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第十章 船旅は穏便に?
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ナシェルは再びラミのそばへ近づいてしゃがみ、目線の高さを合わせる。
「……ラミ。なにか私に話すべきことはないか?」
「えっ、なんのこと?」
少年はぽっかりと目を見開いた。本気で何を言っているのか分からないといった表情をしている。だがナシェルは辛抱して答えを待つように、じっと少年に目線を合わせ続けた。
そのうちに、ラミが見つめ合いに耐え切れなくなったのかふっと視線を外した。
ナシェルは確信する。
「ラミ。さっき古物商のおじさんから奪ったものを出しなさい。あれは私たちがおじさんに売ったものだよ。お金も払ってもらった。それをどうしてあんな風に盗んで取り戻したりしたんだ?」
「オ、オイラ知らないよ何も! ホントだって!」
叫んだラミは、ナシェルの肩あたりをどんと押し返すようにして立ち上がった。ナシェルが体勢を崩しかけたところ、ラミはそのまま機敏に身を翻し、船室のドアに向かう。
「あっ、ラミ!?」
驚いたようなアシールの声色を聞くかぎりでは、二人が共謀した様子はない。
少年はドアにかじりつき、部屋を飛び出していきかけた。
が、そこへ運がいいのか悪いのか、ヴァニオンが戻ってきて入口で鉢合わせとなる。
「おっ今度はまた何の騒ぎだ?」
「ヴァニオン、捕まえてくれ!」
その声に、戸口に立つヴァニオンは素早く反応して両手を広げ、逞しい両腕でラミを抱きとめた。
「何だ何だ? どうした少年、そのキレイな服が気に入らないのか?」
おどけた調子で言ったヴァニオンは次の瞬間、悲鳴を上げる。腕に思いきり噛みつかれたのだ。
「ギャ――ッ痛ででで――――!!」
「ヴァニオン!」
するりと腕を抜けたラミは一目散に駆け出し、あっという間に見えなくなってしまった。
「何なの!? どゆことよォ?! 見てよこの歯型!! 」
ヴァニオンは噛まれた腕を押さえ涙目だ。ちょいちょい出るオネエ言葉はマイブームなのだろうか。ナシェルは戸口へ駆け寄り、ヴァニオンの腕についた歯型とラミの逃げた方向を見比べた。
「大丈夫か」
「肉は食いちぎられてねェから大丈夫だけどよォ……痛かったァ~ 一体どうしたんだ今度は?」
「たぶん……いや間違いない、古物商から『暁の雫』を奪ったのはあの子だ」
ナシェルは廊下の先を見据えた。一刻も早く追いかけるべきだ。あの少年、今度は何をしでかすか分からない。「改心します」と言ったそばから目を離した隙に引ったくりとは、さすがのナシェルも考えが及ばなかった。きっと彼は、これまでにも大人達にたくさん裏切られて生きてきたのだろう(盗賊団の分け前を持ち逃げしたアシールも含めて、だ)。大人など信用に値しないという彼のモットーの表れなのかもしれない。あの調子では更生させるのもなかなか容易ではないだろう。
「なんだって? だけどラミは今の今まで陛下とこの部屋にいたはずじゃ――あれ、陛下は」
とヴァニオンが聞くのでナシェルは肩越しに奥の寝室を指す。
「なぜだか寝ている」
「はぁ? 眠り薬でも嗅がされたのかな」
「さあ。そこまで間抜けでもないだろう子供相手に」
じゃあ何でこの状況下で寝られるんだよお前の親父、とヴァニオンは言葉に出さず目つきで問うてくる。
そんなこと私が知るか。
「……とにかく、起きてしまったことは仕方ない。こうなったら、手分けしてラミを探そう」
「分かった。けどこうなったら無理にでも陛下を起こした方がいいんじゃね?」
「そうだな」
乳兄弟の進言を容れ、ナシェルは続き間の寝室の扉をノックしながら開けた。
「父上~~~!! 貴方が寝ている間にまた問題が発生したんですが!?」
「む……」
冥王は片目を薄く開ける。「……ナシェル?」
「え……っと大丈夫です? もしやどこかお加減が……」
「……いやそうではない。そういえばしばらく寝ておらぬと気づいたら急に眠くなってきてな。……で、問題とは」
「あの少年が『暁の雫』を奪ったままどこかへ逃げてしまったのです」
「……船内のどっかにはおるであろ、」
父は大あくびを放ちながらノロノロと身を起こした。起きるだけマシだ。ナシェルなら殺気を放ったまま睡眠に拘泥し続けるだろう。
「まあ、それはそうなのですがもうすぐ東の大陸に着いてしまいます。三等客に紛れて下船されたら完全に見失ってしまいます。父上、彼の動機に関して何かご存知ありませんか。さっき一緒に居たでしょう」
「………一緒に?」
半分頭が寝たままにこやかな笑顔を向けてくる父に、もうナシェルは皮肉のひとつもぶつけることができずに作り笑いを返す。
「分かりませんよね……じゃあ……すみませんが、ヴァニオンたちと船内を探してきますので留守番お願いできますか」
コクッと頷くと、父はまた枕を抱き布団に沈んでゆく。ナシェルは扉を閉めヴァニオンに叫んだ。
「おいどういうことだ起こしてもまるで意味がなかったぞ!!まるで役に立……」
「俺に言うなよお前の父親だろ!!」
「あの~早くラミを探しに行きませんか」
「分かってる! 仕切るな! 誰のせいでこんな騒動になったと思ってる」
誰のせい……、財布をスられたヴァニオンのせいなのか、ナシェルを騙そうと近づいたアシールのせいなのか、はたまた騙されたフリで貢がせようとしたナシェルのせいなのか。それぞれ身に覚えがありすぎて、言ったナシェル自身もしばし黙りこくる。三人は粛々とラミ少年を探すため部屋を出た。
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