顔とフリップを交互に見た後、頷いてくすっと微笑んだ。

「なるほどなるほど。どうやらこの中に二人、嘘つきがいるようですね」

 そう言った直後のことだった。栗本の着ているブラウスがびりびりに破れて、紫レースのブラジャーが露出。そして彼女のフリップに大きな×が付けられた。勿論参加者全員――とりわけ男性陣の視線が、彼女の胸に吸い込まれたのは言うまでもない。
 なお、一緒に筧のワイシャツも破れて消えたのだがそちらは全く注目されず。

「ちょ、ちょっと!? 何なのこれ!? ていうかこの服高かったんだけど!?」
「ああ、言い忘れていました。皆さんに参加して頂くのは脱衣ゲーム『嘘つきは脱がされるゲーム』です。今後くれぐれもフリップに嘘は書かないように。さもなくば彼女のようになってしまいますよ。脱ぐ部位はトップス、ボトムス、ブラジャー、ショーツの四ケ所。四回嘘をつけば全裸ということです。あ、ちなみに服が破れたのはただの演出です。実際は無傷でこちらで預かっているのでご安心下さい。それと今回は説明のため私が魔法で脱がせましたが、次回からは自分で脱いで頂きますのであしからず」

 参加者達のざわつく声。だがそれ以上に心中穏やかではないのは、これに巻き込まれた天使ティアラであった。

(私の開いた婚活パーティが、何だかとんでもないことになってる……)
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