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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第十七話「再編」中編
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――東の旺帝に二十四の龍咆えれば
――西の天都原に十振りの剣閃く
数多の大小国家が覇を競う戦国世界に在って……
最強国”旺帝”が全盛を支えしは”二十四将”で間違いなく、それに匹敵するのは最古の王国が”十振りの剣士”と相場は決まっていた。
そしてその旺帝二十四将の系譜である後の”旺帝八竜”が単なる戦士としてだけでなく、将官としても優れていたのに対し、天都原の其れも基本的には同様であったが……
”天都原十剣"は、より”個人技”に傾倒した人材で固められていた。
それは、旺帝二十四将が須く軍の要職に在ったのに対し、天都原の十剣はあくまでも単なる将軍という称号ありきで、その一人一人が必ずしも軍を左右する地位に無い事でも明らかである。
つまり――
天都原に在って”十剣”の称号は名誉であり、身分や階級とは全く同意ではないということ。
それ故に仲間意識は薄く、一部を除いて個々で動くことが多いのだが……
その”天都原十剣”が”近代国家世界”にて一堂に会するという非常に希な機会があった。
「閣下の招集であるにも拘わらず無い顔があるが?」
天都原王領、斑鳩市の”紫廉宮”にて、ビシリとしたスーツを着こなした如何にも面白みの無さそうな男が全体を見渡して言った。
天都原十剣”一之太刀”……
鷹司 具教は天都原名門貴族の出自で三十一歳、
軍の大将軍が一人であり、神卜流剣術皆伝者である。
「来たくても来られないのだろう。あのような失態を演じて、儂ならこの紫廉宮にどの面下げて来られようか?確か……中富流の三一侍だったと思うが?」
白髪交じりで顎髭の男がジロリと席を同じくする若者を睨む。
天都原十剣”ニ之太刀”
渡田 重政は天都原貴族の出自で四十歳、
軍の大将軍が一人で仲条渡田流剣術皆伝である。
「それは僕には関係ないかなぁ?門下生といっても彼も良い大人だしねぇ……って、どっちかというと悪い大人だっけ?藤治朗さんは、ははは」
あからさまな嫌みを全く他人事として、無邪気な笑顔で返す青年将校は頗る整った容姿の、どことなく浮世離れした人物……
天都原十剣”三之太刀”
中冨 星志朗は天都原名門貴族の出自で二十六歳、
若き中富流剣術筆頭師範であり、軍の大将軍が一人で、天才的と羨望される剣術の腕前だけでなく軍略もまた天才と名高い才色兼備の良血統だ。
”紫廉宮”の会議室――
天都原国では近代国家世界側であろうと首都には戦国世界と同様の絢爛さを誇る”紫廉宮”という、権力の象徴を示す王城が聳え立っていた。
その一室に猛者達を集めての会合――
「…………」
ピリピリとした空気の中で静かに光る鋭い眼光の主は……
長めの黒髪を雑に纏めたまるで洒落っ気の無い男。
誰もが距離を置きたくなる様な、そんな危険極まりない殺気を纏った男は寡黙に座していた。
天都原十剣”四之太刀”
阿薙 忠隆は天都原貴族の出自で二十九歳、
流派は不明で軍の大将軍が一人……
戦場での凄まじい戦果の数々から”戦場の羅刹””鬼阿薙”と恐れられし男は、天都原皇太子である藤桐 光友の側近でもあった。
「居無イ男ノ事ヲ論ジテモ仕方ガ在ルマイ」
無機質な人間離れした声色にて、少しばかり荒れた場を収めるのは、
近代国家世界でも仮面に僧衣鎧姿という異質な風体の人物……
天都原十剣”五之太刀”
鞍磨 法玄は黒頭巾に般若面の杖術使いで最も古くから”十剣”を務める巨人だ。
年齢不祥だが齢百を超える"怪僧"だとも、正体は”鬼の僧兵”だとも眉唾ものの噂が常に付き纏う謎多き人物である。
「うむ、無駄口は好かんな。それより光友閣下は未だ来られぬのか……」
剃り上げた頭にへの字に堅く結ばれた口、如何にも寡黙で偏屈感が漂う男……
天都原十剣”六之太刀”
織江 慈斎は織江一刀流剣術の開祖で六十一歳、
武の道一本でこの場に名を連ねる剛の者で、眉唾ものの最古参、鞍磨 法玄を除けば”十剣”現役最年長者である。
「急く程の事もあるまいよ、誰も彼もさして意味の無い生よ……」
歌でも詠む様に流暢に、面々のやり取りを冷めた眼で流す、長髪を後ろで結わえた色白で細身の男……
天都原十剣”七之太刀”
柳 又四郎は仲条渡田流剣術を修めた二十八歳、
常人離れした眼と感覚を生まれつき所持し、相手に何をもさせること無く立ち会いで勝負を決する神技から”音無の剣"との異名で知られる凄腕の剣客であった。
「お主と一緒にするなっ!俺にとっては貴重な修行の時間だぁっ!!」
柳 又四郎に暑苦しい圧力で反論するのは小柄で筋骨隆々の男……
太い両手首、両足首と、見えている部分だけでも相当な重量だと見て取れる重りを装着した変わり者……
天都原十剣”八之太刀”
平山 行造は若き頃より幾つもの流派を渡り歩き、より実践に適した武闘法を独自に編み出した男で三十五歳、
見た目通り普段から全身に負荷をかけて過ごす、常識を逸した修行の虫である。
「あの……私は初めてなので勝手が判らないですが、方々はいつもこうなのですか?」
動揺しながらその情景を見守っていた若者が遠慮がちに言葉を発する。
天都原十剣”九之太刀”
真加部 幹生は天都原名門貴族の出自で二十二歳、
仲条渡田流剣術に属し、前任の十剣であった”岩倉 遠海”が引退した後釜として入った最年少”十剣”である。
そして――
天都原十剣”十之太刀”
現在此所には不在である祇園 藤治朗は中富流剣術の師範代で二十七歳、
軽薄な外面を装いながら自らの欲望のためには手段を選ばず外聞も気にしない、何かと評判の悪い男であった。
ガチャリ!
と、九人の猛者達銘々が独特の存在感で緊張を保っていた空間に、外気が流れ込んだ。
「お待たせ致した。”天都原十剣”全員揃っておられますな、では早速、藤桐 光友閣下から本日の……」
ドアを開けて入って来たのは――
小太りで頭髪にチラホラと白髪の交じった、やや草臥れた感じの冴えない中年男だった。
「待たれよ兼時殿。全員は揃って居らぬ、それに光友閣下は?」
「……」
呼び止めようと声をかけた”ニ之太刀”渡田 重政には直ぐに応えず、
その中年男……
藤桐 光友の側近である樫原 兼時は、部屋の奥に設置された大型モニターの前まで歩いてから立ち止まり、改めて揃った面々へと向き直った。
「閣下は大変に多忙である。故に今回はリモートで十剣の方々にご指示を伝えられる」
――ブツ!
そう言うと、十剣達の反応を見もせずに兼時はモニターの電源を入れた。
「それと……此所には居ない”十之太刀”祇園 藤治朗殿は、光友閣下直々の命で既に任務に取り掛かっておられるので、本日は紫廉宮に集ったこの九人で”十剣”は全員になる」
問いかけた渡田 重政にというよりは、全員にサッサと状況を説明して今回の要件を早々に済ませたいというのが見え見えの樫原 兼時。
彼は、唯我独尊、如何なる時も自分本意で動く主人のお陰で常時仕事が山積みなのだ。
とはいえ――
緊急軍議と招集をかけられ、態々と斑鳩市まで駆け着けた者達にとってこの雑な対応と、なにより招集をかけた肝心の藤桐 光友が不在で遠隔での軍議など……
”最初から全員が遠隔での会議で充分だったのでは?”
”近代国家世界の会議で実際に来る必要があったのか?”
等々、武人であるが故に基本的には血の気が多い面々だから、そういう不満を爆発させても仕方の無い状況であったのだが……
――ブブゥゥーーン
「……」「……」「……」「……」「……」
「……」「……」「……」「……」
大型モニターに”その人物”が映し出された途端に全員が不満などは一ミリも無いという表情になり、即座に席を立って敬礼していた。
「ご苦労。貴様ら”十剣”に今後の方針を伝える」
対して画面の中の男は――
部下達への労いというには尊大な態度で、返礼の敬礼を短くすると直ぐに本題へと入る。
当然、六十インチの大画面に映し出されたのは藤桐 光友であった。
天都原王家の皇太子であり王位継承権第一位……
現王が病に伏せっている現在は、政治の最高職である宰相を、そして軍の最高位である大元帥をも務める大国、天都原の実質的な支配者である。
「尾宇美で戦争していた奴らの決着が付いたのは周知だろうが、その勝者を称する臨海の小者に俺は宣戦布告をする!」
――!
その権力者から出た言葉は、前後の文脈をすっ飛ばして行き成りの開戦宣言。
その場に集った十剣達は名だたる剛の者達ではあるが……
流石にこれには動揺を隠せないでいた。
未だ誰も言葉を発することは無いが……
それでも面々は――
”何れそうなるだろうが早すぎる!”
”句拿との戦も終結したばかりで次の戦とは……”
そういう至って常識的な理由から、納得するには色々と問題がある発言に難しい表情であったのだ。
「不満か?だが新政・天都原などと勝手に新国家を名乗っていた陽子は敗れた。未だどう処断されたのか情報が無いが処刑は免れんだろう」
藤桐 光友はそんな配下の顔をモニター向こうから見渡しながらも、変わらぬ尊大さで続ける。
「愚かにも俺と敵対していたとはいえ陽子は我が従妹だ。この天都原王家の者だ。その血筋を臨海の小王如きが手にかけるなど天に唾する所業だろうが!ならばその汚辱は天都原王家の筆頭たる俺が晴らさねば成るまい!!違うか!?」
「ぬぅ……」「た、確かに」「……そう来るのかぁ」「…………」
「確カニ」「道理であるな」「……所詮は諸行無常さ」「許せぬ蛮行」「う……陽子様が」
藤桐 光友の口上は強引ながらも筋は通っていた。
たとえ今までは自分がその陽子を排除しようとしてきた経緯が在ろうと、
”それはそれ””これはこれ”なのだ。
開戦の口実として――
”天都原王家に喧嘩を売った”
は、充分に大義名分に成り得るだろう。
「ならば、十剣に俺が命ずる内容も解るだろう……」
――ブッ!
画面の中から面々を見渡して藤桐 光友がそう締めようとした時だった。
ブブブブ……
突如映像は乱れ、そして――
ブブブブ……プッ!
「これで良いのかしら?ああ、大丈夫みたいね。見知った難しい顔達が並んでいるわ」
モニターが復帰した後にはもう一つの子画面が……
画面を強引に二分割して、藤桐 光友以外にもう一人の……
見目麗しき美少女が微笑んでいたのだった。
「は、陽子様!?」
現場を進行していた樫原 兼時が、思わず驚きのあまりヨロヨロと後ろへ下がって尻餅を着く。
「お久しぶりね、光友殿下……あら、今は出世されて”宰相閣下”とか”大元帥閣下”とか”閣下”呼びした方が宜しいのかしら?」
「陽子……貴様」
「ふふふ、まんまと簒奪した仮の玉座、座り心地は如何です?」
画面の向こう……
抜ける様な青い空をバックに、どうやら車中であるかの場所から強引に通信に割り込んだお姫様は意地悪く紅の端を上げて微笑む。
「ふん、今更負け惜しみか?陽子」
そして――
もうひとつの画面内で藤桐 光友はなんとか平静を保っている様子たったが……
眉間に影を落とした険しい表情からも中々に心中は穏やかでない事は容易に解る。
「お、おい!陽……ちょっと……おまえは何を……」
「別に大したことじゃないわ。久しぶりだから従兄様にご挨拶をね、最嘉は少し黙ってなさい」
――
紫廉宮に集ったほぼ全員が呆気に取られる中、切り取られた画面の中で――
リボンと花飾りのあしらわれた小さめの日除け用麦わら帽子と可憐な白いワンピース姿で微笑む京極 陽子の美しさは尚も顕在であった。
「貴様!鈴原 最嘉と一緒にいるのか!?」
「そうよ、これからデートなの」
苦虫を噛み潰したような表情である光友の、誰もが恐れる暴君の問いにも全く怯むこと無く素敵な笑顔で返す美姫。
「……むぅ」「……おぉ」「変わらず可愛いなぁ」「……」「無益ナ……」
「茶番だな」「……此れも世の定めよ」「むむむっ!!」「う、うう……陽子様」
当然、こんな予測などとても出来ない成り行きに面々は言葉も無く……
否、こんなふうに易々と専用回線に割り込まれ、剰え軍議の腰を折られて……
藤桐 光友が放つピリピリとした空気で、場はとんでもない緊張感から誰も安易な事は言えない状況だ。
「で、なんの用だ……陽子」
地の底から響くような低い声で問う光友。
「別に?言った通り挨拶だけよ。ご機嫌よう、作用なら」
しかし陽子は、少しも怯まずにそう応えると通信を切るためだろう手を伸ばし――
「あ……そうそう」
そして、今気付いたかのように動作を止めて言葉を付け足す。
「私はこの通り充分に幸せを満喫しているから、呉々も邪魔はしないで下さいね?間違っても”開戦の口実”なんて下らないモノに利用されるようなことになったら――」
ニッコリと至高の微笑みを魅せながら――
「凄く迷惑だから……光友、で・ん・か」
――ブツッ!
最後は少しも笑っていない暗黒の双瞳でそう言い放ち、
お土産とばかりに態々と”殿下”を強調してから、
割り込んだ時と同様に通信を一方的に切断したのだった。
「…………あわわわっ」
樫原 兼時は泡を吹く程に怯えながらモニターに残った主君を見上げ……
これ以上無いくらいに、まんまと面目を潰された藤桐 光友は――
「会議は終わりだ、以降の子細は兼時から聞け!」
冷たい瞳でそうとだけ言った。
「あの……臨海との……」
堪らず、十剣の一人が遠慮がちにそう確認するも……
「当然滅ぼすっ!!」
藤桐 光友は怒声と共に通信を切ったのだった。
第十七話「再編」中編 END
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