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1巻

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 1 実力主義の国


「あんちゃん、起きんくていいがけ? 帝都に入るがよ?」
「ん……?」

 ぼんやりと開けた視界の先に見えたのは、雲一つない青空。
 不意に頭上から影がした。俺の乗る荷馬車が、バカみたいにデカい石門を通り抜けたのだ。

「グラウス帝国によう来たちゃぁ。歓迎するがいね」

 御者台ぎょしゃだいに座る老夫婦が、楽しそうに笑っていた。


 突然ヤベールの街の倉庫に現れた帝国軍人──ベラルト少佐の案内で母国を捨てて、今日で十日。
 彼の案内で帝都行きの馬車に乗せられ、ぼんやりと揺られる旅も、もう少しで終わりらしい。
 なお、少佐はまだやることがあるらしく、ヤベールの街に戻っていった。

「帝都・カリソルム名物、しろえび饅頭まんじゅう! 一個二百エンだ!!」
「お兄さん、お土産に光るイカの沖漬おきづけはどう? 安くしとくよー!」
「新鮮、とれたて、きときと!! 海鮮丼を食うなら、俺んとこっきゃねぇ!!」

 威勢のいい声に、陽気な足音。街全体が、温かい空気をまとっているように見える。

「いい国ですね」

 俺がポツリと言うと、老夫婦が軽く振り向いた。

「おん? そうけ? おらっちゃは帝国しか知らんがで、分からんですちゃ」
「か、だらないがけ! 女王陛下とタテレ山が守ってくれとるからやが!」
「せやったぁ。いい国なんは、シュプル女王様とタテレ山の神さんのおがけですちゃ」
「……なるほどです」

 相乗りさせてもらった老夫婦の言葉はなんとなくしか理解できないが、祖国への愛は伝わってくる。
 石畳いしだたみは綺麗に整っているし、浮浪児ふろうじの姿もない。そして何よりも、住民たちが心から笑っているように見える。
 ──俺の知る国と違う。俺が捨ててきたヤベールの街とは、何かが違う。
 大きく息を吸い込んでみる。
 いその香りと人々の笑い声が混じった、知らない土地の匂いがした。
 俺は馬車から降りて、老夫婦に頭を下げる。

「乗せてくれてありがとうございました。また会えることを」
「あんちゃんも元気にな」
「みかん、もってきんしゃい」
「ありがとうございます」

 少佐の紹介だからと無償で乗せてもらったのに、なぜかお土産までもらってしまった。
 彼らはこれから、武具の買い付けをすると言っていた。うまく行くことを祈るよ。

「それにしても、こんなに寝たのは、何年ぶりだろうな」

 鑑定のことを忘れて眠れるなんて本当に久しぶりだ。ゆっくりと眠ったおかげか、生まれ変わった気さえする。
 まぁ、早いとこ仕事を見つけないと。このままじゃえ死にしてしまう。

『キミならどこでも雇ってくれるよ』

 別れ際にベラルト少佐はそう言ってくれたが、正直不安だ。
 右も左も知らない土地で頼りになりそうなのは、少佐の紹介状だけなのだが……
 ──────────────────────────────────────────
【 職 業 】帝国軍士官:5/11(少佐)
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 鑑定によると彼の階級は十一段ある中の五段目。帝国軍の階級制度には詳しくないが、下から数えた方が早い数字だ。
 門前払いを回避するための書類……どうにも、そんなイメージしか湧いてこないな。

「でもまぁこれを見せたら一応話だけは聞いてもらえそうだし、『当たってくだける』を何回もやるよりはいいか」

 そう思い直して、周囲に目を向ける。
 軍人である少佐に拾ってもらってグラウス帝国に来られたのだから、最初は軍に関連する場所に向かうべきだろう。

『もし興味があるなら、赤い鐘がある白い建物に行ってくれ。軍の訓練校だ』

 少佐からはそう聞かされたっけ。彼は俺に、軍人になってほしいようだった。

「赤い……あー……これ、だよな? 思ったよりデカいな……」

 探すまでもなく目の前にあった。巨大な壁の奥に白い建物があって、赤い鐘が見えている。訓練校にしては閑散かんさんとしているけど、少佐に教えてもらった特徴と同じだ。
 そもそもあの老夫婦も少佐の紹介だからな。気をかせて訓練所の前に下ろしてくれたのだろう。

「軍の試験に落ちたら、次は商人ギルドに行ってみるか。みんながあの老夫婦みたいに優しいとは思わないけど、他にあてもないし」

 それでも、軍よりは商人ギルドの方が雇ってもらえる可能性は高いだろう。
 腕っぷしや戦闘力とは無縁の生活だった。試験に合格できるとは思えないが、義理は果たすべきだよな……
 そう思いながら、入口を目指して歩いていく。
 入口の脇には、分厚いよろいと鋭い槍を持った兵士がいた。訓練校と聞いていたが、物々しい装備だ。

「止まれ! 何者だ!?」

 門番は全員で五人。そのうちの一人が、槍を突きつけながら問いただしてきた。

「ベラルト少佐の紹介で訪れた者です。こちらを見ていただいてもよろしいでしょうか?」
「む? ベラルト少佐の? ……貸してみろ」

 紹介状を差し出すと、控えていた門番の一人が受け取って読み始めた。
 残る四人の男たちは槍を片手に移動し、俺の周囲を固める。
 ──下手に動けば刺すぞ。
 射抜くような視線が、そう言っているように見える。
 やがて、紹介状を読んでいた門番が眉をひそめて独り言を呟いた。

「優秀な人材? ベラルト少佐より優れた将になる? こんな手羽先のような腕の男が?」

『将』ってのは、軍を指揮する存在だったよな?
 いや、ないだろ!? ベラルト少佐は何を思ってそんなことを!?

「こんな骨と皮しかないような男を将だなんて、少佐は何を言っておられるのやら……」

 うん、俺もそう思う──それにしても、こうしてさげすまれる感覚はなんか久しぶりだな。
 ドラムド王国を捨ててまだ十日やそこらだけど、なつかしいというか、なんというか……

「貴様! なんだその顔は!!」

 突然、門番が俺を睨んで大声を上げた。

「え……? いっ、いえ! なんでもないです! 申し訳ありません!!」

 懐かしさのせいでどうにも気が緩んで、とぼけた顔になっていたらしい。
 慌てて謝ったが、逆にそれが彼の気を悪くしたようだった。
 門番は紹介状をグシャリと握り潰す。

「偽の紹介状だな」
「え?」
「これはベラルト少佐の文ではない!」

 苛立いらだたしげに叫び、丸めた紹介状を投げ捨てる。
 転がっていく紹介状を目で追うよりも先に、門番の男が俺の胸ぐらを掴み上げる。

「今なら見なかったことにしてやる! 貴様の相手をしているほど、我々は暇では──」
「そこまでだ、キジェン上等兵!」

 いきなり、訓練校の入口の方向から男の怒号が飛んできた。
 声に続いて男が現れ、門番たちを睨みつける。

「キジェン上等兵はただちに腕を放し、他の者は脇に待機せよ! これは命令である!」
「「「「「はっ!!」」」」」

 門番たちは飛び上がるように道を空け、握り拳を胸に当てて直立した。
 男はゆっくりとこちらに歩み寄ってきて、捨てられた紹介状を丁寧に拾い上げる。そして俺のことを指差しながら、門番たちに問いかけた。

「貴様らはこの男の魔力すら感じ取れんのか?」
「魔力、ですか……?」
「常人とはかけ離れた膨大ぼうだいな魔力が彼から漏れ出していることに、なぜ気付かん」

 ……は? 膨大な魔力? そんなものが俺の体から出てんの!? それって大丈夫なのか……?

「なるほど、本人も知らぬわけか。わざとかと思いヒヤヒヤしたぞ」

 門番の上司らしき人物は、俺の顔を見てそう言った。
 そして彼は、くしゃくしゃになった紹介状を広げ、視線を走らせる。

「毎日八百回を超える〝鑑定魔法〟の行使……ゼロからの教育……彼に部下を……なるほど、確かに面白そうだな」

 くくくく、と声が漏れている。熊でも殺しそうな笑みだ。

「おっと、失礼。アルトくんだね?」
「はっ、はい!」

 姿勢を正して返事したら、男は一転して好青年のような態度になり、手を差し出してきた。

「僕はルドルフ。君をスカウトしたベラルトと同じ少佐の立場ってことになっているけど、そこはあんまり気にしなくていいよ。まぁ何はともあれ、よろしく、期待の新人君」

 俺は何が何やら分からないまま、目の前に伸びてきた手を無意識に握り返していた。


 ☆★☆★☆


 ルドルフ少佐に連れられて、訓練校の建物の中へと入っていく。
 俺は建物に入る途中に説明されたことを、ルドルフ少佐に確認した。

「つまり軍部で働くには、一ヶ月後に行われる試験に合格する必要がある、ってことですね?」
「そうだね。その認識で間違ってないよ。でもその前に、試したいことがあるんだ」
「試す、ですか?」
「そう。普通の試験じゃ見られそうにない、君の実力が見たいんだよ。その代わりと言ったらなんだけど、宿と食事はこちらで用意する。どうだい、悪くない提案じゃないかな?」

 試験まで時間があるから、その間に別の試験をする……ってことか。
 ちょっと変だが、寝床と飯がもらえるなら願ったり叶ったりだ。寝るのは橋の下でいいが、飯はどうしようもないからな。他にあてがあるわけでもないし、断る理由はない。

「よろしくお願いします」
「うん、いい答えだ。早速だけど、もう少しだけ威厳が出るような服に着替えようか」
「着替え、ですか……?」

 ルドルフ少佐に連れられて、更衣室らしき場所へと足を踏み入れる。
 言われるがまま高そうな服を手に取って、着替えさせられた。
 そのあと訓練校を出て、敷地の一番奥まで連れていかれる。
 大小様々な建物を抜けた先に、宿舎のようなものが三とう建っていた。その中には小さな机や椅子、建物の周りには子供が喜びそうな遊具もある。

「……あれは?」
「軍の保護施設だよ。様々な事情で飯が食えなくなった子供たちにごはんを食べさせて、訓練が受けられる年齢まで育てる。そんな施設だね」
「へぇ、帝国にはそんな場所が……」

 帝国に来てから浮浪児を見ないとは思っていたが、その理由はこれか。
 飢えた子供をここに閉じ込めて……といった雰囲気でもなさそうだな。

「街の人たちからすると、この中の誰かが自分の子や孫を守ってくれるかもしれない。僕ら軍人にとっては、未来の部下や上司。保護施設で暮らしているのはそんな存在だよ」

 なるほどね。誰にとってもいい場所ってことか。
 まぁ、反対者がゼロなんてことはないだろうけどな。

「それでね。君には子供たちの『年長組』の誰か一人を部下にして、優秀な軍人に育ててほしいんだ。それが試験だよ」
「…………え?」

 部下にして、育てる? 俺が?

「君は〝鑑定の魔法〟が得意なんだよね?」
「……えぇ、まぁ。人並みには使えますね」
「その力を存分に活かして、彼らを見てみるといい。面白い結果を期待しているよ」

 ルドルフ少佐はそう言って笑っているが、意図が読めない。
 とりあえずは、この街にいる鑑定士よりも子供たちをより深く見ろ、ってことでいいのか? そのあとの育てろ、というのは鑑定士の領分を超えていそうだが……
 まぁでも、俺の今やるべきことが鑑定なのは分かった。

「分かりました。早速始めても?」
「もちろん。年長組はこの建物だよ。僕と一緒なら好きに見て回っていいからね」

 少佐にうながされ、一棟の建物の中へと入っていく。
 一階部分は、大きな運動場になっていた。
 ──よーい、はじめ!
 そんな掛け声にあわせて、子供たちが次々と走っている。
 意外と体格の大きな子も多い。それどころか、俺よりも頼りになりそうな子もいる。
 年長組とは聞いていたが……子供以上、大人未満、そんな感じだな。

「ここにいるのは、十五歳くらいですか?」
「その通り。卒業間近。あと一年もすれば、君や僕の同僚になる子供たちだ」

 改めて子供たちを見る。
 種族は人間だけじゃないな。獣人がいる。牛や羊のような角がある子、猫の耳を持つ子。一番体が大きな子は、巨人族とのハーフだろうか?

『実力主義で、産まれは気にしない』

 ベラルト少佐の言葉は、嘘じゃなかったらしい。
 ともかく、鑑定して各人の素質を見てみるか。
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【 名 前 】ラルフ(15歳)
【 素 質 】近接戦闘:C 速度強化:C
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【 名 前 】ルーレスト(15歳)
【 素 質 】肉体強化:B
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【 名 前 】カリナ(15歳)
【 素 質 】弓技:B
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【 名 前 】ゴルタルス(15歳)
【 素 質 】近接魔法:A
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 高い技術を持つ子はまだいないが、優秀な素質を秘めた子は何人もいる。
 楽しそうに周囲を見ていたルドルフ少佐が、俺の方に近付いてきた。

「全員を一度集めるかい? それとも一人ずつ呼び出した方がいいかな?」
「あっ、いえ。このままで大丈夫ですよ。もう、終わりますから」
「終わる? ……鑑定がかい!?」
「え? 勝手に始めたらまずかったですか!?」
「……いや、そんなことはないよ。気にしないでくれ」

 よく分からないが、このまま続けていいようだ。
 一人を選べ、ってことは、深くまで見る子は、ある程度絞ってからでいいんだよな?
 とりあえず、薄く、広く魔力を伸ばして鑑定していくか。
 ──────────────────────────────────────────
【 名 前 】ゲルビン(15歳)
【 素 質 】槍術:A
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【 名 前 】サーラ(15歳)
【 素 質 】剣技:S
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 ──────────────────────────────────────────
【 名 前 】シャウラ(15歳)
【 素 質 】広域魔法:A
 ──────────────────────────────────────────
 将来有望なのは、今見た子たちだな。特に、剣技Sの素質を持つサーラは別格だ。最も優れた子を一人選べと言われたら、間違いなく彼女を指名するだろう。
 だけどそれは、みんなが分かっていることだと思う。

「先頭を走っている赤い髪のサーラって子。優秀そうですね」
「……そうだね。保護施設が始まって以来の天才だと、担当者が言っていたよ」
「そうですか」

 だとしたら、俺が選ぶべきは彼女じゃないな。
 段々と求められていることが分かってきた。俺に与えられた試験は、隠れた才能を持つ人材を見つけ出して育てること。すでに優秀な人物を選んでも、高評価にはならないと思う。
 ──そんな中、俺は一人の少女に目を留めた。
 ──────────────────────────────────────────
【 名 前 】リリ(15歳)
【 素 質 】支援魔法:S 杖術じょうじゅつ:C
 ──────────────────────────────────────────
 頭に羊の角が生えている女の子。走るのが苦手なようで、一人だけみんなに置いていかれている。

「ほら、リリ! 周回遅れだよ!」
「はぁ、はぁ、はぁ、ごめんな、さい……」
「このままじゃ、留年だからね! 分かってる!?」
「はっ、はい……ごめんなさい……」

 本人には申し訳ないけど、今の俺には打ってつけの人材かもしれない。
 一応、ルドルフ少佐に尋ねておいた方が無難だろう。

「少佐。優秀な軍人に育てると言うのは、身体能力に限った話ではありませんよね?」
「ん? あー、そうだね。軍にとって優秀であればどんな形でもいいよ。もう見つかったのかい?」
「はい。あの周回遅れの子がいいと思うんです」
「っ!!」

 ルドルフ少佐は思わず、と言った様子で振り向き、俺の顔と少女を見比べる。
 一方、リリという少女は教官らしき女性から叱咤しったされていた。

「リリ! あとはアナタだけよ! しっかり走りなさい!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 どうやら他の子はみんなゴールしたらしく、彼女一人だけが苦しそうに走っている。


 その姿だけを見るとどうにも頼りなく見えるけど、鑑定は嘘をつかないからな。

「本気で言っているのかい? 申し訳ないが、僕には可愛らしい羊族の少女にしか見えないが」
「もし彼女を優秀な人材だと証明できれば、合格になりますか?」
「……そうだね。彼女なら誰からも文句は出ないよ」

 だったら、決まりかな。あとは本人が了承してくれるかだけど、そこはルドルフ少佐に任せたらいいと思う。そのために付いてきてくれたんだろうし。

「お願いできますか?」
「分かったよ。サンザイ先生。十分の休憩を与えたあとに、みんなを集めてもらっていいですか?」

 サンザイ先生と呼ばれた教官の女性は、ルドルフ少佐の方を振り向いて敬礼でこたえた。

「かしこまりました──現時刻をもって休憩とします! 各自、十分後にこの場での整列を!」
「「「はい!」」」

 へぇ、幼い顔立ちを除けば、立派な軍人に見えるな──なんて思っていると、数人の子供たちだけが壁際に走っていった。その中には、最後にゴールしたリリの姿もある。

「あー、疲れたぁ。まじしんど……」
「お前、死にかけてんなぁ。水、取ってきてやろうか?」
「悪いけどよろしく。あー、ブドウジュースまであと三秒だったんだけどなぁ」
に入らないだけマシだろ?」

 他の子供たちが思い思いに体を休める中で、彼女たちはそのまま壁際に立ち続けていた。
 水だけはもらえているみたいだけど、どうにも辛そうに見える。

「ルドルフ少佐、あれは?」
「時間内に完走できなかった子供たちだね。そっちでクッキーを食べているのが上位に入った子だよ」
「……なるほど」

 一、クッキーとジュース。二、ジュースのみ。三、水のみ。四、壁際に立つ。そんな順番か。
 速くゴールした者には褒美ほうびを、遅い者には罰を。少なからず思うところはあるけど、実力主義なのは間違いないのだろう。
 下位グループばかりを気にかけてしまうのは、俺が似たようなグループに所属していたからかな。

「徹底していますね」
「僕個人としては、ご褒美だけでいいと思うんだけどね。周囲への分かりやすさも求められてさ」

 なるほど。実力主義をかかげる国の弊害ってところか……
 でもまぁ、結果を残せば上にいけるって考えれば、母国よりよっぽどいい。
 向こうじゃ、平民は死ぬまで壁際に立たされて貴族はクッキーだからな。

「ニワトリ組! 番号!」
「一」
「二」
「三」

 休憩が終わり、子供達がキビキビと点呼をしていく。

「全員揃っていますね。ルドルフ少佐よりお言葉をたまわる!」

 どうやら準備が終わったらしい。

「アルト君、行くよ。できるだけ堂々としていてくれ。いいね?」

 え!? 俺も子供達の前に行くの!?
 ……という言葉を無理やり心の中に押し込めて、うなずいて見せた。
 正直な話、嫌というか、場違い感がハンパじゃない。とはいえ拒否できる感じでもないよな?

「ねぇ、見て。あれって幹部候補生の制服だよね?」
「すげぇ、エリート様じゃん!」
「でも、筋肉ないよ? 弱そうだよ?」
「それは、まぁ確かに……でも、エリート様だぜ? たぶん……」

 子供たちが俺を見てざわついている。エリートってなんの話だ?
 幹部候補生の制服? ──もしかして、俺が着ているこの服か!?

「アルト君、もう少し堂々と。いいね?」
「……分かりました」

 ルドルフ少佐の口元が緩んでいるように見える。
 どうしてそうなった? 何かの作戦か?
 ルドルフ少佐は、そわそわしている子供たちに向かって口を開く。

「用件を伝えるよ。この中から一名をアルト幹部候補生の助手にする。リリ訓練候補生、前へ」
「「「!!」」」
「えっ……?」
「聞こえなかったかな? リリ訓練候補生?」
「はっ、はひ!」

 最後尾にいた少女が大慌てで駆けだして、ベタンと前のめりに転んだ。

「あぅ……!!」

 目尻にうっすらと涙を溜めながら、頭にある羊の角をさすっている。
 なんというか、可愛らしい子だな。

「ごっ、ごめんなさい」
「いや、これは罰ではないから慌てなくてもいい。君はアルト幹部候補生にその実力を認められたんだ」
「え……?」

 立ち上がろうとしていた少女の腰がペタンと落ちて、不思議そうに俺の顔を見上げてくる。もとから大きなひとみが、さらに大きく開かれていた。

「私が、選ばれた……?」
「嘘だろ!?」
「どうして、あんなどんくさいヤツが!?」
「見た目か!? だったら俺の筋肉の方が可愛いだろ!?」

 他の訓練候補生が口々に言い合っている。どうにも、彼女が選ばれたことが不思議らしい。
 俺の方が! 私の方が! といった声ばかりが聞こえてくる。

「用件は以上。この場にリリ訓練候補生を残して、残りは解散していいよ」
「聞こえましたね? 各自、隊列を整えて二階へ──」
「ちょっと待ってください!」

 教官らしき女性の声をさえぎって、体の小さな少女が大きな声をあげた。
 確か、一位の子に数分差で負けて悔し泣きしていた女の子だったと思う。

「彼女は出来損ないです! なぜ彼女を優遇するのですか!?」
「マルリアさん! これは命令です! 異議は──」
「いいえ、構いませんよ」
「「「!!」」」

 俺が口を挟んだら、全員が驚きの表情を浮かべてこちらを見た。ルドルフ少佐まで驚いているな。
 けどまぁ、あれだ。一方的に言葉をみ込ませるのは、さすがに可哀想だからな。存在意義を否定されるって感じがして、本当にやるせなくなるんだぜ?
 俺はその少女と目を合わせる。

「俺が彼女を選んだ理由が知りたい。そうだよね?」
「はい!」
「それはね、彼女が出来損ないでも落ちこぼれでもないからだよ。ただ、今の環境が彼女には合っていない。それが一番の理由かな」
「かんきょう、ですか……?」

 どう見ても、分かりません、って顔だな。さて、どう説明しようか。
『弱そうな子を選んだ方が、俺の評価を上げやすいんだ』なんて言えるはずないし……
 そう思っていると、ルドルフ少佐が楽しそうに肩を揺らした。

「ではこうしよう。八日後に、リリ訓練候補生とマルリア訓練候補生の模擬戦をする」
「「「え……?」」」
「その試合で、アルト幹部候補生への評価を決めるよ。マルリア訓練候補生に異論はないね?」
「……はい! 絶対に勝ちます!」
「うん、いい答えだ。リリ訓練候補生はどうかな? 頑張れるかい?」
「はっ、はい。幹部の方と、いっしょ、なら……」
「決まりだね。アルト君、期待しているよ」

 ルドルフ少佐は笑みを浮かべながら、俺の肩をぽんぽんと叩いていた。


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