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思惑の迷宮
予期せぬ訪問者 シルフィー=ブレストン 暗殺者の恭順 (3)
しおりを挟むよく考えなくてはいけない。 シルフィーと名乗るこの奴隷暗殺者の女性は、マスターに解放された。 今は、解放奴隷だよね。 つまり、彼女は自由にどこにでも行ける。 居留地の森にも帰る事ができる。 彼女の奴隷紋は…… もし、彼女が望むなら…… 森に帰るつもりが有るのなら、消してあげてたっていい。
そんな彼女が、私に忠誠を誓う?
有り得ない話よね。 奴隷が解放される事なんて、ほとんどない。 故郷の記憶があるものなら、直ぐに其処を目指す。 特に獣人族は、マグノリア王国の兵に捕らえられたものが、ほとんどである事は、周辺国にには常識になっている。
故郷に帰っても、白い目で見られるの? 人族に散々に弄ばれてしまった、” 女性 ” には辛い場所なの? ラムソンさんは、そんな話…… 私には、していなかった。 ちらりと、シルフィーの姿を見る。 彼女……、かなり痛めつけられた跡があったわ。 頭の上の耳は片方しかない。 尻尾は、ラムソンさんみたいに長くない。 防具から出ている、彼女の素肌のあちこちに斬られた跡や、深い傷が残っている。
それでも…… 彼女の能力は、超一流なの。
暗殺者の技能が有れば、狩人に成る事など、造作もない。 なのに、何故、私に忠誠を誓い、私の手足と成ると云ったのか。 それは……
――― 簡単な事 ―――
シュトカーナが私と共に居ると、宣言したから。
彼女にとって、森の民として、心から、敬い、慕い、忠誠を、捧げる相手は、パエシア一族の最後の姫様である、シュトカーナに他ならない。 そして、彼女は私と共にいる。 霊体として、シルフィーの前に姿を現した、シュトカーナの側に居ようとすれば…… 当然私の側に居ようとする。
そう、これもまた……………… 等価交換。
彼女の持てる技能を、私に捧げる事によって、シュトカーナの側に居る事を、許してもらう。 人族の、こんな小娘に、恭順の意を示すことは、彼女の矜持では、ありえないもの。 それを、あっさりと覆してしまうものが、圧倒的な、シュトカーナに対する敬愛……
どうしよう……
〈迷惑なの? 命じましょうか?〉
〈迷惑という訳では無いの。 でも、彼女の人生なのよ。 彼女は彼女の道を歩くべきだと思うの…… 驕慢な考えかな……〉
〈リーナは優しいわ。 普通はそんな事、考えない。 力あるものを側に置くことは、どんな者でも、望むもの。 でも、リーナはしない。 リーナは、どんな人でも、その人の幸せを考えている。 シルフィーが、貴女の手足、耳目に成ると、そう言っても、それが、彼女の幸せなのか、それを心配している。 でしょ?〉
〈だって…… 私には、責任取れないもの……〉
〈ならば、その覚悟を問うて見ればいいのよ。 ……貴女の側に居る事は、とても、大変なのよ? 知ってる?〉
〈わかった…… 条件を付けてみる……〉
声に成らない声で、シュトカーナとお話して、覚悟を決めた。 もし…… もしもよ、彼女が私の出す条件を乗り越えてくれたなら…… 彼女の幸せがそこに有ると、そう思えるから。
「シルフィー、貴女の申し出に対し、私が受け入れるには、条件があります」
「なにか? 私の実力を見せればいいのか?」
「いいえ、決して人を殺さず、陽光降り注ぐ中、誰もが疑くことなく、私の前に来れば、受け入れます。 それが、条件です」
「不殺の誓いか?」
「血で汚れた手は、私には必要ありません。 人を救い、助ける手が必要なのです。 おわかり?」
「……それが、お前か、薬師錬金術士」
「リーナです。 覚えておいてね。 私の名は、薬師リーナ」
「わかった…… リーナの前に、血を流さず立てば、側に…… 側に、置いてくれるのか?」
「ええ、シュトカーナもそう望んでいます」
銀色に発光するシュトカーナが笑みを浮かべ、首肯する。 その姿を見たシルフィーは頷いた。 条件は提示した。 そして、彼女は了承した。 どのような方法で、私の側に来るのかは、彼女次第ね。 たんに、” こんにちは ” って、来るかもしれないけれど、それでは、常に側に居る事は出来ない。
だって、私、もうすぐ軍属に成る事が決まっているものね。
そうなれば、最悪、軍の施設にお引越しするかもしれないもの。 不審な行動を取れば、私以外の人に行動を掣肘される。 抗えば、血が流れる。 私は彼女を擁護しない。 だって、正式に側に居るってそういう事じゃないもの。 私の側にいても、何らおかしくない環境を整えるのが、命題なのよ。
さぁ、如何するのかしらね。 ちょっと、興味が湧いてきた。 このシルフィーって森猫族に。
「敬愛する聖樹と共に生きる、薬師リーナ。 お前の、出した条件は判った。 シュトカーナ様の御側に居る事が、私の望み。 ならば、叶えて見せる。 お前の言葉をな」
「楽しみにしてるわ。 その時まで……」
「直ぐに来る。 待つがいい」
ふわりと風が私とシルフィーを取り巻き、白い靄が視界を奪う。 気配が消える。 第十三号棟に中から、彼女が消える。 流石は、凄腕ね。 侵入経路も、脱出経路も、痕跡が残らない様に、移動したわ。
―――でもね。
ちゃんと、印はつけたから、その印を追えば、貴女の使った経路は見える。 【詳細鑑定】の全制限を外して…… ちゃんと見てたから。
高い窓から差し込む月明かりの中、白い靄が晴れて行き、彼女の辿った経路を、私の紺碧の瞳が見ていたの。 深く蒼い瞳がね。 ちゃんと潰しておかなくては、いけないわよね。 あんな所に…… 「 穴 」が、あったなんて、知らなかったわ。
それだけ、彼女の調査能力が優れているって事。 きっと、この倉庫の見取り図とか、施工図とかも掴んでるんだろうね。 万端の準備を整えるのが、一流の証。
だから、シルフィーは一流の……
” 暗殺者 ”
なのよね。
^^^^^^
疲れ切って、消耗しきって、倒れ込む様にベッドに潜り込んだの。 もう、冷や汗でベトベトだけど、それよりも、眠い…… 神経が高ぶって眠れないかと思っても、身体が眠りを強要するの。 もう、立っている事さえ、無理なくらい。
こんな日も有るのね……
ロマンスティカ様…… いえ、ティカ様…… そして、シルフィー…… よく理解できない内に……
……わたしを取り巻く ……状況が
劇的に……
変化したのよね……
いい事なのか…… 悪い事なのか……
貴族の悲しみも……
奴隷の絶望も……
未来への希望も……
全て、私の中に……
取り込まれて……
……行ったの。
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