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第二章
第37話 英雄との邂逅
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女神の神殿から下界の自分の体に戻る為にはやたら長い階段をひたすら下りることになる。
どれだけ長いかというと終わりが見えないレベルだ。不思議と疲れはしないが、非常にうんざりする。
それでも気が遠くなるまでひたすら下り続けると、パッと無になる感覚がして気づくと肉体に戻っている。
前回は森の中で目を覚ました。アジトのキッチンで気絶したのに今思うと不思議だ。
そして今回は目を覚ました途端見慣れた天井が目に入った。
質素な木造りの家具と雑然と置かれた防具や手入れ道具の数々。
壁に貼られた古ぼけた地図に隅に置かれた空の酒瓶。
いかにも冒険者らしい部屋だ。ここが俺が数年間寝起きしてきた自室なのだ。
目を覚ました後、ゆっくりと身を起こしたが人の気配はない。
ミアンやクロノ辺りの付き添いを予想していたのが外れて、微妙にがっかりしたような声が出た。
「なんだ、誰もいないのか……」
「いや、ここにいるけど?」
背中に氷塊を押し付けられたように心臓が跳ね上がる。
反射的に布団を蹴り上げる。そして声がした場所を正面取るように動く。
だが相手の顔を確認する前に腰に激痛が走った。
「中々いい動きだけど、寝起きで派手な運動は腰をやるよ~」
君なんか特に大怪我で三日間昏睡してたわけだし。あちらこちらが痛い筈だよ。
のんびりとした口調で指摘されるが、返事をする余裕がない。
腰が痛いというか神経が痛い。動くどころか呼吸することさえ嫌になるレベルだ。
「腰痛は辛いよね~癖になるし、自分もその痛みが嫌だから治癒術覚えた所があるよ~」
じっとしててね。言わなくても動きたくないと思うけど。
そう言いながら知らない人物がベッドへと近づいてくる。
明るい響きのハスキーな声からは性別がいまいちわからない。
腰が痛くてずっと床に視線を落としているから顔も確認できなかった。
丈夫な布製のズボンと皮のブーツをはいた足が視界に入る。
「はい、キュアペイン」
呪文らしき言葉と同時に背中から腰に掛けてじんわりとした熱を感じる。
そして徐々にその感覚が去った後俺は痛みも消えていることに気づいた。
「これは怪我の治療よりも痛みの緩和の方が強いけど、そこまで高位の術じゃないからクロノちゃんもすぐ覚えられるんじゃないかな~」
「クロノ……?」
「うん、びっくりしたよ~。彼女に引っ張られて森に行ったら半分死体みたいになった君が居たんだもの」
まだ死んでなかったから助けられたけど。そうあっさりと告げられて逆にゾッとする。
エレナに死にかけることを軽んじるなと念押しされたことを思い出した。
巨大スライムと戦っていた時、当然俺は死ぬ気なんてなかった。
ただ途中から無事生き残ることより魔物を倒すことを優先していたのは確かだ。頭に血が上りやすいのは悪い癖かもしれない。
俺が無言で反省していると、痛みを消してくれた人物はしみじみと言葉を続けた。
「しかし狂犬のアルヴァと呼ばれる男が子供を助ける為必死に魔物と戦い続けるなんて、酒場の噂は当てにならないな~」
そもそもクロノちゃんだって噂通りパーティ―内で酷い扱いされてるなら、リーダーである君を助けようと必死にならないよね。
危うく彼女に要らないお節介を焼いちゃうところだったよ。
独り言のような台詞に、胸のざわめきを覚える。
酒場の噂話とやらがほぼ事実であることへの後ろめたさとは又違う。
これは、暗い台所で主人公であるクロノと邂逅した時に感じたのと同じものだ。
「そんな見る目のない無能リーダーなんて捨てて、この私に弟子入りしてみないかってね~」
俺は弾かれたように顔を上げた。
水色がかった長い銀髪、剣を腰に携えている細身の体。怜悧な美貌は男にも女にも見える。
そもそも俺はこの人物の性別を明記していただろうか? その強さとチートさはつらつらと書いた気がする。
剣も魔術も治癒術も全てが一級。灰色の鷹団全員で挑んでも軽くあしらわれるその実力。
主人公であるクロノの『師匠』に相応しい実力と人格を有した人物。
「黄金級英雄、万能のノア・ブライトレス……!」
思い出したその名を口にする。金と赤が奇妙に入り混じった瞳が驚いたように見開かれた。
英雄ノアはクロノに強く影響を与える重要人物だ。この世界での性別は不明だが暫定的に青年扱いすることにする。
彼は灰色の鷹団を追い出され冷たい雨が降る中震えて歩いている主人公に声をかける。
そして事情を聞くと、その優れた能力でクロノのずば抜けた才能を見抜くのだ。
自分を凌ぐ英雄になると感じたノアはクロノに剣術や魔術や治癒術などを教え込む。
しかし彼は本来アルヴァと対面する筈はない人物。
そもそもクロノだってパーティーを追放されてから初めて出会う相手だ。
そして俺は、重大な事に気づいた。
この英雄は自分の正体を隠して各地を旅をしている設定なのだ。
そりゃ、いきなり初対面の男に本名を叫ばれたら驚きもする。
ノアの瞳が警戒の光を宿すのを見ながら、俺は目を覚ます所からやりなおしたいと心底思った。
どれだけ長いかというと終わりが見えないレベルだ。不思議と疲れはしないが、非常にうんざりする。
それでも気が遠くなるまでひたすら下り続けると、パッと無になる感覚がして気づくと肉体に戻っている。
前回は森の中で目を覚ました。アジトのキッチンで気絶したのに今思うと不思議だ。
そして今回は目を覚ました途端見慣れた天井が目に入った。
質素な木造りの家具と雑然と置かれた防具や手入れ道具の数々。
壁に貼られた古ぼけた地図に隅に置かれた空の酒瓶。
いかにも冒険者らしい部屋だ。ここが俺が数年間寝起きしてきた自室なのだ。
目を覚ました後、ゆっくりと身を起こしたが人の気配はない。
ミアンやクロノ辺りの付き添いを予想していたのが外れて、微妙にがっかりしたような声が出た。
「なんだ、誰もいないのか……」
「いや、ここにいるけど?」
背中に氷塊を押し付けられたように心臓が跳ね上がる。
反射的に布団を蹴り上げる。そして声がした場所を正面取るように動く。
だが相手の顔を確認する前に腰に激痛が走った。
「中々いい動きだけど、寝起きで派手な運動は腰をやるよ~」
君なんか特に大怪我で三日間昏睡してたわけだし。あちらこちらが痛い筈だよ。
のんびりとした口調で指摘されるが、返事をする余裕がない。
腰が痛いというか神経が痛い。動くどころか呼吸することさえ嫌になるレベルだ。
「腰痛は辛いよね~癖になるし、自分もその痛みが嫌だから治癒術覚えた所があるよ~」
じっとしててね。言わなくても動きたくないと思うけど。
そう言いながら知らない人物がベッドへと近づいてくる。
明るい響きのハスキーな声からは性別がいまいちわからない。
腰が痛くてずっと床に視線を落としているから顔も確認できなかった。
丈夫な布製のズボンと皮のブーツをはいた足が視界に入る。
「はい、キュアペイン」
呪文らしき言葉と同時に背中から腰に掛けてじんわりとした熱を感じる。
そして徐々にその感覚が去った後俺は痛みも消えていることに気づいた。
「これは怪我の治療よりも痛みの緩和の方が強いけど、そこまで高位の術じゃないからクロノちゃんもすぐ覚えられるんじゃないかな~」
「クロノ……?」
「うん、びっくりしたよ~。彼女に引っ張られて森に行ったら半分死体みたいになった君が居たんだもの」
まだ死んでなかったから助けられたけど。そうあっさりと告げられて逆にゾッとする。
エレナに死にかけることを軽んじるなと念押しされたことを思い出した。
巨大スライムと戦っていた時、当然俺は死ぬ気なんてなかった。
ただ途中から無事生き残ることより魔物を倒すことを優先していたのは確かだ。頭に血が上りやすいのは悪い癖かもしれない。
俺が無言で反省していると、痛みを消してくれた人物はしみじみと言葉を続けた。
「しかし狂犬のアルヴァと呼ばれる男が子供を助ける為必死に魔物と戦い続けるなんて、酒場の噂は当てにならないな~」
そもそもクロノちゃんだって噂通りパーティ―内で酷い扱いされてるなら、リーダーである君を助けようと必死にならないよね。
危うく彼女に要らないお節介を焼いちゃうところだったよ。
独り言のような台詞に、胸のざわめきを覚える。
酒場の噂話とやらがほぼ事実であることへの後ろめたさとは又違う。
これは、暗い台所で主人公であるクロノと邂逅した時に感じたのと同じものだ。
「そんな見る目のない無能リーダーなんて捨てて、この私に弟子入りしてみないかってね~」
俺は弾かれたように顔を上げた。
水色がかった長い銀髪、剣を腰に携えている細身の体。怜悧な美貌は男にも女にも見える。
そもそも俺はこの人物の性別を明記していただろうか? その強さとチートさはつらつらと書いた気がする。
剣も魔術も治癒術も全てが一級。灰色の鷹団全員で挑んでも軽くあしらわれるその実力。
主人公であるクロノの『師匠』に相応しい実力と人格を有した人物。
「黄金級英雄、万能のノア・ブライトレス……!」
思い出したその名を口にする。金と赤が奇妙に入り混じった瞳が驚いたように見開かれた。
英雄ノアはクロノに強く影響を与える重要人物だ。この世界での性別は不明だが暫定的に青年扱いすることにする。
彼は灰色の鷹団を追い出され冷たい雨が降る中震えて歩いている主人公に声をかける。
そして事情を聞くと、その優れた能力でクロノのずば抜けた才能を見抜くのだ。
自分を凌ぐ英雄になると感じたノアはクロノに剣術や魔術や治癒術などを教え込む。
しかし彼は本来アルヴァと対面する筈はない人物。
そもそもクロノだってパーティーを追放されてから初めて出会う相手だ。
そして俺は、重大な事に気づいた。
この英雄は自分の正体を隠して各地を旅をしている設定なのだ。
そりゃ、いきなり初対面の男に本名を叫ばれたら驚きもする。
ノアの瞳が警戒の光を宿すのを見ながら、俺は目を覚ます所からやりなおしたいと心底思った。
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