自称身体の弱い聖女の妹に、婚約者の王太子を奪われ、辺境に追放されてしまいました。
フロリダ公爵の長女エルサは常に妹のマリアに奪われていた。病弱を装うマリアを溺愛する両親は、エルサから婚約者のマルティン王太子まで奪おうとしていた。いや、マルティン王太子までもがマリアに誑かされ、進んでエルサとの婚約を解消しようとしていた。
ちょっと見かけたので…
句読点についてはwikiで「句読点」検索してみるといいですよ。
話題になってる用法についてのことではないのですがね…
明治時代に学校教育等の関係で、日本語が整理されます。
それ以前は、句読点を使っていなかったのです。
だから、日本語文法としても歴史的な用例にしてもかなりあいまいな存在なんですね。
草書体の筆書き(江戸期の手紙など)見ればわかりますが、だいたい文章の区切りまでつなげてサラサラ書くわけです。
これで自然に区切りが分かるし、川柳とかでも以下みたいな段書しますよね
「あけまして
おめでとう」
こういった形で区切りを示していた、なんていうのも文学側の抵抗の背景にあるのかもしれません。
あとは今は活版じゃないからですが、会話文の鍵かっこで閉じてるのに「。」を拾ってはめるのが面倒とか、それに伴う動作で時間を食う訳ですから費用にかかってくるとかそういった事情もあるかもしれません。
wikiなんかじゃなく深堀して調べると色々出てきそうな感じです(笑)
沼りそうなんで突っ込んでは調べませんがw
ご返信ありがとうございます。
「おはようございます」←なかなか馴染めないでいますが、こちらが主流のようですね。「おはようございます。」だと叩かれるのですか。そこまでとは知りませんでした。
克全さんは句点を付ける派だったのですね。勝手に「仲間!」と思ってしまいました。
敬語は、丁寧語はいいのですが、尊敬語と謙譲語はややこしいですよね。同じ人に対しても、尊敬語を使う場合と謙譲語を使う場合があったりしますし。
エルサ、ルーカスの扱いが上手いですね~。
お話はとても面白いのですが、少し気になることがあります。
会話文の最後(」の直前)に句点がないことと、「申される」という表現です。
「申す」は謙譲語、「〜られる」は尊敬語なので、「申される」は正式な敬語ではないとされています。
特に18話では、侍女の台詞に「申されておられます」というのがありますが、「おる」は謙譲語です。
伯爵の行動を表現するのには不適切ではないでしょうか。単純に「おっしゃっています」などではダメですか。
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