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下天の幻器(うつわ)編

第五十話「穂邑 鋼の代償」前編

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 第五十話「穂邑ほむら はがねの代償」前編

 ――六年前に旺帝おうていで起った宍戸ししど 天成あまなりの反乱

 この戦いで宍戸ししど……いや、燐堂りんどう 天成あまなりは東の強国”旺帝おうてい”を、その王家の正統なる血を引く燐堂りんどう 雅彌みやびを廃して王位を簒奪した。

 天成あまなりの政治的手腕により、王女である燐堂りんどう 雅彌みやびの側についたのは少数の将帥のみで、さらに総大将をつとめた旺帝おうてい二十四将の筆頭、井田垣いだがき 信方のぶかたはこの戦で討死した。

 同じく二十四将の横川よこかわ 隆利たかとしは降伏を選択し、鎚野つちや 道官どうかんは出奔した。

 ――命は助けるが地位ある者達はその全ての権力を剥奪する

 志那野しなの領は天竜てんりゅう湖のほとりに建つ砥石といし城に追い詰められた”燐堂りんどう 雅彌みやび”勢が最終的に飲んだ条件は”限りなく停戦に近い敗戦”だったのだ。

 ザッ、ザッ、

 「……」

 その日の夕暮れ、勝利した燐堂りんどう 天成あまなりの元へと向かう”燐堂りんどう 雅彌みやび”勢、最後の将の姿があった。

 ザッ……

 「コレコレはぁ、雅彌みやび姫様の為だけにぃ最年少で二十四将にまで成り上がった穂邑ほむら はがね様ぁ、貴方様はまだまだ未練がましくも悲しくも、諦められてない様子ぅ?」

 敗戦処理ともいえる停戦交渉の場へと、天成あまなり一派が占拠した本城である躑躅碕つつじざき城に向かう途中で右目を眼帯で覆った若き将は、奇妙な覆面男に声をかけられ立ち止まる。

 「…………お前が……幾万いくま 目貫めぬきか」

 初対面であるはずの奇妙極まる不審人物相手に、眼帯の若き将は驚きもせずに相手の姓名を呟いていた。

 「ひひひっ!戦は完全に全然に負け戦ぁ?それでも、これでも、貴方様はぁ、の姫のため火の中水の中でガスねぇ?」

 道脇の石段上にまるで肩関節が外れた様に両手をだらりとだらしなく下げて座る、麻製生地に両目の穴を開けただけの袋を頭部にすっぽり被った奇妙な風体の不審者はわらう。

 「そうだ、みやの為にだ」

 しかし決死の覚悟をも散々に茶化す怪人にも若き将は……

 ザッ、ザッ……

 ”穂邑ほむら はがね”は真っ直ぐにそう断言し、再び歩み始めた。

 「ほほぅ?」

 ”みやの為にだ”という唯の一言の返答。

 ただそれだけで穂邑ほむら はがねが意思を示したのだ。

 ”燐堂りんどう 雅彌みやび”にちょっかいを出す奴は”誰”で在ろうと排除する!と。

 これにはさしもの奇妙極まる不審者も暫し軽口を止め、そして……

 「ならば心して刻め”黄金竜姫”の騎士よっ!!黄昏姫の騎士たらんとする者よ!運命を改竄かいざんするは人の身にはあたわわず、れど人智を超越こえし証を示せるならば道理の裏道程度なら零れるかも知らんっ!!」

 「……」

 「なぁぁんてぇねぇぇ、”呪いの代償”はぁ?何時の時代もぉ?そんな時代もあったねぇとぉ……ぎゃはは!?死ぬほどの苦痛と決まってるんでぇガスよほぉぉ?」

 急に尊大で立派な口調で意味深な発言を投げた怪人は直ぐさま茶化すかの如き言葉に回帰するが、そのどちらもが歩みを留めぬ穂邑ほむら はがねが背に消えるだけだった。

 ――
 ―


 俺は完全に立ち上がり、幾万いくま 目貫めぬきの呪いとやらで蝕まれた右足を大きく相手の方へと踏み出して刀を構え、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろと対峙していた。

 「……」

 自身の剣の領域に入った無防備な獲物を無言で見極める白金プラチナの姫騎士。

 ――七峰しちほう宗都、鶴賀つるが市の七神しちがみの総本山”慈瑠院じりゅういん”の一室にて

 くだんの怪人が放っただろう”魔眼の姫”二人による襲撃を前に、鈴原 最嘉オレは思い出していた。

 那古葉なごは攻略戦の最中、雪白ゆきしろを喪失して失意の中にあった俺を訪ねて来た正統・旺帝おうていの独眼竜。

 我が臨海りんかいの同盟国であり、その戦争の主役である正統・旺帝おうてい側の総大将、穂邑ほむら はがねが頼んでもいないのに現れ、そしてお節介を焼いて行ったという出来事の内容だ。


 俺に”王として”の本分を見失わせないよう厳しく諫め、

 そして”人として”の俺を気遣った言葉を用意して来た男の昔話……

 ――”俺は昔……”命より大切な人”を奪われ、そして取り戻した”

 それは紛れもない。

 穂邑ほむら はがね燐堂りんどう 雅彌みやびを……

 幾万いくま 目貫めぬきという怪人から”魔眼の姫”を守れたという経験。

 そういう助言だったのだ。

 ――
 ―

 胡散臭い輩が黄金竜姫の周辺を探っていると、穂邑ほむら はがねは独自の情報網に引っかかった相手を調べ上げ、密かに雅彌みやびの周辺を監視していた……

 だからこそ、本人が直接目の前に現れてもそれほど動じなかったのだろう。

 そしてそのまま、”天成あまなり”一派に敗れた穂邑ほむら はがねは”限りなく停戦に近い敗戦”を限りなく”敗戦に近い停戦”に変えるために単身、敵の本拠地に乗り込んだ。

 それは一見、何重の意味にも無謀としか言えない行動であるのだが……

 穂邑ほむら はがね、曰く――

 この内戦の序盤で、強襲部隊を編成して来襲した天成あまなり軍を、燐堂りんどう 雅彌みやびの居城にて穂邑ほむら はがねが彼女の為に用意していた”切り札”を用いて退けたという一戦があった。

 その防衛戦に用いられたのは試行錯誤の末に実用化した機械化兵オートマトン試作品プロトタイプ

 ――BTーRTー04べーテー・エルテー・フィーア鋼の虎シュタールティガー

 体高18メートル、重量130トンという規格外の鋼鉄はがねの魔神だった。

 ”それで”一度は天成あまなり軍数千を一掃したという事実が在ったため、”窮鼠猫を噛む”と勝敗が決した上でのさらなる殲滅戦、つまり天成あまなりもこれ以上の力攻めは被害が大きいと判断したのだろう、こういった交渉の余地が生まれた訳だが……

 実際これはかなりの無茶であった。

 実は”鋼の虎シュタールティガー”は一度稼働させれば消費する”麟石りんせき”も半端じゃなく、それこそ小国の国家予算が吹っ飛ぶレベルである。

 いや、それ以前に希少鉱石である麟石りんせきが経費うんぬんよりも用意自体が困難な代物であるのだ。

 つまり穂邑ほむら はがねは”一回こっきり”の大砲を、敗戦後に在るかも知れない交渉へのハッタリに使っていたという事になる!!

 超重量兵器を擁する攻城戦という舞台シチュエーションは、戦力差を埋める詐欺ハッタリにはもってこい。

 一見、気さくな穂邑ほむら はがね狂科学者マッド・サイエンティストぶりが垣間見えるエピソードだ。

 加えて……

 西に天都原あまつはら、北に可夢偉かむい部族連合と敵対国に囲まれたうえでの内戦下で速やかに戦を終えて戦力を回復したい天成あまなりの懐事情を踏まえたうえでの、”攻城戦”という時間のかかる戦いは最も避けたいだろうという予測。

 最年少で旺帝おうてい二十四将に名を連ねた穂邑ほむら はがねの戦略眼が光るエピソードだ。

 そしてなによりその判断力と実行力という意外な豪胆さ、

 周到と言うにはあまりにも思い切った穂邑ほむら はがねの博打は成功したのだ。

 だが、それで終始する事無く彼は言う。

 ”あとな……俺には”もうひとつ”切り札があってな”

 そう、実際にはここから先こそが”本題”であったのだ。

 第五十話「穂邑ほむら はがねの代償」前編 END
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