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下天の幻器(うつわ)編
第四十八話「不倶戴天」前編
しおりを挟む第四十八話「不倶戴天」前編
俺たちが生活を営むこの”暁”という現世は
日付が変わると世界も変貌する
それは夢世の如きに……
――”近代国家世界”か”戦後世界”か
”不完全な世界”
――まるで誰彼の願望世界
――そういえば、確か”そういう話”があったんじゃないか?
――確かあれは……
――
―
「悪い話じゃ無いはずだ。句拿と事を構えるつもりなら我が臨海との不可侵条約は不可避だろう?」
鈴原 最嘉は”近代国家世界”で力説していた。
「…………」
此所は西の大国、天都原の領都にある斑鳩市、その庁舎ビルの迎賓用室だ。
――肝心の折衝相手は……
「ふん、なにかと思えば”面白味の無い”内容だな」
俺の言葉を終始不機嫌顔で聞いていた男は、
ドンッ!
そう吐き捨てて俺との間を隔てるテーブルに行儀悪く両足を放り出した。
――相変わらず尊大な奴だ
大国、天都原の王太子にして軍の最高司令官たる”大元帥”で、病床に在る王の補佐として政治の最高位である”宰相”をも兼任する藤桐 光友。
身分的な事情もあって、過去、俺も直接の接点はそう多くなかったが……
天都原支配下の小国群諸王が集う様な公の場所でさえよく見せた、王太子の変わらぬ尊大な態度に古い記憶を蘇らせられ、改めて呆れながらも俺は話を続ける。
「そうでもないだろう?此方は句拿国所属の”山潜り衆”から情報を取得済みだ。貴殿ら天都原の長州門侵攻は句拿王、柘縞 斉旭良も承知していないらしいじゃないか?なら長州門の領土を巡って貴殿の天都原と句拿はこれから対立するはず、東の臨海軍まで敵に回すのは……」
今回の長州門侵攻は元々、七峰と句拿が共闘し東西からの挟撃を企んだわけだが、そこに天都原が付け入って漁夫の利を得たというのが今回の顛末だ。
――労少なく大果を得る!
あの”鵜貝 孫六”が参謀ならばそれくらいは軽くやってのけるだろう。
――いや、もしかしたら……
七峰と句拿の共闘自体が実はあの妖怪ジジイが暗躍した結果で、此所に至る光友による長州門支配は筋書き通りなのかも知れない。
俺は今更そういう隠謀の可能性に気づいたことに臍を噛みながらも、過ぎたことはどうしようも出来ないと次手を模索する。
――そうだ!しかし、そういうことなら……
当然だが”句拿”の柘縞 斉旭良も黙っていないだろう!
目の前で獲物を掠め取られたも同然なのだ。
天都原と句拿はこれから対立するだろう!
だからこそ、
――この交渉は可能性があるはずだ!
「臨海が望むのは長州門の将であるアルトォーヌ・サレン=ロアノフと菊河 基子の身柄だけだ。それだけで東の憂いが無くなるのはそっちにも悪い話では無いはずだろう?」
俺は、相変わらず尊大な態度で俺を睨む藤桐 光友にも全く不快感を表に出さずに交渉を続けるが……
「ふん」
その不遜な王太子は鼻息で応じる。
「全く以て期待外れだな、臨海の小王!あの陽子があれほど拘る男だからと少しは相手になるかと思っていたが、とんだ小者だったな」
然もつまらない”モノ”を見る侮蔑の視線で俺自身を吐き捨てる。
「……」
――おうおう、それはどうも!
だが俺はそんな視線や言葉には馴れっこだ。
元々、大国達の歯牙にもかからぬ弱小国であった臨海の王である俺は、そういう類いの侮蔑は飽きるほど浴びてとっくに耐性持ちなのだ。
いや、寧ろ……
ここ最近は”王覇の英雄”だとかもて囃される事が多くなり、それが如何にもこそばゆくて食傷気味だったから寧ろ新鮮で懐かしいくらいだ。
――此所に真琴なんかが居れば、既に王太子に斬りかかっていただろうが……
「はは……」
俺はそっちに苦笑いをしつつ、それは扨置き続ける。
「どこに不満がある?貴殿ら天都原にとっては好条件だと思うが?」
戦国世界で不意打ちの天都原軍に包囲され続けたアルトォーヌは、句拿との戦で受けた損害や新たな敵との戦力比を鑑みても自軍の勝機が皆無だと判断した。
なにより要で在り精神的な支柱であった覇王姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの安否が不明な状況ではこれ以上戦えるはずも無く……
自らの首を差し出して将兵の命だけは助けようと天都原軍と交渉中だったそうだが……
そんな折りに俺は比売津城に少数で侵入、彼女との密会に成功した!
その後、なんとか説得して翌日……
つまり、世界が近代国家世界に切り替わるまで時間を稼ぎ、改めて俺が天都原と交渉の手続きを取って、朝一の高速鉄道で一路、天都原の領都”斑鳩市”に飛んで来たのだ。
ドンッ!ドドンッ!
再び王太子の二つある踵がテーブルを叩く!
「ふん、それが不満だと言うのだ!」
そして俺を睨んだまま続ける。
「それに何の意味がある?貴様ら臨海になんの得がある?長州門とは同盟を結んでもいないだろうがっ!!貴様らにとって我が天都原を攻める絶好の機会でもあると解らぬか?小者っ!お前の戦争はお遊びなのかっ!」
「……」
――なるほど、そういう類いの不満か……
俺は納得し、そして大いに呆れた。
この不遜な王太子の不機嫌極まりない態度の原因は自国の損得、否、交渉の中身でさえなく……
――”相手にとって不足在り”って事か?
正しく度し難い男。
如何にも”歪な英雄”だ。
「どう取って貰っても結構、是非を聞きたい」
だが俺は、たとえ小者と侮られても目指す理想をお遊びと罵られても……
――成すべき事がある!
「…………ふん」
そんな鈴原 最嘉を藤桐 光友は相変わらずの軽んじた目で見ていた。
「……」
「……」
暫し……
どれくらいか……
視線を交し、心胆を量り合う俺たち。
「心底つまらん男だな……だが所詮”鳳”と”烏”ごときでは、同じ天を欲するわけもないか?」
「……」
不機嫌に呟いた言葉を受け、俺は無言ながらその英雄を睨んでいた。
――見事なまでの見下し方だ
だが、そういう侮りは後事を計算に入れると鈴原 最嘉にとって都合が良い。
藤桐 光友の口から放たれた天とは天下……
つまり、”鳳”とは当然ながら天都原王家の紋章であり、それは藤桐 光友自身を指す。
続けて”烏”とは勿論、我が鈴原の家紋である。
天空の王者たる”鳳凰”と唯の”烏”とでは天と地ほどの差があり、それ故に同じ空に生を持つ者でも、その”天”の意味も志の大きさも、まるで別格だと言いたいのだ。
――そういう意味で奴が曲がりなりにも納得したのは……
ガガッ!
好き放題吐き捨てると藤桐 光友はテーブルから両足を下ろし、そして立ち上がる。
「良いだろう!我が天都原に断る理由も無い。細かい話は樫原 兼時としろ!」
――完全に鈴原 最嘉が自身と比べるまでも無い塵芥と認識して
「…………」
そして自称”天空の覇者”たらんとする英雄は、比べうるまでも無い小者の返答も待たずに背を向けて退室して行った。
――なんというか
奴を見るのは臨海が天都原の傘下だった頃で、数年ぶりだが……
相変わらずの傍若無人ぶり!
「まったく、あの唯我独尊ぶりは……」
俺は密かに京極 陽子を思い浮かべ、そして額の汗を拭う。
――あの難儀な性根は天都原王家の血筋なのかよっ!?
思わずそう愚痴ってから体重の殆どを背もたれに任せたのであった。
――
―その後
俺は斑鳩から臨海に戻る途中で比売津に立ち寄り、アルトォーヌ・サレン=ロアノフ嬢と合流した。
勿論、近代国家世界での彼女を保護するためだ。
戦国世界での情勢変化は近代国家世界に如実に反映される。
藤桐 光友との合意は成ったといえ、相手が相手だけに油断は禁物である。
況してや奴の参謀はあの”妖怪ジジイ”だ!
こういうことは早ければ早いほうが良い。
「よろしかったのですか?本当に……」
高速鉄道から乗り換えた専用車の中で――
アルトォーヌは見るからに青白い顔色で申し訳なさそうに俺に聞く。
「まぁ、なんとかする」
「何から何まですみません。感謝致します」
深々と頭を下げるアルトォーヌの姿は頼りなげでなんとも儚い。
「気にするな、臨海にも利があっての行動だ」
――因みに菊河 基子は既に保護済みで、一足先に臨海市に着いたと真琴から連絡が入っているが、肝心のペリカは……
覇王姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥは、近代国家世界でも消息不明になっていた。
――”何から何まで”……か
近代国家世界での負傷や死は世界が切り替わるとリセットされるが、戦国世界でのそれは違う。
二つの世界は同等には繋がっていないのだ。
それが指し示す意味は……
「…………」
俺はいつもより青白いアルトォーヌの顔を密かに観察しつつ、その予測を口に出すことは封印した。
――ペリカの死……
だがその可能性については聡い彼女でなくても既に思い至っているだろう。
「臨海王様、宜しくお願い致します」
生死不明の親友と、その親友と築き上げてきた国の存亡。
そういう複雑な心情の中で必死に自分の出来ることを全うしようとする心労は如何ばかりだろう?
そして俺は、そんな彼女達に対しどう接し行動するのか?
友好国で在り、付き合いはあるが……
藤桐 光友が指摘するように国家として同盟国という訳でもない。
一国の王として自国の利益を追求すれば、ここは没落する国家には下手に関わるべきではないだろう。
「…………」
――だが、俺はやはり
――嘉深……
俺の記憶の奥底から亡き妹の欠片が蘇る。
「後悔の底で甘さを捨てされなかった俺は……それを許容することに決めたんだ」
俺は独り原点を確認する。
「臨海王様?」
そして、そんな意味不明な言葉を呟いた俺をアルトォーヌは不思議そうな瞳で見ていた。
「なんでもない、心配ないって事だ。それから俺の呼び方だけど……そういう堅苦しいのは苦手なんだ、これから仲間になるんだから」
「…………はい、そうですね……わかりました、最嘉様。私のことはアルトォーヌと呼び捨てでお呼びください」
「ああ、よろしくな。アルトォーヌ」
こうして車中の俺と彼女は、お互いに心とは裏腹な笑みを交し合ったのだった。
第四十八話「不倶戴天」前編 END
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