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~3日目

気を付けること

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 無事片付けが終わり、これからのことを話し合うことになった。
 ソファーに座り、バルトさんと向かい合う。

「おお、やっぱ美味うまいな」

 私の魔法で出した【冷たくて美味しい水】を飲んで、バルトさんが満足そうに呟いた。
 ホワンの器にも同じ水が入っている。嬉しそうにシッポを揺らして水を飲む姿を眺めながら、やっと主人らしいことができた気がして嬉しくなった。

「まず、ユーチの腕時計の価値だが……正直俺にも、正確なところはわからん。収納量だけでも異常に多いっていうのに、時間停止か時間遅延機能が付いているようだからな。そこまでの機能を持つ物が存在しているのかすら疑わしいほどの代物だ。ちなみに俺の鞄はイノシン5頭が入る収納量で、金貨5枚(500万ルド)だ。ユーチがもらった肩掛け鞄も、中古だって話だが銀貨5枚(5万ルド)ほどはするんじゃないか?」

 いまだ底が見えない収納量に加え、時間停止だか遅滞機能だかが付いていると思われる腕時計。
 バルトさんの説明で、それらだけでもかなり凄い物だとわかってしまった。
 実際はそれ以外の機能も備わっている。条件はあるけれど思い描いた物を取り出せたり、汚れを分離させたりできるのだから、その価値はさらに上がるだろう。そう考えるとちょっと恐ろしくなってくる。
 使いこなせれば、とても便利な機能に違いないのだけれど……

「売りに出せば、白金貨100枚以上の値になるかもな」

「は、白金貨⁈ 白金貨って確か1枚で1000万ルドだったはず。それが100枚以上って……⁈」

 凄い物だとはわかっていたけれど、まさかそれほどとは思わず、バルトさんが口にした値段に瞬きを忘れるほど目を見開いてしまう。
 バルトさんが私を驚かせるために大袈裟おおげさに言っているだけならいいのだけれど、もし本当にそれに近い価値があるのなら、どうなるだろう。

 気付いたときから身体の一部であるかのように、取り外すことができなくなっていたから、バルトさんが言ったように売り出すことなどできないのだけれど。
 腕時計の機能を知れば、欲しがる人はいるだろう。
 手に入れようとすれば、私の腕から切り離すか、私自身を確保するしかないのでは?
 自分で想像して怖くなった。
 
「バルトさん。どうしよう……」

 真っ青な顔で、腕時計を守るように腕を抱えて呟くと、隣に移動してきたバルトさんに、ガシガシと乱暴に頭を撫でられる。

「確か、腕から外せなくなってるんだよな」
「はい……」

 バルトさんは、神妙に頷く私を安心させるように笑顔を見せた。

「まあ、白金貨100枚を持ち歩いていると思えば不安になるだろうが、幸い俺や他の奴らには一般的な【祝福の腕輪】にしか見えねえはずだからな。あんまりビクビクしてると余計に怪しまれるぞ」

「でも、知られてしまったら腕を切り落とされるかも……」

 悲壮感ひそうかんただよわせる私に、バルトさんは気遣わしげな視線を向ける。

「まあ、落ち着け。その腕時計がユーチの手を離れても、同じような機能を発揮するかはわからねえんだから、いきなり腕から切り離そうとはしないはずだ」

 そう言うとバルトさんは、少し考えるようにを置いてから口を開く。

「だが、ユーチが貴重な腕時計アイテムを所持していることがばれると、利用しようとする奴らが出てくるだろうからな。腕時計の機能を含め、存在を知られないように気を付けねえとだぞ。シューセントさんにもらった肩掛け鞄を利用するにしても、時間経過がわかるような物をホイホイ取り出すのはあぶねえ。子供がきが高価な鞄を持ってると知られりゃあ、目を付けられる。最悪、鞄が盗まれるだけならいいが、盗んだ鞄が収納量の少ないよくある収納袋だと気付かれ疑問を持たれたら、その持ち主であったユーチに矛先ほこさきが向くかもしれねえ」

 確かに高価な時間停止機能の付いた収納袋だと思って盗んだのに、違っていたら納得しないだろう。
 鞄を盗むような人に捕まり、問いただされる未来が浮かび身震いする。

「はい、わかりました。鮮度や温度がはっきりわかるような物は、絶対に人前で出さないように気を付けます」

 私はバルトさんに真剣な表情でうなずいた。

「ちょっと脅し過ぎたか? それだけユーチの腕時計がとんでもねえもんだってことなんだが……せっかく持ってるのに使わねえってのは勿体ないからな。周りにばれたら困る機能がなんなのか、しっかり頭に入れて上手く使えよ。ユーチはしっかりしてそうでどこか抜けてるところがあるから、ちょっと心配なんだが……」

 バルトさんに意味ありげに視線を向けられたが言い返せない。
 そういう部分もあるかもしれないと、少し自覚していた。

「さっき言った機能の他にも、故障品を見分けられることや、物を分類したり汚れを分離? させられることも知られないようにしろよ。まあユーチが言わなきゃ気付かれねえと思うからそれほど心配してないが、浮かび上がって見えるようになったっていう文字盤には気を付けろよ。変な奴だと思われるぞ」

「そうですね。何もない空間に視線を集中させていたら、怪しく思われますね」

 バルトさんに注意された事を頭の中で確認し、しっかりとうなずく。

 腕時計が思った以上に貴重な存在であると知り、不安になったけれど、これから何をどう気を付けなければならないかがはっきりしたことで、どうにか冷静になれた。

 
「ユーチは、そろそろ眠くなったんじゃねえか? 俺はちょっと一杯やりてえから、気にせず先に寝ろよ」

 私の気持ちが落ち着いたのがわかったのだろうか、バルトさんにそろそろ寝るように促される。

 自分の収納袋から、いそいそと酒の瓶とつまみを取り出すバルトさんに、強張っていた身体から力が抜け頬が緩んだ。

「おやすみなさい」
「おお、おやすみ~」

 当然のように『洗浄』の魔法で汚れを落としてくれたバルトさんにお礼を伝え、軽く頭をさげる。
 家具の配置が変わった部屋の中を探索していたと思われるホワンを呼び、一緒に自分の部屋へ戻った。

 寝間着に着替えながら今日1日を振り返り、大きく息を吐く。
 日本と違って1日が長い気がする。
 腕時計で始まって腕時計で終わったって感じかな。

 寝台の上で横になり目を閉じると、自分の寝床から抜け出してきたホワンが、そばにきて私の手に身体を寄せてくる。
 撫でてくれと促されているように思い、それに従い優しく撫でると安心したように目を細める。そのまま寝てしまいそうだ。
 寝相は悪くないつもりだが、小さなホワンを潰してしまいそうでちょっと怖い。
 
 昨夜の私はバルトさんにお世話になり、気付いたときは朝だったので、昨日のホワンの様子はわからないけれど、朝起きたときは、ちゃんと自分の寝床で寝ていたのだが……

 手の中で丸くなって動かないホワンの姿に心が和む。
 包み込むように撫で、ホワンの柔らかい毛並みを楽しんだ。
 温かくて気持ちのいい感触に、もう少しこのままでいたくなる。

 寝る前に、寝床に戻してあげればいいよね。
 
 そう思いながら、ぼんやりと今日の出来事を思い出していた。


 ――今朝は、衝動的に腕時計の機能で【スライサー】と【たまごスライサー】を取り出してしまった。
 軽率だったかもしれないが、それを使って朝食を作り、バルトさんを喜ばせることができたし、腕時計の能力を検証することにもなったので、それほど悪くはなかったように思えた。むしろ、それらの調理器具をもとに、カジドワさんが便利な道具を開発し、生産していくことにもなったのだから、良かったと思うべきかもしれない。
 『これからは、生活に役立つ物を作っていきたい』と語ったカジドワさんの姿が浮かび、頬が緩んだ。
 やる気のなさそうなカジドワさんの印象が強かったから、やりたいことが見つかって生き生きした姿を見られて嬉しくなる。
 明日は一緒に、調理器具の特許を申請しに、商業ギルドへ向かう予定だったことを思い出す。
 こんなに早く商品化に向けて動くことになるとは思っていなかった。行動力のあるバルトさんたちを頼もしく感じる。

 孤児院では、いろいろな意味で緊張したけれど、念願の魔法を初めて発動させることができた。

 日本の湧き水をイメージした【冷たくて美味しい水】は、皆に好評だったな。

 デシャちゃんたちが私の手の平から直接水を飲んだときは、恥ずかしくて困ってしまったけれど、その水が切っ掛けで、他の魔法も発動できるようになったのだと思う。
 魔法はイメージ次第で、いろいろ工夫ができるとわかり楽しかった。
 帰り道でバルトさんに促され試した『洗浄』魔法は、無駄が多くて実用的ではなかったけれど、魔法で手を洗うことができたのだから凄いと思う。
 バルトさんにコツを教えてもらった今なら、ちゃんとした『洗浄』魔法も成功しそうな気がしている。
 今日はもう遅いし頭がボンヤリしているから、試すのは明日になるけれど……
 
 絵本の読み聞かせで、私の声に真剣な表情で耳を傾けてくれた子供たちの姿が浮かび、穏やかな気持ちに包まれる。

 明日も楽しみだ……

 ホワンを寝床に移さなければと思いながら、意識が薄れていった。



 

 
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