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【後日譚】
4、どうして?
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子どもの声が聞こえたのかもしれない。それともアルベティーナに呼ばれたのかもしれない。
イザークは森に向けて走っていた。走りにくい砂浜を抜け、枯れ葉を砕きながら森へと続く細い道を駆ける。
まるでアルベティーナが氷河に突き落とされた時の柱廊のように、走っても走ってもたどり着かない。
もう何度も冬の乙女との今生の別れを経験している。
それに似た、思い出したくもない絶望を伴う焦りだ。
そうだ、これはアルベティーナが力を使ったのだ。
この島に来てから、冬の乙女の力を使うことがなくなり、元気だったのに。
絶大な力を使うことで、冬の乙女は僅かずつではあるが命を削っている。だからどの乙女も生涯は短かった。
「くそっ。生き急ぐなよ、アルベティーナ」
初めての出会いは、彼女が七歳の時。まだ二十年も経っていないんだ。
そうだ、ほんの短い年月しか一緒にいないんだ。
愛する子どもを授かり、幸せに暮らせるようになったのに。
だが……アルベティーナなら子どもたちの為に命を投げ出すことも厭わない。
イザークは拳を強く握りしめた。
「俺は欲張りなんだよ。アルベティーナもヨーンもファンヌも、全員いないと嫌なんだ。誰も欠けることは許さない」
◇◇◇
息を切らしながら森の入り口にイザークがたどり着いた時、ヨーンとファンヌが大声を上げて泣いていた。
しかも、力なく地面に横たわるアルベティーナに縋りついて。
「ア……アルベティーナ?」
自分の口から発せられたとは、到底信じられないほどのか細く掠れた声だった。
「お父さまぁ。お母さまが。わたしとヨーンを助けて、それで、それで」
「うわぁぁぁぁん!」
日頃はお兄さんぶっているヨーンの方が、混乱して泣き叫ぶばかりだ。
ものすごい勢いで二人が突進してきたから、呆然と立ち尽くしていたイザークは、二人を抱えたまま地面に座り込んでしまった。
枯れ葉や朽ちた枝が辺り一面焦げている。雨も降っていないのに、それらは盛大に濡れて、太陽の光にしっとりとした光を放っていた。
「火を使ったのか」
自分の力も、アルベティーナの力も、子ども達は受け継いでいないはずだ。
だが、これまで冬の乙女との間に子をもうけたことはない。まさか、どちらかに俺の力が……。
「レ、レンズで光を集めて」
ファンヌが地面に落ちたレンズを指さした。
よかった。力の制御もできぬままに、幼子に与えられるべき力ではない。
イザークはよろりと立ち上がり、愛しい人の元へ向かう。
恐る恐るその鼻や口許にてのひらを添えると、とても微かではあるが呼吸を感じた。
へなへなとイザークは座り込んでしまった。
「お父さま、どうしたの? お母さまは大丈夫なんでしょ」
「うぐ……うぅ、お母さまぁ」
二人の子どもに左右から体を揺すられて、ようやく我に返る。
良かった……本当に良かった。
冷えきった妻の手を取り、自分の頬に当てる。
少しでも温もりが戻るように。
あの神殿でも、あなたをずっと温め続けていた気がする。
あなたに俺が与えられるのは、温もりと愛情だけだから。
イザークは森に向けて走っていた。走りにくい砂浜を抜け、枯れ葉を砕きながら森へと続く細い道を駆ける。
まるでアルベティーナが氷河に突き落とされた時の柱廊のように、走っても走ってもたどり着かない。
もう何度も冬の乙女との今生の別れを経験している。
それに似た、思い出したくもない絶望を伴う焦りだ。
そうだ、これはアルベティーナが力を使ったのだ。
この島に来てから、冬の乙女の力を使うことがなくなり、元気だったのに。
絶大な力を使うことで、冬の乙女は僅かずつではあるが命を削っている。だからどの乙女も生涯は短かった。
「くそっ。生き急ぐなよ、アルベティーナ」
初めての出会いは、彼女が七歳の時。まだ二十年も経っていないんだ。
そうだ、ほんの短い年月しか一緒にいないんだ。
愛する子どもを授かり、幸せに暮らせるようになったのに。
だが……アルベティーナなら子どもたちの為に命を投げ出すことも厭わない。
イザークは拳を強く握りしめた。
「俺は欲張りなんだよ。アルベティーナもヨーンもファンヌも、全員いないと嫌なんだ。誰も欠けることは許さない」
◇◇◇
息を切らしながら森の入り口にイザークがたどり着いた時、ヨーンとファンヌが大声を上げて泣いていた。
しかも、力なく地面に横たわるアルベティーナに縋りついて。
「ア……アルベティーナ?」
自分の口から発せられたとは、到底信じられないほどのか細く掠れた声だった。
「お父さまぁ。お母さまが。わたしとヨーンを助けて、それで、それで」
「うわぁぁぁぁん!」
日頃はお兄さんぶっているヨーンの方が、混乱して泣き叫ぶばかりだ。
ものすごい勢いで二人が突進してきたから、呆然と立ち尽くしていたイザークは、二人を抱えたまま地面に座り込んでしまった。
枯れ葉や朽ちた枝が辺り一面焦げている。雨も降っていないのに、それらは盛大に濡れて、太陽の光にしっとりとした光を放っていた。
「火を使ったのか」
自分の力も、アルベティーナの力も、子ども達は受け継いでいないはずだ。
だが、これまで冬の乙女との間に子をもうけたことはない。まさか、どちらかに俺の力が……。
「レ、レンズで光を集めて」
ファンヌが地面に落ちたレンズを指さした。
よかった。力の制御もできぬままに、幼子に与えられるべき力ではない。
イザークはよろりと立ち上がり、愛しい人の元へ向かう。
恐る恐るその鼻や口許にてのひらを添えると、とても微かではあるが呼吸を感じた。
へなへなとイザークは座り込んでしまった。
「お父さま、どうしたの? お母さまは大丈夫なんでしょ」
「うぐ……うぅ、お母さまぁ」
二人の子どもに左右から体を揺すられて、ようやく我に返る。
良かった……本当に良かった。
冷えきった妻の手を取り、自分の頬に当てる。
少しでも温もりが戻るように。
あの神殿でも、あなたをずっと温め続けていた気がする。
あなたに俺が与えられるのは、温もりと愛情だけだから。
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