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下天の幻器(うつわ)編

第二十九話「竜虎相対す!」

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 第二十九話「竜虎相対す!」

 「応等おうらっ!雑駁ざっぱ共っ!!」

 ズバシャッ!ドシュッ!!

 一方には4尺5寸の大太刀おおたち!もう一方には肉厚のギラついた大戦斧だいせんぶを握り!

 吠える”巨獣きょじゅう”は、穂邑ほむら はがねが引き連れた兵士達をまとめて数人同時に薙ぎ払うっ!!

 「ぎゃぁぁっ!!」

 「うぎゃっ!」

 ヒュバ!

 ブオォォン!

 二振りの巨大な鋼刃を小枝のように自在に振り回して戦士は笑う!

 「ふははっ!これ程度の強襲でこの寅保ともやすが首を掠め盗ろうとは片腹痛いぞ!小僧ぉっ!!」

 ――ザワワッ!!

 強者つわものばかりを選抜したはずの穂邑ほむら隊が心底震え上がる鋭い眼光!

 ――旺帝おうてい八竜、甘城あまぎ 寅保ともやす

 最強国旺帝おうていが誇ったかつての二十四将の中でも、最古参の井田垣いだがき 信方のぶかたと同様、宿将中の宿将で、”魔人”伊武いぶ 兵衛ひょうえと並ぶ猛将である。

 旺帝おうてい軍将軍の筆頭であった井田垣いだがき 信方のぶかた

 その進軍跡に屍の山を築いたと云う”魔人”と恐れられし伊武いぶ 兵衛ひょうえ

 暴風あらしを彷彿させる苛烈さと地震なえの如き衝撃で戦場を震撼させた”巨獣きょじゅう”、甘城あまぎ 寅保ともやす

 そして……最強無敗、”咲き誇る武神”と称えらる木場きば 武春たけはるを加えた四人が、”四天王”と呼ばれし旺帝おうてい軍の最高峰であったのだ。

 「穂邑ほむら様!こちらは粗方あらかた抑えました!……機械化兵オートマトンを一体そちらにまわせますっ!!」

 窮地を察した兵士が、巨獣きょじゅうと対する穂邑ほむら はがねの方へと叫んで知らせてきた。

 ――そちらも厳しいだろうに……

 「……」

 なんとか穂邑ほむらに援軍を出そうと無理をする部下に相槌を打ち、穂邑ほむら はがねは右手に装着した白銀色の籠手こてに施されたレンズ部分を点滅させた!

 ――ギ……ギギ

 途端に旺帝おうてい兵士と対峙していた二体のうち一体の機械化兵オートマトン甘城あまぎ 寅保ともやすに向かって突進する!

 「ふんっ……小僧ご自慢の機械人形かっ!?」


 奇策を用いて那古葉なごは城正門を突破した穂邑ほむら隊は三十四人、いずれも選りすぐりの精鋭揃いであった。

 破壊した無人の門前に十人を置き、残りの二十四人と二体の機械化兵オートマトンで敵の本拠地と察しをつけた二の丸やぐらに強襲をかけた穂邑ほむら はがねだったが……

 果たして彼の読み通り其所そこには敵将、甘城あまぎ 寅保ともやすが陣取り、そしてその護衛は百人に満たなかった。

 ――”千載一遇”……否!予測通りの展開っ!!

 数の上では百対二十五人だが、此方こちらには虎の子の機械化兵オートマトンが二体も在る。

 決して分が悪い戦いでは無いはずであったのだが……


 ズゴゴォォ!!

 「ぬうっ!」

 ガガッー!ガガァァーー!!

 伸びて襲う機械化兵オートマトンの蛇腹状の腕を、左手に握った戦斧せんぶで削りさばき!!

 「応等おうらっ!!」

 ガキィィッ!!

 そのまま右手の大太刀おおたちで一刀両断するっ!!

 「ば、馬鹿なっ!!あの機械化兵オートマトンの腕をっ!?」

 「か、刀で鋼鉄を斬り落としたぁっ!?」

 穂邑ほむら隊の兵士達は信じられないモノを目の当たりにし、度肝を抜かれて叫ぶ。

 ブワッ!

 ――だが更に……

 そのまま双振ふたふりの巨大な武具を頭上高く掲げた”巨獣きょじゅう”は、

 ドガシャァァーー!!

 片手を失ってバランスを崩した機械兵に向かって一気に獲物を振り下ろし、叩き潰した!!

 ギ……ギギ……

 ……プツンッ

 胴体が潰れて半壊した機械化兵オートマトンの頭部にある二つのレンズ部分から光が消え、鋼鉄兵はそのまま物言わぬ鉄屑となる。

 「”虎牙双撃こがそうげき”……甘城あまぎさん、変わらずの化物けものぶりですね」

 冷や汗を拭いながらそう言う穂邑ほむら はがねに、両手に鉄の獣牙を握ったままの”巨獣きょじゅう”はニヤリと笑った。

 「小僧も”雅彌みやび嬢ちゃん”の為ならば変わらず無茶が過ぎるようだが……この程度の玩具おもちゃわしを狩れるとは本気で思っておるまい?」

 「……」

 「かははっ!!出し惜しみせずに”切り札”とやらをサッサと出せいっ!!」

 豪快な笑みの裏に隠れた死の圧力。

 ――愉悦と殺意が混在する巨大な脅威

 それこそが”巨獣きょじゅう”、甘城あまぎ 寅保ともやすなのだ!

 「……」

 「どうした坊主?んまりか?」

 黙ったまま自分を見上げる旧知の相手に甘城あまぎ 寅保ともやすは笑って戦斧せんぶを向けた。

 「まさか……俺はいつも”いっぱいいっぱい”ですよ?けど……」

 それを受け、穂邑ほむら はがねは素手のまま両拳を顔の前に構えた。

 「落ちた剣は拾わぬのか?確かに小僧の腕では其処そこいらの兵士にも劣るが……」

 口調とは裏腹に一分の隙も見せない巨獣きょじゅうは、相対して両手の牙を天に掲げる。

 ――

 ピリリと……空気が鈍化したかの如き緊張感が走り、

 「……」

 「……」

 お互いが引き連れた兵士達が入り乱れる混戦の中で、二人は一騎打ちの様相を見せ……

 「ああ!?そうだ、甘城あまぎさん。俺も今年で二十歳ですから、もう小僧とか坊主と呼ばれるのは……」

 ――ドンッ!!

 緊張を一瞬崩して、タイミングを外そうと軽口をしかけた穂邑ほむら はがねだが、百戦錬磨の甘城あまぎ 寅保ともやすはそんな手には目もくれず一気に間合いに踏み込んだっ!!

 「……ならば”独眼竜”!!」

 ブオォォン!

 左手の戦斧が振り下ろされる!!

 ――それでも律儀に穂邑ほむら はがねの要望に応えながら……

 「くっ!!」

 暴風のような一撃を飛び退いて避ける穂邑ほむら――

 「お互いの名に”らしく”竜虎の対決と参るかぁっ!!」

 ズバァァッ!!

 ――っ!?

 完全にバランスを崩した素手の穂邑ほむら はがねを襲う右手の大太刀おおたちっ!!

 それは――

 「ちぃぃっ!!」

 完全に完璧な死の一撃!!

 無防備な胴体を横一閃して切断する決着の一撃っ!!

 ――”独眼竜”死すっ!!

 誰もがそう確信した瞬間であった……

 バシュゥゥーーーー!!

 しかしその場に散ったのは赤い鮮血ではなく、蒼い火花!?

 いや、無数の光の粒子!!

 ギ、ギリリリ……

 「ぬぅぅ!!」

 水面を叩いたように滴代わりの光が散り、甘城あまぎ 寅保ともやすが手にした大太刀おおたちはそのまま振り切ることが叶わずに停止していた。

 シュォォーー!!

 確かに斬られたと思われた青年の手前に浮かび上がったのは白銀色の光の円陣サークル

 突如空間に展開した半径が二メートルほどの銀円光に阻まれた刀は……

 巨獣きょじゅうが振るった刀身は、まるで光で出来た雪壁にめり込むかのようにして空中で停止していたのだ。

 「ぬうぅ、珍妙な……これは」

 力を込めた刀を手に、胴体斬り途中の戦士は青年を睨む。

 「一応、九五式装甲”なだれ”……って機能ギミックなんですけど」

 バシュッ!!

 「っ!?」

 青年の台詞と同時に光の円陣サークルは弾け、その反動で甘城あまぎ 寅保ともやすは強制的に後方へと二、三歩退かされた。

 「別に覚えて頂かなくて結構ですよ、甘城あまぎさん」

 左右の上腕部に装着した白銀の金属製籠手こてを前面にかざした青年は”ふぅ”と息を吐き出す。

 「…………」

 信じられないモノを見たその場の敵味方兵士達が絶句するのは無理からぬことだろうが、それに対し敵将、甘城あまぎ 寅保ともやすも押し黙ってただただ無言で”白銀の籠手こて”を睨んでいた。

 「甘城あまぎ……さん?」

 確かに青年……穂邑ほむら はがねの披露した武装は奇想天外であったろう。

 だが、旺帝おうてい四天王と呼ばれしほどの男がこれしきで我を無くすなどは、穂邑ほむら はがね自身、想定していないことだった。

 「…………わしはな……こぞ……独眼竜よ」

 「?」

 そして青年の想定外だった反応を見せた敵将は突然語り始める。

 「わし信方のぶかたは、先々王である真龍さねたつ様からある特殊部隊を与えられておった」

 「……」

 それは穂邑ほむら はがねも聞いたことがあった。

 井田垣いだがき 信方のぶかた甘城あまぎ 寅保ともやす、王の信任厚い宿将二人だからこそ、与えられた旺帝おうてい最高の密偵集団。名は特に付けられていないとの事だったが確か……

 「貴様も噂くらいは聞いた事があるだろう、通称”乱破らっぱ”と呼ばれる忍集団だ」

 「知ってますよ、それが……」

 そうだ、それが何故今関係が……

 「独眼竜、貴様らが恵千えちに逃げ延びてからもわしは警戒を解いたことは無い。お前なら必ず諦めずに先を見据えて事を起こすと踏んでいたからだ、つまり」

 「……」

 ――つまり……

 そこで穂邑ほむら はがねは察しがついた。

 先ほどの甘城あまぎ 寅保ともやすらしからぬ空白も……

 やはりこの戦士にして戦場で度肝を抜かれて固まるなど有り得なかった。

 巨獣きょじゅうは値踏みしていたのだ。

 穂邑ほむら はがねの見せた新兵器の真価……

 つまりは”それ”が既に調査済みであるモノであるのかどうかを。

 超優秀な忍部隊で時間をかけてじっくり調査していただろうから、研究開発済みの兵器もある程度、何処どこまでの情報かは別として、特に”切り札”の存在は……

 「で?」

 だが穂邑ほむら はがねの表情に全く揺らぎはなかった。

 「いや、”それ”が乱破らっぱ共の情報にあった貴様の”切り札”であるのだろう?」

 「……」

 両腕の籠手こてを視線で指摘されても穂邑ほむら はがねの顔色は変わらない。

 「ふん、中々の面構えだが……知っておるぞ、それの開発名称は確か……」

 「……」

 甘城あまぎ 寅保ともやすはゆっくりと口を開いた。

 「”焔鋼籠手フランメシュタル”……か?」

 「…………」

 しかし――

 それでもやはり穂邑ほむら はがねの顔色は全く変わらなかった。

 「……」

 「……」

 「ふ……はは……すまぬな小僧、つい下らぬ事を」

 「……いえ、甘城あまぎさん」

 暫し睨み合った後、二人は息を吐いて笑い合う。

 ――穂邑ほむら はがねの機械化兵器は脅威だが、ネタがバレればその脅威も半減する

 ――”仮に”ネタがバレたとして、それがなにか?

 そういった趣旨のせめぎ合いだったのだろうが……

 「下らぬ。戦場で生死以外の駆け引きなどわしとしたことが……許せ」

 「………いえ、でも一応は否定しておきますよ、俺は」

 穂邑ほむら はがねは相変わらず鉄面皮のまま、やんわりと否定はする。

 「それも一向に構わぬ、所詮は……」

 ブワッ!!

 シュバ!!

 勢いよく!!血に飢えた両手の鋼刃を振り上げて”巨獣きょじゅう”は大きく吠えた!!

 「此処ここで潰す!!真贋極める是非も無しっ!!」

 第二十九話「竜虎相対す!」END
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