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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第十三話「最良の盾と最狂の矛」前編(改訂版)
しおりを挟む第十三話「最良の盾と最狂の矛」前編
――尾宇美城で起こった異変は瞬く間に城前での戦いに波及した
「後方から敵襲っ!!」
ヒュ――ヒュオン!
「うぉっ!」「なっ?」「ひぃぃっ!」
ザシュ!シュバ!
城を襲った部隊の将、白い駿馬を駆る姫騎士は――
ヒュバッ!シュバッ!
「ぎゃっ!」「ひぃぃっ!」
城前に配備されていた新政・天都原軍兵士を流れるような所作で端から撫で斬ってゆく!
「し、城からなんで!?臨海軍がっ!」
「首がっ!ひっ!!」
新政・天都原陣営が形成していた包囲網の外から!
しかも真逆の後方から――
不意打ちされた新政・天都原軍は瞬く間に大混乱へと陥ったのだった。
――
「良くないねぇ……」
臨海軍包囲網の正面に展開していた部隊の一つ、其処で尾宇美城から波及する混乱を目の当たりにした指揮官の女は、後方を振り返り眉を顰ませていた。
――長い黒髪を束ね、それを項付近でクルクルと無造作に纏めた気っ風の良い女
彼女の折れそうなほど細い手には鍔無しの白鞘が握られている。
「亜十里、アタシは後方部隊の立て直しに行くさ。此処は任せたよ!」
女はほんの数瞬、思案のためだろう細く切れ長な瞳を閉じたかと思うと……
直ぐに開いて、薄く赤い唇でキッパリとそう言い放つ。
京極 陽子の子飼い部隊である”王族特別親衛隊”
その筆頭である十一紋 十一はそれが最善であると今、決断したのだ。
「ちょっ!?ちょっと!とい姐さん!奇襲で一時的に混乱してるからって!!て、敵は少数だし……持ち場を維持する方が優先じゃない、かな?」
現場指揮官である十一紋 十一の突然の命令に慌てて反論する部下の十倉 亜十里であったが……
十一は既に手にした鍔無しの白鞘をするりと滑らせるように滑らかな動きで柔い肩に担いで馬首を返す。
「どんな魔法使ったかわかりゃしないけどねぇ、こっちは城を落とされたうえに完全に無防備な後方を突っつかれてんだよ?しかもあの白馬のバケモノは……ありゃ間違いなく”久井瀬 雪白”だろうさ」
背中越しでそう付け足す十一紋 十一。
「く!久井瀬?……雪白……臨海の”終の天使”ですかっ!?」
そして、その名にサッと顔色を変える亜十里。
「そ、それじゃぁ!姫様の……陽子様の居られる部隊に危険がっ!?」
青ざめた顔色のまま、さらに慌てて聞き返すが……
「そっちは、まぁ……”未だ”大丈夫だろうさね。御姫様の陣は特別誂えさ、あの詐欺師でさえもそうそう見破れやしないさね……それより」
飽くまで”最低限、危機回避の為だから”と――
十一の細く切れ長な瞳が向けられ、その意図に亜十里は今度は納得して頷いていた。
「とい姐さん、行って下さい。包囲陣は私が引き受ける……かな」
こうして――
”王族特別親衛隊”筆頭である十一紋 十一は一時持ち場を離れ、以降は後方部隊の援軍に奔走することになる。
喫緊の状況とはいえ、包囲陣の要である優秀な指揮官の前線離脱は……
奇襲部隊による後方攪乱によって混乱最中である新政・天都原軍の包囲陣容を保つことをより困難にさせることになるだろう。
それは正に臨海軍の悪名高き詐欺師が目論見通りだったろう。
――
―
そして……
「十倉隊長っ!敵が!!木場将軍の部隊を突破したあの部隊が……来ますっ!!」
「っ!」
――”未だ”大丈夫だろうさね”
と言い残した十一の言葉に一応は納得した亜十里であったが……
自身が指揮権を受け継いだ部隊の後方には、彼女らの主君たる”京極 陽子”が存在するのもまた紛れもない事実だ。
「予測よりずっと速い……動き……かな」
つまり――
対処すべきは十一紋 十一の向かった後方部隊だけで無い。
少数だろうと今まさに迫り来るこの敵強襲部隊に、この正面部隊を突破されるなんて失態があっては成らないということ!
臨海軍がどういう方法で尾宇美城を落とし、この状況を作り出せたのか……
――戦場で謎解きをしている暇は無い!!
そして、後方の攪乱部隊はあの”終の天使”が率いるとは言え少数だ。
ならば尾宇美城を落とした敵の別働隊も虚を突いただけで大した兵力では無いだろう。
現在は少々混乱しているが、十一紋 十一が向かった以上は本隊を編成し直した後での奪還は困難では無いはず!
「……そう、変わらないかな」
――ならば、十倉 亜十里は目前の敵をしっかり駆逐するまで!
やることは変わらない。
「至急、兵を中央に集めてっ!もう包囲陣形に拘らなくてもいいからっ!それから……よく聞くかなっ!!」
このまま包囲網の正面部隊を堅持する事が、後を託された十倉 亜十里の緊褌一番、最重要任務だ!!
「”暁”が国産み神の後裔であらせられ、海龍王の血統をも継がれる最も尊い御方、真に高貴にして唯一の導き手たる我らが主君!京極 陽子様は言うまでも無く神聖にして不可侵であるっ!故に我らは当然の如く!姫様をお護りする鉄壁の盾を此処に築くかなっ!!」
現場指揮権を引き継いだ亜十里は、馬上にて小鎚を高々と振り上げて部下達を鼓舞した!
オオオオオオッ!オオオオオオッ!
「姫様の!!我らが主君の元へは何人たりとも行かせんぞぉぉっ!!」
オオオオオオッ!オオオオオオッ!
「我らに散々に打ち減らされ死に損ないの臨海軍など、なにするものぞっ!!」
「そうだ!そうだ!寧ろ返り討ちにしてくれるわぁぁっ!!」
オオオオオオッ!オオオオオオッ!
オオオオオオッ!オオオオオオッ!
新政・天都原で絶対的求心力を誇る主君の名を前面に押し出した亜十里の一声にて、兵士達の目に炎が宿り、その場は異様な熱気に支配される。
「みっしゅうーー!密集せよっ!!」
ザザザザザザッ!!
そしてその勢いのまま、兵士達は自ら中央付近に集って見る間に分厚い壁を形成していった。
「護るは東外の神髄。そして私は姫様の”不破の盾”……かな」
ガララァァン!
自らの職務を見事遂行し、自身は手にしていた小鎚を地上へと手放す。
ヒュン――ヒュヒュン――ヒュッ
そして無手にて風を切って空に円を描く彼女の両腕。
「虚空に防ぐは我が使命……」
素手による古流組み打ち術を極めた闘士、
王族特別親衛隊が十枚目の”円盾”
”王族特別親衛隊”でも最強の守護神と賞される彼女の偉能は――
誰かを護る戦いに於いて遺憾なく発揮される!
――そう、十倉 亜十里の真骨頂は防衛戦なのだ!
「いざ、来るなら来るかなっ!鈴原 最嘉!」
――
――ワアァァァァッ!!
――ワアァァァァッ!!
そして――
その鈴原 最嘉が一騎打ちにて、希代の猛将”木場 武春”を打ち破ったという報は少し遅れで臨海軍第三隊に伝播していた。
「当然だわ、私の見込んだ男よ」
一見。当然とばかりに感想を漏らす赤毛の美女だが、普段なら絶対的な自信を常備するだろう彼女の石榴の唇からは僅かにだが安堵ともとれる吐息が零れた様にも見えた。
ダダダッ!
「覇王閣下!旗がっ!尾宇美城に八咫烏の御旗が翻りましたぞっ!!」
そこへ、”チリンチリン”と涼やかな音を鳴らした、すっかり朱に染まった鈴付きの槍を手にした武将が馬で駆け着けてそのまま促すように遙か前方を指さした。
「…………へぇ」
美女の紅蓮に燃える双瞳は”それ”を確認し、石榴の唇はさも愉しそうに口角を上げる。
――”そこ”には確かに……
遙か前方に聳える敵だった城に、ハタハタと風を孕んで踊る臨海軍の御旗……八咫烏!
それは即ち、交戦中であった尾宇美城が臨海第二軍の別働隊によって完全制圧に至ったという証だ。
「やるものね、あの猪親って坊や。流石は最嘉の見立てだわ」
ただ一度目見えただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の瞳、
魅つめる者悉くを焼き尽くしそうなほど赤く紅く紅蓮く燃える紅玉石の双瞳が、
遙か先の旗を眺めたまま細められる。
「いやはや、噂に高い天都原の才媛を相手に、一時はどうなる事かと」
鈴の槍を手にした長州門軍が猛将、国司 基輔は安堵の笑みを零す。
「基輔、たとえあの暗黒姫が天稟に於いて他の誰より天に愛された存在だとして……」
「は、はあ」
「それは徒々、図抜けて優れているというだけのことよ。最初から満たされた泉の如き綺麗なだけの器の京極 陽子が、風雨の中、炎天の下で汚泥に塗れながらも果て無き努力の末に掘り起こされし荒野の井戸に……鈴原 最嘉の築き上げた真実の器量に及ぶはずも無いのよ……ふふふ」
そう言って赤毛の美女は、今度は心底愉しそうに、なんなら少なからず底意地の悪い含みを持たせた笑みを見せる。
「な、なるほど……し、然りですな」
この気高く完璧な”焔の美姫”にしても、そういう俗な感情を抑えられないとは……
女の悋気とは斯くも恐ろしい。
流石の国司 基輔も少々ドン引きしながら、それでも主君に向け慌てて深く頷いてやり過ごす。
「ふふ、戯れ言はお仕舞い。ああして合図も出たことだし……性に合わない守備戦も此れまでよ。アルトに連係を伝えなさい、直ぐにも打って出るわ!」
彼女の象徴たる、通常を遙かに凌駕する巨大で黒鉄の物々しい籠手でブワッと空を払い――
赤毛の美女、ペリカ・ルシアノ=ニトゥは揚々と前へと視線を据える!
「ははっ!」
国司 基輔も合点承知とばかりに頭を下げ、即座に部下への指示を出したのだった。
ヒヒィィン!!
ペリカは愛馬”アルヴァーク”の手綱を引きつつ、鈴原 最嘉から請け負った部隊に向け、
――ブワッ!
再度、”日輪黒籠手”をこれ見よがしに天に突き上げた。
「精強にして信愛なる私の”兵士諸将”たち!!此所から先、尾宇美は我が炎舞が狩り場!人生を切り開く勇者の道は常に前にのみ在ると知りなさい!」
雄雄しいまでの造形を誇る”覇者の拳”を振りかざし!
戦国最強の一角として畏怖される”紅蓮の闘姫神”は遂に大攻勢の断を下すっ!
オオオオオオーーーー!!
オオオオオオーーーー!!!
「行くぞ!!長州門兵が精強さを新政・天都原の軟弱共に見せつけてやれっ!!」
ワアァァァァッ!!ワアァァァァッ!!
国司 基輔の号令で殿を守備していた臨海軍第三隊所属の長州門部隊が、
ワアァァァァッ!!ワアァァァァッ!!
「これより最終段階へ移行、全軍進みますっ!」
アルトォーヌの指揮する臨海軍第三隊が連係して前へ前へと動き出すっ!
――
「ふふ、最嘉の指示通り”二人”で護り抜いてあげたわよ。覇王姫の”切り札”を譲ってあげたのだから……必ず暗黒姫を虜囚にしなさい」
情熱的な紅い衣装の気高くも豪奢な姫将が、少し癖のある燃えるような深紅の髪を熱り立つ戦場の風に煽らせ揺らめかせる様はまるで燃えさかる炎のよう……
「それと散々好き勝手にやってくれたわね、暗黒姫。此処からは私の炎舞が全てを蹂躙する時間よ!」
それは――
覇王の冠を頂く”焔の闘姫神”
ペリカ・ルシアノ=ニトゥが本当の意味で殺気と破壊を纏い、尾宇美の戦場に参戦した瞬間であった。
第十三話「最良の盾と最狂の矛」前編 END
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