君がいつか、振り返らぬように。

拝啓

先日書いた短編集で僕の全てを書き尽くしたと思っていたのですが、どうやらそれは間違っていたようです。腹の底、胸の奥というよりは心の底の方に、なにか残滓のようなものが眠っているのです。また、心の底という表現をしましたが、この違和感の所在地は心臓ではなく、脳のことを指しています。
僕はあの短編集に人生を詰めたつもりでした。余すことなく、残すことなく注ぎ切るように書いたのです。だと言うのにどうしたわけか、僕の身体には不明瞭ななにかが残っていました。空っぽになった心を逆さにひっくり返してみますがもちろんなにも落ちてきません。残っていること、なにかがそこで息を潜めていることは確実なのに、見ることもできなければ触れることもできないのです。
僕はずっとそれについて考え、この正体不明に対して悩みました。悩みに悩み、そしてようやくあることに気がついたのです。
僕には、僕という心を収容する身体が残っていました。僕の身体が心を収容する容器だったからこそ、僕が空白という見えない概念を持ち得ていたのです。この作られた空白、喪失こそが抱えていた残滓の正体でした。

先生は、この人のためなら死んでもいいと思ったことはありますか。僕はありません。僕にはそんなロマンチックなクライマックスなんて似合わないと思います。誰かのために死ぬと言うよりは、誰かを失った喪失感に押し潰されて自死を選ぶという方が僕らしいでしょうか。終わり方に正解がないからこそ、僕たちは惑い、そこに善悪や是非を付与するのかもしれません。
人生の価値は終わり方だとどこかの誰かが言っていました。ならばそれが自死であったとしても、誰かを想う結果なのであれば許されるような気すらします。そんな正当化された希死念慮を込めて、僕はこの小説をしたためました。

先生もいつか、誰かを想い、人生を揺さぶられる日が来るんでしょうか。僕はそんな日がずっと来ないことを願う反面、僕がその理由になれたら嬉しいと思ってしまう、そんな二面性を孕んだ恣意を抱えています。

敬具
24h.ポイント 0pt
0
小説 217,772 位 / 217,772件 恋愛 63,900 位 / 63,900件

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

処理中です...