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4巻
4-2
「おっ、おい、爺!!」
「最近は儂を見ても泣かなくなったのぉ。クマのようで怖いのではなかったのか?」
「いっ、いったい、いつの話をしておる!」
「なんじゃ? 夜のお手洗いにはお化けが出るなんて言っておったが、最近は一人で行けるようになったのかの?」
「もっ、もう良い! 分かった! 余が悪かった! ちゃんとやるから、爺は黙ってて!」
女王様はそう息を荒くしながら言うと、教官を睨む。
頬を膨らませている彼女は、幼い少女みたいだな、なんて思ってしまう。
女王様は、「はぁー……」と大きな溜め息をついてから、俺の方に視線を向けた。
「すまぬな。おぬしの反応が可愛らしく思えた故、からかってしまった。許されよ」
「……いっ、いえ……えーっと?」
豪華な椅子から腰を浮かせてこちらまで歩いてきた女王が、俺の頭を撫でている。これは、どういう状況だ?
女王様は、楽しげに口を開く。
「やはり面白い反応をするな。もう少しだけその反応を見ていたく──」
「ほれ、やめぬか」
「わっ、分かっておる」
女王様は名残惜しそうに俺の頭から手を離す。
「では、立ち上がって、そのまま後ろを向け」
俺は指示されるまま動く。
すると、後ろから女王様に押された。
俺は一歩、二歩、とたたらを踏んでから、顔だけ女王様の方を振り返ると彼女が言う。
「もう一度。初めから頼む」
「え……?」
呆然とするしかない俺の背後で、豪華な扉が閉じていく。
『もう一度、初めから』ってどういうことだ?
「これって、言葉通り開けるのが正解なんですか?」
「うむ。察しはついていると思うが、処刑うんぬんは、あやつの冗談じゃ」
「……そうなんですか?」
「うむ。幼い頃から人を困らせて、構ってもらうのが好きな娘でのぉ。ここしばらくは、鳴りを潜めておったが。我慢できんかったようじゃな」
いやいや、権力者が処刑をちらつかせるって、困らせるとかそんなレベルじゃないですよね!?
綺麗で自由な素晴らしい国だと思っていたけど、この国、本当に大丈夫か?
いやまぁ、王国よりマシなのは間違いないけど……
「あれだけ過激なことを言うのも珍しいがな。おぬしは、ずいぶんと好かれたようじゃ」
「……それはまた、光栄なことですね」
嫌われるよりはいいと思うが、素直に喜べない。
まぁ、どちらにしても、重要なのは――
「処刑の話は冗談なんですよね?」
「うむ。あやつに人を傷付けて楽しむ趣味はないわい。心根の優しい娘じゃからな」
「そうですか」
心根の優しい人が、他人を困らせて楽しむなんてどんな理屈なんだ。
なんて思ってしまうが、処刑されないのであればなんでもいいです。はい。
「あまり待たせると、また話が進まなくなる。そろそろ入った方が良かろう」
「分かりました」
処刑は冗談。処刑は冗談、処刑は冗談……
そう自分に言い聞かせながら、俺は豪華な扉に触れる。
少しして、先ほど座っていた椅子の手前にあるソファーに体を預ける女王様の姿が見えた。
先ほどはちゃんと室内を見る余裕がなかったから分からなかったが、女王様の手元には分厚い紙の束があるのが見て取れる。
俺は深く頭を下げてから、部屋の中に足を踏み入れる。
俺に続くようにして教官が部屋に入ると、扉がひとりでに閉じた。
俺は両膝、次いで両手、額という順でカーペットにつけ、最大限の敬意を表す。
「アルト・スネリアナと申します」
やっぱり、帝国はすごいな。カーペットがふわっふわだ。
そう場違いにも感動していると、俺の肩に手が触れた。小さくて細い指。女王様のものだ。
「アルト准尉。余の正面にあるソファーに座ってくれぬか?」
俺が女王様の前に座る? そうさせる意図が読めないんだが?
「よろしいのですか?」
「無論だ。そのためのソファーだからな」
そうなのか? いやまぁ、座れと言うなら座りますが……
座った瞬間に『無礼者!』とか言って、殺されないよな? そういう罠じゃないよな?
「失礼いたします」
ソファーの横に立って、俺はもう一度頭を下げた。
女王様の様子を窺いながら、ソファーに腰掛ける。
ソファーも当然のごとく豪華だし、ふわっふわだ。
俺が腰を落ち着けるのを待って、女王様は先ほどとは打って変わって優しい笑みを浮かべる。
先ほどの『最初から』の意味が、仕切り直そうという意味だと、遅まきながら気付いた。
「いきなり呼び出してすまぬな。改めて話をしたかったのだ。そちの過去については、報告書を読ませてもらった。その痛みまで知っているなどとは、口が裂けても言えぬ。だが、地獄のような日々だったろうことは想像に難くない。上役の機嫌を損ねれば、処刑される。そのような環境で育ったのだな?」
「……その通りです」
確かに王国では毎日ノルマが増えて、意識が朦朧とする日々を送っていた。誰からどんな報告を受けたのかは知らないが、『地獄のような日々』という認識と、大きな齟齬はないだろう。
もしかすると先ほどのからかいには、それを確かめる意味もあったのだろうか。
そう考えていた俺の頭を再び撫でながら、女王様は言う。
「長年の蓄積によって、権力者への怯えがその体に染みついてしまったのであろう。それは理解している。だが、ほんの少しだけでよい。余のことを信用してはもらえぬか?」
優しい声だった。
女王様の微笑みが、リリやフィオランたちがいつも俺に向けてくれる笑みと被って見える。
いつの間にか隣の椅子に座っていた教官が、机の上にあった豆菓子を指先で摘まみ、口の中に放り込んでから言う。
「おぬしは、この国をどう見ておる? 服装やお辞儀の仕方一つで殺されるような、そんな国に見えたかの?」
「……いえ」
ここは実力主義で、街に浮浪児のいない幸せな国。
実力があれば、生まれにかかわらず成り上がれる、平等な国。
「貧富の差はあっても、理不尽はない。そう認識しています」
女王はドレスコードも礼儀作法も気にしないと、教官は確かに言っていた。
「本題は別にあるが、おぬしの認識を改めておくべきだと思うての」
国のトップが、俺なんかのためにここまでしてくれるなんて、にわかに信じられない。
そんな思いは少なからずあるが、状況はなんとなく理解した。
「地獄で植え付けられた常識を早めに捨ててほしい。そういう話ですね?」
「うむ。おぬしはすでに帝国の人間じゃからな」
相手が女王であるというだけで視野を狭めていたのは確かだ。
女王様の人柄を見ようとしていなかった。
そう反省していると、女王様は名乗る。
「改めて自己紹介をしよう。シュプル・リア・テスタロッテだ」
「アルト・スネリアナです」
差し出された手を握り返して、静かに微笑む。
相手は女王様だが、普通の女性だと自分に言い聞かせながら。
こうして挨拶が終わったところで、女王様は表情を引き締めた。
「さて、本題に入ろう。爺に頼んで、そちを連れてきてもらった理由は、大きく分けて三つだ。最初に、感謝を伝えたい。帝都に潜入していた敵の発見、ならびに異形の排除。そちには大いに助けられた。国の代表として礼を言う」
女王様は言い終えるや否や、姿勢を正してゆっくりと頭を下げた。
そして頭を上げると、手元にあった紙の束を渡してくる。
・レッドドラゴンの角
・剣華山の宝水
・たぬきもんの原画
・透かし深彫りの衝立
・強風の盆
その下にも長々と立派な品の名前が記されていた。
確認していくと、強力な魔物の素材に、有名な漫画の原画、高級な家具、魔道具などなど……値の張る品ばかりが並んでいるのが分かる。
俺は思わず聞く。
「こちらは?」
「余が所有しているものを一覧にしたものだ。用件の二つ目はこれだ。褒美をここから選んでほしい」
そんな言葉を聞いて、改めて資料を確認する。
一枚目は品名のリストになっていて、二枚目以降にはそれぞれの詳しい使い方や写真、流通量、参考価格などの様々な情報が記載されているようだ。
「本来であれば、そちを少尉や中尉に昇進させるべきなのだが、状況がそれを許さなくてな」
そう口にした女王様はほんの少しだけ視線を鋭くして、別の紙束を渡してくる。
つい先ほど渡されたリストの何倍も分厚い紙の束が、クリップで留められている。
その表紙には、真っ赤な字で 『極秘』『部外秘』との記載が。
俺は生唾を呑み込む。
「私のような者が拝見してもよろしいのですか?」
「無論だ。それにしても、まだ堅苦しいな。帝国民はもう少し砕けた話し方をするぞ? 余に対しても、爺と接する時のように話してくれぬか?」
帝国民らしく、か。
俺はもう、この国の住民だからな。
「分かりました。『極秘』となってますが、俺が見てもいい、ってことですよね?」
俺が意を決して口調を少し柔らかくすると、女王様は満足げに微笑んだ。
「あぁ、許可しよう」
俺はどこか楽しげにも見える女王様を横目に見ながら、紙の束をパラパラとめくっていく。
『警邏隊が敵国の貴族を発見。精鋭部隊が突入し、ルルベール教官を中心に撃破』
これは、この間王国軍の潜む屋敷に潜入した時の報告書のようだ。
教官から予め、俺がこの作戦に関与したことは隠蔽しておいたと聞いていたが、その言葉通り俺の名前はどこにも載っていない。
だが――
「ここ数日で、そちに関する噂が広まっているのは知っておるな?」
俺は頷く。
夜襲作戦の次の日は、俺もリリたちもくたくただったから一日じっくり休んでいた。
そして連休二日目、鑑定と短剣の強化をするためにリリたちと訓練校を歩いていると、生徒からものすごく注目の視線を浴びたのだ。
尊敬の眼差しというか、英雄でも見るような目というか……
それだけじゃない、リリたちと一緒に食堂へ行くと「この国を守ってくださり、ありがとうございます! こちらにお座りください!」なんて言葉と共に、席を譲られるなんてこともあった。
しかも席を譲ってくれたのは、俺よりも二階級上の中尉だ。
譲られた席に並んだのはコース料理。料理長がわざわざ『調理人一同からの感謝の気持ちです。給仕も我々にさせてください』と挨拶に来た時には、本気で驚いた。
俺はそんなあれこれを思い出してから、口を開く。
「俺が鬼を退治したのではないか、そんな噂ですよね?」
「ああ。その噂を、誰かが意図的に広めたのではないかと、余と爺は踏んでいるのだよ。念のために聞くが、噂の出所に心当たりはあるか?」
「いえ、ないですね」
むしろ、俺が知りたいくらいだ。
目立ちたくない! 静かにゆったり暮らしたい!
そう常日頃から願ってやまない俺である。
噂の出所が分かっていたら全力でやめさせに行っていたさ!
「そうだろうな。そのような状況の中でそちの昇進が決まれば、噂を肯定することになってしまう。それはあまり好ましくない。そちも、そう思わぬか?」
それ故に、昇進代わりの褒美の品、か。
昇進すると休みが多くなるらしいが、注目の的になって面倒ごとに巻き込まれるのを避けたい気持ちの方が大きい。
「俺としても、そうしてくれるとありがたいです」
「うむ。では決まりだな。褒美に関しては、副官と補佐までになら話をしてもよいから、相談して決めるといい」
副官? 補佐? それって、誰のことだ?
いや、それは後回しにしていいか。
リリたちに聞けば明確な答えを貰えるだろう。
「そして最後の用件だ――っとその前に相談なのだが……そちに個人的な頼みをしてもよいか?」
そう言いながら、女王様は緊張した面持ちで真っ白な紙を俺の前に広げた。
『最後の用件』が気になって仕方がないが、水を差すわけにもいかなそうだ。
女王様は鑑定しなくても高級だと分かるペンを取り出し、俺に差し出す。
「そちは人の鑑定ができると聞いている。試しに余のことを鑑定してもらえぬか?」
「……女王様の体に、魔力を流すことになりますが?」
「構わぬ。他ならぬ余の頼み故な」
女王様は、小指にはめていた指輪を外し、机の上に置き、椅子に座り直す。
その際にさり気なく肘掛けに触れるのが見えた。
魔力の流れが変わったことから察するに、指輪と椅子に仕込まれた二つの仕掛けで女王様の魔力に干渉できないような障壁を展開していたのを、解除したらしい。
俺が悪事を働こうとしたらどうするんだ?
そうまでして鑑定を受けてみたいということなんだろうけど……
「どうだ? 引き受けてはもらえぬか?」
焦れたように再度聞いてくる女王様に対して、俺は頷く。
「承知しました。全力で鑑定させていただきます」
もっともらしく警戒してはみたものの……実は女王様の鑑定結果に、興味ありまくりです!
いいのか!? マジで鑑定しちゃっていいのか!? 今更、冗談でしたとか、なしだからな!?
そんな風に昂る気持ちを抑えつつ、俺は聞く。
「どの深さまで鑑定していいんですか?」
「む? 深さとは?」
「あー、すみません。説明が足りませんでした。流す魔力の強さによって、その人が持つ能力をどれだけ詳細に見られるかを調整できるんです。例えば戦闘力、鍛えるべき素質、取得した技術、これまでの経験、奴隷としての価値などなど――」
「であれば、全てを見ることは可能か?」
女王様の食い気味の返答に、俺は一瞬固まる。
全て、って。本当にいいのか⁉
「数回に分けて鑑定させてもらえるなら」
「そちが無理をするようなことになるのであれば、無理にしなくともよいが?」
「いえ、鑑定する時間が増えるだけで、負担ではありません」
時間が増えるっていっても、数秒くらいだしな。
紙に書き記す時間を含めたら、五分くらい多めにかかってしまうが、そんなもの誤差のうちだろう。
「であれば、全てを鑑定してもらおう」
「分かりました」
マジか! まさか本当に国のトップの全てを鑑定できるなんて!
「教官! 今日は連れてきてくれてありがとうございます! 心からの感謝を!」
「う、うむ……」
ルルベール教官が俺から距離を取った気がするが、そんなものは気にしない。
だって、国のトップを鑑定できるんだぜ!? テンション上がるだろ!
「手を貸してもらえますか?」
女王様は俺が言う通り、おずおずと手を差し出してくる。
「分かった。これでよいのか?」
「はい。ありがとうございます」
国を治める者に、自らを鑑定してほしいと頼まれるなんて……
鑑定士冥利に尽きるといえばいいのか、なんといえばいいのか。
知的好奇心と鑑定士としての自己肯定感が高まる! 世界有数の鑑定士になった気分だ!
「それでは、始めます。まずは、戦闘力を見ていきますね」
「うむ。順序は任せよう。結果をその紙に書き出してくれると助かる」
「分かりました」
高まる鼓動を感じながら、大きく息を吸い込む。
腹の奥底にある魔力を引っ張り上げて、女王様の手に流していく。
──────────────────────────────────────────
【 名 前 】シュプル・リア・テスタロッテ(23歳)
【 職 業 】女王
【 状 態 】生命力:157/157 魔力量:232/232
【 レベル 】6
【 能力値 】体力:6(F) 魔力:18(E) 物理:6(F) 魔法:12(E)
防御:3(F) 素早さ:6(F) 回避:5(F) 幸運:13(E)
【 技 術 】帝王学:3/6 慈愛:5/6 直感 :2/6 戦況眼: 6/6
情報処理:5/6 護身術:2/6
【 素 質 】学者 :A 祈祷師:B 防御魔法:B 情報処理:C
──────────────────────────────────────────
一回目の鑑定で分かる情報は、こんなもんか。
ん……?
思っていたほど、ステータス値が高くないな?
数値だけなら、初めて会った頃のリリやフィオランと、変わらないくらいだ。
でもまあ、国のトップとはいっても、その人自身が強い必要なんてないしな。
技術――身につけた能力で高いのは、〈慈愛〉と〈情報処理〉、〈戦況眼〉か……
素質がない〈戦況眼〉の技術がこれだけ高いってことは、『戦いの中で生きてきた』ってことなのだろう。
そう考えながら、鑑定結果を紙に書き写していく。
書き終え、ペン先を拭いていると女王様が身を乗り出しながら聞いてくる。
「鑑定結果を見ても良いか?」
「もちろんです。シュプル女王自身の鑑定結果ですから」
女王様は顎に手を当てて、言う。
「これが余の鑑定結果か。なるほど、興味深いな」
「それぞれの説明は後回しにして、ひとまず最後まで鑑定を終わらせてもいいですか?」
「あぁ、よろしく頼む」
俺は頷き、もう一度女王様に魔力を流す。
──────────────────────────────────────────
【 犯罪歴 】なし
【 奴隷価値 】12億6千万エン
【 補 足 】先代の王の孫として生まれ、父の暴走を止めた功績によって女王となる。幼い頃からルルベールを師と仰いでいるが、武力が高くないことを悩んでいる。血筋を重視する現在の王族制度に、疑問を抱いている。
──────────────────────────────────────────
さすがは女王様。奴隷価値に関しては、文字通り桁が違う。
教官のことを爺と呼ぶ理由も、強い信頼を向けている理由も、なんとなく分かった。
引っかかるのは、『父の暴走』と『悩み』について。
正直な話、これを書き出していいのか迷う。だが、秘匿するのも女王様の意思に反するだろうか。
ここは、素直に書くしかないな。
「できました。俺が鑑定できるものは、これで全てです。こちらに関して説明は必要ですか?」
「いや、不要だ」
鑑定結果を手に取った女王が、紙面に目を走らせる。
だがその表情は、冴えない。
「話には聞いていたが、本当に人の鑑定ができるとはな。速度も内容も、余の想像以上だ」
そう言葉にしながらも、女王様の視線は鑑定結果に向けられたまま。
何度も確かめるように鑑定結果を見てから、女王様は小さく溜め息をつく。
そして俺に聞いてくる。
「最近は儂を見ても泣かなくなったのぉ。クマのようで怖いのではなかったのか?」
「いっ、いったい、いつの話をしておる!」
「なんじゃ? 夜のお手洗いにはお化けが出るなんて言っておったが、最近は一人で行けるようになったのかの?」
「もっ、もう良い! 分かった! 余が悪かった! ちゃんとやるから、爺は黙ってて!」
女王様はそう息を荒くしながら言うと、教官を睨む。
頬を膨らませている彼女は、幼い少女みたいだな、なんて思ってしまう。
女王様は、「はぁー……」と大きな溜め息をついてから、俺の方に視線を向けた。
「すまぬな。おぬしの反応が可愛らしく思えた故、からかってしまった。許されよ」
「……いっ、いえ……えーっと?」
豪華な椅子から腰を浮かせてこちらまで歩いてきた女王が、俺の頭を撫でている。これは、どういう状況だ?
女王様は、楽しげに口を開く。
「やはり面白い反応をするな。もう少しだけその反応を見ていたく──」
「ほれ、やめぬか」
「わっ、分かっておる」
女王様は名残惜しそうに俺の頭から手を離す。
「では、立ち上がって、そのまま後ろを向け」
俺は指示されるまま動く。
すると、後ろから女王様に押された。
俺は一歩、二歩、とたたらを踏んでから、顔だけ女王様の方を振り返ると彼女が言う。
「もう一度。初めから頼む」
「え……?」
呆然とするしかない俺の背後で、豪華な扉が閉じていく。
『もう一度、初めから』ってどういうことだ?
「これって、言葉通り開けるのが正解なんですか?」
「うむ。察しはついていると思うが、処刑うんぬんは、あやつの冗談じゃ」
「……そうなんですか?」
「うむ。幼い頃から人を困らせて、構ってもらうのが好きな娘でのぉ。ここしばらくは、鳴りを潜めておったが。我慢できんかったようじゃな」
いやいや、権力者が処刑をちらつかせるって、困らせるとかそんなレベルじゃないですよね!?
綺麗で自由な素晴らしい国だと思っていたけど、この国、本当に大丈夫か?
いやまぁ、王国よりマシなのは間違いないけど……
「あれだけ過激なことを言うのも珍しいがな。おぬしは、ずいぶんと好かれたようじゃ」
「……それはまた、光栄なことですね」
嫌われるよりはいいと思うが、素直に喜べない。
まぁ、どちらにしても、重要なのは――
「処刑の話は冗談なんですよね?」
「うむ。あやつに人を傷付けて楽しむ趣味はないわい。心根の優しい娘じゃからな」
「そうですか」
心根の優しい人が、他人を困らせて楽しむなんてどんな理屈なんだ。
なんて思ってしまうが、処刑されないのであればなんでもいいです。はい。
「あまり待たせると、また話が進まなくなる。そろそろ入った方が良かろう」
「分かりました」
処刑は冗談。処刑は冗談、処刑は冗談……
そう自分に言い聞かせながら、俺は豪華な扉に触れる。
少しして、先ほど座っていた椅子の手前にあるソファーに体を預ける女王様の姿が見えた。
先ほどはちゃんと室内を見る余裕がなかったから分からなかったが、女王様の手元には分厚い紙の束があるのが見て取れる。
俺は深く頭を下げてから、部屋の中に足を踏み入れる。
俺に続くようにして教官が部屋に入ると、扉がひとりでに閉じた。
俺は両膝、次いで両手、額という順でカーペットにつけ、最大限の敬意を表す。
「アルト・スネリアナと申します」
やっぱり、帝国はすごいな。カーペットがふわっふわだ。
そう場違いにも感動していると、俺の肩に手が触れた。小さくて細い指。女王様のものだ。
「アルト准尉。余の正面にあるソファーに座ってくれぬか?」
俺が女王様の前に座る? そうさせる意図が読めないんだが?
「よろしいのですか?」
「無論だ。そのためのソファーだからな」
そうなのか? いやまぁ、座れと言うなら座りますが……
座った瞬間に『無礼者!』とか言って、殺されないよな? そういう罠じゃないよな?
「失礼いたします」
ソファーの横に立って、俺はもう一度頭を下げた。
女王様の様子を窺いながら、ソファーに腰掛ける。
ソファーも当然のごとく豪華だし、ふわっふわだ。
俺が腰を落ち着けるのを待って、女王様は先ほどとは打って変わって優しい笑みを浮かべる。
先ほどの『最初から』の意味が、仕切り直そうという意味だと、遅まきながら気付いた。
「いきなり呼び出してすまぬな。改めて話をしたかったのだ。そちの過去については、報告書を読ませてもらった。その痛みまで知っているなどとは、口が裂けても言えぬ。だが、地獄のような日々だったろうことは想像に難くない。上役の機嫌を損ねれば、処刑される。そのような環境で育ったのだな?」
「……その通りです」
確かに王国では毎日ノルマが増えて、意識が朦朧とする日々を送っていた。誰からどんな報告を受けたのかは知らないが、『地獄のような日々』という認識と、大きな齟齬はないだろう。
もしかすると先ほどのからかいには、それを確かめる意味もあったのだろうか。
そう考えていた俺の頭を再び撫でながら、女王様は言う。
「長年の蓄積によって、権力者への怯えがその体に染みついてしまったのであろう。それは理解している。だが、ほんの少しだけでよい。余のことを信用してはもらえぬか?」
優しい声だった。
女王様の微笑みが、リリやフィオランたちがいつも俺に向けてくれる笑みと被って見える。
いつの間にか隣の椅子に座っていた教官が、机の上にあった豆菓子を指先で摘まみ、口の中に放り込んでから言う。
「おぬしは、この国をどう見ておる? 服装やお辞儀の仕方一つで殺されるような、そんな国に見えたかの?」
「……いえ」
ここは実力主義で、街に浮浪児のいない幸せな国。
実力があれば、生まれにかかわらず成り上がれる、平等な国。
「貧富の差はあっても、理不尽はない。そう認識しています」
女王はドレスコードも礼儀作法も気にしないと、教官は確かに言っていた。
「本題は別にあるが、おぬしの認識を改めておくべきだと思うての」
国のトップが、俺なんかのためにここまでしてくれるなんて、にわかに信じられない。
そんな思いは少なからずあるが、状況はなんとなく理解した。
「地獄で植え付けられた常識を早めに捨ててほしい。そういう話ですね?」
「うむ。おぬしはすでに帝国の人間じゃからな」
相手が女王であるというだけで視野を狭めていたのは確かだ。
女王様の人柄を見ようとしていなかった。
そう反省していると、女王様は名乗る。
「改めて自己紹介をしよう。シュプル・リア・テスタロッテだ」
「アルト・スネリアナです」
差し出された手を握り返して、静かに微笑む。
相手は女王様だが、普通の女性だと自分に言い聞かせながら。
こうして挨拶が終わったところで、女王様は表情を引き締めた。
「さて、本題に入ろう。爺に頼んで、そちを連れてきてもらった理由は、大きく分けて三つだ。最初に、感謝を伝えたい。帝都に潜入していた敵の発見、ならびに異形の排除。そちには大いに助けられた。国の代表として礼を言う」
女王様は言い終えるや否や、姿勢を正してゆっくりと頭を下げた。
そして頭を上げると、手元にあった紙の束を渡してくる。
・レッドドラゴンの角
・剣華山の宝水
・たぬきもんの原画
・透かし深彫りの衝立
・強風の盆
その下にも長々と立派な品の名前が記されていた。
確認していくと、強力な魔物の素材に、有名な漫画の原画、高級な家具、魔道具などなど……値の張る品ばかりが並んでいるのが分かる。
俺は思わず聞く。
「こちらは?」
「余が所有しているものを一覧にしたものだ。用件の二つ目はこれだ。褒美をここから選んでほしい」
そんな言葉を聞いて、改めて資料を確認する。
一枚目は品名のリストになっていて、二枚目以降にはそれぞれの詳しい使い方や写真、流通量、参考価格などの様々な情報が記載されているようだ。
「本来であれば、そちを少尉や中尉に昇進させるべきなのだが、状況がそれを許さなくてな」
そう口にした女王様はほんの少しだけ視線を鋭くして、別の紙束を渡してくる。
つい先ほど渡されたリストの何倍も分厚い紙の束が、クリップで留められている。
その表紙には、真っ赤な字で 『極秘』『部外秘』との記載が。
俺は生唾を呑み込む。
「私のような者が拝見してもよろしいのですか?」
「無論だ。それにしても、まだ堅苦しいな。帝国民はもう少し砕けた話し方をするぞ? 余に対しても、爺と接する時のように話してくれぬか?」
帝国民らしく、か。
俺はもう、この国の住民だからな。
「分かりました。『極秘』となってますが、俺が見てもいい、ってことですよね?」
俺が意を決して口調を少し柔らかくすると、女王様は満足げに微笑んだ。
「あぁ、許可しよう」
俺はどこか楽しげにも見える女王様を横目に見ながら、紙の束をパラパラとめくっていく。
『警邏隊が敵国の貴族を発見。精鋭部隊が突入し、ルルベール教官を中心に撃破』
これは、この間王国軍の潜む屋敷に潜入した時の報告書のようだ。
教官から予め、俺がこの作戦に関与したことは隠蔽しておいたと聞いていたが、その言葉通り俺の名前はどこにも載っていない。
だが――
「ここ数日で、そちに関する噂が広まっているのは知っておるな?」
俺は頷く。
夜襲作戦の次の日は、俺もリリたちもくたくただったから一日じっくり休んでいた。
そして連休二日目、鑑定と短剣の強化をするためにリリたちと訓練校を歩いていると、生徒からものすごく注目の視線を浴びたのだ。
尊敬の眼差しというか、英雄でも見るような目というか……
それだけじゃない、リリたちと一緒に食堂へ行くと「この国を守ってくださり、ありがとうございます! こちらにお座りください!」なんて言葉と共に、席を譲られるなんてこともあった。
しかも席を譲ってくれたのは、俺よりも二階級上の中尉だ。
譲られた席に並んだのはコース料理。料理長がわざわざ『調理人一同からの感謝の気持ちです。給仕も我々にさせてください』と挨拶に来た時には、本気で驚いた。
俺はそんなあれこれを思い出してから、口を開く。
「俺が鬼を退治したのではないか、そんな噂ですよね?」
「ああ。その噂を、誰かが意図的に広めたのではないかと、余と爺は踏んでいるのだよ。念のために聞くが、噂の出所に心当たりはあるか?」
「いえ、ないですね」
むしろ、俺が知りたいくらいだ。
目立ちたくない! 静かにゆったり暮らしたい!
そう常日頃から願ってやまない俺である。
噂の出所が分かっていたら全力でやめさせに行っていたさ!
「そうだろうな。そのような状況の中でそちの昇進が決まれば、噂を肯定することになってしまう。それはあまり好ましくない。そちも、そう思わぬか?」
それ故に、昇進代わりの褒美の品、か。
昇進すると休みが多くなるらしいが、注目の的になって面倒ごとに巻き込まれるのを避けたい気持ちの方が大きい。
「俺としても、そうしてくれるとありがたいです」
「うむ。では決まりだな。褒美に関しては、副官と補佐までになら話をしてもよいから、相談して決めるといい」
副官? 補佐? それって、誰のことだ?
いや、それは後回しにしていいか。
リリたちに聞けば明確な答えを貰えるだろう。
「そして最後の用件だ――っとその前に相談なのだが……そちに個人的な頼みをしてもよいか?」
そう言いながら、女王様は緊張した面持ちで真っ白な紙を俺の前に広げた。
『最後の用件』が気になって仕方がないが、水を差すわけにもいかなそうだ。
女王様は鑑定しなくても高級だと分かるペンを取り出し、俺に差し出す。
「そちは人の鑑定ができると聞いている。試しに余のことを鑑定してもらえぬか?」
「……女王様の体に、魔力を流すことになりますが?」
「構わぬ。他ならぬ余の頼み故な」
女王様は、小指にはめていた指輪を外し、机の上に置き、椅子に座り直す。
その際にさり気なく肘掛けに触れるのが見えた。
魔力の流れが変わったことから察するに、指輪と椅子に仕込まれた二つの仕掛けで女王様の魔力に干渉できないような障壁を展開していたのを、解除したらしい。
俺が悪事を働こうとしたらどうするんだ?
そうまでして鑑定を受けてみたいということなんだろうけど……
「どうだ? 引き受けてはもらえぬか?」
焦れたように再度聞いてくる女王様に対して、俺は頷く。
「承知しました。全力で鑑定させていただきます」
もっともらしく警戒してはみたものの……実は女王様の鑑定結果に、興味ありまくりです!
いいのか!? マジで鑑定しちゃっていいのか!? 今更、冗談でしたとか、なしだからな!?
そんな風に昂る気持ちを抑えつつ、俺は聞く。
「どの深さまで鑑定していいんですか?」
「む? 深さとは?」
「あー、すみません。説明が足りませんでした。流す魔力の強さによって、その人が持つ能力をどれだけ詳細に見られるかを調整できるんです。例えば戦闘力、鍛えるべき素質、取得した技術、これまでの経験、奴隷としての価値などなど――」
「であれば、全てを見ることは可能か?」
女王様の食い気味の返答に、俺は一瞬固まる。
全て、って。本当にいいのか⁉
「数回に分けて鑑定させてもらえるなら」
「そちが無理をするようなことになるのであれば、無理にしなくともよいが?」
「いえ、鑑定する時間が増えるだけで、負担ではありません」
時間が増えるっていっても、数秒くらいだしな。
紙に書き記す時間を含めたら、五分くらい多めにかかってしまうが、そんなもの誤差のうちだろう。
「であれば、全てを鑑定してもらおう」
「分かりました」
マジか! まさか本当に国のトップの全てを鑑定できるなんて!
「教官! 今日は連れてきてくれてありがとうございます! 心からの感謝を!」
「う、うむ……」
ルルベール教官が俺から距離を取った気がするが、そんなものは気にしない。
だって、国のトップを鑑定できるんだぜ!? テンション上がるだろ!
「手を貸してもらえますか?」
女王様は俺が言う通り、おずおずと手を差し出してくる。
「分かった。これでよいのか?」
「はい。ありがとうございます」
国を治める者に、自らを鑑定してほしいと頼まれるなんて……
鑑定士冥利に尽きるといえばいいのか、なんといえばいいのか。
知的好奇心と鑑定士としての自己肯定感が高まる! 世界有数の鑑定士になった気分だ!
「それでは、始めます。まずは、戦闘力を見ていきますね」
「うむ。順序は任せよう。結果をその紙に書き出してくれると助かる」
「分かりました」
高まる鼓動を感じながら、大きく息を吸い込む。
腹の奥底にある魔力を引っ張り上げて、女王様の手に流していく。
──────────────────────────────────────────
【 名 前 】シュプル・リア・テスタロッテ(23歳)
【 職 業 】女王
【 状 態 】生命力:157/157 魔力量:232/232
【 レベル 】6
【 能力値 】体力:6(F) 魔力:18(E) 物理:6(F) 魔法:12(E)
防御:3(F) 素早さ:6(F) 回避:5(F) 幸運:13(E)
【 技 術 】帝王学:3/6 慈愛:5/6 直感 :2/6 戦況眼: 6/6
情報処理:5/6 護身術:2/6
【 素 質 】学者 :A 祈祷師:B 防御魔法:B 情報処理:C
──────────────────────────────────────────
一回目の鑑定で分かる情報は、こんなもんか。
ん……?
思っていたほど、ステータス値が高くないな?
数値だけなら、初めて会った頃のリリやフィオランと、変わらないくらいだ。
でもまあ、国のトップとはいっても、その人自身が強い必要なんてないしな。
技術――身につけた能力で高いのは、〈慈愛〉と〈情報処理〉、〈戦況眼〉か……
素質がない〈戦況眼〉の技術がこれだけ高いってことは、『戦いの中で生きてきた』ってことなのだろう。
そう考えながら、鑑定結果を紙に書き写していく。
書き終え、ペン先を拭いていると女王様が身を乗り出しながら聞いてくる。
「鑑定結果を見ても良いか?」
「もちろんです。シュプル女王自身の鑑定結果ですから」
女王様は顎に手を当てて、言う。
「これが余の鑑定結果か。なるほど、興味深いな」
「それぞれの説明は後回しにして、ひとまず最後まで鑑定を終わらせてもいいですか?」
「あぁ、よろしく頼む」
俺は頷き、もう一度女王様に魔力を流す。
──────────────────────────────────────────
【 犯罪歴 】なし
【 奴隷価値 】12億6千万エン
【 補 足 】先代の王の孫として生まれ、父の暴走を止めた功績によって女王となる。幼い頃からルルベールを師と仰いでいるが、武力が高くないことを悩んでいる。血筋を重視する現在の王族制度に、疑問を抱いている。
──────────────────────────────────────────
さすがは女王様。奴隷価値に関しては、文字通り桁が違う。
教官のことを爺と呼ぶ理由も、強い信頼を向けている理由も、なんとなく分かった。
引っかかるのは、『父の暴走』と『悩み』について。
正直な話、これを書き出していいのか迷う。だが、秘匿するのも女王様の意思に反するだろうか。
ここは、素直に書くしかないな。
「できました。俺が鑑定できるものは、これで全てです。こちらに関して説明は必要ですか?」
「いや、不要だ」
鑑定結果を手に取った女王が、紙面に目を走らせる。
だがその表情は、冴えない。
「話には聞いていたが、本当に人の鑑定ができるとはな。速度も内容も、余の想像以上だ」
そう言葉にしながらも、女王様の視線は鑑定結果に向けられたまま。
何度も確かめるように鑑定結果を見てから、女王様は小さく溜め息をつく。
そして俺に聞いてくる。
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