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―― 第二章 ――
【三十四】殿下の結論
しおりを挟む兄上が、事の概要をクライヴ殿下に語る。僕は怯えながらその場を見守る。体が震え始めて、息が詰まりそうになる。鳩尾のあたりが、ずっしりと重い。
「――という事情ですよ、殿下」
どこか憤慨するように兄上が言い終えた時、いつもとは異なり冷たい表情で耳を傾けていたクライヴ殿下が、目を伏せた。僕はその横顔が怖かった。僕に過去、向いたことのない表情だったからだ。
「ジェイス卿。貴方はそれを信じているのですか?」
双眸を開けたクライヴ殿下が、水のように静かな声を放つ。すると兄上は一拍の間を置いてから、小さく頭を振った。
「信じたくはない。だが、事実であれば、お伝えすべきだと思っていました」
「――ベルンハイト侯爵は、いかがですか?」
クライヴ殿下が続いて父上を見た。蒼褪めている父上は、唇の色が赤紫に変わっている。
「Subですからな……それしか、私には分からない。が、Subとは、そういう生態であると語られているのは事実ですし、ヘルナンド卿が嘘をつくようにも……仮に嘘だとしても、否定材料が……」
嘆くような父上の声が響き終わった時、クライヴ殿下が僕の左手の上に載せていた掌に力を込めた。隣から手を握られ、僕はそちらを見る。するとクライヴ殿下は僕を見て微笑した。目を丸くした僕は、その表情に全身の緊張をほどく。そばにクライヴ殿下がいてくれるだけで、こんなにも落ち着くだなんて思ってもいなかった。ずっとその顔を、見ていたい。
クライヴ殿下はそれから、再び冷ややかな眼差しに戻り、僕の父と兄を交互に見た。
「結論から言って」
そこまで言うと、クライヴ殿下は僕の手をより強く握った。
「そのようなヘルナンド卿の妄言を信じるというのならば、俺は二度とルイスをこちらには連れてこない」
きっぱりと断言したクライヴ殿下は、それから呆れたように吐息をする。
「家族であるのに、ルイスを信じず、他の事ばかり気にかける侯爵に、俺は今、心底呆れている。それはジェイス卿に対しても同じだ。俺のためを想って伝えたというが、前提がルイスを信じていない状態にしか聞こえない」
その言葉に、父上と兄上がほぼ同時に息を飲んだ。
「そのような考え方をするこのベルンハイト侯爵家に、これ以上ルイスを置いておくつもりはない。ルイス、帰ろう」
「……」
僕の手を強く引いて、クライヴ殿下が立ち上がる。すると父上が慌てたように首を振る。
「今宵は、妻も楽しみにしているのです。殿下、どうぞそのような事は言わず、そ、その……よろしければ、一緒に晩餐を……」
「そのような気分ではないし、侯爵夫人がここに不在である点、きっとご存じないのでしょうから申し訳ないとは思いますが、俺にとっての一番はルイスだ。俺は一刻も早く、この邸宅を出るつもりだ。勿論、ルイスを連れて」
断言したクライヴ殿下を見ると、父が怯えた顔をした。兄がとりなすように口を開く。
「家族水入らずの場に首を突っ込まないでほしい限りだよ、クライヴ殿下」
「ルイスの家族は、この俺だ」
僕は何も言えないまま、ただずっと震えていた。その間も、僕の表情筋はピクリとも動かなかった。僕の意識は、クライヴ殿下の手の体温の事しか拾わず、他の事は何も考えられない。意識が、思考することを拒否しているかのようだった。
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