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燃盛篝火

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 少しだけ陽が傾きかけてきた頃。
 俺たちは森の中にある、ひっそりとした洞窟前までやってきていた。
 洞窟内は薄暗く、入口より中は、明かりでもない限り進めそうになかった。
 暗くてよくは見えないが、洞窟の奥には空洞があるのか、入り口付近では時折、「ヒューヒュー」と風の音が鳴っている。

「フ、あれが魔物の巣か……、疼く、疼くぞ!!」

 ユウの背中にて現在進行形で無様を晒している俺は、せめてもの抵抗として、声を低く発し、格好よくみせようとした。
 ちなみに、脚にはもうすでに感覚はない。
「ねえ、もしかしてこれ、壊死してんじゃね? ねえ、ねえってば」と、ユウに言ってもお構いなし。
 これは解放された後に来るしびれが、過去最高のものになるだろう。
 俺にはわかる。
 あれ? でも、壊死してたら、感覚とかそういうの以前に、もう終わりだよね?
 俺にはわからなくなってきた。
 ……ともかく、目下の目的は動けない脚を開放することではなく、装備品の奪還及び、魔物の討伐。
 しかし、肝心の魔物の姿がどこにも見えない。
 このまま洞窟内へ入っていってもよさそうだが、あれだけ暗い中で、もし戦闘になったとすれば、こちらに分が悪すぎる。
 件の魔物がここを根城にしているということは、ここはもう魔物の縄張りテリトリー。夜目の利かない俺たちでは、一方的に狩られることは目に見えている。
 なるほど、たぶん討伐隊なんかも、これにやられたのではないだろうか。
 ……等と推測はしてみたものの、よくよく考えてみたら、あの老人が俺たちの装備を盗んできたのは、夜。
 つまり、魔物は夜に活動していたということ。
 では、この魔物は夜行性……? いまは洞窟内で睡眠中か?
 だとすれば、これは好機。
 俺のスニーキングスキル影が薄いを活かせば、少なくとも、問題なく装備だけは取り返せる。
 だが……いやいや、いかんな。
 考えれば考えるだけドツボにハマってしまう。


「どうするユウト? このまま奇襲攻撃を仕掛けるか?」

「奇襲かけてどうするんだ。結局、起こすことになるだろ」

「なんだ、魔物は寝ているのか?」

「……まあ、いいか。ここは中で戦うよりも、外で戦ったほうがいい。わざわざ、相手の得意な場所でやってやる義理もない。そうと決まれば、いっちょやるか」

「……? なんだ? どういうことだ、ユウト?」

「キャンプファイヤーだ!」





 メラメラメラ。
 轟々と炎が立ち昇る。
 俺が下した決断。
 それはキャンプファイヤーをすることだった。
 なに、べつにキャンプファイヤーを囲って、踊ったり歌ったり、将来を語り合ったり、恋バナをしたりするわけじゃない。
 これは所謂、燻し出しだ。
 ファイヤーだけに。
 万物万象ありとあらゆる生き物は基本的に、火に弱い。
 それも、こんなジャングルなのかジャングルじゃないのか、よくわからない森の奥地に拠点を構えているということは、十中八九、火が有効手段になり得る魔物であることが、容易に推察される。
 ということは、もう、ね? キャンプファイヤーしかなくね?
 ということで、独断と偏見と、その他いろいろなぐちゃぐちゃした要素をひっくるめて、こうしてみました。
 あとは魔物がこの異変に気付いて、せき込みながら出てきたところを袋叩きにしてやればいい。
 そんなこんなで、俺たち四人は草むらの陰に隠れ、キャンプファイヤーを遠巻きから眺めていた。
 それにしても懐かしい。
 たしか、人間相手にもやったっけ。燻し出し。
 あ、もちろん俺は反対したけど、ほら、あのユウキ凶悪野郎がどうしてもって言うから仕方なくって感じです。
 俺としては必死に止めはしたんですけどね。
 むしろ、こっちが被害者だったりしたわけで……て、それにしても出てこないな。
 これで、もし魔物が火山地帯に住む魔物とかだったら……、もう帰る。
「なんで、ここに暮らしてんだ」って、魔物に説教してから帰る。
 で、装備品とか盗んだあのおっさんを殴って帰る。
 それで実家に帰ったらアーニャと――


「ユウトさん……! 出てきました! あれ、あれじゃないですか?」


 ようやくか。
 俺は目を凝らし、キャンプファイヤーを隔てた、洞窟の中、そこへ視線を移動させた。


「げっほげほ、にゃ、にゃんてこったにゃ……、にゃんでニャーの家の前で、こんな豪勢なキャンプファイヤーが開かれてるのにゃ……だれか恋バナでもしてるのかにゃ?」


 出てきたのは、頭に猫耳を生やした半裸の獣人女だった。
 獣人は迷惑そうな顔で、キャンプファイヤーの周りをぐるぐると回っている。


「うにゃにゃ? キャンプファイヤーはあるんにゃが……、だれもいないにゃんにゃ……? 自然発火にゃのかにゃ?」

 あれが老夫婦の言っていた魔物か。
 その様相は俺が頭に浮かべていた、凶悪な魔物(想像)とは一線を画す者だった。
 ちなみに、俺が想像していたのは、全身毛むくじゃらで、真っ黒で、ゴキブリのようにかさかさと動き這いずり回り、鋭い牙で得物を捕食し、好物はトマトと虫、動くものは全てその長い鉤爪で切断し、血を啜り、生肉を貪るケダモノ。それでもって、休日は子供とスポーツ観戦してそうな、恐ろしい魔物だと思っていたのだが……。
 どうやら、そうでもなかったようだ。
 まだあどけなさの残る、やんちゃそうな顔……とは裏腹に、その恰好は過激そのもの。
 胸と腰にだけボロ布を巻いており、胸に関しては、少し動いただけでも、すぐにボロンといきそうなほどだった。
 全身を覆う灰色の産毛は、常日頃から手入れされているのか、とても滑らかで肌触りがよさそうでもあった。
 撫でたい。
 手足はすらっと伸びており、鍛えているのか、とても立ち居振る舞いは獣そのものだが、その中にどこか、しなやかさのようなものを感じる。
 総評としてはまさに防御力に極振りしているゴツイ鎧に、片っ端から喧嘩を売っていくスタイルだということがわかった。
 全くもって、嘆かわしい。なんということだろう。
 あのドスケベ淫乱獣人に、天誅を下してやらなければ!
 俺はアーニャ、ヴィクトーリア、そしてユウに目配せをしてみる。
 三人は俺の視線に気がつくと、すこしだけ遠慮がちに頷いてみせた。
 まあ、その理由はわからなくはない。
 だって、無害そうだし。
 ……いや、男という生き物にとっては、有害極まりないデンジャラスなビーストではあるが、そういう意味じゃない。
 なんというか、魔物特有の邪気を感じない。
 ここで考えられるのは、いよいよもって、あの老夫婦が怪しくなってきたということだ。
 ……まあ、いい。
 考えるのは後。
 いまはあの危険獣人を速やかに捕縛し、事の真相を確かめること。
 幸い、あの獣人は人語を解すようだ。コミュニケーションをとることに、さして障害はないだろう。
 だから、当初の目的であった袋叩きという暴力的解決手段を用いず、ここは紳士的に話し合いという肉体言語でコミュニケーションをとっていこう、そうしよう。


「者ども、ゆけい! あの獣人に天誅を――」

「――ッ!? ユウトさ――」

「おにいちゃ――」


 背後。
 悪寒。
 殺気。
 戦慄。
 冷や汗が、俺のこめかみを流れ落ち、頬を伝い、顎に溜まる。
 溜まった汗は地面には落ちず、顔に巻いてある、隠者の布に吸収された。
 気がつくと、踊りながら、キャンプファイヤーの周りを周っていた獣人の姿は、どこにもいなかった。
 ツプ――……
 鋭い刃物。
 多分、爪だろう。
 それが俺の首の側面……隠者の布の上から、頸動脈に当てられているのがわかる。
 少しでも動けば首を掻っ切られ――死。
 口には出していないが、そういうことだろう。容易にそんな未来が想像できる。
 バカな。
 音もなくあそこから移動し、隠者の布で気配遮断しているのにもかかわらず、背後に回って首元に爪を当ててくる。
 そんな芸当を出来る魔物……これは、間違いない。
 手ごわい魔物だと?
 バカめ。こいつはそんな生易しいものじゃない。

 ――エンドビースト。

 ポセミトールの冒険者が惨敗するのもわかる。
 こいつには、俺の元パーティでさえ手に余る。


「動くにゃよ……? すこしでも動いたら、プッツンいくにゃ。……さてさて、ニャーの質問に、答えてもらおうとするかにゃー?」
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