文字の大きさ
大
中
小
9 / 52
第三章 ナシェル、クサいナンパにあえて引っかかってみる
2
「おお、悲しい別れを経験されたばかりだったのですね……そっとしておいて差し上げるべき所、声などかけてすみませんでした……。しかしこういう時だからこそ、あなたは独りで居るべきではない。独りでいては、気分も沈むばかりです。
それぞれの将来のために別れたとおっしゃいましたね? ならばあなたは勇気ある決断をして、確実に一歩、先へ進んだことになる。そうは思われませんか。そして私も、あなたがもしここに一人きりでおられなかったら、声をかけることなど思いもよらなかったでしょう。
別れは、新たな出会いを運んでくるのです。そう、前向きに捉えてみませんか?」
「……」
男の前向きすぎる口説き文句に内心で失笑しつつ、ナシェルは憂いを帯びたままの潤んだ瞳で男を見上げた。視線に幾らかの警戒心を込めるのも、忘れない。
「……失礼ですが、貴方は?」
「申し遅れました。私はアシール・サウル・アルファーヴ。宝石商をしています」
「宝石商……」
「貴方のお名前を窺っても宜しいですか」
「ナシェル……と」
アシールは一瞬何事か考えるように視線を彷徨わせた。恐らく、西の大陸の神話に残る、死の神の名称と同じであることに気づいたのだろう。
アシールは、目の前に佇む美貌の麗人が本名を名乗るつもりはないのだと認識した様子だ。
「ご自分を死神だなどと名乗るなんて……こう言うのは失礼ですが、とてもミステリアスですね。ますます貴方に興味をそそられてしまいました。どうですか、ナシェルさん、私の船室で、一緒に呑みませんか? 日がだいぶ暮れて、ここはもう寒くなって来ましたし……」
船の手すりに置いた手に触れられそうになり、ナシェルはサッと身を避けた。
「すみません……気分を害されましたか? いささか気安すぎましたね」
「あ…私の方こそ…失礼」
「この後どうしましょう? よければ私の船室にいらっしゃいませんか? 良い酒があります。私たちの出会いを祝って呑み直しませんか」
「そうですね……それでは……一杯だけ。お招きにあずかりましょう」
ナシェルはぎこちない微笑みを取り繕って応じた。
二人は連れ立って船室へ続く扉のほうへ歩き出す。
「ところで一つお伺いしたいんですが……、その、先ほど港で悲しい別れを済ませたとおっしゃる連れの方は……男性ですか? それとも女性?」
「貴方の御想像にお任せします、アシール」
含みを持たせて答えたナシェルは、内心では余所事を考えていた。
(宝石商か。丁度いい。羽振りも相当よさそうだし、適当なあたりまで近づいて宝石の2つか3つ貢がせるとするか……。
まったくそれもこれもヴァニオンのせいだ。あの阿呆がスリにあった挙句、カジノで大負けなどしなければ、私がこんな人間ふぜいの白々しいナンパに引っ掛かる必要もないというのに……)
「え、何かおっしゃいましたか」
「いいえ、何も」
ナシェルはぎこちない笑顔でアシールを振り返った。どうせ次の大陸に着くまでの間だけだ。笑顔ぐらいは大盤振る舞いしてやってもいい。何せこのナンパ男は、窮地の自分の前に運よく現れた金ヅルなのだから……。
それぞれの将来のために別れたとおっしゃいましたね? ならばあなたは勇気ある決断をして、確実に一歩、先へ進んだことになる。そうは思われませんか。そして私も、あなたがもしここに一人きりでおられなかったら、声をかけることなど思いもよらなかったでしょう。
別れは、新たな出会いを運んでくるのです。そう、前向きに捉えてみませんか?」
「……」
男の前向きすぎる口説き文句に内心で失笑しつつ、ナシェルは憂いを帯びたままの潤んだ瞳で男を見上げた。視線に幾らかの警戒心を込めるのも、忘れない。
「……失礼ですが、貴方は?」
「申し遅れました。私はアシール・サウル・アルファーヴ。宝石商をしています」
「宝石商……」
「貴方のお名前を窺っても宜しいですか」
「ナシェル……と」
アシールは一瞬何事か考えるように視線を彷徨わせた。恐らく、西の大陸の神話に残る、死の神の名称と同じであることに気づいたのだろう。
アシールは、目の前に佇む美貌の麗人が本名を名乗るつもりはないのだと認識した様子だ。
「ご自分を死神だなどと名乗るなんて……こう言うのは失礼ですが、とてもミステリアスですね。ますます貴方に興味をそそられてしまいました。どうですか、ナシェルさん、私の船室で、一緒に呑みませんか? 日がだいぶ暮れて、ここはもう寒くなって来ましたし……」
船の手すりに置いた手に触れられそうになり、ナシェルはサッと身を避けた。
「すみません……気分を害されましたか? いささか気安すぎましたね」
「あ…私の方こそ…失礼」
「この後どうしましょう? よければ私の船室にいらっしゃいませんか? 良い酒があります。私たちの出会いを祝って呑み直しませんか」
「そうですね……それでは……一杯だけ。お招きにあずかりましょう」
ナシェルはぎこちない微笑みを取り繕って応じた。
二人は連れ立って船室へ続く扉のほうへ歩き出す。
「ところで一つお伺いしたいんですが……、その、先ほど港で悲しい別れを済ませたとおっしゃる連れの方は……男性ですか? それとも女性?」
「貴方の御想像にお任せします、アシール」
含みを持たせて答えたナシェルは、内心では余所事を考えていた。
(宝石商か。丁度いい。羽振りも相当よさそうだし、適当なあたりまで近づいて宝石の2つか3つ貢がせるとするか……。
まったくそれもこれもヴァニオンのせいだ。あの阿呆がスリにあった挙句、カジノで大負けなどしなければ、私がこんな人間ふぜいの白々しいナンパに引っ掛かる必要もないというのに……)
「え、何かおっしゃいましたか」
「いいえ、何も」
ナシェルはぎこちない笑顔でアシールを振り返った。どうせ次の大陸に着くまでの間だけだ。笑顔ぐらいは大盤振る舞いしてやってもいい。何せこのナンパ男は、窮地の自分の前に運よく現れた金ヅルなのだから……。
感想 0
あなたにおすすめの小説
【BL】記憶喪失中に「男の婚約者なんて気持ち悪い」と僕を蔑んだ元婚約者へ。お望み通り消えてあげましたので、今更記憶が戻ったと泣きつかれても
記憶を失った婚約者・アルヴィンから向けられたのは、見知らぬ他人を見るような冷たい視線と容赦ない罵倒の日々だった。
それでも「記憶が戻れば、あの優しい彼に戻るはず」と耐え続けたニコラス。
しかし、アルヴィンがみんなの前でニコラスの手紙を破りながら嘲笑した時、ついに限界を迎える。
「僕が愛したアルヴィンは、あの日死んだんだ」
誰も信じられなくなったニコラスは隣国へ留学することになった。
留学先で過去を乗り越え、新しい幸福を掴んだニコラス。
そこへ「記憶が戻った」と涙を流すアルヴィンが現れるが、すでにニコラスの心には少しの情も残ってなくて―――……。
【BL】惚れた男に嫌われたくなくて「男遊びならしてもいい」と言ったら、本当に男遊びを始められて絶望している侯爵令息の話
多額の借金で没落寸前の実家を救うため、結婚相手を探していた男爵令息のラキにカムグロス侯爵家から求婚状が届く。
お相手は同性のディートリヒで、初対面で歓迎されるどころか冷たく突き放されてしまう。
『必要最低限関わるな』
『愛人を作るな』
『男遊びならしてもいい』
ディートリヒから実家の借金を完済する条件を言われたラキは、学園で令息たちとの交流を満喫中。
褒め上手なラキの周りには可愛い令息が集まり、推し活状態に。
一方、ディートリヒだけが嫉妬で胃を痛める日々。
ラキへの恋心を隠し続けた不器用侯爵令息に、幸せな未来は訪れるのか?
.
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『嘘の病気で同情を買うな』と私を死に追いやった婚約者、私の墓標の前で額を叩きつけ、血の涙を流して号泣する大破滅!
婚姻届を出す前日、久世景人はようやく、十年遅れの婚約指輪を私の指にはめた。
銀色の輪が薬指に滑り込んだ瞬間、私は照明の下で光るダイヤをぼんやり見つめた。長く続いた待ち時間が、やっと終わったような気がした。けれど次の瞬間、彼は私の手を見下ろし、まるで似合わない品物を評するように静かな声で言った。
「正直、澪の手ってあまりきれいじゃないよな」
私は言葉を失った。
景人はそのまま私の指先を取ると、さっきはめたばかりの指輪を抜き取った。十年待ち続けた指輪は、彼の手のひらの上で冷たく光っていた。
「この指輪、瑠奈の手にあったほうが似合うと思う」
私は手を引き戻し、信じられない思いで彼を見た。
「どういう意味? 瑠奈と結婚するつもりなの?」
景人は目を伏せ、指輪の縁を指先でなぞった。まるで、たいしたことではない問いを少し考えているだけのようだった。
「そこまでじゃない。ただ、会えない時間が長くなると、どうしても瑠奈のことを考えるんだ」
その瞬間、私は自分がどうやってあのタワーマンションを出たのかさえ覚えていない。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。