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アーニャとヴィクトーリアの気持ち

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「――と、いうわけなんだ」

「うぅ……、真実というのは、時として、こんなにも残酷にわたしたちに牙を剥くのですね……」

「なんということだ……わたしたちはとんでもなく、途方もない勘違いをしていたのか……! く……あの頃の自分を殴ってやりたい……!」

「……はぁ」


 なぜ俺は『海水浴』がいかにアーニャとヴィクトーリアとのイメージからかけ離れているか、ということを、ここまで必死に説かなければならないのだろう。
 ここはこれから先どう動くか、を話し合う場面だろうに、なんだこれは。呑気にも程がある。


「――て、しまったァァァ!!」

「ひゃ……っ」

「きゃっ」


 俺、もしかしてこのことを言わなかったら、アーニャとヴィクトーリアのあられもない姿を見ることができたんじゃねえの?
 海水浴でくんずほぐれつ出来たんじゃないの!?
 あーあ、やっちまった。
 ついつい、俺のイノセントハートがその片鱗を見せちまったか。俺ってやつはどこまで善人なんだ。これも、勇者の血のなせる善行ということか。
 ま、やってしまったものは仕方がない。
 とりあえず、いまは現状の収拾と、ユウの紹介でもしておくか。


「……ユウ!」

「なあに、おにいちゃん?」

「俺から離れなさい。そして自己紹介をしなさい」


 俺は、椅子の後ろから俺に抱きついていたユウをいさめると、自己紹介を促した。
 なんなんだ、これは。
 金魚の糞に逆戻りじゃないか。
 というか、逆戻りもなにも、あの頃のままじゃないか。
 まるで成長していない……!
 いや、むしろあの頃よりも悪化してんじゃねえの?


「うん、いいよ。でも、このままでいい?」

「なんでだよ! 苦しいわ! 離れください!」

「そう……。おにいちゃんがそう言うなら仕方ないよね」


 ユウは残念そうに言うと、俺から手を放した。
 なんだ、言えばわかってくれるじゃないか。何事もそうだ。言わなくてもわかってくれる、じゃなくて、やはり声に出して相手に伝えることがなにより大事――
 ユウはスタスタと俺の前まで移動すると、膝にちょこんと座ってきた。


「わかってなかったよ!」

「改めまして……、はじめまして。名前はユウって言います。おにいちゃんの妹兼、未来のお嫁さんです」

「まぁ……!」
「む、二人はそういう関係なのか」

「ちっげえよ! 血迷ったか! 何口走ってんだ!」

「兄妹だけに……って意味? ふふ、おにいちゃん、おもしろいんだね」

「ちがうわ! たまたまだわ! ……ち、ちがうから! ふたりとも! ほんと、なにかの間違いだから。これは……あれだ、そう、劇の稽古! 今度、ジマハリで家族愛をテーマにした劇をやるんだ! ……な? ユウ? な? な?」

「ご祝儀等は結構です。式は二人きりで、ひっそりと挙げたいので……」

「だーかーらーさー!!」

「うむうむ、わたしはそういったことには寛容なほうだ。だいじょうぶ、思う存分幸せになるがいいぞ!」

「わたしとしては、少しばかり寂しいですが……、でも、これもユウトさんが選びとった未来……ですからね。わたし如きが口を挟める余地など、ありません。どうぞ、お幸せになってくださいね……」

あなた・・・、あたし、蜜月ハネムーンは海の見える別荘がいいわ」

「やめろ! 収拾がつかねえわ! 捌ききれんわ! ……たく」


 俺はユウの腰をガッと掴むと、そのまま膝から降ろした。


「それはそうとして、さきほどはとんだご無礼を……。動転していたとはいえ、ヴィッキーのあれは行き過ぎた行為でした。ほら、ヴィッキー?」

「う……す、すまん」

「いやいや、あれはユウが悪いよ。この世のすべてのことは、大体こいつのせいだから。ほら、おまえもちゃんと謝れ」

「ごめんなさい、あたし、おにいちゃんが襲われたと勘違いしちゃって……、頭に血が昇ってしまっていました。……申し訳ないです」

「いやいや、こちらこそ悪かった」

「いえいえ、こっちのほうが」

「いやいや……」

「いえいえ……」


 ……なんだこれ。


「それにしてもさきほどのナイフを投げた業、素人目のわたしから見ても、すごいってわかりました。ユウさんは何かやっていたのですか……?」


 アーニャの問いに、ユウはしばらく考えるような素振りをすると、俺の顔を見て答えた。


「はい。今度、ジマハリで家族愛をテーマにした劇をやるのです。これはその役柄のひとつ、暗殺者ホリィです。その役作りで必要だったので習得しました」

「まあ、そうなのですか? それはとても素晴らしいですわ!」

「遅いわ! 今更ノッてどうすんだよ! しかも堂々と嘘つきやがって!」

「そ、そんな……、ユウさんはジョ・ユウさんではなかったのですか?」

「アーニャ、女優は固有名詞ではないぞ」

「なんでおまえは自己紹介もまともに出来ねえんだよ。……こほん、じゃあ出来損ないの妹に代わって、俺から紹介すると、こいつも俺と同じ勇者の子どもだ。それは知ってるだろうけど、じつはこいつ、俺よりも色濃く勇者の血を受け継いでいるんだ。だから、生まれつきのオーラ含有量が俺よりも多い。そのためかは知らないけど、昔からユウはやることなすこと、基本的に何でもできるんだ。けど……」

「ほう、それはすごい。まさに勇者の血がなせる業とでも言うべきか。……待てよ? それなら、次の仲間はユウでいいのではないか?」

「いや、そう簡単な話じゃないんだ。優秀なのは表面上だけ。けど、蓋を開けてみれば、こいつは俺に危害を加えるやつを許さなかった」


 アーニャとヴィクトーリア、ふたりがウンウンと無言で頷いた。


「俺が子供の頃、近所にいた年上のガキ集団に泣かされた事があったんだ。それを見たユウは突然、『買い物に行く』って言いだした。それからちょっと経って、ユウがボロボロになって帰ってきた。何かあったのか? って、聞いてら『喧嘩を買いに行っただけ』とだけ答えた。それからしばらくして、ガキの親たちが、うちに怒鳴りこんできたんだ。母さんが用件を聞くと、ユウがそのガキ全員を半殺しにして、村の入り口に吊るしてたんだって」

「ま、まじなのか……!」

「ああ、まじまじ。な? ユウ?」

「おにいちゃんに手を出す輩は排除エリミネイトします」

「ひぇっ……」

「見ての通りだ。こいつはなんかもう、一緒に冒険するとか、そういうの以前に、人として終わってる」

「そ、それは、ちょっと言い過ぎでは……?」

「そうだよ、おにいちゃん。ほめ過ぎ」

「えぇ……」

「と、いうことだ。さて、もうそろそろ聞いておくか。アーニャ、ヴィクトーリア」


 俺が真剣な顔を向けると、アーニャもヴィクトーリアも、きちんと向かい合ってくれた。
 もうそろそろ、答えが出ているはずだ。
 俺はその答えに対し、真摯に向き合わなければならない。


「ふたりのいまの気持ちを聞かせてほしい。このまま俺のパーティに残留してくれるのか、はたまた、こんなやつとは組めねーって、脱退するのか。俺は正直、どっちでも……いや、ちがうな。俺はふたりには残留してほしい。それが俺の本当の気持ちだ。だけど、そうすることによって、ふたりに迷惑がかかっているのもわかってる。困難な道のりだ。決して、平坦な道のりではない。そんな道に、俺は二人を誘おうとしてるんだから、ロクなやつじゃない。だから、これは単なる我儘な男の戯言だと思って聞いてほしい。――パーティ残ってくれ。俺には二人が必要だ」


 ――フ、決まった。
 決まったんじゃない?
 いい感じなんじゃない?
 もともと、そこまで俺のパーティ加入に難色を示していなかったふたりだ。というか、好感触だったふたりだ。そんなお二方が、こんなところで、断るわけが――


 ドォォォォオォン!!
 爆発音。
 村のほうから?
 なんだ? 何が起こっている?
 俺は急いで席を立つと、扉を開けて玄関から外へ出ていった。
 ユウとアーニャ、ヴィクトーリアも俺に続いて外に出てくる。


「ユウトさん……あれ!」

「ユウト、見ろ! 向こうのほうだ!」


 ヴィクトーリアが指さしたのは中心街のほう。モウモウと立ち昇る黒煙に、家屋からは火の手が上がっている。
 そしてかすかに見えるのは――


「魔物、ね」

「母さん? いつからそこに? 買い物に行ったんじゃ……」

「買い物なんて、とっくに終わってるわ。……でも、妙ね。ここ数年、魔物の襲撃なんて全くなかったのに、これは……」

「んな事、言ってる場合じゃないって! とりあえず、追い払わないと!」

「え、ええ……、そうね。手伝ってくれるかしら? 今回はどうも、一筋縄ではいかなそうだからね」

「ということだ。すまん、ふたりとも。俺とユウと母さんとで、魔物共を撃退しに行く。ふたりはここで待って――」

「いえ、当然、わたしたちもお手伝いしますわ。なにせわたしたち、ユウトさんのパーティですもの。ね、ヴィッキー?」

「え? う、お、おう! 当たり前だ! ユウトのために、惜しみなく働いてやるぞ!」

「ふ、ふたりとも……! すまない、恩に着る。じゃあ、いくぞ!」

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