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5巻
5-1
プロローグ 囮の任務
実力主義を掲げる帝国に亡命し、帝国軍准尉の地位と自分の居場所を手に入れた俺――アルトは、これまで多くの敵を退けてきた。
まぁ、とはいっても、俺は実戦では役に立たないただの鑑定士にすぎないから、頼りになる部下のリリ、マルリア、フィオラン、マイロくんのお陰みたいなもんなんだけどな。
そうそう、あと正式に部下ではないが、元王国の第四王子であるミルカと、そのメイドであるルメルさんも最近俺の傘下に入ったんだよな。
そんな部下におんぶにだっこの俺の次なる敵が味方かもしれないというのは、皮肉な話だ。
学園内にスパイがいる可能性が高いらしく、『その正体を突き止めよ』という帝国の女王シュプル様の勅命に従って、俺は今、訓練校の合同演習に参加している。
表向き、合同演習では上官たちが決めたグループに分かれた上で森の大掃除をする、ということになっている。
だが、俺の直属の上官であるルルベール教官に、チーム分けを調整してもらった。
その結果、スパイである可能性が高いと目されている、リリたちとともに孤児院で育った、訓練校の優秀な生徒――サーラと、俺、そして俺の部下が同じグループになったのだ。
ともに行動する中でサーラに怪しい言動が現れないか探ろうというのが、本作戦の趣旨である。
また、何かあればルルベール教官や、モチヅキ隊長と彼が率いる、各メンバーがそれぞれ弓術以外にも特技を持っている弓兵隊――第三弓兵隊が飛んでくる手筈になっている。
「アルト様、どっちに向かいますか?」
「んー、そうだな……」
俺はリリに言われて、周囲を見回す。
ここは軍部の森の中なので、太い幹の木や草や苔むした地面くらいしかない。とはいえ、罠が仕掛けられている可能性は大いにあるので、魔力を霧状にして鑑定範囲を広げてみる。
しかし、特に異変はない。
緊張が伝わらないように注意しながら、俺はサーラに視線を向ける。
すると、彼女の方から話しかけてきた。
「……何か用事?」
「いや、サーラの意見も聞いて判断しようかなと」
「大丈夫。リーダーに従う」
にべもない。故に怪しくないように思えてしまうな。
だが、以前俺たちが軍部の森を訪れて素材採取をしていた際に、彼女に監視されていたのは紛れもない事実だ。気は抜けない。
俺は「分かった」と返事してから、みんなに聞こえるように言う。
「任務の確認をする。本作戦では、軍部の森で二泊する間に多くの魔物を狩るのが目的。ここまではいいな?」
そう、軍部の森の大掃除とは木の葉を掃いたり、間伐したりすることを指すわけではない。
魔物を間引くのが主な仕事なのだ。
その中でも、狩った魔物の強さと数に応じて与えられたポイントにより優劣が決まり、優秀な成績を残したグループには金一封と賞品が与えられる。
「とはいえ、俺たちは一年だけの班だ。危険を冒す必要はないと思う」
俺がそう言うと、リリが首を傾げた。
「そうなんですか?」
「チャンスは来年もある、というか、本来は二年生の見せ場を作るためっていう意味合いが強いイベントらしいんだ。順位は二の次。全員が無傷で帰還することを優先するべきだと思う」
もちろん、俺たちの最優先事項は、サーラがスパイだという証拠を手に入れることだ。
不満げな顔で俺を睨んでいるマルリアも、その辺は分かっている。
「何よ? 私たちじゃ他の班に勝てない。そう言いたいわけ?」
相変わらず、マルリアは演技が上手い。
スパイからすれば、俺たちが危険な目に遭う方が都合がいいだろう。
そういった流れになるようにサーラが発言してこないか探ろうという俺の狙いを察して、マルリアが反対しやすい空気を作ってくれた。
「平たく言えばそうだな」
俺が頷くと、マルリアはなおも食い下がる。
「私とサーラ、おまけにあんたもいるのよ!? 二年が相手でも余裕で勝てるわよ!」
「戦力だけ見れば、そうなんだがな」
入学試験で、近距離戦闘の部門で一位の成績を残したサーラと二位のマルリア、それに遠距離戦闘の部門で一位のフィオランもいる。そこに、成長著しいリリの支援魔法も加わる。
仮に相手が正規兵でも、一泡吹かせられるとは思う。だが――
「俺たちは、森の中で寝泊まりした経験がない。慣れない環境で本来の実力を発揮できるとは限らないし、安全にいった方がいいだろ」
「それは! ……そう、だけど」
サーラの存在を抜きに考えても、夜の森は危険だ。
不満げに頬を膨らませたマルリアが、俺の顔を指差しながらサーラに水を向ける。
「サーラもこの臆病者に言ってやりなさい! 私とあんたなら、勝てるわよね!?」
「……ダメ。リーダーが正しい」
「あーもー! 好きにしたらいいわよ!!」
ふん! と俺たちに背を向けたマルリアが、チラリと俺だけを見る。
マルリアの演技に乗ってサーラが『私は森での過ごし方を知っている。私についてくれば安全』なんて言い出してくれたら分かりやすかったが……まぁそんなことしないわな。
「このまま水辺に向かい、そこをベース基地にする。いいか?」
全員を見回すが、異論はないようだ。
「最後尾をマルリア。サーラは前衛を頼めるか?」
「ん」
「分かったわよ」
そう言っている間に、タスク・ドッグという魔物がこっちに向かってきてるな。
俺以外に気付いたのは、サーラだけのようだ。
彼女が「倒してくる」と口にしたので、俺は聞く。
「援護は?」
「いらない」
まずはお手並み拝見といきますか。
そう思っていると、木の隙間を縫うようにサーラが駆け出した。
そして一瞬で敵との距離を詰めて、タスク・ドックの首を斬り落とす。
「何よ、入学式の時よりずっと強くなってるじゃない……」
悔しそうにそう言いつつ唇を噛むマルリアの視線の先で、サーラは三体目のタスク・ドッグを処理し終えていた。
「終わった」
「ああ。お疲れ様」
さすが剣術の素質がSランクなだけある。俺が一人で対峙したら、勝てないだろうな。
証拠を掴んでも無理はせず、教官の援護を待つべきだな。
できる限り単独行動は避け、敵対したら防御に徹する。
そう考えつつ、俺はフィオランの方を向く。
「フィオラン、解体をお願いしてもいいか?」
「もっちろん! お姉さんに任せて~」
こうしてフィオランに最低限の解体だけしてもらってから、先程伝えた通り川へ。
獲物は網に入れた上で水に晒し、血をすすぐ。
汚れた手を洗うフィオランを横目に見ながら、俺は借りものの通信用魔道具に魔力を流す。
「こちら十六班。十六番A地点で、獲物の回収をお願いします」
『こちら本部。了解、回収班を向かわせる』
聞こえてきた声に「お願いします」と返して、流していた魔力を切った。
それを見計らったように、リリが声をかけてくる。
「アルト様、黄金レモンがなってますよ!」
リリが指差しているのは、川辺に実っている黄色い果実。
鑑定で知ってはいたが、みんなには伝えてなかったものだ。
森に入ってからそれほど時間は経ってないが、無理をする必要もないから――
「よし、せっかく美味しそうなレモンを見つけたことだし、休憩にしようか」
サーラの動向を探る意味でも、ゆっくりなペースで進む方が都合がいい。
そんな思いを込めた提案に、リリが満開の笑みを咲かせた。
「全員分のレモン水を作りますね!」
待ちきれないとばかりにレモンを収穫したリリは上流に向かって走り、水筒いっぱいに水を汲む。
そして、サーラのもとへと駆けていく。
「サーラさん。浄化して貰えますか?」
「ん。大丈夫」
なんてことない、といった様子でサーラが水筒に手をかざす。
「この水に、浄化の加護を」
サーラの口から言葉が紡がれると、淡い光が水筒を包む。
そんな彼女を慌てて鑑定し――思わず口から言葉が漏れた。
「どういうことだ……?」
「アルト様?」
「どうか、した?」
リリとサーラが、不思議そうにこちらを見つめてくる。
「……いや、なんでもない」
平静を装いつつ、俺はサーラに再度鑑定魔法を使う。
──────────────────────────────────────────
【 名 前 】サーラ(15歳)
【 技 術 】剣術:14/15
──────────────────────────────────────────
浄化魔法が使えるのなら、技術の項目に水魔法の項目があるはずだ。
それなのに、その表記がない。
魔道具を使い、自分が浄化したように見せかけたのか?
俺はそんなことを考えつつ、サーラに言う。
「剣術が強いだけじゃなくて魔法も使えるなんて、驚いたよ」
「……魔法は練習中。これしか使えない」
「そうなんだ。それでもすごいと思うよ」
「……ん」
サーラは少しだけ嬉しそうな顔をしてから、川の方に視線を遣った。
「料理を手伝う」
視線の先には、いつの間にか焚き火の準備を始めていたリリの姿。
俺が王国で飲んだレモン水は、水にレモンを搾るだけの単純なものだったが、どうやらリリはひと手間加えようとしているらしい。
「あー、そうだな。頼めるか?」
「ん」
サーラとリリを二人にするのは怖くもあるが、ここで断るのも不自然。
まぁ二人にするなんて言っても、目の届く範囲にいるわけだし大丈夫だろう。
そんなふうに考えている間に、サーラはリリの方へ駆けていった。
「俺たちは周囲の警戒をしておくよ」
俺はそう口にしつつ、サーラとリリ以外のメンバーの方へ行って、指示を出すことにした。
「フィオラン、解体で疲れてるところ悪いが、敵が来たら頼むぞ」
「はいは~い。お姉さんに任せて~」
俺が口にした『敵』の対象には魔物だけではなく、裏切り者も含まれている。
いざという時は躊躇するな――そんな思いを込めて、フィオランと視線を合わせた。
若干距離が離れていたとしても、弓術に秀でた彼女ならサーラを撃ち抜けるはずだ。
「マイロくんはそのまま荷物番をしていてくれ。マルリアは上流方面を警戒。俺は下流方面を見張るよ」
そう言いつつ、俺は一歩マルリアに近付く。
すると、マルリアが声を潜めて聞いてくる。
(何か聞きたいことがある、そう思っていいのよね?)
(ああ。サーラが浄化魔法を使えること、マルリアは知っていたのか?)
(ええ。施設でも使っていたわ。マイロも普通に知ってるわね)
サーラに隠す気はなくて俺が読み取れなかっただけ、ということか。
以前訓練で一緒になったものの、鑑定でどこまで読み取れるかまでは知られていないから、警戒していないんだろうな。
俺は再び聞く。
(サーラが他に使えそうな技術に、心当たりはないか?)
(……パッとは思い浮かばないわね。何においても優秀だったけど)
(何においても?)
(ええ。短剣、盾、弓――どれを扱っても、クラスでは上位の実力だったわね)
そうなると、鑑定結果に剣の技術しか表示されないのは、やはり不自然だ。
それほどの実力があるのなら、盾や弓が表示されていなければおかしい。
(ちなみに、サーラの言動に不自然さはないか?)
(ええ。施設で一緒に授業を受けていた時と、変わらないわね)
態度は怪しくないものの、何かを隠しているのは確実か。さて、どうしたものか。
そんなふうに考えていると、不意に背筋がゾクッとする。
慌てて振り向いた先には――マイロくんしかいない。
彼は首を傾げる。
「アルトさん? どうかしましたか?」
「……いや」
深呼吸を一つする。
もう寒気を感じないということは、気のせいか?
念のためサーラの方にも視線を遣るが、特に異変はなさそうだ。
彼女はリリと仲良くレモンを切っているだけである。
「なんだか嫌な気配を感じたんだが、気のせいだったみたいだ」
俺はそう口にして、マイロくんに笑みを向けた。
その後、俺たちはそれぞれ持ち場について周囲の警戒を続けた。
それから少しして、背後からリリの声が聞こえてくる。
「アルト様! レモン水ができました!」
どうやら休憩の準備が整ったらしい。
俺は言う。
「サーラ、リリ、マイロくん、マルリア。最初はこの四人で休憩に入ってほしい」
「四人で、ですか? アルト様とフィオランさんは?」
「見張りをするよ。森の中には魔物がいるわけだし、全員で休憩していたら、何かあった時に対処できなくなっちゃうだろ?」
今言ったことは半分は本音で、あとの半分は建前だ。
改めて、より強く鑑定をサーラにかける機会が欲しかったのである。
鑑定は、注ぐ魔力を多くすればそれだけ多くの情報を得られる。
これまで対峙してきた敵は未知の技術を持っていた。鑑定の魔力を強めることで、こちらが怪しんでいることを看破されるかもしれない。
しかし、周囲の警戒をしているという大義名分があれば、勘付かれたとしても見張りのためだと言い訳できる。
当然、魔力を向けているのを悟らせないのが一番ではあるんだがな。
レモン水を作っている時にやってもよかったが、あの時はいつ戻ってくるか分からなかったし。
「そういう訳だから、フィオランは俺と周囲を偵察しよう。休憩はそのあとになるが大丈夫か?」
「もっちろん! お姉さんらしいところを見せちゃうよ~!」
弓を片手に、お~! と拳を掲げ、フィオランは笑う。
ちなみに一緒に警戒に当たる相手としてフィオランを選んだのは、索敵能力が一番高く、強力な遠距離攻撃の手段を持っているからだ。
俺はサーラの鑑定に全力を注ぎたいから、索敵を任せられる彼女にいてもらわないと困る。
加えてサーラが何かしようとしても、遠距離攻撃で邪魔できるだろうしな。
リリは迷うように俺たちとレモン水の間で視線を彷徨わせ――ゴクリと喉を鳴らした。
「えっと、えっと……アルト様より先に、頂いちゃいますね?」
「ああ。みんなで仲良くな」
上官への遠慮も、レモン水の誘惑には勝てなかったらしい。
年相応の反応に、思わず笑ってしまいそうになる。
こうしてひとまず怪しまれることなく班分けできたところで、マルリアが言う。
「一列に並んでコップを出しなさい。注いであげるわ」
「わっ、ありがとうございます!」
早速マルリアにレモン水を注いでもらったリリが、嬉しそうに礼を言った。
後ろにはサーラとマイロくんが並んでいる。
「……もう少し。頑張るから、もう少し欲しい」
「あーもー! 分かったわよ!」
「ん、ありがと」
そんなサーラとマルリアのやり取りを横目に、俺はその場から離れる。
フィオランも逆方向に歩いていった。
サーラから見えないように木陰に移動してから、俺はゆっくりと息を吐き出す。
そしてシルバーのブレスレットに魔力を注ぎ込み、増幅させた魔力を体内で循環させる。
最近知ったことだが、本来、鑑定は杖がないと使えないらしい。
杖に魔力を流すことで扱える魔力量が増えるという理屈なんだとか。
これまで何も使わずに鑑定を行い続けていた俺も、試しに杖を使ってみたら消費魔力量が減り、鑑定できるものも増えた。
とはいえ、常に杖を持ち歩いていると片手が塞がり、咄嗟の事態に対応しにくくなる。
できれば手は空けておきたい――そんな俺の希望に応えるべく、杖の効果を付与したブレスレットを、マルリアが作ってくれたのだ。
より高密度の魔力を小さな粒子に変換して……
そう心の中で唱えながら、俺は全力の魔力をサーラに向けた。
──────────────────────────────────────────
【 名 前 】サーラ(15歳)
【 技 術 】剣術:14/15
【 素 質 】剣術:S
──────────────────────────────────────────
追加で判明したのは、素質の項目だけか。
そしてその値にしたって、以前鑑定したものと何も変わらない。
……まぁまだ焦る必要はない。
今日は泊まりがけの任務だ。何度も鑑定を使って、彼女の正体を暴くとしよう。
その後、見張りを交代して、俺とフィオランも休みを取った上で森の奥に向かって進む。
ちなみにレモン水は今まで飲んだそれより遥かに美味しかった。
爽やかな酸味と鼻を抜けるレモンの香り。水自体もクリアな気がした。
リリが何か工夫をしたからなのか、サーラが水を浄化したからかは分からないが、大満足である。
俺はそんなふうに振り返りつつ、この先に危険がないか判断するために鑑定を使う。
……数十メートル先に魔物が一匹いるだけか。
相変わらず、のどかな狩り場だ。
そう思っていると、先頭を進むサーラの肩がピクンと跳ねた。
「この先、四足歩行の魔物がいる」
鑑定で全て解決してしまうのは簡単だが、それでは部下のためにならない。
俺は口を開く。
「フィオラン、獲物がいるらしいんだが、見えるか?」
「ん~? サーラちゃん、本当にそんなのいるの?」
「いる。あれ」
フィオランとサーラは並んで森の奥を見る。
その姿はまるで、仲のいい姉妹だ。
……いや、油断大敵だな。
「ん~? あっ、いた。……矢を当てるには、もうちょっと近付かないとダメかな~」
「分かった」
魔物との距離は八十メートルほど。
見通しの悪い森の中とはいえ、フィオランの射程内だ。
だが、サーラに今の俺たちの戦力は知られたくない。
故に、フィオランには敢えて無能な演技をしてもらっている。
以前、彼女はサーラと任務に当たっていたことはあるが、これほど射程が伸びているとは知らないはずだからな。
彼女だけではない。リリには支援魔法を禁止、マルリアには自作の道具を使わないように言い含めている。
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