文字の大きさ
大
中
小
31 / 52
第九章 ナシェル、人情にほだされる
1
「そうだな……その少年の言い分も聞いてみるとしよう。ヴァニオン、そのラミという少年をここへ連れてきてくれるか」
「簡単に云うけどね~、ふつう三等客室の乗船券でVIPには入れないことになってんのよ? 俺の変装みたら分かるっしょ。ここまで来るの大変だったんだからぁ」
ヴァニオンは上着の端っこを摘まんで科をつくった。そう言われてみれば彼はスタッフルームからくすねてきたと思しき船員服を着ている。
「もし階層ごとに見張りがいるなら、そいつに袖の下でも渡せ。奥の部屋に金銀財宝があるから適当に見繕って持っていけ」
「おおなるほど……さすがはナシェル……悪知恵の働くことで」
ヴァニオンは手を打ち、アシールの寝室から適当な銀貨を持ち出してラミ少年を呼びに出て行った。とりあえず冥王がいるのでここはお任せ、ということだろう。
だが肝心の冥王は顎に手を当て何やら宙を睨んでいる。
「父上、さっきからどうなさいました」
「『父上』? お、お兄さんではないのですか?」
アシールが驚愕しているが、ナシェルは無視して冥王に向き直った。
「なにか御懸念でも?」
「いや、バーで船客たちが話しているのを聞いていたのだが、どうやらこの船では一部の客の間で、表に出せないようないわくつきの品物の売買取引などが行われているようだ。この男も、盗んだ宝石類を売る目的でこの船に乗り込んだのであろう?」
「そうです! それです」
アシールは床で縛られたまま身を乗り出してくる。
「実は船の中で今夜遅く、重要な商談があるんです。大陸間を渡り歩いている古物商に、例の『暁の雫』を売り払おうとしていて……」
「その『暁の雫』とは一体何だ?」と父。
「黄金色の、大粒のサファイアの結晶です。この男の持っていた盗品類の中でも、それだけは別格の宝石のようです」
……というナシェルの説明に、アシールが補足する。
「と、とても希少価値が高いものです。大変珍しいがゆえに、いつまでもその石を持っていると足がつきます。それで私はそれを売り払おうとこの船に乗船したのです―――。今夜、私が取引の場に現れなかったらそれこそ騒ぎになってしまいます!」
アシールは「だからこの縄をほどいてくれ」と言わんばかりに上体をくねらせた。
「……父上どうします?」
「そなたの好きにすればよいよ」
「では私の一存ですがあの宝石は売りません」
足元にアシールが身を寄せてきた。
「いやっ、ちょっとナシェルさん、ですから、商談の場に行かなければ騒ぎになります―――!」
「商談の場には出てゆけばよい。ただし交渉は決裂させる。『暁の雫』は売らない」
「なんでですか!?」
「なぜって。私にあの宝石を近づけてみて貴様も感じただろう?」
ナシェルは詐欺男を傲然と見下ろし、流れる黒髪を後ろへ撥ね退けてみせる。
「あの宝石も私の物になりたがっている。そんな気がするからだ」
――いや、そんなわけはない気のせいである。ナシェルは気づいていた。普段なら宝石などには興味がないはずなのだが、あの宝石だけは手に入れたい、と思ってる自分に。一目見たときから、あの掌大のゴールデンサファイアを直感で「欲しい」と思ったのだ――。それほどに『暁の雫』の耀きは魅力的だったのである。
「なぜ、そんなにも一つの宝石にこだわっておるのか知らぬが……」
と王が言う。
「もしかして密売人に時価額以下で叩き売るのがイヤだとか、そういう理由なのか?」
「ええ、そういうのもあります」
「ナシェル。そなたは我々自身の懐事情を気にする必要はもうないのだよ」
「なぜですか?」
「言っただろう。余はカジノルームで単に遊んでいたわけではないと……」
王は片方のふくらんだ袖に手を入れてゴソゴソし、札束を取り出すとテーブル上へ抛った。
「新大陸の通貨に換金してある。これだけ儲ければ当面、旅の資金には苦労するまい?」
「すごい、さすが父上!」
ナシェルは思わず王に抱きついた。聞いてないようでしっかり聞いていたのだ父は! そしてこの成果である。
「簡単に云うけどね~、ふつう三等客室の乗船券でVIPには入れないことになってんのよ? 俺の変装みたら分かるっしょ。ここまで来るの大変だったんだからぁ」
ヴァニオンは上着の端っこを摘まんで科をつくった。そう言われてみれば彼はスタッフルームからくすねてきたと思しき船員服を着ている。
「もし階層ごとに見張りがいるなら、そいつに袖の下でも渡せ。奥の部屋に金銀財宝があるから適当に見繕って持っていけ」
「おおなるほど……さすがはナシェル……悪知恵の働くことで」
ヴァニオンは手を打ち、アシールの寝室から適当な銀貨を持ち出してラミ少年を呼びに出て行った。とりあえず冥王がいるのでここはお任せ、ということだろう。
だが肝心の冥王は顎に手を当て何やら宙を睨んでいる。
「父上、さっきからどうなさいました」
「『父上』? お、お兄さんではないのですか?」
アシールが驚愕しているが、ナシェルは無視して冥王に向き直った。
「なにか御懸念でも?」
「いや、バーで船客たちが話しているのを聞いていたのだが、どうやらこの船では一部の客の間で、表に出せないようないわくつきの品物の売買取引などが行われているようだ。この男も、盗んだ宝石類を売る目的でこの船に乗り込んだのであろう?」
「そうです! それです」
アシールは床で縛られたまま身を乗り出してくる。
「実は船の中で今夜遅く、重要な商談があるんです。大陸間を渡り歩いている古物商に、例の『暁の雫』を売り払おうとしていて……」
「その『暁の雫』とは一体何だ?」と父。
「黄金色の、大粒のサファイアの結晶です。この男の持っていた盗品類の中でも、それだけは別格の宝石のようです」
……というナシェルの説明に、アシールが補足する。
「と、とても希少価値が高いものです。大変珍しいがゆえに、いつまでもその石を持っていると足がつきます。それで私はそれを売り払おうとこの船に乗船したのです―――。今夜、私が取引の場に現れなかったらそれこそ騒ぎになってしまいます!」
アシールは「だからこの縄をほどいてくれ」と言わんばかりに上体をくねらせた。
「……父上どうします?」
「そなたの好きにすればよいよ」
「では私の一存ですがあの宝石は売りません」
足元にアシールが身を寄せてきた。
「いやっ、ちょっとナシェルさん、ですから、商談の場に行かなければ騒ぎになります―――!」
「商談の場には出てゆけばよい。ただし交渉は決裂させる。『暁の雫』は売らない」
「なんでですか!?」
「なぜって。私にあの宝石を近づけてみて貴様も感じただろう?」
ナシェルは詐欺男を傲然と見下ろし、流れる黒髪を後ろへ撥ね退けてみせる。
「あの宝石も私の物になりたがっている。そんな気がするからだ」
――いや、そんなわけはない気のせいである。ナシェルは気づいていた。普段なら宝石などには興味がないはずなのだが、あの宝石だけは手に入れたい、と思ってる自分に。一目見たときから、あの掌大のゴールデンサファイアを直感で「欲しい」と思ったのだ――。それほどに『暁の雫』の耀きは魅力的だったのである。
「なぜ、そんなにも一つの宝石にこだわっておるのか知らぬが……」
と王が言う。
「もしかして密売人に時価額以下で叩き売るのがイヤだとか、そういう理由なのか?」
「ええ、そういうのもあります」
「ナシェル。そなたは我々自身の懐事情を気にする必要はもうないのだよ」
「なぜですか?」
「言っただろう。余はカジノルームで単に遊んでいたわけではないと……」
王は片方のふくらんだ袖に手を入れてゴソゴソし、札束を取り出すとテーブル上へ抛った。
「新大陸の通貨に換金してある。これだけ儲ければ当面、旅の資金には苦労するまい?」
「すごい、さすが父上!」
ナシェルは思わず王に抱きついた。聞いてないようでしっかり聞いていたのだ父は! そしてこの成果である。
感想 0
あなたにおすすめの小説
【BL】記憶喪失中に「男の婚約者なんて気持ち悪い」と僕を蔑んだ元婚約者へ。お望み通り消えてあげましたので、今更記憶が戻ったと泣きつかれても
記憶を失った婚約者・アルヴィンから向けられたのは、見知らぬ他人を見るような冷たい視線と容赦ない罵倒の日々だった。
それでも「記憶が戻れば、あの優しい彼に戻るはず」と耐え続けたニコラス。
しかし、アルヴィンがみんなの前でニコラスの手紙を破りながら嘲笑した時、ついに限界を迎える。
「僕が愛したアルヴィンは、あの日死んだんだ」
誰も信じられなくなったニコラスは隣国へ留学することになった。
留学先で過去を乗り越え、新しい幸福を掴んだニコラス。
そこへ「記憶が戻った」と涙を流すアルヴィンが現れるが、すでにニコラスの心には少しの情も残ってなくて―――……。
【BL】惚れた男に嫌われたくなくて「男遊びならしてもいい」と言ったら、本当に男遊びを始められて絶望している侯爵令息の話
多額の借金で没落寸前の実家を救うため、結婚相手を探していた男爵令息のラキにカムグロス侯爵家から求婚状が届く。
お相手は同性のディートリヒで、初対面で歓迎されるどころか冷たく突き放されてしまう。
『必要最低限関わるな』
『愛人を作るな』
『男遊びならしてもいい』
ディートリヒから実家の借金を完済する条件を言われたラキは、学園で令息たちとの交流を満喫中。
褒め上手なラキの周りには可愛い令息が集まり、推し活状態に。
一方、ディートリヒだけが嫉妬で胃を痛める日々。
ラキへの恋心を隠し続けた不器用侯爵令息に、幸せな未来は訪れるのか?
.
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『嘘の病気で同情を買うな』と私を死に追いやった婚約者、私の墓標の前で額を叩きつけ、血の涙を流して号泣する大破滅!
婚姻届を出す前日、久世景人はようやく、十年遅れの婚約指輪を私の指にはめた。
銀色の輪が薬指に滑り込んだ瞬間、私は照明の下で光るダイヤをぼんやり見つめた。長く続いた待ち時間が、やっと終わったような気がした。けれど次の瞬間、彼は私の手を見下ろし、まるで似合わない品物を評するように静かな声で言った。
「正直、澪の手ってあまりきれいじゃないよな」
私は言葉を失った。
景人はそのまま私の指先を取ると、さっきはめたばかりの指輪を抜き取った。十年待ち続けた指輪は、彼の手のひらの上で冷たく光っていた。
「この指輪、瑠奈の手にあったほうが似合うと思う」
私は手を引き戻し、信じられない思いで彼を見た。
「どういう意味? 瑠奈と結婚するつもりなの?」
景人は目を伏せ、指輪の縁を指先でなぞった。まるで、たいしたことではない問いを少し考えているだけのようだった。
「そこまでじゃない。ただ、会えない時間が長くなると、どうしても瑠奈のことを考えるんだ」
その瞬間、私は自分がどうやってあのタワーマンションを出たのかさえ覚えていない。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。