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格闘トーナメントで優勝すれば勝利の女神からの祝福のキスと豪華な賞品が手に入る。


勝利の女神は毎年指名制だ。



妻や娘、婚約者や恋人、意中の相手がいればその相手に当日来てもらえるように誘ってみたりするのだが、訓練ばかりで出会いの少ない独身騎士達はもっぱら花嫁スクールに通う令嬢達の中から各自で自分が優勝した際に女神になって貰いたい令嬢を騎士達が自ら指名していた。




騎士達は皆、今年の勝利の女神を誰に指名するかで盛り上がっている。

マクシミリアンはさっさと白紙の用紙を係の男の元に持って行く。
白紙の意味は独身の場合は婚約者や恋人、又は意中の相手や親族を呼んでいるという意味だ。
マクシミリアンはいとこで子持ちの連中を決勝戦当日に招待しているので、もし優勝した場合はちびっ子達の中から選ぼうと考えていた。

「…へぇー。やっぱりすかした野郎は白紙ってか?」
係の男、ケイン・フィネスキーがシラケた顔でマクシミリアンの提出した用紙を見ている。
「ケイン、口の利き方に気を付けろ。」
ダグラスがケインの襟を後ろからグッと握るとケインは苦しそうに身を捩り「悪かったよ!」と叫ぶ。
「ったく、弱ええ癖に僻んでんじゃねえよ!」
ライナスの苛立った声にマクシミリアンとダグラスは揃って目を瞬き振り返る。

殺気立つライナスの荒ぶった気がぶわりと当てられ、自分の魔力がざわつくのを感じた。
ライナスの殺気立つ魔力の気配がピリピリとした空気から感じられた。
すっかり身長が伸び逞しくなりつつあるライナスは青い瞳に闘志を燃やしている。

そういやこいつが一番の強敵かもな。魔力量は俺やダグラスよりも劣るがこいつの身体能力はかなり高い。俊敏な身のこなしと怪力で今やその強さは騎士団内でも上位に位置する。

野次馬になっていた男達は小声で話し出す。
「俺、炎龍の血を引くライナス副隊長に50銀貨」
「んじゃ俺は暗黒龍の血を引いてるって噂のマクシミリアン隊長かな。はい、50銀貨」
「穏やかな風雪龍のダグラスさんが実は一番ヤバイと思う。俺も50銀貨ね」

あいつら…
ジト目でマクシミリアンは友人達を見た。オッズが書かれた魔法板はどう見ても騎士団の連絡板だ。

自分達が毎年恒例の賭けの対象にさせられていると理解してライナスやダグラスを見れば「俺は今回優勝するよ。勝利の女神はミーナと決めてるんだ」とライナスの瞳がメラメラと燃えている。

ミーナとは話によればライナスの幼馴染なのだそうだ。彼女が16歳になり社交界デビューを終えてから婚約者候補に名乗りを上げる男が続出した為ライナスは過去稀に見る程に苛立っている。
「ま、お前の優勝の邪魔は全力でやるが。そっちの応援はしてやるよ。」
「サンキュー。そんで?ダグラスは女神、誰にしたんだよ」
「俺は無難にクリスにした。」
ダグラスはニヤリと笑って「マクシミリアン、お前もだろ?」と俺を見る。
「…ええ!?マクシミリアン隊長にそんな人いたんすか!?どこの令嬢です?そのクリス嬢って」

その言葉に全員が反応した。
「クリス嬢なんて知らない名前だな?どこの令嬢だ?」
「クリスティナ嬢だ。勝手に愛称で呼ぶな」
つい苛立ち指摘すると周囲で「これマジだ」「マクシミリアン隊長がねぇ…」と驚かれる。

失敗した。
わざわざ名前を訂正してやる必要なんてなかったのに…

大抵の場合、社交界デビュー前の令嬢達の情報は教会で時々行われている魔力測定の儀式で知る事になる。けれど今回のクリスティナは殆ど引きこもり生活で参加したことが無い為誰もファンファーニ伯爵家のクリスティナがあれ程美しいとは知らない。
だから今までは彼女の名前も上がることが無かった。

「……お、お前。まさかクリスティナの事を狙ってんのか!?」
しかし一人だけ騒ぎ出した男がいた。先程ダグラスに絞め上げられていたケインだ。

マクシミリアンは目を細めてケインを見た。
茶髪に青い瞳で整って顔をしている為一部の女達には人気のある男だ。
力こそ全ての考え方しか無く、全て力技の為自分よりも力が強い相手には何の手立ても無く無様に一方的に負けてしまう。
身体がデカかったケインは騎士訓練所時代には強かったが、年齢と共に体格や力が皆ケインに追いつきだした為、負けが続いている。
今回もトーナメントの枠から漏れ運営側の手伝いに回っていた。

「あー、お前まだ諦めてなかったのか…」
ダグラスがそうボヤいて漸く、ケインがダグラスの。ひいてはクリスティナの親族だったと思い出す。
フィネスキー家は爵位は騎士爵ではあるがヴィーティー侯爵家の傍系だ。

クリスティナを知っているのか。

アレを見たのか。この男が。

「ひっ!わ、わかった、諦めるから!」
ダグラスに釣り上げられていたケインがマクシミリアンの禍々しい殺意を孕んだ眼差しにぶるりと震えダグラスの腕を払って逃げ出した。


────────



「わぁー、凄いわ!圧巻ね」
中央にあるアリーナを囲う円形の宿泊施設まである豪華な闘技場の建物内は今まで来た事がなく、前回合わせ今日、初めて訪れた。
クリスティナは目を興味深く見開き建物内を見て歩いた。

クリスティナ達が担当する事になった貴賓区画は一階だけが円形に繋がりを持つ3区画に分かれた内のひと区画。三階建てになった建物内には全てにふかふかの絨毯が敷かれている。
美しく華奢な扉飾りや精緻な彫刻の美しい梁や芸術的な天井画に思わずため息が漏れる。

案内人の役をするからには前もって建物内を覚えなければならないだろうとクリスティナとミーナ、他二名いるAチームはメモ板をバックから出して迷子にならない様にとメモを取りつつ進んで行く。

あと一時間後には一度集合して騎士達に挨拶し、激励する予定になっている。

その後は午後から宿泊施設を利用する貴賓客の受け入れが開始されるので、クリスティナ達がその案内をする予定だ。

今日の夜にアリーナで開催される式典で開会の挨拶と参加国の騎士団が合同で行われる剣舞を皆楽しみにしていた。

格闘トーナメントの日程は、一試合目は明日から開始され、この日参加者の半数を篩い落す。
そして最終日に行われる決勝戦は天空のアリーナで観客席には巨大なスクールが中央にあらわれ、そちらを見ての観戦となる。

クリスティナの予想ではマクシミリアン様かダグラスが、と言いたいところどが、彼等の三つほど先輩にあたるテオお兄様の友人アルフレッド様が優勝するのではと予想していた。
アルフレッド様は由緒ある水龍の血を継ぐ伯爵家の次男で、彼は歴代最高の水龍だと言う噂がある。
テオお兄様はアルフレッド様と犬猿の仲なのだけど、彼の強さだけは認めている様子だった。

龍と言う竜よりも強い龍種の血を継ぐ者達は規格外の強さを持つ。

確かテオお兄様やダグラス、それから…マクシミリアン様も龍種の血を継ぐ者達の家系だったわよね…
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