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下天の幻器(うつわ)編
第十四話「徒花不実(あだばなふじつ)」後編(改訂版)
しおりを挟む第十四話「徒花不実」後編
ガキィィーーン!!
二騎の将は激しく交錯し、久井瀬 雪白が超速の斬り込みに圧倒的膂力を誇る木場 武春の方が押し込まれ下がる!
「ぐぅぅっ!終の天使ぅっ!!」
握る槍の穂先からは激しく火花が散って――
ブォォォォーーーーンッ!!
纏わり付く火花ごと豪腕の一振りに変え、放たれる木場 武春が”轟雷”の一撃!
「……迂闊な」
ヒュオンッ!!
繰り出される木場 武春の豪槍連撃を大嵐にそよぐ”ススキ”の如く躱していた少女だが、新たに背後から襲い来る曾ての師の刃に……
ブシュッ!!
常人にはとても捉えきれない居合いの一撃!
それが、咄嗟に庇った雪白の白い左手を切り裂いていた。
「っ!」
一瞬!
そう、まさにそれは一瞬の出来事。
その一撃で馬上の久井瀬 雪白は硬直した!
――飛び散った赤い血球の数滴が、不運にも白金の視界を潰したのだ
ギギィィンッ!!
「くっ!!」
動きを止め、的と成り果てた騎士姫は目前の偉丈夫が放った槍を捌ききれず、その威力に大きく後方へと身体がブレる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
バフゥゥ!
ブォン!!
ここぞとばかり、続けざまに風を切る豪槍の刃風!
視界を一瞬だけ失った彼女の鼓膜を震わせる衝撃は、人が振るう鉄が巻き起こす風切り音というより最早、苛烈な爆発の連続であった。
ガッ!
「っ!」
咄嗟に庇うように、愛刀をその身の前に翳す雪白だったが……
ドゴォォォォッ!!
その槍の威力は絶大!!
ガッ!ガッ!
防いでいる剣の上からとはいえ――
ガッ!ガッ!
最強の武神と称えられし木場 武春の一撃を真面に受け続けた彼女は、遂に”くの字”に折れ曲る様に吹き飛んで馬上から落ちる!!
ドシャァァーー!
受け身も取れぬ無様な姿勢で地面に叩き着けられた少女。
最初に肩口、跳ねて顔面……
そして最後は俯せにと、土煙を上げて転がり、やがて地べたに張り付いて止まる。
「…………う……う……あ……ぅ……」
輝くように白い肌も、
蕩けるようにしなやかなプラチナブロンドも……
赤い血と無様な土埃に塗れ――
「く……あぁ……う……」
それでも騎士姫は僅かに動く四肢を必死に!地ベタで諦め悪く足掻いていた。
「く、久井瀬さんっ!!」
後方の第一砦から戦場の指揮を執りつつ、その状況を静観していた臨海軍参謀の内谷 高史は叫んだ。
強引に戦場突破を図ろうとする雪白を止めて一騎打ちを切望する木場 武春、
あくまで臨海王、鈴原 最嘉と共に存在しようとする雪白、
そしてその彼女を元通り”一振りの刀”として完成させようと、力尽くでも連れ帰ろうとする曾ての彼女の師、林崎 左膳と、
いつの間にか戦場では、期せずして”二対一”という……
雪白に圧倒的不利な構図が出来上がってしまっていたのだ。
「く……不味いよ、これは……」
旺帝の将”木場 武春”と謎の”武芸者”は別に協力関係でもなんでも無いだろう。
だが……
――別々に、それでいて同時に、久井瀬さんを襲っている!?
故にこれは結果的に”二対一”
変則ではあるが、銘々が己の欲求を満たすため、別々に同一の相手を同時に襲撃する形の”二対一”
――そして
「う……あぅ……さ……いか……やだ……まだ……」
「っ!!」
内谷 高史は何とか立ち上がろうと足掻く久井瀬 雪白の右腕が不自然な方向を向いていることに気づき、絶望に絶句してしまう。
「ぅ……」
彼の居る場所からでもわかる、無惨に明後日の方向を向いた彼女の利き腕……
ドシャ!
「うぅ……」
なんとか立ち上がろうとするが、彼女は誰の手も加えられなくとも引力で直ぐに地ベタに引き倒される。
ブゥォォォン!
そんな状況の雪白に、木場 武春の馬が歩み寄って馬上から遠慮無く槍先を突き付けた。
「満足ゆく状況ではない……だがこれも戦場だ”終の天使”!」
そう言い放って、利き腕を失った姫騎士に”降伏か死”を問うた。
ザッ!
「そのような駄剣を手にし、あろう事か俗な女如きに男の子などに魂を抜かす為体だからそのような無様を晒す羽目になる」
そして”居合い刀”を手にした武芸者、林崎 左膳が、倒れたままの騎士姫の後背に立ち塞がっていた。
「さぁ、この”川蝉”こそが虚空に到達する唯一の剣ぞ!剣に生きて死す道こそ久鷹 雪白の真の性」
二人の雄……
お互いが目前に伏せる獲物を前に、鋭い視線をぶつけ合っていた。
「武芸者……これは戦場の習わしだ。下がっていてもらおうか」
馬上の木場 武春が乱入者を睨む。
「至高の剣を知らぬ匹夫が……失せよ」
それを射殺すほどの眼光で返す林崎 左膳。
お互いがお互いの殺気を実際の形に、目前の相手に”刃”として放とうとした瞬間だった。
――!
「なにっ!?」
「ぬぅっ!?」
”武神”と”剣聖”……
二人の雄はお互いに”その存在”に完全に虚を突かれ!そして驚愕しながら振り返るっ!!
――
「あぁ……こりゃダメですにゃぁ?」
――何時から”其所”に居たのか?
「第四位が真眼の極致、”常在の輝刃”。その器を育てるのにちょうど良いと、臨海王に預けてみたものの……」
――”何処”から現れたのか?
「…………存外上手く行かぬものでゴンス」
――否!
その”顔面包帯の奇異な男”は――
”其所に在る”のが当然の様に存在していたのだ。
「……」
「……」
さっきまでは燃えるように熱かった戦場……
だが今は、突如現れた不気味な男を前に二人の雄はなにも出来ずに固まってしまう。
「おおっ?これはこれはっ!”咲き誇る武神”こと最強無敗の木場 武春様にぃ?剣の虫、”剣聖”であらせられる林崎 左膳様ではないですかにゃ?」
そして、今になって気づいたフリを装った巫山戯た口調の顔面包帯男は――
「我が名は幾万 目貫、しがない旅の歴史学者ですよぉ?」
二人の武人へとヘラヘラとした挨拶をする。
「……歴史学者だと?」
木場 武春は即座に感じ取る。
――巫山戯た風体、巫山戯た言葉使い……
だがその顔面を覆った包帯の隙間から爛爛と光る不気味な双眼は常人のそれでは無い。
――つまり戦場の”武神”は本能で知る!
この得体の知れない男は尋常で無い存在だと言う事を……
「失せよ片端者。その”剣”は我が求道せし虚空を体現せし逸材だ」
なら、林崎 左膳はどうか?
剣狂いの男が謎の顔面包帯男を見据える一切の感情の類いが薄弱な両の眼は、牽制の為に鋭く光っている……
感情乏しい武芸者な男も、この得体の知れな過ぎる相手には完全に緊張を隠せていない。
「…………」
「…………」
「……ぐふふ」
地に伏せった白金の騎士姫を囲んで、奇妙な構図で対峙する三人。
そして――
ガッ!
二人の武人に牽制される中、顔面包帯男は足元に伏したままの騎士姫、久井瀬 雪白のプラチナブロンドを乱暴に掴んで持ち上げ、
「うっ!」
苦痛に歪む白き美貌をその不気味な両眼で覗き込んでいた。
「真に残念ながら……この”出来損無い”は回収させて貰いますですよ、はい。出来損無いとはいえ、高々”人間風情”のあなた方には過ぎた逸品でガスからにゃぁ」
――っ!?
二人の雄はその行動に不覚にも何も出来ずに立ち尽くす。
――華奢な少女とは言え、それを片手で軽々と引きずり上げる膂力……
顔面包帯男の極めて標準的な体格からは想像も出来ない怪力だった。
「……どういう手合いだ?歴史学者っ!」
遅ればせながら状況に対応し、木場 武春がイチミリの油断も無く槍を構えて吠える。
「手合いも何も?……はい、旅の歴史学者でガスよ。どこの国の者でも無い、農民でも商人でも兵士でもない、全く以て時勢に関与しない自由人、傍観者…………」
キンッ!
そして――
顔面包帯男の巫山戯た返答の完結を待つまでも無く、林崎 左膳の居合いが火を吹いた!
――!?
結果、ここに来て林崎 左膳の両目は!?
「なんだ……と……」
寡黙なる男の両の眼は、驚愕の感情を大いに発露させて立ち尽くしていたのだ。
「おおぅ?なんとも変わった刀ですにゃぁ?おろろ?これはどっかで……はて?あれれぇぇ??」
それもそのはず……
数瞬前まで林崎 左膳の手に在った居合刀”川蝉”は、いつの間にか彼が斬り伏せようとした相手の手に在ったのだ!
「貴様、どうやっ……」
林崎 左膳……いや、木場 武春さえもが言葉を失う状況で、
「クク……人間如きが”虚空”だと?アカーシャの魔導域は神の領域である」
顔面包帯の奇人、幾万 目貫なる虚無の双眼と口調は打って変わって尊大に豹変し、その周りの温度が氷点下まで下がったかのように怖気に支配されていた。
――そして見る間に……
「う……うぅ……」
幾万 目貫の左手にぶら下げられていた美少女、その白金の双瞳から元来の煌めきは消失してゆき――
「……第四位真眼、転写」
星の大河とも羨望されし雪白の双瞳と同種のモノと思えないほど禍々しい白金を宿した眼光の顔面包帯男が立っていたのだ。
「おお……これはこれは……不出来な”魔眼”」
なにやら独りブツブツと呟く男。
グルグルと乱雑に巻かれた汚い布きれの間から露出した双眼は、汚染された白金色に染まって爛々と光っている。
「貴様……いったい……」
改めて問う木場 武春の顔は、明らかに悪夢を覗き込んだかの歪んだ表情だ。
「……っ」
そして、同様の林崎 左膳は言葉も無い。
「うむむ、コリは?やっぱりどっかで見た剣じゃけん?ん?んんーー?てか、まぁ良いかにゃぁ?そうそう、今はとりあえず……」
だが顔面包帯男はそんな状況などお構いなし、
手に入れた居合刀“川蝉”をジロジロと吟味しながら、既に元の巫山戯た口調に戻っていた。
ヒュオンッ!
そして意趣返しとばかりに!
今度は包帯男が左膳に向けて刃を振るう!?
「っ!!」
――またもや……
顔面包帯男の素人で愚鈍な動きを全く捉えることが出来ない”剣聖”。
身じろぎも出来なかった林崎 左膳の左腕はゆっくりと……
――ドサリ!
綺麗な断面を残した彼の左腕から先が地面に落ちたのだった。
「ぐ、ぐぉぉぉっ!!」
叫びながらヨロヨロと!
切断されて喪失した左腕の肘より上の部分を右手で押さえ下がる居合い使いの男。
「そんなに騒ぐほどのことじゃないのですデス?左腕は元々義手ですって、ねぇ?」
エヘラエヘラと緊張感の欠片も無く笑って斬り落ちた左膳の左腕を指さす、節榑立った包帯男の人差し指。
「…………ぐ……ぐぬぬっ!!」
確かに顔面包帯男の言葉通り、落ちたのは無機物の腕擬きで、
その証拠に、林崎 左膳の左腕の切断面からは血の一滴も滴っていなかった。
――”隻腕の剣客”
剣聖、林崎 左膳とは元来そういう剣士であったのだ。
「貴様……いまの業は”虚空”を!……既に我が求道に至っているというのかっ!!」
左膳もまた、切断された自身の腕という事実より、
弟子の変わり果てた双瞳より、
その”業”に固執する。
「”虚空”ねぇぇぇ?”アカーシャ”の事ですかにゃ」
その執着を嘲笑うかの如き奇人の口調は、心底に愉しそうである。
「いやいや、そんなこと知らにゃぁがも。凡そ人間さま風情の”剣技”で”虚空の領域”を語るとは恐れ多い!身の程知らずの塵虫!おおっと!失礼、失言、失楽園……というかぁ、コレは今し方!強制的に!其所な美少女から一時返還?お取り立て?お返し頂いた、第四位真眼が神域、”常在の輝刃”の完成に程遠いミソッカスでヤンスがぁ?」
巫山戯た口調で、奪った居合刀をブラブラさせながら応じる奇人、顔面包帯男、幾万 目貫。
「第四位真眼……それはなんだ!?我が求道とは別の……」
「ヴァジュ……バシ?……なんだそれは!?」
納得できぬ林崎 左膳の言葉を遮り、今度は木場 武春が質問する。
「いやいや。未だ未だヒヨッコで未完成……収穫には程遠い熟成度合いの娘っ子なんでゴンスがのぉぉ?バッテン、しょんないので回収しますのですデス、あでぃゅぅぅ!」
だがもうこれ以上答える気が無くなったのだろう、幾万 目貫は……
右手に”川蝉”、左手に髪を掴んで引き上げた雪白をぶら下げたままで仰々しくお辞儀した。
「ちぃっ!させると思うかっ!」
最早この異常者と会話は不可能と理解した”武神”は馬上で槍を構える。
「させぬ……させぬぞ、我が求道の剣を!」
――そして
いつの間にか、残った右手に雪白が落とした刀、”白鷺”を握った林崎 左膳も剣気を溢れさせる!
「にゃ?」
最強の武人と比類無い剣客、その二人と対峙して尚、
全く緊張感の欠片も無い包帯男の双眼は……
――まるで力の無い眼
既に心が一片も窺うことの出来ない、伽藍堂な虚無の双眼に戻っていたのだった。
「……」
「……」
「にゃぁ?」
対峙する三人の間――
約一名を除いた、その間に充満する異質な緊張感が見る間に膨張し破裂寸前となったその時だった……
「く、くいぜさぁぁーーんっ!!」
ドドドドドドドッ!!
意外にもその緊張の膜を突き破ったのは臨海軍歩兵部隊の将にして軍全体の参謀だった。
「いま行きますからぁっ!!なんとか踏ん張ってぇぇぇっ!!」
――事ここに至っては
なんとか雪白だけでも救出を試みようと、決死の突撃を敢行した内谷 高史の部隊だった。
「こんな時に、厄介だな……」
普段から大いに好む戦場を前に木場 武春はらしくない不機嫌な表情で吐き捨て、迫り来る臨海軍に向けて槍を構える。
「武春っ!!何をしておる!!敵は総崩れぞぉっ!!」
ドドドドドドドッ!!
ドドドドドドドッ!!
だがその直後!
反対側の第三砦を打って出た旺帝部隊もまた、この局地戦の勝利を決定着けるために接近していた!!
「叔父上……くっ」
叔父である山県 源景の増援は本来なら木場 武春にとって、この広小路砦防衛戦の完璧な勝利を意味するはずだった。
だが……この状況下で混戦は望ましくない!
混戦の最中に、もしかすると臨海軍などよりも危険な人物を逃すかもしれないからである。
「逃がさぬ!歴史学者ぁぁっ!!」
生来の勘を以て、木場 武春は槍を手に顔面包帯男の捕縛を最優先に馬を駆っ……
「なにっ!?」
――だがそれも遅い!
――其所には最早”なにも”存在しない!
「く……くぉぉぉぉぉっ!!」
同様に考えていただろう、片腕になった剣客が地響きのような絶叫と共に刀を地面に突き刺して膝から崩れる姿があった。
「…………」
忽然と現れた時と全く逆……
――何時、”其所”から消えたのか?
――”何処”へ消えたのか?
――否
顔面包帯の奇異な男は”其所に存在しない事”が当然の如くに消失したのだ。
――
そろそろ終結へと向かう、焼けるような熱気の戦場只中……
不気味な怪人と共に臨海の”終の天使”は消えた。
「……………………幾万 目貫」
為す術無く虚空を睨んだ”武神”木場 武春は、この場で起こった奇異な事実を噛みしめるよう、ただ力を込めて槍を握っていた。
――
―
――魔眼に選ばれし白金の姫、久井瀬 雪白
独りの少女がその数奇な生涯で初めて抱いた想いと願いは……
こうして、決して実るに至らない徒花となって旺帝領土は広小路の地で遂に力尽きたのだった。
第十四話「徒花不実」後編 END
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