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第五章【愚者の時逆流】

第三幕『ウソと偽りの銃身』

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 「起きてくださーい! おーい! おーい! 起きないなぁ……どうしよう?」

耳元で誰か叫んでいる。頭の芯に響く甲高い声だ。



 村山は声に気が付いて、ガバッと勢いよく身を起こした。

「――うわっ! なんだ? どうなったんだ!? 銃は!?」

よく見ると右手にはリボルバー式の玩具銃《モデルガン》が握られている。
部屋は……長岡の事務所の親方の机だ。




 ――そして……机の前には作業着姿?の若い女が突っ立ている……。

「やーっと起きてくれたねぇ!村山さんだよね? 村さんって呼ぶけどいいかなぁー!?」




 村山は頭をフル回転させて考えてみた。どうして、施錠している事務所に若い女が入り込んでいるのか?

「姉ちゃん誰だ? デリバリーギャルを呼んだ覚えないけど?」




 「的屋業を営む組に所属している村山徹。四十九歳の夏祭りの後から金遣いが荒くなり、借金がかさんだ挙句投資話に乗ってさらに失敗。妻子に別れを告げられる。その後、五十歳でタイムリープ、再び四十九歳の夏祭りの日に戻る……」

若い女は淡々とした口調で説明をしている。

「だから、姉ちゃんはいったい誰だって訊いてんだよ! それに何を言ってるんだ?」




 「ありゃぁ……ごめんねぇ。あたしはサリーって名前ねー!」

「村山さん、あなたタイムリープを使って過去に戻ったよねぇ?」

村山はまた暫らく考え込んだ。そして、湧き上がる泉のように記憶が復活した。



 「――そうだ!タイムリープ!? いや、タイムトリップじゃないのか? 占い師のメモにはそう書いてあったからな!」

「正しくはタイムリープらしいよー。それにね、その占い師はあたしのこと。あの雑居ビルに落としたのは最後のタイムリープ前に書いた手順なんだよ……」

考え込んだ末、村山は少し混乱してきた。目の前にいるサリーという若い女があの占い師……?










 「ダメだ!全然理解できん!わし、死んだのか!? この拳銃は玩具銃《モデルガン》だぞ!弾が発射されるはずがない!」

タイムスパイラル中の記憶を取り戻したが、死の瞬間は納得していないようだ。

「ありゃぁ? 結構理解が早いねぇ……助かるよぉー」

「理解もなにも、あんたとは前にここで会ってるじゃねえか。ちびっ子と二人でわしのタイムリープを見物してたよな?」

「うん、そうだよん。村山さんは本来ならループから抜け出せないはずだったんだけど、自殺しちゃったからここへ落されてきたんだよー」

自殺という言葉に村山はピクリと反応した。




 「ちょっと待ってくれ! こめかみを拳銃でぶち抜いた記憶は残ってるけどな、自殺じゃないぞ!」

最後の頭蓋骨をえぐられるような衝撃を思い出して身震いした。

「うーん……事故に近いんだけどねぇ。あれ周りから見たら自殺にしか見えないよねぇ?」

「サリーとか言ったよな? それじゃあ、あんたも同じような理由でここに来たってのか?」

「正解ぃー。察しがいいねぇ! あたしは七十歳から二十歳までタイムリープしたんだぁ。そんな感じで六十六回目に死んじゃったのー」

サリーの話に村山は驚きのあまり一瞬動きが静止した。




 「あんた、六十六回もループしたのか!? 七十歳って、本当に占い館ミザリーのババアがあんただって言うのかよ!?」

「あのさぁ……本人を目の前にババアって言うのは失礼だなぁ……」

少し呆れた表情でサリーは村山を見た。

「わしはいったい何回タイムリープしてるんだ? それも解るのか?」

「村山さんは五巡目の途中で拳銃自殺しちゃったんだぁ……」

「五巡……ってことは、五回もあの夏祭りを繰り返した? いや、待ってくれ!四度目までのタイムリープ時、玩具銃《モデルガン》は発射しなかったんだぞ……」

そもそも、玩具銃《モデルガン》は銃身《バレル》が塞がって弾は出ない。







 「そこなんだよねぇ……。普通は前回と同じようにループに入るはずなんだけどねぇ。玩具の拳銃がいきなり本物に変わるなんてありえないよねぇ……」

「不本意だが、ループからは抜け出せたわけだ。……それで、この音無しの世界から抜け出す方法があるのか?」



 サリーは机の上に作業服、衝撃銃《ショックガン》、ブルーライト、無線機を並べた。

「ここはねぇ、正しくは亜空間っていうんだぁ。禁則を犯してループを繰り返したタイムリーパーが命を自ら絶った時、亜空間の管理者として強制労働させられるんだよー」

「管理者? 強制労働? ここからは出られないってことなのか?」

「出られないよぉ……。それどころか、あなたは既に現世では死人だからねぇ。葬儀は済んで、骨は墓の下だよ……。それにね、亜空間《ここ》にいる管理者は強制労働が終わったらどうなるのかさえ解らないんだよ……」



 「とりあえず、ここでの過ごし方と管理者の説明をするから着替えてくれるかなぁ?」

机に並べられた物品のうち、作業服の上下を村山に手渡す。

「変な色の作業服だな。それにあんた、ダラしない着こなしだな……それ、下着か?」

サリーは上着の前を全開にしているため、ブルーのインナーウェアが見えている。作業ズボンは股浅で、これまたインナーウェアがはみ出ている……。

「違うよー。これは水着みたいなものかなぁ? 見せブラと見せパンだよん!かわいいっしょ!」

「ったく、最近の若いもんは……。いや……若くないじゃねえか! タイムリープ前は、わしより年上のババ……」

「あのさぁ……ここではあたしが上司になるからねぇ! ババア禁止、セクハラ禁止だからねぇ! タイムリープ前の記憶って薄れるから、自分が年寄だったのがショックなんだからねぇ……」

ニコニコ笑顔を浮かべながら……サリーは村山の眼前に衝撃銃《ショックガン》を構えた。

「わかったわかった! そのドライヤーみたいなのおろしてくれ!」







 「うん、よしよし。似合ってるよん。シブい中年のおじさんは作業服が似合うよねぇ!」

サリーが用意した作業服は、村山の体型にピッタリだったようだ。

「サリーさんよ。あんたは七十歳だったんだろ? 今、なんでそんな若いんだ? わしも若い姿に戻ってここで過ごしたいんだが……無理なのか?」

「そりゃ無理らしいよー。死んだときの年齢でここに来るからねぇ……。あたしの場合は七十歳から二十歳に遡って、その六年後にこっち来たから二十六歳だね!」

「……なんだそりゃ、それじゃもっと若い頃にタイムリープすりゃよかったかな」

村山がそう言うと、サリーは指で小さくバッテンを作った。

「ダメだよー。おそらくだけど、遡る年数と回数によって強制労働の期間が長くなるからねぇ」







 「それじゃあ、村山さん。これからタワーという場所に移動するね。そこがあたし達の活動拠点になるんだぁ。そこ以外では過ごすことができないから注意してね」

「うーむ……、なにかと決まりごとがあるんだな。とりあえず、頭に叩き込むから全部話してくれ! あとわしを呼ぶときは村さんでもいいぞ。あんたのが年長者だし、上司だからな!」

「了ー解ー! 物分りがよくて助かるよぉー! 移動しながら説明するねぇ!」








 
 ――そして、村山徹は管理者となる……。
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