224 / 305
下天の幻器(うつわ)編
第三十五話「天翔の城」後編
しおりを挟む第三十五話「天翔の城」後編
俺が岐羽嶌領北部、”三埜”の香華山城に入ったのは十二月三十日。
那古葉での大戦を終え、旺帝との交渉が二十四日であったから、かなり過密なスケジュールを敢行したことになる。
「なんとか今年中に”岐羽嶌”を手に入れられたなぁ」
俺はビルの窓から、年の瀬で忙しそうに行き交う人々を見下ろしながら呟いた。
「取りあえず”仮”の司令部を設置致しましたが、本格的な移転は年を越してからになりますね」
同じ部屋のドア近くにある秘書用デスクで色々と作業を熟していたショートカットの美少女が手を止め、俺の呟きに応える。
――此所は岐羽嶌領北部、領都”三埜”の香華山城……
いいや、岐羽嶌の三埜市にある庁舎ビルの最上階の部屋だ。
「ここから愈々、臨海の九郎江からこの岐羽嶌の香華山に本拠を移して、最嘉さまの輝かしい天下布武への第二幕が上がるのですね!」
この年の瀬に、主君のせいでとんでもなく多忙な中でも、鈴原 真琴は期待に瞳を輝かせ、とってもご機嫌にニコニコと微笑む。
「まぁな」
俺はそんな少女に笑い返してから、政務の息抜きにと町並みを眺めていた窓付近から部屋奥に設えられたデスクに戻り、椅子に座った。
――そうそう、先程はちょっとばかし”ややこしい”表現をしたが……
ここは正確には”近代国家世界”の岐羽嶌だ。
つまり”戦国世界”では岐羽嶌領北部、領都”三埜”の香華山城にあたる場所である。
「”天都原”を牛耳り、強引に”南阿”を掌握した藤桐 光友は消費した戦力を整えるために暫く大きくは動けないだろう」
「はい、それに宗教国家”七峰”は”長州門”へと侵攻中ですし、旺帝は攻め込んで来た可夢偉連合部族国”の撃退に手一杯ですね」
真琴の返事に頷くと俺は座ったまま、スッと視線を正面の壁に貼られた大きめの”暁”全土を表記した地図に向けた。
「前回は尾宇美城大包囲網戦に参戦し、京極 陽子と共闘して旺帝領土、香賀美領を手に入れさせ、その折りに協力してくれた長州門の焔姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥには代価として七峰の坂居湊を取らせた」
「はい、そして我が君は旺帝内独立行政特区であり藤堂 日出衡が治める奥泉と密かに誼を結び、同盟国である正統・旺帝の那古葉領攻略に尽力されました」
――そうだ。ここ最近、俺は同盟国や協力国の領土拡大に身を粉にして協力してきた
それは……
言うまでも無く”暁”は島国だ。
列島最大の陸地である本州を囲む海、北側の”暁海”に向けて開かれた港街である”坂居湊”と一大商業都市の”香賀美”。
そして南側の”大平海”に港を持つ、我が”臨海”と大都市”那古葉”。
それら”海洋都市”達を陸路で結んだ中央に位置するのがこの岐羽嶌領だ。
南北の海路を確保し、それを補足、統合する陸路の要衝。
これまで携わった一連の戦にて俺が身を粉に尽力した”真成る目的”とは、この”暁本州をグルリと囲む経済流通圏を構築すること、”即ちこれに尽きる!
これにより初めて我が臨海は領土と軍事力に勝る超大国達、天都原と旺帝に本当の意味で対抗出来得る”格”を得たと言えるのだ。
「本来なら大国各国が消耗している間に手に入れたばかりの領土の安定と強化を図り、国力の底上げを行いたいところだが……」
――そう、暫くは内政に努めるのが最善であるだろう
――だが……
「それは”志那野”と”越籠”のことでしょうか?」
流石に俺に長く仕える真琴は、俺の言わんとするところを良く理解している。
「そうだ。今回、せっかく藤堂 日出衡が治める”奥泉”にパイプが出来たんだ、その二領をなんとか手に入れ陸路を繋ぎ、彼の”黄金郷”の富を我が臨海の為に上手く利用したい」
”大欲は無欲に似たり”とは言うものの……
翻って一方では戦には”機”というものがある。
強大国”旺帝”が受けた思わぬ”敗戦”から完全に復活する前に……
乗じて旺帝北部一帯に攻め込んだ、可夢偉連合部族国の”王狼”に手を焼いているうちに……
「此所で天下に大きく羽ばたくには、あの二領は是非我が勢力に加えておきたい」
――我が臨海も連戦に次ぐ連戦で苦しいが、ここは踏ん張りどころだろう
俺の言葉にショートカットの美少女は力強く頷いた。
「そうなれば……後顧の憂いを断つ為にも、私達の本拠である”九郎江”周辺で未だ様子を窺う他の小国群の対応に、日限の熊谷 住吉様が対処して頂けるという申し入れは渡りに船でしたね!」
「…………」
柔やかに俺を見て微笑むショートカットの美少女に、俺は微妙な笑みを返していた。
何故なら彼女が今し方口にした日限領主の熊谷 住吉と言えば……
過日、奥泉遠征前に件の熊男が政治的理由も込みで目の前の真琴に求婚していると俺は伝えたが、それを彼女は”にべもなく”拒否したからだ。
「熊谷様が提案された小国群の平定は、我が臨海にとって大いに利があります!それにあの”圧殺王”を最嘉さまの麾下に加えられるのもまた格段の戦力補強になりますよね!」
「そ、そうだな……」
――無論、真琴が政略結婚を拒むのは自由だし、俺としても彼女の意志は最大限尊重するつもりだったからそれ自体はさして問題無いのだが……
日限の”圧殺王”こと熊谷 住吉は、既に妻と呼べる存在は三人ほど在ったが、それは戦国の世では別段普通だし、真琴を正妻に迎える準備もあるという話だったし、今までの言動からも奴が真琴に気持ちがあるのは俺もなんとなく察していた。
「”日限”の戦力をあてにできますから、我が臨海の消耗は最小限で済みますし、こと戦に関してあの方は頼りになりますから、最嘉さまの更なる飛躍の為に、強固な踏み台として頑張って頂きましょう!」
俺の為だからと、相手が聞いていたら中々に傷つく様な発言を実に良い笑顔で発する美少女。
「は……はは」
――ほんと、住吉の事はどうでも良いんだなぁ
俺はあの熊男が少しだけ、ほんのチョッピリだが不憫になったのだった。
元々あの熊男が俺にその提案をしたのだって……
――”嬢ちゃんに断られたからにはこれが次善だっ!しっかり戦果を上げるから後は頼むぜ、鈴……大将っ!!”
てな具合に”政略結婚の申し入れに失敗した”のが原因だ。
まぁ、奴の置かれた状況は理解出来るし、日限領主としての対処としても間違っていないだろう。
――
熊谷 住吉の日限領は曾ての臨海と同じで、大国”天都原”に属する小国群のひとつだ。
だが、その天都原が皇太子、藤桐 光友派閥に掌握された現在、その光友と敵対する俺と何かと連んでいた日限は敵対視されている。
だからこそ、天都原と同じ六大国家に名を連ねる迄になった我が臨海と強固な同盟を結ぼうと、俺の腹心であり、鈴原の血筋である真琴を妻にと政略結婚を目論んだのだろうが……
敢え無く撃沈。
その代替案として奴が持ってきた話が、先程真琴が話した他の小国群の制圧とそれを手土産に我が臨海の傘下に入りたいという交渉だった。
「同盟国じゃ駄目なのか?」
「一昔前ならな……だが現在は国家の”格”が違う、臨海の庇護を得るのが”日限”にとって最も生き残る可能性が高いんだよっ!」
俺の問いに少々ぶっきらぼうにだが、住吉は意外なほど未練無くそう応えたのだ。
俺としては、長年同じ小国群の代表として肩を並べてきた男だ、その関係性に今更上下関係なんて余計なモノを混ぜたくないと思ったのだが……
「鈴原、世は戦国だ!俺にとって”俺より強い奴”が上になるのは別段恥じゃない」
俺が初陣に近い頃から同じような立場で戦場を駆け戦功を競った男、結構年上だから当初は世話にもなった。
そんな間柄の男だから色々と思うことも在るだろうに……
全く曇りのない眼で俺を見て笑う戦友に、今更俺がとやかく言うのは逆に無粋だった。
――そうだな、住吉……悪かった、お前に二度も膝を折らせる様な真似をさせて……
俺は心中で謝罪しながらも強く頷いてから命じる。
「なら、日限領主の熊谷 住吉に命じる!これより急ぎ自領に戻り、我が”九郎江”を守護する比堅 廉高と協力し、未だ近隣にて抵抗する小国家軍を平らげ、我が眼前尽く頭を垂れさせろ!」
ゴツゴツとした強面の強戦士は、その百戦錬磨の口元をニヤリと上げる。
「易い御用だ、はねっかえる奴等は前回の旺帝二将と同じく素首刎ね飛ばして特急便で送りつけてやるよっ!!」
俺はそう言った時の奴の顔を覚えている。
幾つも死線を越えて来た鋭い眼力、生まれつきの強面の造り……
そんなものとは全く異質の、他のどの猛将とも違う。
――膂力のみで他者を圧倒的なまでに組み伏せて来た絶対的な自信!
――それのみで国を治め頂点に在り続ける絶対強者の理不尽!!
熊谷 住吉はそういう単純にして至上の暴王……”圧殺王”なのだと。
――
―
「最嘉さま?」
「!……ああ、なんだっけ?」
「いえ、なんだかご機嫌が良い感じで……」
――う!?
――あんな熊男のことで思い出し笑いなんて恥ずかしい……
「い、いや、そうだな。真琴の言うとおり、向こうは奴等に任せておけば憂いはない、だから俺達は志那野”と”越籠”の二領攻略の策を練る……」
ルルル!ルルル!
――!?
ルルル!ルルル!
その時、室内に設置された電話の呼び出し音が響いた。
「…………」
俺はその音で、ピリリと指先までなにかが走った様な感覚に押し黙る。
少しばかり虚を突かれるタイミングだったが、所詮はただの電子音。
だが俺にはそれが……
――とても不吉で、そして同時に胸が高鳴る感覚を感じていた
「最嘉さま」
「……」
真琴の視線に俺が頷き、多少戸惑いながらも真琴はスピーカーのボタンを押す。
何故ならそれは”秘匿回線”……
この部屋直通で連絡を取れるのは我が臨海でも数える程の幹部のみ。
さらに此処は奪取したばかりの岐羽嶌だ。
当然この回線は設置したばかりで、かかってくる可能性は極めて少ない。
スピーカーのスイッチが入り……
「ご機嫌よう最嘉」
「……」
その場に俺の……鈴原 最嘉が一時として忘れようもない声が響く。
「どうかしら、”天下に臨む城”の居心地は?」
「…………」
開口一番、完全に俺の意図を見透かした言葉。
「なんの……用だ」
――どうやってこの回線を?
――臨海陣営の意図をどこまで?
”無垢なる深淵”相手にそんな事は聞いても仕方が無い。
「連れないわ、最嘉からそういう事務的な質問は……ふふふ、でもそうね」
「……」
機器の向こう……
目には見えないが確実に解る。
あの紅い唇が……暗黒姫の可愛らしい唇が……
意地悪く微笑んでいるのが。
「暮れも押し迫って来たことだし挨拶をとね、本年度中は大変お世話になりました」
「……」
――態々なんの冗談だよ、お嬢様……
――だが、そういうお遊びがしたいなら付き合ってやるよ
「……そうだな、で?来年もよろしくお願い致しますとでも言えば良いか?」
「…………」
――?
「陽子?」
俺は彼女が返すその沈黙に、最初の感覚が再び蘇る。
――とても不吉で、そして同時に胸が高鳴る感覚……
「それは……”新年の挨拶”は直接会って伝えるわ、貴方の香華山城でね」
――会う?直接?
陽子なら挨拶に来いと上から命令するはずだ。
いや、それよりも”香華山城”でだと?
それはつまり、この”近代国家世界”ではなく”戦国世界”で、という意味だ。
「どう言う風の吹き回しだ」
「会いたいの」
「……」
――だからどういう……
「と言ったら嬉しいかしら?」
――いや、こういう女だった
京極 陽子とはこういう、”可愛げの無い”ところが”堪らなく可愛い”恐ろしい女だった。
「久しぶりだから”じゃれて”いるのか?」
「どうかしら?」
――そうか、
「わかった。なら城で待つが……ここは改名予定でな」
俺は声だけの愛しき暗黒姫に終始気圧されながら続けた。
「”烏峰城”と……」
「……」
その名が何を意味するのか。
”烏”は鈴原の家紋、ひいては臨海の軍旗だ。
それはつまりこの城にて俺は天下に覇を……
「良い名だわ、ふふ、最嘉……来年は、もっと睦まじく”じゃれ合い”ましょう」
「…………ああ」
第三十五話「天翔の城」後編 END
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
58
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる