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予想外の事態~姉の呟き

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「第三王子殿下がベンカー公爵令嬢に婚約の継続を願ったそうよ」
「ええっ? でも殿下はイドニア様を嫌っていたんじゃ……」
「それがね、殿下はイドニア様を好いていらっしゃったそうなのよ」
「まさか!」
「そのまさかよ。イドニア様に嫉妬して欲しくて他の令嬢と仲良くしていたのですって。イドニア様が婚約の白紙を願い出たら、大慌てで縋り付かれたそうよ」

 ある日、登校した私が目にしたのは、第三王子であるローリング様が、イドニア=ベンカー公爵令嬢と婚約破棄しなかったとの話に花を咲かせる学生たちの姿だった。

 ローリング様がイドニア様と婚約したのは、ローリング様が五歳の時だった。ローリング様は三番目の王子で、兄君たちと違い王妃様が自らお育てになった方だ。王妃様は溺愛するローリング様の将来の後ろ盾にと、国内有数の貴族で宰相でもあるベンカー公爵の娘との婚約を強く望まれて、幼い頃に婚約は結ばれた。
 だが、勝手に決められた婚約をローリング様は嫌がっていた、というのが世間の認識だった。イドニア様は成績優秀でマナーも完璧だったが、完璧すぎてローリング様は一緒にいても楽しくないとぼやいていたからだ。一つ年上だったのも気に入らなかったのだと、ローリング様から直接伺っていた。

(なのに、どうして婚約継続なのよ?)

 詳しく話を聞くと、エッガルト伯爵家のマダリン様がお二人の婚約を破棄させんと色々と裏で動いていたという。それをベンカー公爵が事前に察知し、計画を阻止したのだ。
 だが、その騒動とこれまでのローリング様の振る舞いに嫌気がさしたイドニア様は陛下に婚約白紙を望まれ、陛下もさすがにローリング様の態度は看過し難いと、その要求をお受けするかに見えたのだけど……
 
 当のローリング様がそれを強く拒否。最後はイドニア様に縋りついて婚約の継続を求められたという。

(何なのよ、一体……)

 苛々して爪を噛んでしまったのは、ローリング様に婚約の継続を求められたというのに、イドニア様が条件を出したと聞いたせいだ。だったらその言葉に相応しい態度をとるようにと。それをローリング様が了承し、婚約白紙はいったん保留になっていたという。

(何やっているのよ、マダリンの役立たず……!)

 マダリンとはローリング様を巡って常に張り合っていた相手だった。私と同じ伯爵家の出で、商会が成功して非常に羽振りがよかった。私から見れば商売など下位貴族が収入不足を補うためのものでしかなく、そんな彼女の家は成金貴族にしか見えなかった。そばかすが目立つ地味顔で容姿は私の足元にも及ばないし、成績も中の上、目立った能力も魔力もなく、それだけなら取るに足らない存在だった。
 ただ、彼女のお祖母様は王妹でローリング様とは幼馴染、私よりもずっと付き合いが長い。気安くローリング様に話しかける様は腹立たしかったが、イドニア様を排除するという目的は同じで、だからこそイドニア様との共倒れを狙っていたのに……ライバルが減ったのは喜ばしいけれど、ローリング様がイドニア様を追いかけているんじゃ意味がないじゃない!

 お陰で私は一気に窮地に立たされた。ローリング様のイドニア様への気持ちは未だに信じられないけれど、こうなるとローリング様との婚約は絶望的だ。更に私を絶望の谷に突き落としたのは、高位貴族で目ぼしい令息には既に婚約者がいることだった。
 それでも最初は、直ぐにいい相手が見つかると思っていた。私がローリング様を慕っているのは多くの人が知っていたけれど、こうなっては諦めざるを得ないとわかる筈。そうなれば婚約の申し込みが殺到すると思ったのだ。私は国内でも有数の美女と評判だったし、魔術師になるのも既定路線。この国の魔術師の地位はかなり高いから、直ぐに私宛の釣書が届くと思ったし、実際届いたのだけど……

「どうして次男三男ばかりなのよ!」

 信じられないことに、送られてくる釣書は嫡男ではない令息ばかりだった。爵位を継げなければ結婚したら平民か、よくて子爵位が精一杯だ。この私が子爵夫人などあり得ない……

「お父様、どうにかして!」
「う、うむ。そうは言うが、嫡男ほど早くに婚約してしまうからな」
「まぁ、あなた。ではアルーシアに下位貴族の妻になれと。この子はこんなにも美しいのに」
「それはそうなのだが……」

 魔術師の家系とはいえ我が家は伯爵家。上位貴族の中では下の部類だ。それでもこの美しさがあれば王族だっていけると思っていた。実際ローリング様は私を美しいと何度も褒めて下さったのだから。それがイドニア様の気を引くためだったなんて、こんな酷い話があるだろうか。

「あら、あなた。だったらヘルゲン公爵はいかが? 呪いが解けたとお茶会で伺いましたわ」
「え?」
「ヘルゲン公爵? エル―シアが嫁いだ?」

 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

「ええ。確か公爵様は呪われる前は秀麗なお姿だったとか」
「あ、ああ。私も一度お会いしたが、確かに美少年という感じだったな。もう十二、三年前だったが……」
「だったらさぞかし美しくお育ちでしょう。それに多少見栄えに問題があっても公爵家の当主、しかも国王陛下の甥御様でいらっしゃるわ。呪われていると聞いたからエル―シアを送りましたけれど、呪いが解けたのであれば……」

 お母様が意味深に言葉を区切ったが、その意味を私とお父様は直ぐに理解した。そうだ、どうして気付かなかったのかしら……!

「お父様、では?」
「ああ。公爵には手違いで妹を送ったが、本当はアルーシアを送る予定だったのだと言えば何とかなるだろう。双子だし、公爵だって美しいアルーシアの方がいいに決まっているからな」
「そうですわ。アルーシアは美しいだけでなく魔力もあります。魔力量も貴族にとっては重要な要素。公爵様もそうだと言えばきっと喜ばれるでしょう」
「ああ、その通りだ」
「公爵様はもう何年も王都には出て来られていないと聞くわ。今まで美しい令嬢を見ることもなかったでしょう」
「ああ、だったら尚更アルーシアの美しさに一目で心奪われるだろう」

 こうして私たちは、早速ヘルゲン公爵家に向かうことになった。王都で流行しているドレスや宝石を積んで。美しく着飾った私を見れば、公爵も私の虜になるに違いない。

(ふふ、エル―シアがどんな顔をするか、楽しみね)

 双子だというのに、魔力もなく辛気臭くて地味な、妹と認めるのも腹立たしい存在。そんな女が公爵の側にいるのは腹立たしいけれど、それももう少しで終わりを告げる。そうなった時、絶望に染まった顔はどんなに見物だろうか。私は意気揚々と公爵家に向かった。



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