文字の大きさ
大
中
小
45 / 52
第十二章 そして新大陸へ!
2
「きっと大丈夫ですよ。ラミがそんな素晴らしい話を断る理由はないと思います。
ラミはきっとあの港街でたくましく生き延びながら、自分の本当の居場所を探していたのでしょう。だからこの船に飛び乗った。
……過去の罪は水に流して、ラミには『自分がここにいてもいいんだ』と思える居場所を提供してあげれば、きっと彼は持ち前の器用さと賢さで自分の道を切り開いていけると思います。……マストのてっぺんまで逃げたことがまさかこんなことに繋がるとは、まだ夢にも思っていないでしょうけど」
言い終えたナシェルは冷たい海風を胸いっぱいに入れた。なんて素敵な夜だろう……冥界ではこうはいかない。地上界には昼があるから、夜の闇がとりわけ貴重なものに感じる。
それとも、思いがけず貴方とこうして過ごしているからか。
「そうだねナシェル。ラミ少年が意を決してこの船に乗り込んできたことは彼にとって幸運だったと言える。ヴァニオンから奪った金がラミを決断させた。人生の針路を変えるきっかけになったといっても過言ではない」
「有り金をスられた我々は一瞬、文無しになって慌てましたけどね」
「なに、あれしき、はした金だよ」
王は首をひとふりし、頬にかかる黒髪を後ろへはねのけた。
「……あれしき、はした金とおっしゃいますが、はじめヴァニオンにかなりの旅費を預けていたんですよ。父上は額なんてご存じないでしょう」
「む? ああ、そうかそうだったね、はは……」
冥王は夜空に笑いを響かせ、ナシェルは小首を傾げた。
「変なの」
ふと思いついて戯れに、帆を支える帆策に添えていた片手を離してみせた。海風をまともに受けた体は飛ばされそうになりながらも冥王の片腕に抱かれて辛うじて、船首の出っぱりに留まる。
少し危ういところに立つのが、スリリングで好きなのだ。
王に全身を預けるようにして、ぴたりと寄り添った。
体の凹凸すらももどかしく思えるほど。
王の腕が力強くナシェルを抱き寄せ、支える。
海風はふたりの髪をもつれさせ、後方へとはためかせる。
王の肩に頬を預けて、ナシェルは瞼を閉じる。
こんな素敵な夜が連日訪れるなら、ずっとこのまま航海が続けばいいのにな。
ずっとこうしていたいなと、小さく声に出して呟いてみる。
夜風に紛れて消えたはずの呟きを、王は耳聡く拾ったようだ。
「余もだよナシェル。ずっと一緒にいたいね……」
二人はいつまでもそうして寄り添い、波の音を聞いていた。
***
ナシェルの予想通り、見習い船員になれることを伝えるとラミ少年は大喜びで快諾した。
彼に聞けば、マストから落ちたとき、屈強な船員たちに受け止められて感謝の念が沸いたのと、その後の彼らのきびきびした避難誘導にあこがれを抱いていたのだそうだ。
「でも……オイラみたいなロクに字も読めない孤児でも、船乗りになれるかなあ……?」
喜びつつも少し不安を覗かせるラミを、ナシェルは柄にもなく励ましたりしてみる。
「字など船に乗りながらでも少しずつ勉強すればよい。学がないなどと自分を卑下してはいけない。これまでは機会に恵まれなかっただけだよ。そうだ、陸に着いたら勉強するための本を買ってあげよう」
「え、勉学所に行かなくても字が読めるようになる?」
「大丈夫。最初は少し誰かから教えてもらえるよう、船長に頼んでおいてやろう。私も学校へは行ったことがないが、ほぼ独学で200ぐらいの言語を操れるようになったよ」
「え!? 世の中には200種類も言葉があるの!? それ全部覚えてるの!? ナシェルさんって、本当にすごい人なんだなぁ……」
横で聞いていたヴァニオンが補足する。
「たとえば海豚とか鯨にも言葉があるだろ? ナシェルの言ってるのにはそういう動物語も入っちゃってるし、喋れるっつってもほとんど200種類の妖魔言葉でひでぇ悪口とか聞くに堪えない悪態つけるってだけだから……」
「うるさい。妖魔たちの言葉は基本的に悪態ばかりなんだから仕方ないだろう。だいたいなんでお前が謙遜するんだ」
ナシェルは乳兄弟を睨み、ラミの視線に合わせて少し膝を折った。
「ラミ、大丈夫。そなたは多分、同年代の子と比べても賢く、勘もいい方だ。それに運動神経も大したものだ。きっと立派な船乗りになれるだろう。最初は甲板掃除ばかりかもしれぬが、腐らずに一生懸命励めば、徐々に周りが認めて仕事を任せてくれるようになる。一人前の船乗りとして自立できるよう頑張りなさい」
「はい……ありがとうございます!」
ラミはきらきらと目を輝かせ、頭を下げる。ヴァニオンが横でにやにやしているのに気づき、ナシェルは軽く肘鉄を食わせた。
「今度は何を笑ってる」
「いやぁ。お前のそういう話し方、マジで陛下にそっくr……アイタッ」
「別に真似してはおらぬ」
「ホラもうそれも……痛ッ」
感想 0
あなたにおすすめの小説
【BL】記憶喪失中に「男の婚約者なんて気持ち悪い」と僕を蔑んだ元婚約者へ。お望み通り消えてあげましたので、今更記憶が戻ったと泣きつかれても
記憶を失った婚約者・アルヴィンから向けられたのは、見知らぬ他人を見るような冷たい視線と容赦ない罵倒の日々だった。
それでも「記憶が戻れば、あの優しい彼に戻るはず」と耐え続けたニコラス。
しかし、アルヴィンがみんなの前でニコラスの手紙を破りながら嘲笑した時、ついに限界を迎える。
「僕が愛したアルヴィンは、あの日死んだんだ」
誰も信じられなくなったニコラスは隣国へ留学することになった。
留学先で過去を乗り越え、新しい幸福を掴んだニコラス。
そこへ「記憶が戻った」と涙を流すアルヴィンが現れるが、すでにニコラスの心には少しの情も残ってなくて―――……。
【BL】惚れた男に嫌われたくなくて「男遊びならしてもいい」と言ったら、本当に男遊びを始められて絶望している侯爵令息の話
多額の借金で没落寸前の実家を救うため、結婚相手を探していた男爵令息のラキにカムグロス侯爵家から求婚状が届く。
お相手は同性のディートリヒで、初対面で歓迎されるどころか冷たく突き放されてしまう。
『必要最低限関わるな』
『愛人を作るな』
『男遊びならしてもいい』
ディートリヒから実家の借金を完済する条件を言われたラキは、学園で令息たちとの交流を満喫中。
褒め上手なラキの周りには可愛い令息が集まり、推し活状態に。
一方、ディートリヒだけが嫉妬で胃を痛める日々。
ラキへの恋心を隠し続けた不器用侯爵令息に、幸せな未来は訪れるのか?
.
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『嘘の病気で同情を買うな』と私を死に追いやった婚約者、私の墓標の前で額を叩きつけ、血の涙を流して号泣する大破滅!
婚姻届を出す前日、久世景人はようやく、十年遅れの婚約指輪を私の指にはめた。
銀色の輪が薬指に滑り込んだ瞬間、私は照明の下で光るダイヤをぼんやり見つめた。長く続いた待ち時間が、やっと終わったような気がした。けれど次の瞬間、彼は私の手を見下ろし、まるで似合わない品物を評するように静かな声で言った。
「正直、澪の手ってあまりきれいじゃないよな」
私は言葉を失った。
景人はそのまま私の指先を取ると、さっきはめたばかりの指輪を抜き取った。十年待ち続けた指輪は、彼の手のひらの上で冷たく光っていた。
「この指輪、瑠奈の手にあったほうが似合うと思う」
私は手を引き戻し、信じられない思いで彼を見た。
「どういう意味? 瑠奈と結婚するつもりなの?」
景人は目を伏せ、指輪の縁を指先でなぞった。まるで、たいしたことではない問いを少し考えているだけのようだった。
「そこまでじゃない。ただ、会えない時間が長くなると、どうしても瑠奈のことを考えるんだ」
その瞬間、私は自分がどうやってあのタワーマンションを出たのかさえ覚えていない。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。