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下天の幻器(うつわ)編
第三十四話「知恵の鏡」
しおりを挟む第三十四話「知恵の鏡」
「おう、来たぞっ」
作戦もそろそろ最終段階だと軍事関連書類と睨めっこしていた俺の天幕内に、周りへの配慮が微塵も無いバカデカい声で入って来たのは仰々しい重装鎧を装備した上背のある偉丈夫……熊の様な大男だった。
ドスッドスッ……ドサッ!
――ガシィィン!
その熊男は俺の前に大股で歩いてくると予め用意されていた椅子に”どっか”と腰を下ろし、同時に手にしていた”鉄塊”の先を地面に落とす。
小規模な地震が局地的に発生したのかと勘違いする揺れを発生させるような”鉄塊”は、この大男が担いで来た大剣であ……
――否、抑も”コレ”は剣と呼んで良い代物だろうか?
ざっと見た限り、その大剣擬きには”刃”らしいものが無く、長さは百五、六十センチはあろうかというほどバカでかく、厚みは通常の剣の数倍はあるだろう。
「…………」
――そうだ、それは”剣”と言うにはあまりにも巨大で雑過ぎる代物だったのだ
それは只の鉄棒。
剣の形を模した凶悪な金棒。
「なんだぁ、鈴原?間抜け面で俺を眺めて……」
久しぶりに会った熊男の風貌と相棒の鉄棒を、俺は今更ながら観察していた。
――間抜け面とは失敬な、自分こそ岩石みたいな顔しやがって!
俺は一瞬その言葉が口から出そうになったが、下らないじゃれ合いをしても時間の無駄だと引っ込める。
「いや、久しぶりだったもんでな、しかし相変わらず雑な……」
「またそれか?鈴原は俺の剣を見る度にいつもそう言うくだらねぇ感想を……」
「”顔”だな」
「って!”顔”の方かよっ!!」
正直者の俺はやっぱり引っ込めていられなかったようだ。
「悪いな、根が正直者の鈴原 最嘉くんなもんでな」
「だれが正直者だって!?貴様は詐欺師で名を馳せる”喰わせ者”の鈴原 最嘉だろうがっ!!」
――はぁ、全く以てえらい言われ様だなぁ……と、
それは扨置き、久方ぶりの登場で忘れそうになっていたが、この常識外れの巨大凶器を担いだ巨漢は……
大国”天都原”周辺の小国群がひとつ、我が臨海のご近所さん、”圧殺王”なんて物騒な異名を持つ日限領主の熊谷 住吉である。
「……で、首尾は?」
色々と時間が惜しくなった俺は、怖面大男のツッコミを華麗に受け流し、そして手にしていた書類に再び視線を落としたままという自分で言うのもなんだが、一応は来客である熊谷 住吉に対して態度悪く聞いた。
「おう、問題無い!それと言われた通り”土産”は先方に送りつけておいた!」
しかし大男はそんな俺の態度に不機嫌になること無く丸太のような腕を胸の前で組んで頷いた。
「だろうなぁ、まぁ今回はお前みたいな生粋の戦兵にしか任せられん仕事だったからな…………と!?ご苦労さん。遠慮せずに入って来たらどうだ?」
俺は書類から視線を上げて頷き、後半の台詞は目前の大男では無くて今も天幕の外で控えて立っている礼儀正しい少女に向けて投げる。
「あ、は、はい!」
少女はペコリと頭を下げた後、少し遠慮がちに天幕内へと足を踏み入れた。
――彼女は俺と熊男の独特なやり取りに……少し躊躇していたのだろうか?
「特別任務の完遂、合格点だ、良くやったな」
俺達の関係性をよく知らない第三者が居るのを忘れ、俺はつい、旧知である熊谷 住吉に対応してしまっていたことを反省し、少し戸惑った様子の少女を見て再びそう労いの声を掛ける。
「は、はいっ!ありがとうございます!先生っ!」
そしてその言葉が余程嬉しかったのか……
途端にその少女は大きな声と共に頭を下げるとニッコリと笑った。
くせっ毛のショートカットにそばかす顔の快活そうな顔立ちの少女。
彼女は我が愛しの暗黒姫様ご自慢の”王族特別親衛隊”が八枚目、八十神 八月。
俺が尾宇美を出立る時に京極 陽子が押しつけた部下であり、俺の麾下に在る現在は本名の”佐和山 咲季”を名乗っている。
――たく、あの”お姫様”は……
よくも自分の部下をこうもアッサリと貸し与え、剰え……
――”それなりに成ったら帰してもらえるかしら?その手の人材はまだまだ必要なのよ”
とまで言いやがったのだ。
なんの遠慮も無く、然も当然の如く。
「先生!ご指示頂いておりました、同盟国、日限王の熊谷 住吉様との共同作戦は無事完遂できました!改めて本日より先生直属としてお仕えさせて頂きます!!」
俺の近くで学べるのが彼女にとって余程のことなのか……なんとも嬉しそうに敬礼する少女は尊敬の輝きに満ちた瞳で俺を見てくる。
――まぁ……聡明な光りを宿す次代の策士に手解きするのも悪くはない
俺は彼女の未だ本当の意味で”穢れ”を知らない瞳に頷くと視線で促し、彼女もまたそれを理解して頷き、スッと静かに、坐した俺の横に控える。
「中々の采配ぶりだったぜ、そのお嬢ちゃん。我が”日限”に欲しいくらいだ」
熊谷 住吉は俺の横に控えた咲季を一瞥してニカっと笑うと、再び俺を見る。
「でだ……それ以外にお前にな、少しばかり話というか頼みというか、あるんだが」
そしてそう付け足す相手に俺は頷いた。
「わかった、急ぎか?」
「いいや、今回の一連の戦とは別件だ。事が済んでからでいい」
俺の問いかけに笑って答える大男に、俺は再び頷いてから立ち上がる。
「なら取りあえずは目前の那古葉城だ。パズルの欠片は全て揃ったことだし、総仕上げだな」
――
―
那古葉の領都である”境会”に聳え立つ天下の那古葉城――
「では、お主は未だ我が方に形勢を覆す”策”が在ると言うのか?」
城主であり総大将を務めた甘城 寅保が負傷退場してから二日の後、臨時でその地位に着いたのは旺帝重鎮の一人である山県 源景であった。
「はい、完全包囲の中で兵糧は尽き、負傷者多数の劣勢ではありますが……既に策は仕込んでおります」
伏して応えるのは開戦当初から筆頭参謀に大抜擢された海千山千の策士、真仲 幸之丞である。
開戦当初から常に兵数では勝っていたものの、補給と援軍を断たれた那古葉の旺帝軍は、現在は窮地であった。
それは総大将を撃破された動揺が全軍に多大に影響したのと、大量に流れ込んだ負傷兵や市民による混乱……
そして命令系統が綻んだままの状況で焦って勝手に打って出た各将軍達はそれこそ正統・旺帝、臨海連合軍の思う侭に撃破されたのだった。
無理な城攻めを行う必要の無くなった連合軍は、混乱した旺帝軍を待ち受け各個撃破するという戦術に切り替え、数の不利を瞬く間に逆転していったのだ。
――更に三日の後
すっかり意気消沈した兵士達に決定的なトドメを刺したのは、夜半に起こった食料倉庫の火事だ。
籠城戦に必須である食料庫をまんまと焼き尽くされ、既に那古葉旺帝軍の士気は開戦当初からは見る影も無い。
「穂邑 鋼に”二の丸”を強襲された戦いの折り、城正面で応戦して頂いた波羅 朝胤将軍と壕 道次将軍には敵本陣攻撃に専念をお願いしておりましたが……その最中に別働隊を幾許か、安成方面に抜けさせてあります」
――っ!?
策士の言葉に総大将代理で在る山県 源景の横に控えていたガッチリした体格の武人が思わず割り込んでくる。
「あの大戦の最中に紛れさせたのか?」
しっかりとした鼻筋の下にある大きめの口から力強い声で問うのは、志那野の”咲き誇る武神”木場 武春だ。
山県 源景の甥にして地上最強と名高い武将である。
「そうです、城正面で展開された大軍勢同士の混戦ならばこそ、若干の兵を紛れて抜けさせることが可能だったのです」
確かに城正面平原で刃を交えた旺帝軍は四万以上、敵連合軍は三万半ば……
その時点で既にこの策士は、最悪の状況が来るかも知れないと保険を掛けていたという事だろう。
「戦中数回に分け、ドサクサで上手く抜けさせられたのは総数三千ほど……その後は山中に待機させていたその隊に、波羅 朝胤将軍と壕 道次将軍を密かに合流させたのは三日ほど前です、上首尾で在れば今頃は……」
「敵の手に落ちた安成の地を奪還し逆に敵の補給線を断てると言うのかっ!?」
武神”木場 武春も、総大将代理である山県 源景も、降って湧いた勝機に思わず身を乗り出す!
「兵站を断つと言うのなら、敵地に遠征してきた相手の方がよほど補給線が伸びています。そう言う意味では、こういう策は敵よりも我らの方がずっと容易い」
現在の総大将と、陽とした風貌にして実に見事な男ぶりの将に策士は頷いた。
「確かに……敵はこの那古葉城包囲に全軍を集中させておる。先に制圧した安成や真隅田、瀬陶にそれほど大軍を置く余裕もないであろうし、主たる将もこの地に集っているとなれば、勝機は十分にあるか」
山県 源景は真仲 幸之丞の意図を理解し頷く。
「なるほど!目には目を、”補給狙い”には”補給路分断”をと……真に戦とはそういうものだなっ!」
そして叔父の言葉に最強の将はウンウンと何度も大きく頷いていた。
「それで……そろそろ波羅様と壕様両将軍から吉報が届く頃合かと思いますので、その時は”最強無敗”を存分に振るわれるよう、木場様にも残る城兵を率いて一気に……」
真仲 幸之丞の言葉に木場 武春が大きく頷いて立ち上がろうとした時だった。
「ほ、報告致します!!」
司令室に兵士が転がり込むように駆け込んで来た。
「うむ、では」
「おうっ!」
「……」
山県 源景が、木場 武春が、そして真仲 幸之丞が……
その報告の内容を聞くまでも無く吉報と確信して視線を交わらせた。
「報告致しますっ!!波羅 朝胤様、壕 道次様……討死っ!!」
――っ!?
吉報転じ凶報と成る。
結局、その報告から数日後……
那古葉城旺帝軍と正統・旺帝、臨海連合軍の間で停戦交渉が行われることとなる。
それは東の最強国旺帝と、六年前に謀叛により廃位させられた黄金竜姫、そしてそこに加担した臨海の間で起こった”那古葉城攻防戦”が実質的な終結を迎える事を意味するものであった。
第三十四話「知恵の鏡」END
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