29 / 140
燃盛篝火
しおりを挟む少しだけ陽が傾きかけてきた頃。
俺たちは森の中にある、ひっそりとした洞窟前までやってきていた。
洞窟内は薄暗く、入口より中は、明かりでもない限り進めそうになかった。
暗くてよくは見えないが、洞窟の奥には空洞があるのか、入り口付近では時折、「ヒューヒュー」と風の音が鳴っている。
「フ、あれが魔物の巣か……、疼く、疼くぞ!!」
ユウの背中にて現在進行形で無様を晒している俺は、せめてもの抵抗として、声を低く発し、格好よくみせようとした。
ちなみに、脚にはもうすでに感覚はない。
「ねえ、もしかしてこれ、壊死してんじゃね? ねえ、ねえってば」と、ユウに言ってもお構いなし。
これは解放された後に来るしびれが、過去最高のものになるだろう。
俺にはわかる。
あれ? でも、壊死してたら、感覚とかそういうの以前に、もう終わりだよね?
俺にはわからなくなってきた。
……ともかく、目下の目的は動けない脚を開放することではなく、装備品の奪還及び、魔物の討伐。
しかし、肝心の魔物の姿がどこにも見えない。
このまま洞窟内へ入っていってもよさそうだが、あれだけ暗い中で、もし戦闘になったとすれば、こちらに分が悪すぎる。
件の魔物がここを根城にしているということは、ここはもう魔物の縄張り。夜目の利かない俺たちでは、一方的に狩られることは目に見えている。
なるほど、たぶん討伐隊なんかも、これにやられたのではないだろうか。
……等と推測はしてみたものの、よくよく考えてみたら、あの老人が俺たちの装備を盗んできたのは、夜。
つまり、魔物は夜に活動していたということ。
では、この魔物は夜行性……? いまは洞窟内で睡眠中か?
だとすれば、これは好機。
俺のスニーキングスキルを活かせば、少なくとも、問題なく装備だけは取り返せる。
だが……いやいや、いかんな。
考えれば考えるだけドツボにハマってしまう。
「どうするユウト? このまま奇襲攻撃を仕掛けるか?」
「奇襲かけてどうするんだ。結局、起こすことになるだろ」
「なんだ、魔物は寝ているのか?」
「……まあ、いいか。ここは中で戦うよりも、外で戦ったほうがいい。わざわざ、相手の得意な場所でやってやる義理もない。そうと決まれば、いっちょやるか」
「……? なんだ? どういうことだ、ユウト?」
「キャンプファイヤーだ!」
◇
メラメラメラ。
轟々と炎が立ち昇る。
俺が下した決断。
それはキャンプファイヤーをすることだった。
なに、べつにキャンプファイヤーを囲って、踊ったり歌ったり、将来を語り合ったり、恋バナをしたりするわけじゃない。
これは所謂、燻し出しだ。
ファイヤーだけに。
万物万象ありとあらゆる生き物は基本的に、火に弱い。
それも、こんなジャングルなのかジャングルじゃないのか、よくわからない森の奥地に拠点を構えているということは、十中八九、火が有効手段になり得る魔物であることが、容易に推察される。
ということは、もう、ね? キャンプファイヤーしかなくね?
ということで、独断と偏見と、その他いろいろなぐちゃぐちゃした要素をひっくるめて、こうしてみました。
あとは魔物がこの異変に気付いて、せき込みながら出てきたところを袋叩きにしてやればいい。
そんなこんなで、俺たち四人は草むらの陰に隠れ、キャンプファイヤーを遠巻きから眺めていた。
それにしても懐かしい。
たしか、人間相手にもやったっけ。燻し出し。
あ、もちろん俺は反対したけど、ほら、あのユウキがどうしてもって言うから仕方なくって感じです。
俺としては必死に止めはしたんですけどね。
むしろ、こっちが被害者だったりしたわけで……て、それにしても出てこないな。
これで、もし魔物が火山地帯に住む魔物とかだったら……、もう帰る。
「なんで、ここに暮らしてんだ」って、魔物に説教してから帰る。
で、装備品とか盗んだあのおっさんを殴って帰る。
それで実家に帰ったらアーニャと――
「ユウトさん……! 出てきました! あれ、あれじゃないですか?」
ようやくか。
俺は目を凝らし、キャンプファイヤーを隔てた、洞窟の中、そこへ視線を移動させた。
「げっほげほ、にゃ、にゃんてこったにゃ……、にゃんでニャーの家の前で、こんな豪勢なキャンプファイヤーが開かれてるのにゃ……だれか恋バナでもしてるのかにゃ?」
出てきたのは、頭に猫耳を生やした半裸の獣人女だった。
獣人は迷惑そうな顔で、キャンプファイヤーの周りをぐるぐると回っている。
「うにゃにゃ? キャンプファイヤーはあるんにゃが……、だれもいないにゃんにゃ……? 自然発火にゃのかにゃ?」
あれが老夫婦の言っていた魔物か。
その様相は俺が頭に浮かべていた、凶悪な魔物(想像)とは一線を画す者だった。
ちなみに、俺が想像していたのは、全身毛むくじゃらで、真っ黒で、ゴキブリのようにかさかさと動き這いずり回り、鋭い牙で得物を捕食し、好物はトマトと虫、動くものは全てその長い鉤爪で切断し、血を啜り、生肉を貪る獣。それでもって、休日は子供とスポーツ観戦してそうな、恐ろしい魔物だと思っていたのだが……。
どうやら、そうでもなかったようだ。
まだあどけなさの残る、やんちゃそうな顔……とは裏腹に、その恰好は過激そのもの。
胸と腰にだけボロ布を巻いており、胸に関しては、少し動いただけでも、すぐにボロンといきそうなほどだった。
全身を覆う灰色の産毛は、常日頃から手入れされているのか、とても滑らかで肌触りがよさそうでもあった。
撫でたい。
手足はすらっと伸びており、鍛えているのか、とても立ち居振る舞いは獣そのものだが、その中にどこか、しなやかさのようなものを感じる。
総評としてはまさに防御力に極振りしているゴツイ鎧に、片っ端から喧嘩を売っていくスタイルだということがわかった。
全くもって、嘆かわしい。なんということだろう。
あのドスケベ淫乱獣人に、天誅を下してやらなければ!
俺はアーニャ、ヴィクトーリア、そしてユウに目配せをしてみる。
三人は俺の視線に気がつくと、すこしだけ遠慮がちに頷いてみせた。
まあ、その理由はわからなくはない。
だって、無害そうだし。
……いや、男という生き物にとっては、有害極まりないデンジャラスなビーストではあるが、そういう意味じゃない。
なんというか、魔物特有の邪気を感じない。
ここで考えられるのは、いよいよもって、あの老夫婦が怪しくなってきたということだ。
……まあ、いい。
考えるのは後。
いまはあの危険獣人を速やかに捕縛し、事の真相を確かめること。
幸い、あの獣人は人語を解すようだ。コミュニケーションをとることに、さして障害はないだろう。
だから、当初の目的であった袋叩きという暴力的解決手段を用いず、ここは紳士的に話し合いという肉体言語でコミュニケーションをとっていこう、そうしよう。
「者ども、ゆけい! あの獣人に天誅を――」
「――ッ!? ユウトさ――」
「おにいちゃ――」
背後。
悪寒。
殺気。
戦慄。
冷や汗が、俺のこめかみを流れ落ち、頬を伝い、顎に溜まる。
溜まった汗は地面には落ちず、顔に巻いてある、隠者の布に吸収された。
気がつくと、踊りながら、キャンプファイヤーの周りを周っていた獣人の姿は、どこにもいなかった。
ツプ――……
鋭い刃物。
多分、爪だろう。
それが俺の首の側面……隠者の布の上から、頸動脈に当てられているのがわかる。
少しでも動けば首を掻っ切られ――死。
口には出していないが、そういうことだろう。容易にそんな未来が想像できる。
バカな。
音もなくあそこから移動し、隠者の布で気配遮断しているのにもかかわらず、背後に回って首元に爪を当ててくる。
そんな芸当を出来る魔物……これは、間違いない。
手ごわい魔物だと?
バカめ。こいつはそんな生易しいものじゃない。
――エンドビースト。
ポセミトールの冒険者が惨敗するのもわかる。
こいつには、俺の元パーティでさえ手に余る。
「動くにゃよ……? すこしでも動いたら、プッツンいくにゃ。……さてさて、ニャーの質問に、答えてもらおうとするかにゃー?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
750
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる