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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第十五話「京極 陽子」後編
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――”世界を統べる者の代償”
――”本願への代価”
いいや!俺の場合は自業自得。
唯の因果応報による身の程を弁えない過大な重責だ。
――なのに、自ら進んで背負っていたクセに俺は泣きついた
「……」
「……」
――そっと、
俺の腕の中に収まった美姫はおでこを俺の胸に埋める。
「はる……」
――そう
”よりにもよって”惚れた女に俺は……
一時も、半時も……曖昧になった体感の中で――
「……さいか」
暗黒の美姫は漆黒の瞳を上げて俺の視線を搦め捕る。
「……」
真実に美し過ぎる漆黒の双瞳。
当世随一の美姫と名を馳せる京極 陽子の”魔眼”は、人が忌み嫌うはずの常闇を肯定させるに充分値する、正に錦上に花を添える宝石であった。
「……」
久方ぶりに感じる心地良い温もりを胸に抱きつつ、誠に情けない告白をしてしまった俺としては”このまま木偶”では恰好がつかない。
「はる?ええと……だから……」
だからといって、真に本心でもあった言葉を否定するのを俺は躊躇してしまう。
「望んでいた事でもあるのよ……だから」
――!?
「……私は泣くから」
彼女は先んじてそう告げると漆黒の宝石を細めて切なく潤ませる。
それは――
俺のちっぽけな男の威厳を立てるための彼女なりの気遣い。
自分こそ心の片隅で切願していた理屈でない感情だと……
女を優先した”無垢なる深淵”としては許されない秘められし健気な告白。
「ずっと……ずっとよ……」
満たされ溢れる新月の滴。
布を絡め、縋る様に力の込められた……俺の胸に添えられている白い指先。
「だから……」
不意に離れたおでこの暖かさが愛おし過ぎて――
「はるこ」
俺は視線を下げてそれを追っていた。
ほどなく、コツンと軽くおでこ同士が軽く接触。
「さいか」
白い顎先までに時を経た月の滴を拭う俺は、そのまま彼女の形の良い顎先に指を置き去りにしていた。
――陽子が見せた滴は俺への慈愛だ
「……」
「……」
当然のように惹かれ合い、俺と陽子の唇は軽く触れて――
「……」
「……」
――離れる
この期に及んで躊躇する鈴原 最嘉への優しさに満ちた陽子の献身は……
「はる……」
「…………ん……う……は……」
そうして再び、"離別する”ことが出来ないとばかりに――
軽く、深く、何度も触れ合い求め合う二人の唇。
彼女の顎に添えた指を離さず何度も何度も貪る俺に、陽子は頬を朱に染めながらも健気に……
「う……は……んん……さい……」
唯々ひたすらに応え続ける。
――陽子の匂いだ
うなじから都度に溢れ薫る甘美な香に陶酔する俺。
「はぅ……さい……あ……ん……」
――陽子の味だ!
奪い続ける唇越しに感じる征服感。
「…………ぁ」
俺は堪らず、そんな可愛すぎる陽子を力一杯に抱きしめていた。
括れた細い腰に両手を回し、出来得る限りに引き寄せて!
そして――
「っ!?……さい……ふぁ……」
熱い吐息を漏らし続ける彼女の歯を強引に抉じ開けてそのまま舌を差し込んだ!
「う……はぅ……あ……は……」
さらに熱を帯びる吐息ごと飲み込み、俺と陽子の舌は妖しく絡み合う。
「さい……は……さいか……」
戸惑いながらもそれを受け容れた陽子は俺に密着したまま……
「……は……はぁ……むぅ……はっ」
熱い吐息の橋が架かったまま一度離れる唇。
一息置き、至近から見下ろした陽子の瞳はとろんと蕩けていた。
「はる……俺は」
陽子が予測しただろうよりも遙かに”行きすぎた行為”に謝るつもりなんて毛頭無い。
――俺はまだまだ先を望んでいるのだから……
「陽子……」
熱が伝わる距離のまま再び彼女を求める俺。
「…………」
控えめにコクリと陽子の白い顎が縦に動いたのを確認した俺は、そのまま部屋を暗くする。
その後――
俺を待つ間に、すっかり支えを失った様に頼りな気に佇んでいた陽子。
「……」
事を終えて再び彼女の前に立った俺に対して陽子は言った。
「恥ずかしいから……あまり……見ないでくれると……」
彼女の両手は少しだけ躊躇するように虚空に迷い……
美姫はドレスを支える肩部分に白い指先をそっと添えたのだった。
「わかった」
内心気が気でない俺はそれを悟られないように簡潔に素っ気なくそう応える。
スッ――
僅かにそれが持ち上げられ、浮いた布の隙間から純白の肩紐がチラリと見えたかと思うと淡い色のドレスはストンと床に落ちた。
「……」
俺の心臓は激しく打っていた。
チラリと見えた純白の下着がそのまま俺の眼前に、惜しむことなく晒されている。
露出した美姫の輝くほど白い肌は、足下のドレスがなんの抵抗もなく滑り落ちたことからも見た目通り絹の滑らかさだと証明されている。
「………………嘘つき」
とても離すことなど出来ない俺の視線を受けて、彼女は恨めしそうな上目遣いで唯一言そう零す。
首筋から華奢な肩に続く流れるような流線美は腰の括れから女性特有の丸びを帯びた臀部へと――そして、スラリと伸びた白い足首へと繋がって究極の美を完結させる。
周囲の薄闇を淡く滲ませたかの如き、霞んで見える錯覚さえ感じるほど白く輝く美肌を包んだ純白の膝丈下着を、隆起した双房が押し上げる様は……
それを支える肩紐の頼りなさも相まって、俺にはあまりにも扇情的に見えた。
――想像していた通り……綺麗だ
光沢のある絹の下着越しにシルエットとして映える肢体。
暗黒の美姫の裸身は窓から降り注ぐ月光さえ独占して輝いていた。
「……」
絹の肌に纏い付いて煌煌と舞う光の粒子さえ見える幻想的な姿――
とても間に合わないと知りつつも、
「だから……約束……ばか……」
直視する俺の視線を遮るためだろう、華奢な両腕で自身を抱くようにしながらも、それでも陽子は俺の次の動作をただひたすら羞恥に耐えて待っていてくれる。
――ゴクリ
こういう意外とも言える陽子のいじらしさが……
希に垣間見せる可憐な乙女の部分が……
「陽子、先に謝っておく」
俺は僅かに開いていた距離を踏み出して排除する!
「え……きゃっ!?」
そしてそのまま彼女の細い腰を再び抱きしめ――
「出来るだけ優しくしたいが……我慢できそうにない!」
俺は滑らかな感触越しの下着姿である美姫をお姫様抱っこで持ち上げ、そのままベッドのある場所へと足早に向かっていたのだ。
「さい……さいか……あの……さい……」
「……」
戸惑う彼女にも応えず俺は歩を進める。
――そう、待てるはずも無い!
――自制なんて出来るはずが無い!
ドサッ!
「きゃっ!」
そしてベッドに彼女を軽く放り出す俺。
――ずっと想ってきた女だ!!
俺は上着を乱暴に脱ぎ捨ててから、ギシッ!とスプリングを軋ませて覆い被さった!
「ずっと……ずっと、こうしたかった」
俺はあられも無い姿の彼女に半裸で覆い被さり、そして――
「……」
「……」
――くそ……カッコわるいな
雰囲気も余裕もへったくれも無い!
ただ欲望に負ける情けない自分に対し、急に自己嫌悪が襲い来た俺はそこまでで留まっていた。
欲望とは別に身体が固まる!
「はる……」
思わず謝罪の言葉を吐きかけた時――
「っ!?」
そっと――
俺の下から白い腕が伸びて来て、俺の首に巻き付くように後頭部で組まれていた。
「知ってたわ……」
頬を染めながら、少しだけ震えが伝わる腕のまま彼女は目一杯に努力して微笑んでいた。
「……はる」
「知ってるのよ、いいわ。最嘉が私を好きで好きで仕方ないことくらい」
揺らめく漆黒の光を細めて彼女は……
「けど……はる……俺は自制が効かないかも知れ……」
「女だって!」
――!?
「女でも……そういう感情は在るのよ……ずっと……」
「…………」
これ以上言わせないで!と言うように、彼女は他人を魅了して止まない古の魔眼を長い睫毛で遮って”プイ”と横を向いてしまう。
「はる……陽子」
白い頬から耳まで朱に染めて彼女は両腕をシーツの上に投げ出し、肢体を無防備に、俺に委ねる。
緊張を隠せずギュッと握られたシーツ上の拳が小さく震えて握られていた。
――その可愛さたるや……
「…………」
王道に至る道を、覇道を用いて進む”王覇の英雄”なんて世間で噂される男は――
なんのことはない、俺は俺の為に動いているに過ぎない小者だ。
京極 陽子は世界秩序のために立身し、志を立てた。
一見、好き放題に振る舞っているかに見える藤桐 光友でさえ、その覇道は自身の名に於いて行う必要悪の偉業だろう。
後世に、鈴原 最嘉以外の者達は総じて英雄たり得るだろう。
それは自身の存在を賭けて偉業に挑みし者達だからだ!
だが俺は……鈴原 最嘉の責任に於いて”本願”を成す事は無い!
その無責任さは……
皮肉にも”本願”を成すに必定であるからだ。
そういう孤高の道を進むと決めた俺がこの終盤に来て泣き言を吐き出し、剰え”求める”なんて……
――”非道い男ね”
陽子の言葉は確かにその通りだ。
それも惚れた女に……いや、それだからこそ……始末に負えない情けない男だ。
「……」
後世の赤の他人から振り返られるなら、俺の人生は悲劇の類いに違いない。
なら、近しい者達からはどうだろうか?
陽子からは……
「……」
言わずもがな――
俺は見苦しく彼女に縋るわりに彼女には幸せな結末を用意してやれない。
”鈴原 最嘉”は……
俺が嘗て自らの呼称を”最嘉"から“最嘉”に変えた理由通り……
「……」
何時ぞや、幾万 目貫が俺に言った通り、
――"ああ、良い男だね臨海王、中々ハンサムだし……俺の若い頃によく似ているよ”
あの時は冗談じゃない!と思ったものだが……
――案外、"言い得て妙”だったかもしれない
「…………さい……か?」
覚悟を決めただろう美姫は自分に覆い被さったままで思案に耽る俺に対し、恥じらいに染めた頬のままで不思議そうに俺を見上げていた。
「ああ、すまない、魅蕩れていた」
「っ!?………………ばか」
応えると俺は、不意打ちに頬を染める陽子の胸に手を沿わせてギュと軽く揉む。
「ちょっ!?い、いきなり……あ……うぅ……んん……」
決して嘘では無い。
陽子は本当に綺麗で、俺は本当に彼女に骨抜きだ。
けれど――
「さい……か……う……ん……」
「はる……」
世間で崇められ恐れられる策謀家“無垢なる深淵”という存在とは裏腹に、大慈悲の権化たる地蔵菩薩の権能を所持する京極 陽子。
「さい……か……あ……」
俺は待望であった、彼女の豊かな双房を両掌に弄び続ける。
慈愛に満ちる地蔵菩薩に相応しい優しい女は、こうして俺のためにその身を心を委ねてくれる。
その陽子の本質に、彼女の慈悲に縋り、一時の安寧と快楽に逃げる俺は――
「陽子……はるこ……はる……」
肩紐に手を掛け、逆の手は膝丈の裾を捲り上げる。
「ん……さい……か……」
――俺がずっと焦がれていた女……
「いま、陽子が滅茶苦茶に……欲しい」
「………………さいか」
鈴原 最嘉はその夜、存分に彼女に溺れたのだった。
第十五話「京極 陽子」後編 END
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