その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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父と 子と 精霊と

時の輪の接する場所への玄門

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 シルフィーが私が紡ぎ出す、起動術式を見詰めながら言葉を紡ぐ。 既に、様々な魔方陣の打ち込みは終わっているわ。 それらを一斉に起動させる為の、起動術式なのよ。 各魔方陣は、比較的大きな起動魔力を要求してくるから、それに対応する為には、この術式が必要なのよ。

 ティカ様と一緒に開発したこれは、とても大型の魔方陣でさえ一発起動出来る程なのよね。 祈りを魔力に変換する術式も、魔力を増幅する術式も、空間魔力を直接固定する術式すらも内包しているんですもの。 それを統合して結合するのは、とても精緻で複雑な魔力回路が必要だったわ。

 小型化するのは諦めて、一つ一つを整合させていく作業は、おばば様の直弟子である、私とティカ様の二人を以てしても、時間が掛かったのよ。 おばば様が手伝ってくださったらって、何度思った事か。 フフフ…… でも、やっと完成したのよ。

 当初の想定していたのは、王都の護りの要である「ミルラス防壁」が何らかの不具合で停止してしまった時の事を考えて。  あれだけ大きな魔方陣だから、一旦止まってしまったら、高位魔術師さん達が総出で起動魔方陣を紡ぐしか方法は無いわ。 それに、何時でもそれだけの、完全充足した魔術師さん達が居るとも思えないしね。

 「ミルラス防壁」が停止する状況を想像すると…… 既に、高位魔術師さん達は疲弊しきっていると考えた方が、間違いないわ。 最悪を想定するのは、危機管理の初歩よ。 であるならば、最低限の人数で再起動しなくては成らないって事。

 ティカ様がいらしたら…… ティカ様が王都に在して居られるのならば……

 特務局の実務筆頭であるティカ様は、その重き『任』故に、王都より離れる事は許されないのよね。 ちょくちょく、離れらるのが、特務局の頭痛の種とも…… 聞いた事があるのよ。 ティカ様、結構、奔放な方だからね……


 ティカ様お一人で、「ミルラス防壁」を再起動出来るって、そんな事を考えて作っていたのよ、この起動魔方陣を。 それが、こんな場所で役に立つとは、思ってもみなかったわ。 

 シルフィーが重い口調で、私に言葉を紡ぐの。




「随分と大きな起動術式ですね、リーナ様」

「ええ、そうよ。 これだけ複雑に編み込んだ魔方陣ですもの。 並大抵の起動術式では起動できないもの。 それで、おばば様に教えを受けて、ティカ様と一緒になって、いろいろと弄った、この複合二重型の起動術式が必要になって来るのよ」

「……あの魔女と、なにやら試行錯誤されておられた様でしたね、そういえば。 そんな事を?」

「ええ、何が有ってもいいように。 どんな複雑で大型の魔方陣を編み上げても、起動出来なくてはどうにもならないもの…… それは、ティカ様も思い知っておいでよ? ほら、「王都の護りミルラス防壁」の改変再起動の時…… 準備が大変だったでしょ? 今後、なにか重大な事象が起きて「ミルラス防壁」が励起状態に陥った時、考えたくは無いけれど、ティカ様お一人が再起動を行わなくては成らない…… なんて事もあるかもしれない。 だから、ティカ様も切実に追い求めていらっしゃたのよ。 私の持つ『二つの世界』の魔法の知識と知恵。 そして、ティカ様の術式構築能力。 それが合わさって、此れが出来たの。 姉妹の合作よ? それも、王女二人の。 王都を護る要を受け継ぐ、王族女性の為すべき事だったわ。 研鑽の結果……ね」

「はぁぁぁ…… その大きな起動術式を稼働させる為に、どれ程の魔力を消費するのですかッ! この地に於いて、リーナ様の魔力は、何にも代えがたい貴重なモノでは無いのですかッ!」





  深く深く溜息を吐いた後、痛い所を突くシルフィーの言葉。 そうね、そうなのよね。 この北の荒野で、唯一、私達を守れる力は、私が保有している私の体内魔力だけなんですものね。 だから、シルフィーは大きく憂慮しているのよね。 判っているわ。 とても、危険な事なのは。 でも、やらなければ成らないのよ。 それが、私の交わした精霊誓約ってものなんですもの。





「故によ。 ここは、精霊小宮。 此処がきちんと浄化出来れば、ノクターナル様と繋がる事が出来るわ。 そうなれば、私が魔力の供給源に成るのですもの。 ノクターナル様の領域…… そう、遠く時の輪の接する場所から、闇属性の魔力が、たっぷりと、奔流のように流れ出るのよ。 もう、消耗に怯えなくても良くなるんですも。 だから、この祈りは何としても成功させないといけないわ」

「…………リーナ様。 ピンチはチャンス…… と云う訳なのですか?」

「ええ、そうね。 その通りよ。 そして、私はノクターナル様の大いなる御加護を戴けるの。 「精霊の愛し子」の責務を果たす対価に、闇の精霊 ノクターナル様からの絶大な御加護を戴けるわ。 それが、私が結んだ、ノクターナル様との精霊誓約でもあるのよ。 さぁ、始めるわ。 こ精霊小宮には居る者達を清浄なる魂に戻すのよ。 そして、遠く時が接する場所へ、ノクターナル様の腕に…… ね」

「御意に…… で、でも、決して無理はなさらないでください。 リーナ様は…… 我らの光なのですから」





 軽く頷き、極大起動魔方陣に力を注ぐ。 既に撃ち込まれた、【妖気浄化ピュアリカンツ】の接合は十分な強度を維持している。 ナジール様が磐座を開く呪術を展開されたわ。 荘厳ないにしえの精霊賛歌。 そう、精霊魔法には賛歌が絶対条件なんですものね。 透き通った声が周囲に広がり、微かに残っている精霊様方の力が集う。 人の力では絶対に動きそうにない磐座がじりじりと動き出すの。

 もうすぐ、磐座が開く。

 私も、極大起動魔方陣を励起させるの。 一気に体内魔力が持って行かれる感覚が有る。 吸われる魔力に比例し、その効果も倍加されるように設計してあるんですもの。 確実にこの【妖気浄化ピュアリカンツ】は起動するわ。

 十分な魔力を注ぎ終わり、極大起動魔方陣がその力を発揮し始める。 




「 【妖気浄化ピュアリカンツ】発動。 この地に集う、穢れし魂を浄化せしめん」




 一気に、彼方此方に打ち込んだ【妖気浄化ピュアリカンツ】は起動する。 その他の【解呪】、【浄化】の副次的な魔方陣も同時にね。 流れる私の透明な魔力が充填されて、魔方陣が発動する。 私の魔力で紡ぎ出されていた【妖気浄化ピュアリカンツ】の魔方陣が薄緑色に発光する。 


 良し! 起動を確認した。 


 続いて、シルフィーが曳いて来た、魔力線からファンダリアの地より紡ぎ出されたる魔力を本接続。 恒常的に魔力を供給する。 


 確認。 接合完了。 


 周囲を取り巻いていた穢れた魂が、吸い寄せられるように、魔方陣に近づくの。 そうそう…… そうよ。 それが、貴方達の回帰する道なのよ。 キラキラと光の粒が舞い上がるの。 正常に魔方陣が起動している証拠ね。 歓喜にも似た迷える魂の叫びが、実際には聞こえない音と成って、私の柳耳に届くの。

 そう、彼等は浄化された。

 魂の帰る場所に向かう為の準備は整ったと…… 怨嗟と悔恨と恨みが昇華される。

 もう、誰も彼等迷える魂をこの地に繋ぎとめるモノは居ない。 ナジール様。 解放の時に御座います。

 ナジール様がたの賛歌の詠唱が終わる。 ついにこの精霊小宮を護っていた守護の磐座が開いたの。 




 大きな磐座の中央にピシリと一筋の割れ目が入り、徐々にその割れ目が大きくなる。


 両側にズリズリと移動して、ついに……


 「精霊小宮」への門が開いたわ。 流れ出る膨大な精霊様の息吹に、ちょっと仰け反るの。





 狐人族の神官様の結界は、「精霊小宮」を清浄な物として押し止めていたわ。










  ―――― よかった。








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