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第四章 明けぬ夜の寝物語
21 EP
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<エピローグ>
「お前、一体どこほっつき歩いてたのよ。宴の間から急にいなくなって、女たちガッカリしてたぜ」
自室に戻り、王妃の肢体を思い出して余韻に浸っているところへ、ヴァニオンがあらわれた。
「ま、他の連中がお前のぶんまでお持ち帰りしたみたいだけどよ」
「ふうん……」
ナシェルは気の抜けた返事を返す。
昨夜から今日にかけて王子の荒れ具合を目にしてきた乳兄弟は、ソファにふんぞり返って上機嫌そうなナシェルの、その急激な心境の変化がどうにも解せぬらしい。
彼は怪訝そうに――あるいは薄気味悪そうに、角卓を挟んで向かいのソファに腰を落ち着けた。
「おいナシェル……何があった?」
「別に……」
適当に誤魔化そうかとも考えたが、やはりこの男だけには話しておくのがいいだろうと思い、ナシェルは姿勢を改め彼のほうへ身を乗り出した。
「私も私なりに愉しんできただけさ」
「愉しんで……って?」
「驚くなよ。父上の女を頂いてやった」
「え……」
ヴァニオンは顔から表情を消した。
「後宮にいる女どもに、手ェ出したのか?」
「いや。もっと大物だ」
「大物? って……おい、まさか……」
ヴァニオンは無表情から驚愕へと、顔つきを豹変させ、ソファからずり落ちかけた。
そして今度はあたふたと尻を浮かせ、なぜか部屋の外の様子をうかがいに戸口へ行った。人の気配が無いかどうか確かめるため、らしい。
人払いされているのを確かめ戻ってくると、またソファに、肘掛けに縋るようにへなへなと腰をおろした。
「まさか、王妃か」
ナシェルは肯定の代わりに目を細め唇を撫で、薄く笑む。
ヴァニオンは口を開けたが咄嗟に言葉が出てこないようだった。驚愕から「呆れ」へと、目まぐるしく表情を変化させている。
彼は手のひらで額の汗を拭いた。
「ごめん俺、もうお前がよくわかんなくなってきたわ……。もうそこまで来るとフォローしきれないっつーか」
「まあ、理解しろとも云い難いからしかたないな」
「無理矢理押しかけたのか? 何でそんなことを?」
「いや、向こうから無防備にものこのこついて来たんだ。ちょうどむしゃくしゃしていたので、捕まえてちょっと揄ってやるつもりでいたんだが……。結果的に抑えきれず、つき合ってもらった」
無理矢理には違いないだろうな、と内心でつけ加える。
ヴァニオンは状況もナシェルの心境も、うまく呑みこめない様子だった。
「悪ふざけが過ぎやしねえか?」
「ああ……分かっているさ」
ナシェルは煩げに目蓋を閉じる。そこにはまだセファニアの姿が鮮明に焼き付いていて、胸の奥を焦がしはじめていた。
「ばれたらどうすんだ」
「ばれても、別に構わない」
「一度っきりのことだからか?」
「そう……。いや、一度きりのお遊びのつもりだったんだが……どうなるかな。私にも分からない」
「おいおいおい正気かよ。いいか、お前な……」
諭そうとするヴァニオンを片手で制し、ナシェルは緩慢に、組んだ膝の上に頬づえをついた。
「別にいいんだ……」
もしも父がこれを知ったら……今度こそ、私から離れて行くだろうか?
……うん。それでもいい。父の鬱陶しい愛から解放されるのは望むところだ。
ナシェルは心に蓋をする。そうして自分の気持ちを偽ってみる。
それよりも今、大事なことがある。
自分のなかで何かが変化が起こりつつある……、この感情に正直にならなかったら、その方がずっと、後から後悔するだろう。
ヴァニオンが何か喧ましく喋っているのが聞こえるが、ナシェルの頭には内容があまり入ってこない。
ただぼんやりと、初めて抱いた女の感触を思い出し、再び彼女をこの腕に抱くにはどうしたらいいか、などと考えを巡らしはじめているのであった。
のちに訪れる王妃との別離を、このときナシェルが予見できるはずもない。
ましてやその原因など……どうして想像できるだろう?
破滅は甘美な香りで擬態し、極上の音色をたてて彼に近づきつつあった。
――これは『終わらぬ夜の国』、黄泉界の神の物語。
その始まりの一幕を記したものである。
『泉界のアリア 昔語り』了
―――――――――
(作者より)
閲覧ありがとうございました。主人公の過去編はここまでです。
「父子モノ」と捉えると第四章は少々、毛色の違う部分があったかと思いますが、時系列ではこのあと『泉界のアリア』本編冒頭の状況につながっています。
父王との関係に倦んだナシェルが衝動的におかしたこのときの『過ち』が、やがて冥界に大きな騒動をもたらすきっかけとなっていきます。
本編は4部構成で、冥界の運命を左右するその『騒動』と、ナシェルと王の愛の行く末についてがメインとなっています。NL描写はほぼなく、攻めキャラも増え、冒険あり戦闘あり監禁凌辱あり、ストーリーメインですがBL的エロスもたっぷりでお送りします。
流血、モブ輪など鬼畜なシーンがありますので閲覧は自己責任でお願いします。
続きは『泉界のアリア』本編にてお楽しみください
ここまで過去編にお付き合いいただき、ありがとうございました。
「お前、一体どこほっつき歩いてたのよ。宴の間から急にいなくなって、女たちガッカリしてたぜ」
自室に戻り、王妃の肢体を思い出して余韻に浸っているところへ、ヴァニオンがあらわれた。
「ま、他の連中がお前のぶんまでお持ち帰りしたみたいだけどよ」
「ふうん……」
ナシェルは気の抜けた返事を返す。
昨夜から今日にかけて王子の荒れ具合を目にしてきた乳兄弟は、ソファにふんぞり返って上機嫌そうなナシェルの、その急激な心境の変化がどうにも解せぬらしい。
彼は怪訝そうに――あるいは薄気味悪そうに、角卓を挟んで向かいのソファに腰を落ち着けた。
「おいナシェル……何があった?」
「別に……」
適当に誤魔化そうかとも考えたが、やはりこの男だけには話しておくのがいいだろうと思い、ナシェルは姿勢を改め彼のほうへ身を乗り出した。
「私も私なりに愉しんできただけさ」
「愉しんで……って?」
「驚くなよ。父上の女を頂いてやった」
「え……」
ヴァニオンは顔から表情を消した。
「後宮にいる女どもに、手ェ出したのか?」
「いや。もっと大物だ」
「大物? って……おい、まさか……」
ヴァニオンは無表情から驚愕へと、顔つきを豹変させ、ソファからずり落ちかけた。
そして今度はあたふたと尻を浮かせ、なぜか部屋の外の様子をうかがいに戸口へ行った。人の気配が無いかどうか確かめるため、らしい。
人払いされているのを確かめ戻ってくると、またソファに、肘掛けに縋るようにへなへなと腰をおろした。
「まさか、王妃か」
ナシェルは肯定の代わりに目を細め唇を撫で、薄く笑む。
ヴァニオンは口を開けたが咄嗟に言葉が出てこないようだった。驚愕から「呆れ」へと、目まぐるしく表情を変化させている。
彼は手のひらで額の汗を拭いた。
「ごめん俺、もうお前がよくわかんなくなってきたわ……。もうそこまで来るとフォローしきれないっつーか」
「まあ、理解しろとも云い難いからしかたないな」
「無理矢理押しかけたのか? 何でそんなことを?」
「いや、向こうから無防備にものこのこついて来たんだ。ちょうどむしゃくしゃしていたので、捕まえてちょっと揄ってやるつもりでいたんだが……。結果的に抑えきれず、つき合ってもらった」
無理矢理には違いないだろうな、と内心でつけ加える。
ヴァニオンは状況もナシェルの心境も、うまく呑みこめない様子だった。
「悪ふざけが過ぎやしねえか?」
「ああ……分かっているさ」
ナシェルは煩げに目蓋を閉じる。そこにはまだセファニアの姿が鮮明に焼き付いていて、胸の奥を焦がしはじめていた。
「ばれたらどうすんだ」
「ばれても、別に構わない」
「一度っきりのことだからか?」
「そう……。いや、一度きりのお遊びのつもりだったんだが……どうなるかな。私にも分からない」
「おいおいおい正気かよ。いいか、お前な……」
諭そうとするヴァニオンを片手で制し、ナシェルは緩慢に、組んだ膝の上に頬づえをついた。
「別にいいんだ……」
もしも父がこれを知ったら……今度こそ、私から離れて行くだろうか?
……うん。それでもいい。父の鬱陶しい愛から解放されるのは望むところだ。
ナシェルは心に蓋をする。そうして自分の気持ちを偽ってみる。
それよりも今、大事なことがある。
自分のなかで何かが変化が起こりつつある……、この感情に正直にならなかったら、その方がずっと、後から後悔するだろう。
ヴァニオンが何か喧ましく喋っているのが聞こえるが、ナシェルの頭には内容があまり入ってこない。
ただぼんやりと、初めて抱いた女の感触を思い出し、再び彼女をこの腕に抱くにはどうしたらいいか、などと考えを巡らしはじめているのであった。
のちに訪れる王妃との別離を、このときナシェルが予見できるはずもない。
ましてやその原因など……どうして想像できるだろう?
破滅は甘美な香りで擬態し、極上の音色をたてて彼に近づきつつあった。
――これは『終わらぬ夜の国』、黄泉界の神の物語。
その始まりの一幕を記したものである。
『泉界のアリア 昔語り』了
―――――――――
(作者より)
閲覧ありがとうございました。主人公の過去編はここまでです。
「父子モノ」と捉えると第四章は少々、毛色の違う部分があったかと思いますが、時系列ではこのあと『泉界のアリア』本編冒頭の状況につながっています。
父王との関係に倦んだナシェルが衝動的におかしたこのときの『過ち』が、やがて冥界に大きな騒動をもたらすきっかけとなっていきます。
本編は4部構成で、冥界の運命を左右するその『騒動』と、ナシェルと王の愛の行く末についてがメインとなっています。NL描写はほぼなく、攻めキャラも増え、冒険あり戦闘あり監禁凌辱あり、ストーリーメインですがBL的エロスもたっぷりでお送りします。
流血、モブ輪など鬼畜なシーンがありますので閲覧は自己責任でお願いします。
続きは『泉界のアリア』本編にてお楽しみください
ここまで過去編にお付き合いいただき、ありがとうございました。
応援ありがとうございます!
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過去編完結おめでとうございます。
読了しました。
ここからあの本編に繋がっていくわけですね。
今のところ本編では父王が絶対的存在過ぎて恋愛面ではあまり動きがないように見えますが、これから徐々に関係性に変化があるんでしょうかね。
あちらも楽しみに追い掛けさせていただきます。
お疲れ様でした。
田沢様、本編だけでなく過去編のほうへも足を運んでくださりありがとうございます!
過去編だけ読むとラストあたり、主人公の動きが「アリャリャ?」という感じなのですが
本編への布石となっているためこのようなENDとなってしまっております(;´∀`)
本編も第三部がはじまり物語は「転」へ…、ここから第四部冒頭までが作中でもっとも怒涛の展開になります。
天上界の神々に引っ掻き回されつつ、父王の苦しい胸の内やナシェルの内面の問題などへ深く切り込んでいきます。
なかなかにナシェルがピンチですがしばらくお付き合いください<(_ _)>